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第十章 十二時間のデスゲーム 4

 意識が浮き上がる感覚にトーアは目を開き、身体を起こし辺りを見渡した。広場は倒れこんだプレイヤー達が折り重なっており、椅子に座っていたプレイヤーは座ったままであったり滑り落ちた状態になっている。


「気絶してた……?VRゲームでそんな事なんて初期にしか聞いたことない……。クアル、メリア、ギル、起き……えっ……!?」


 声を掛けて揺り起こそうと触れたギルの生々しい暖かさに思わず手を引いた。ギル達は小さく唸ったあと目を覚まし、身体を起こした。


「っ……トーア?意識を失ってたのか……」


 クアルやメリアが顔を起こす頃には他のプレイヤー達もうめき声を上げながらも体を起こし始めていた。噴水の上にあるARウィンドウに表示された時刻は十八時三十分を表示しており三十分の間、気絶していたらしい。

 テーブルの上にはパーソナルブックが置かれており、イベント情報が書かれたページが開かれているが、『神々の依頼』というイベント名だけが表示されており、内容についてはまだ白いままだった。


『やぁやぁ、Crafting World Onlineプレイヤーの諸君、調子はいかがかな?』


 唐突に男性でも女性でもない中性的な声が響く。広場に集まったプレイヤーたちはあたりを見渡すと噴水の上に新たなARウィンドウが表示される。そこに映ったのは顔を仮面で覆った人らしき存在で、仮面には目と鼻と口の位置に黒い線だけが書かれていた。

 姿を見せた事のあるGMゲームマスターの誰とも似ていない人物の登場に広場に居たプレイヤー達は再び驚きと共にざわつき始める。


『早速、十周年記念イベントを開始しようか。節目である十年目ということもあるから今回のイベントはすっごく力を入れてみたよ。まず今のCrafting World Onlineは現実が再現されているからね』


 現実という言葉の意味がわからず、辺りのプレイヤーから理解出来ないといった声や罵声が響く。ARウィンドウに映った人物はおどけたように肩を震わせる。


『はははっ、現実は現実さ。何人かはなんとなくわかってるみたいだけど……』


 その言葉に先ほど触れたギルの体が生身のように暖かった事を思い出し、現実の意味をなんとなく察する。

 だがARウィンドウを見上げるプレイヤーの怒声に人物は肩をすくめた。


『まだわからない?うーん……実体験に勝る学習はないというし……はい』


 画面の人物がいやらしく笑ったのを仮面で見えないはずなのにしっかりと感じる。


「え……?」


 噴水から最も近い男性キャラクターのプレイヤーが声を上げる。プレイヤーの胸からは見慣れない赤黒く染まったものが生えていた。

 そばに居たプレイヤー達が驚きに固まる中、胸から生えたもの、突如現れた剣で胸を貫かれたプレイヤーはゆっくりと倒れこむ。その顔は何が起こったのか理解できないといった風に目を見開いている。


「お、おいっ!?」


 近くに居たプレイヤーがしゃがみこみ、様子を窺うが、剣で胸を貫かれたプレイヤーはすでに動かなくなっていた。


『言ったでしょ?現実が再現されてるって。』

「いや、嘘だろ……こんな……漫画や小説じゃあるまいし!」


 動かなくなったプレイヤーは光の粒子となって消え、最期を看取ったプレイヤーは血で真っ赤に染まった手をぶるぶると震わせながら叫ぶ。その視線の先、画面に映る仮面の人物は再び仮面の中で笑ったようだった。


『いいや、今はこれが現実。ああ、そうだね“デスゲーム”というんだっけ?さっきのプレイヤーは現実の世界でも同じように……ね?嘘だと思うなら試してもいいよ?もちろん、その後は保証しないけどね。あと“現実”にログアウトとかGMコールなんて物もないよね?』


 何人かのプレイヤーがはっとしたようにパーソナルブックを捲り、ログアウトとGMコールの項目が消滅している事を驚きとともに叫ぶ。トーアもその声を聞いてパーソナルブックを捲り、それが事実である事を確認する。

 再び静かになった広場でARウィンドウに映った人物は淡々とイベントの説明を始めた。その説明のさなか、イベント情報が記載されたページも更新されていく。そして、十周年記念イベント『神々の依頼』を攻略していけばイベントは終了するということだった。


『制限時間は十二時間。それが過ぎたたら十周年記念イベントは終了。現実の再現は終わり、ログアウトも出来るようになるよ。それじゃ、頑張って~』


 そう言って仮面を被った人物を表示していたARウィンドウは消える。あたりは静かになったものの誰も動こうとはしなかった。トーアもテーブルに座ったギルやクアル、メリアと顔を見合わせる。誰も動こうとはせず近くに居るプレイヤーと声を潜めて言葉を交わしていた。


「……どうする?」

「とりあえず、十二時間を待とうと思う。あの仮面の人物の話を信じるのなら十二時間が過ぎればこの状況は終わるかもしれないし」


 ギルの問いにトーアは声を潜めて答えたが、辺りのプレイヤー達にも聞こえていたらしくプレイヤー達はそれぞれ動き始めた。

 トーアもギル達と共に広場からトーアのホームドアへと場所を変えて、十二時間が過ぎるのを待つことにする。


――もし十二時間後でも現実に戻る事ができずに、この状況が続くのなら……ずっとCWOの世界に居ることになる。でも、それでも私は……。


 構わないと思ってしまったトーアは小さく頭を振り、その考えを忘れることにした。

 十二時間が経つのを待つ間にトーアのホームドアには、ディーとサクラが訪れる。トーアは年長者である二人を快く招きいれ、時間が経つのを待つことにした。


 ゲーム内で十二時間が経過し、トーアはギル達とともにホームドア内に作成したソファーとテーブルが設置された応接室とも言える場所に集まりパーソナルブックを開いて確認する。だがログアウトとGMコールと言った項目は元に戻っていなかった。

 トーアが顔を上げ、怪訝そうな顔をしたギルと顔を見合わせた瞬間、パーソナルブックの上にARウィンドウが表示される。ARウィンドウには先ほどの仮面の人物が映っていた。


『十二時間が過ぎたじゃないかって?いやいや、まだまだ約束の十二時間には程遠いよ。ボクが言ったのは現実世界の十二時間であって、今のCrafting World Online内の十二時間じゃない。今の君達には自覚できないと思うけど、君達の反応速度は何倍、何十倍にも加速されているんだ。つ・ま・り、君達が感じる時間は現実の時間で換算するととんでもなく長いってことさ。気が付いている人も居るかもしれないけど、空腹感や渇きと言ったものまで再現されているからちゃーんとご飯を食べて、飲んでね。あ、トイレの必要はないんだよ、やったね!それじゃ、がんばってねー』


 言いたいことを言ったのか、仮面の人物が映っていたARウィンドウは消える。言葉の意味を考えながら溜息をつきながらソファーに深く座りなおした。


「……流石にそんな短い訳ないか」

「ふむ。あの仮面の言ったとおり、腹が減ったの」

「そうですね……何か作ります」


 サクラの呟きに空腹を感じてソファーから立ち上がる。


「トーア、いいの?」

「うん。何もしていないよりも何かを作ってたほうが落ち着くから」


 トーアがそういうと声を掛けたクアルだけではなく、広間に居たギル達もトーアは変わらないなと笑い声をあげた。このような状況下であってもいつも通りに過せば大丈夫と考え、笑みを返した。


 しばらくしてトーアが調理した料理がホームドアの食堂のテーブルに運ばれる。先に席についていたギル、クアル、メリア、ディー、サクラの表情も並んだ食事に頬を緩ませていた。


「トーアの飯は美味いからの、早速いただくぞ?」

「はい。おかわりはあるので遠慮しないで食べてください」


 サクラに頷き返しながら、いただきますと言って並んだ料理に手をつける。CWOでは味や触感も電気信号として脳に伝える現実に近い状態で感じる事もできたが、咀嚼した料理を飲み込んだとき、食道を通り、胃へとたまる感覚に思わず食事の手を止めた。


「これは……ここまで再現というか“現実”になってるのか……」


 ディーの戸惑いを含んだ声を聞きながら思わず腹部を撫でる。二つの感覚はいつものCWOでは再現されているものではないため、あの仮面の人物がいう“現実が再現されている”という意味に戸惑いつつも食事を済ませた。

 再び広間に戻り、それぞれがソファーに座ったあとパーソナルブックを開く。


「さて、とりあえず腹も膨れたことだし、情報を整理していこうかの」


 サクラの一声にソファーに座ったトーア達は頷いた。


「まず、あの仮面の人物についてじゃが……掲示板ではまぁ、色々と言われておる。黒幕、イベントの最終的なボス、神というプレイヤーもおるの」

「混乱は起こってないみたいですね」

「今のところはって感じだけどね」


 メリアの言葉に、ディーは小さく溜息をつきながら呟く。VRゲームでデスゲームや異世界転移と言った創作物に大体のプレイヤーが触れているためではないかとサクラは話して、笑みを深める。


「正直、わしも年甲斐もなくわくわくしておる。不謹慎かもしれんがの」


 恥ずかしそうにはにかむサクラの姿に、わくわくしているのは自分だけではないとトーアは内心、ほっとした。


「じゃが、広場の一件もある。それぞれ気を抜かぬようにな。じゃが……ここに居るのだと心配なのはディーくらいかの」

「確かに街の外に出て行く頻度としてはそうですが……サクラさんも危ないのでは?」

「流石にしばらくの間は控えるつもりじゃよ。ホームドアはあるからの」

「僕も控えますよ。もう少し情報が集まってから……ですね」

「サクラさんとディーさんは、あの仮面の人物が言っていた事は本当だと考えているんですか?」


 メリアの質問にディーは難しそうな顔をし、サクラは眉間に皺を寄せて、外見にそぐわない老獪な雰囲気を覗かせながら重々しく頷いた。


「まだ半信半疑というところじゃが、事実かどうかを完全に確認する術はわしらプレイヤーにはない。もし嘘だとしても、再度ログインするのは難しいじゃろう」


 サクラとディーの話を聞きトーアは思考実験『水槽の脳』を連想する。

 思考実験のひとつ『水槽の脳』は、“私達が認識している世界は水槽の中に浮かぶ脳が高性能なコンピューターによって再現された仮想現実ではないか?”というもので、VRコントローラーによって繋がったトーア、他のプレイヤーはある意味それに近い状態と言える。

 VRで再現された空間であると認識はしているが、CWOの死が現実での死とリンクしているかを確認する方法は死ぬしかない。だが本当に死んでしまえば確認することも出来ず、結局、無駄死にということになりかねなかった。


「死なないようにする、それしかない」

「クアルの言う通りね。……何時まで冷静を保っていられるかわからないけど」

「何時も通りというか、この生活、世界に慣れてしまえばいいんじゃない?」


 メリアの言葉にきょとんとしながら返すと大仰に溜息をつかれる。


「トーアはいいかもしれないけど、どうしてもストレスを感じてしまう人が居るかもしれないでしょ?」

「まぁ、そうだけど……。創作物のようにゲームの世界に転移したとでも思えばいいんじゃない?この世界にどれくらい居ることになるかわからないけど……現実では十二時間だけ過ぎるんだし」


 そうトーアは言ったものの、その十二時間が経過しないのかも結局知ることはできず、もしかしたら現実の体は病院のベッドの上で大騒ぎになっているかもしれないという言葉は飲み込んだ。

 その後、ギル達はそれぞれのホームドアに戻ることを告げてトーアのホームドアを出ていく。ホームドアに残ったトーアは一つ息をついて生産を行う為の部屋へと脚を向けた。


 ゲーム内時間で一週間が経過した時、広場の惨劇から二人目の犠牲者が出る。それはプレイヤーがプレイヤーを殺すPKプレイヤーキルで起こったものだった。

 デスゲームと化したCWOでPKプレイヤーキルを行うというのはつまるところ人殺しと同義である。

 プレイヤー達は騒然となり、誰もがその一線を越えることはないと思っていたが、どこか想定された事態でもあった。

 トーアも最初は驚き、愕然としたが、頭のどこかでやっぱり起こったかという考えがよぎる。


――人が人を殺すなんて、ここはゲームであってゲームじゃないのに。


 トーアはモンスターの解体が現実に解体しているような感触があった事を思い出していた。恐らく人を攻撃した場合も同じように生々しい感触があるのだろうと思っていた。


「……人から襲われる事を考えないといけないなんて……」


 小さく息をつき、トーアはサクラから自衛できるだけの技術を学ぼうと連絡をとった。

 その後、クアルとメリア、ギルともにサクラから自衛のための技術を学び、それぞれの武器を作成する。

 トーアは刃渡り三十センチほどの片刃の短剣を両手に持ち防衛を主軸としたものになり、クアルは種族スキルによって帯電した棍を使って相手を無力化する戦い方になった。

 一緒に来ていたギルは剣術、メリアは細剣による刺突剣術で戦っていたため、サクラのサポートという形でトーアとメリアの模擬戦の相手をする。


「いたた……模擬戦は変わってないね。痛いけど……」

「トーア、大丈夫?」


 ギルとの模擬戦中に受けた攻撃による痛みは本物に近く感じたが戦闘終了後には傷跡がなくなっていた。デスゲームが始まる前は模擬戦で受けた傷はどんなものであっても終了後には完治していた。デスゲームが始まった今もそれに変わりはなかったようだった。

 サクラから修練を受けた後、トーアは日常と化した日々を過していく。その間、独自の宗教を立ち上げたカルト集団の蜂起やイベント攻略を進めていたプレイヤー達の死、新たな出会いを通して、この状況に慣れを感じ始めていた。

 むしろ現実で過していた時よりももっと生の実感があり、『生きている』と断言できるような満ち足りた時間を送っている。他のプレイヤー達もまた同じように変わり、イベントを攻略しながら生きることを受け入れ始めていた。

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