第十章 十二時間のデスゲーム 3
瞬く間に時間は過ぎ、十周年記念イベント当日となる。
トーアが拠点としている街の中心には噴水のある広場があり、そこには多くのプレイヤー達が集まっていた。噴水の上には現在のログイン数と時刻が表示されたARウィンドウが表示されており、イベント開始時刻の十八時に近づくにつれてログイン数の数値は増え続けていた。
噴水から離れた場所にはプレイヤー達が思い思いの椅子やベンチ、テーブルを取り出して座り、パーソナルブックを広げて談笑したり、噴水の上のARウィンドウを眺めたりしていた。
その中でトーアも他のプレイヤーと同じように丸テーブルと椅子を取り出して座っていたが、外に使うには不釣合いな彫刻が施されており、テーブルの上には『机・椅子、販売中』という立て札を置いてある。
一応、目は引いているため宣伝効果はあるようだった。
「ログイン数増えてるね」
「うん。流石にイベント当日だし……CWOのリアルタイムなログイン数は初めて見たよ」
テーブルの向かい側に座るギルは椅子にゆったりと座り、頬杖を突きながらログイン数の表示されたARウィンドウに視線を向けており、その様子はギルの外見のせいか非常に絵になる。トーアはギルが座ってるから宣伝にもなってるんじゃとも思っていた。
その日のトーアは、イベントのためにしっかりと仕事を終わらせて、休みを取り携帯の電源を切り、万全の準備をしている。
テーブルの上に開かれたパーソナルブックにはゲーム内掲示板のページが開かれており、復帰したプレイヤー達の情報やイベントについての憶測が飛び交っていた。
トーアとギルと同じように噴水から離れた所でまったりとしているプレイヤーの中には大きな唐傘の下で茶屋の入り口に置かれるような和風の長いすである縁台に座ったサクラとディーが団子を片手に談笑している姿がある。
「トーア、私にも椅子だして」
声を掛けられた方を見ると半目に三白眼という目つきの悪い女性キャラクターが立っていた。くたびれた白衣を羽織り大きな胸は縦セーターを押し上げ、タイトスカートから伸びる脚は黒いタイツに包まれている。癖毛のようなウェーブがかかったライトニングイエローの髪は肩から少し上にそろえられていた。
額の上辺りから後頭部に向かってうねりながら一対の角が伸びており、それは女性の種族が【雷竜人族】と呼ばれる人と雷竜のハーフという設定の種族の特徴で、種族スキル『稲妻顕現』が使える。
トーアは微笑みながらチェストゲートから新たに椅子を取り出した。
「もちろん。イベントの時間に間に合ったんだね」
「丁度良く外回りの後に直帰になったから」
新しく取り出した椅子に座ったのは、エクアルトール・リリランテというプレイヤーでトーアにとって最も親しいプレイヤーの一人。他のプレイヤー達からはクアルと呼ばれている。
科学者のような格好をしている彼女だが、現実で出会った彼女は角と髪の色、胸部の膨らみ以外、外見や雰囲気は変わらず職業はOLと言っていた。
クアルの設計する【刻印】の回路は簡略化だけにとどまらず、同じ大きさでもより強力に、より低コストな物を発明し続け、そのためか二つ名『刻印狂人』が贈られる。クアルはその二つ名を送られたとき、満更でもないような顔をしていた。
「でも、休みはとれなかったから今日はほどほどのところでログアウトする予定。トーアは休みとったんでしょ?」
「ばっちりね」
にやりと笑うとクアルは呆れたようにため息をついた。
トーアがクアルと出会ったのはある刻印の設計をしたもののクアルの生産系アビリティのレベルでは素材を加工出来なかったため、その加工を依頼しに来た時だった。
トーアに行き着くまで他の生産系プレイヤーに依頼しようとしたがその設計が特殊すぎたために断られ、巡り巡ってトーアの元へと辿り着いたらしく、設計を見せたクアルは半ば諦めていたようだった。
そのときまでの【刻印】は、刻印自体が機能を持つタイプと魔導石を核とするタイプの二つのタイプがあり、加工方法もマナを通す素材に刻印を施す物と他の素材にマナを通す素材で刻印を作る二通りある。
クアルの設計はその四つを同時に実現した後に『ハイブリット』と呼ばれる製作方法の雛形だった。魔導石を核にしながら周囲の刻印で機能を増幅、彫られた凹凸どちらも機能を持つという代物で、従来の【刻印】よりも遥かに小さく強力な物だった。CWOの生産系プレイヤーなら一度は考えるものの、困難な設計の前に断念する代物でもあった。
『これ、動くの?』
『うん。多分』
ダウナー系プレイヤーのクアルの諦めを感じさせる投げやりな答えに半信半疑になりながらも面白そうという気持ちとダメで元々と依頼を受けることにした。
その結果、完成したのはトーアだけではなくCWOのプレイヤーの常識を覆すものになる。その後、クアルはその設計者という事で名前が広まることになったが、頻繁にトーアの元へやってくるようになった。
その際には、トーアが思わず眉を寄せるような難度の高い設計を一緒に持ってくる様になる。
『クアル、どうしてこんな設計思いつくの?』
『私、こういうの考えるの好きでパズルとかナンクロとかやってたんだけど、CWOの【刻印】を見て、これは面白いって。それで色々と考えてるうちにこう……ね?』
『ね?って首を傾げられても……』
『トーアがにっこにこしながら生産するのと同じようにように、私は刻印を考えるのが楽しいの。これはそれの副産物みたいなものだから』
『あー……それにしても贅沢な副産物だなぁ……』
呆れて笑いながらもクアルとともに刻印を作っているうちに一緒に行動する事が多くなった。
「トーア、私にもいいかしら」
続けて声をかけてきたのは、長身でメリハリの利いた身体を深い蒼色の布をふんだんに使った豪奢なドレスを包んだ女性キャラクターだった。ドレスの胸元は大きく開いており、豊満な胸を形良く整えている。スカートはパニエを大量に使っているのか、形良く広がっていた。そして、左の腹部にはドレスの生地よりも濃い蒼色で薔薇を象った女性の意匠が刺繍で施されている。
「メリア?仕事忙しかったんじゃ」
「それは大丈夫よ。終わらせてきたから」
トーアがメリアと呼んだ女性キャラクターは、アルメリア・ローゼランテというプレイヤーでメリアという愛称で呼ばれている。現実で会った時はトーアと同じく男性でAIのデザインを行うAIデザイナーという仕事をしていた。
メリアは趣味でゴシック服をデザインして自作したり、依頼されてコスプレ服の作成し販売を行い、結構稼いでいるようだった。
『でもね、流石に布や在庫が部屋から溢れ始めちゃってこれは、ヤバイなーって思って……でも作るのはやめられないし』
『わかる、作るの楽しいよね。それでCWOを始めたってこと?』
『そうよ。でもね、まさかこっちでも在庫と素材に頭を悩ます事になるなんて思わなかったわ……』
溜息混じりに話していたメリアだったが、その後に実装された【操作】と【人形師】によってその心配は一掃される。
【操作】は魔法系に類するアビリティで生産系アビリティ【人形師】によって作成された素体にAIを設定し、自立で動くゴーレムを作成するアビリティ。メリアは人と同じ大きさの球体関節人形のようなゴーレムを作成し、自作した服を着せることで在庫を気にする必要がなくなった。
贅沢な人形遊びのようにも見えるが、本職のAIデザイナーであるメリアが作成するゴーレムはかなり人に近いファジーな反応をするようになる。
その中でもトーアとクアルに似せたメイド服を着せたゴーレムは、口調なども似せているため、『本当にそっくり』『そっくりすぎて気持ち悪い』というのがトーアとクアルの感想だった。
そして、高性能なゴーレムの数が日々増え、メリアが自らマネキンとしてドレスなどの服装を着ることから二つ名である『人形王国の女王』が贈られている。
メリアが椅子に座るとチェストゲートから茶請けのクッキーを取り出したので、トーアは人数分の紅茶を用意した。
トーアにとってメリアはクアルと同じく最も親しいプレイヤーの一人で、こうして茶菓子を食べながら談笑することが多い。いつの間にか、【特級創作士】であるトーア、新たな【刻印】の作成方法を発見、確立、発展させたクアル、デザインセンス、AIの設計に一目置かれるメリアの三人まとめて『気狂いかしまし』と呼ばれ事になる。二つ名というよりも俗称的な扱いだがトーアとしてはもう少しましな名前はないものかと首を捻っていた。
ギル、クアル、メリアとともにクッキーを食べながら、イベント開始まで談笑していると、広場の噴水の周りにプレイヤー達が集まり始める。
「そろそろだね」
噴水の上に表示された時刻に視線があつまった。
『5!』
『4!』
『3!』
『2!』
『1!』
『Crafting World Online!十周年おめでとう!!』
ARウィンドウに表示された時刻が十八時を表示した瞬間、集まったプレイヤー達は歓声をあげる。
しばらく歓声と拍手が広場に響いていたが、プレイヤー達はパーソナルブックを現し、開いてイベント情報が表示されるページを開き始めた。
トーアも開いていたパーソナルブックを捲り、イベント情報のページを開いた。だがそのページは白紙のままであたりのプレイヤー達からも困惑した声が聞こえ始める。テーブルについていたギルたちもパーソナルブックの状態に顔を上げており、理由がわからないとトーアは首を横に振る。CWOは滅多に不具合が起きない事でも有名で、イベント時にこのような事が起こったのは十年間でも経験がなった。
「うーん……珍しいけど、ついに不具合の発生なのかな」
椅子の背もたれに寄りかかり、誰かがGMに連絡するだろうと小さく溜息をつくと、パーソナルブックの開いたページが僅かに光る。身体を起こして覗き込むと『Crafting World Online 十周年記念イベント』という項目が追加されていた。そして、文字がゆっくりと表示されていき、イベント名が全て表示される。
「えっと……イベント名は……『神々の依頼』?」
イベント名を読み上げた瞬間、トーアの意識はスイッチを切ったかのように途切れた。