第十章 十二時間のデスゲーム 2
その日もいつものように仕事を終えて帰宅したあと、夕食とお風呂を済ませてCWOの公式Webページで更新情報があるか確認していた。イベント情報には一ヵ月後に開催される十周年記念イベントの告知がされており、十年間も続けたんだなぁと感慨深い気持ちが広がる。まだまだコンテンツの終わりが見えないのと飽きと言うのを感じていないため、まだ続ける事になるだろうと一人頷いた。
――流石に結婚したりすればやめるか頻度は落ちるかもしれないけど……。
その前に相手を見つけないとダメかと苦笑いを浮かべ、イベント情報を読み進めていく。十周年記念イベントの情報は一ヵ月後に開催されるということだけでそれ以上の情報はなかったが、以前のイベントで事前情報がなしでイベント開始と同時に情報が開示されたパターンがあったため、同じものだろう考えて一緒に告知された内容を読み始める。
他には一定期間以上ログインしていない『引退』したプレイヤーが再度ログインする事で特別なアイテムを受け取る事が出来る復帰キャンペーンや、新たにCWOを始めるプレイヤーに対して特別なアイテムが支給される新規キャンペーン、期間限定で販売される課金アイテムの販売など、十周年記念イベントに付随するイベント情報が記載されていた。
情報をCWO内でも確認できるようにパーフェクトノートに写し、CWOへログインする。
ログインした後、ホームドア内の鍛冶場で今後増えるであろう新規プレイヤーに販売するための武具を作った。まだ在庫に問題はないがそれはそれ、これはこれであるとトーアは出来栄えに満足しながらチェストゲートに収納する。
そして、拠点としている街で露店を開くため準備を整えたあと、ホームドアを出て職業神殿前の広場へと向かった。
トーアが拠点としている街はCWOの中でも大きな街の一つでありチュートリアル終了後に行く事を推奨される街の一つ。初心者から中堅、上位プレイヤーと幅広い層が活動しており、その分、アイテムの売り買いなども活発である。
「いい場所空いてないなぁ……」
その分、人が多く訪れる職業神殿の前などは露店の場所取りも過酷で、すでにびっしりと露店が開かれていた。街の中には物件を買い取って商店のように販売しているプレイヤーも居るが、トーアは“身軽で居たい”という理由から物件は購入せずにずっと露店での販売をしている。
場所が空いていないのならしかたないと街の入り口へと向かう。入り口は入り口でアイテムの買い忘れや、すぐに補給がしたいという理由から穴場的な立地である。街の入り口は、待ち合わせをしているパーティや、あたりを見渡しながらふらふらと歩いている初心者など様々なプレイヤーの姿があった。
トーアが露店の準備を鼻歌交じりに準備をしていると街から伸びる街道を歩いていた一人のプレイヤーがゆっくりと近づいてくる。
「トーア、今日はこっちなんだね」
「あ、ディーさん。戻ってきたんですか?」
頷いたプレイヤーは使い込まれた外套を羽織り、手には杖、背中には見た目は小さいが【刻印】によって容量が拡張された鞄を背負っていた。見た目は二十代後半といった男性キャラクターで赤茶けた黒髪は短めにそろえられている。
このプレイヤーはトーアにとってCWOのイロハを教えてくれた人物で、初心者の時期に街の外で右往左往していた時に助けてもらった恩人でもあり、今では兄貴分としてトーアは慕っていた。
プレイ期間はトーアよりも長く、テスト期間からのプレイヤーであると以前聞いたことがある。一日中ログインしてプレイしているような人物であったがどんな生活をしているのか聞いたことはなく、詮索する気はなかった。
「ああ。まぁ、すぐに出発するよ。でもイベントも近いからその時はここに戻ってくる予定だよ」
「次はどこへ行くんですか?」
「そうだね、一ヶ月で戻ってくる事を考えたらそんな遠出は出来ないから近くを巡る感じかな」
「……さすが『放浪賢者』と呼ばれるディーさんです」
愛称であるディーと呼ばれた男性、クリムディア・レクトリアルは困ったように笑っていた。『放浪賢者』という二つ名を得るほどの知名度を持ちCWO内では割と有名なプレイヤーでもある。
『放浪賢者』の二つ名はディーのプレイスタイルから来るもので、それはCWOの様々なフィールドを放浪し新たな発見や絶景とも言える風景の写真をゲーム内掲示板に投稿することから贈られた。アビリティは全ての系統を満遍なく取得しているが、それは一人でも旅をするのに必要なアビリティを取得しているうちにそうなってしまったと苦笑いを浮かべるディーから聞いたことがあった。
「告知を見ましたか?」
「見たよ。ついに十周年か……始めたときはそんな長くプレイすることになるとは思わなかったけど、まぁ、めでたいね」
「そうですね……。復帰キャンペーンもしてますし、引退した人たちが戻ってくるかも、と思ってるんですけど」
「フレンドリストに灰色のままの人たちが結構居るからね」
パーソナルブックのあるページには友人として登録したプレイヤーのリストがあり、ログインしていない限り灰色で表示される。何日もログインしていないのを見ると引退したのかと少しだけ寂しい気持ちになる事があった。
「それも含めて今日はここで露店を開くつもりです。職業神殿前が一杯だったというのもありますけど……新規さんも居ると思いますし、パーフェクトノートの配布もしないといけませんから」
そうかと笑みを浮かべて頷いたディーはトーアからいくつかの消耗品を買ったあと、再び街道を歩き出し去って行った。その後姿をしばらく眺めていたトーアだったが、一つ息をついたあと露店の準備を再開した。
しばらくして露店の準備を終え、販売物であるテーブルと椅子に腰掛けながらゲーム内掲示板を眺めていると巨大な熊が街道を進んでくるのに気が付き顔をあげる。
熊が上位のプレイヤーが完全武装で赴くような場所に現れる、熊系最強の一角に数えられる巨大熊で体内に灼熱の炎を宿し立つと四メートルを超えるボルケイノキリングベアである事に驚く。
「あ……サクラさんか……」
が、その上に跨る少女の姿に椅子に座りなおした。
「おう、トーアか。息災かの」
「サクラさん、こんばんわ」
ボルケイノキリングベアに跨る少女は、後にトーアの戦闘技能の師となるサクラ・ソミソナギで、その外見はトーアよりも幼く小さい。伏せをしたボルケイノキリングベアの熊吾郎から桃色のロングヘアを揺らし降りたサクラは笑みを浮かべながらトーアの近くにやってくる。
トーアが取り出した追加の椅子に腰掛けたサクラだが浮かべる笑みは外見に似合わない老成な雰囲気を醸し出していた。それは中のプレイヤーが齢八十を越える老人であるためで、その外見は今は亡き妻の出会った時の姿を模したものであり、名前も捩ってはいるもののあまり変わらないらしかった。『サクラは俺の嫁!』を体現したその姿は一部のプレイヤーから尊敬を集めているらしい。
「十周年イベントという事で山を降りてきたんじゃが、なかなか賑わっているようだの」
「今回のイベントはどんなものになるんでしょうね」
「そうじゃのう……前回は割と単独で出来るもので、その前はプレイヤーが一丸となって攻略せねばならんかった。それを踏まえれば今回は協力系のイベントかもしれん」
トーアはお茶と茶菓子をチェストゲートから取り出してサクラに振舞う。そして、街に滞在するのか尋ねた。
「うむ、そのつもりじゃ。ディーはこんな時も出歩いているようじゃがの……」
「サクラさんはディーさんとお知り合いなんですか?」
「ん?話してなかったかの。あやつは普通にワシが修行してるところにやってきてからの付き合いじゃな」
ディーのプレイスタイルを考えれば、上位プレイヤーだけが立ち入るようなフィールドで生活するという修行プレイをするサクラが出会うのはありえるかとトーアは思った。
「うむ。それではワシは行くからの」
茶菓子とお茶を食べ終わったサクラは立ち上がり、手を振って街へと入って行った。
その日は他のプレイヤー達と十周年記念イベントの話題で盛り上がりながら、ある程度の時間でトーアはログアウトする。
十周年記念イベント告知から数日が立つと、新規プレイヤーの姿に混じって引退していたプレイヤー達が復帰し、姿を見せ始めた。
このごろは街の入り口が露店の定位置になりつつあるため、品揃えも消耗品や低いアビリティレベルで使用する武具類を並べている。
復帰したプレイヤーの一部は露店を開くトーアの姿を見ると懐かしそうに笑みを浮かべながら、ログインしていなかった時期の更新情報などを一喜一憂しながら聞き、十周年記念イベントに向けて勘を取り戻してくると消耗品などを買い込んで街の外や自身のホームドアへと向かって行くのを見送った。
そして、露店を続けていると二人のプレイヤーが近づいてくるのに気が付き、顔を上げる。
「レスティさんにレイさん、お久しぶりです」
「や、トーア。変わらないねぇ」
「ふふふ……久しぶりね、トーア」
人懐っこい笑みでひらひらと手を振るのは、とび色の髪をショートカットより短めにそろえた女性キャラクターでアレスティア・ベルバロット、他のプレイヤーからはレスティと呼ばれている。そして、もう一人の女性キャラクターはアンカレイド・ガフティリアというプレイヤーでボリュームたっぷりのエメラルドグリーンの髪をリボンでまとめ、優しい雰囲気に浮かべている笑みからは母性を感じさせた。他のプレイヤー達からはレイと呼ばれている。
二人との出会いはディーを通じてで、二人の戦闘スタイルに合わせた武器の作成を依頼されたのが始まりだった。その後はこうして雑談したり素材の探索を頼んだりと交流することが多くなる。
二人は現実では姉弟で、姉であるおっとりした性格のレイに、弟であるレスティは色々と心配だと以前呟いていた。
「アイテムを作るためにプレイしてますからね。露店は……まぁ、在庫処理というか。あ、少し前に【特級創作士】になりました」
「おおぉ……廃人だなぁ」
「いや、流石に十年プレイしてますから……」
レスティの冗談をトーアは少し困りつつも、二人が引退したのかと思っていたと返す。
「ん、あーいやぁ、いろいろあってさ。それも落ち着いたからCWOも十周年ってことだし、久しぶりに復帰しようかなーって思って、レイ姉さんを誘った訳」
「私もいろいろあって今はゲームが出来るくらいにはなったけど、本格的に引退しようかなって思って……丁度イベントがあるし、これで最後にしようと思ったの」
レイの引退発言に寂しい気持ちになるがレイにはレイの生活があるため、トーアはそうですかと小さく頷くだけでそれ以上何も言わなかった。
「ふふふ、そんな寂しそうな顔をしないで。十周年イベント期間はログインするからね」
「あ、は、はい……」
優しい笑みを浮かべたレイに頭を撫でられて少しだけトーアはくすぐったい気持ちになる。
レスティはログイン頻度は落ちるかもしれないが、CWOを復帰すると宣言しトーアからログインしていなかった時期のCWOの情報を聞いて、驚いたり意地悪い笑顔を見せたあと、トーアから消耗品を買い込んで街道を走りだして行き、立ち止まる。
「レイ姉さん!ほら、早く行こう!次のイベントが何かわからないけど、鈍ったままだと満足に出来ないんだから!」
「はいはい。トーア、それじゃぁね」
レイは小さく手を振り、レスティを追って駆け出して行く。その様子を見て、トーアは思わず笑顔になりながら露店に出した椅子に座りなおした。
――なんだか今までの記念イベントの時よりも戻ってくる人が多いような……新規さんも多いみたいだし。復帰や新規の特典ってそんなにいいものだったかな?
少しだけ不思議に思いながらやってきたプレイヤーと品物の交渉をしているうちにその疑問を忘れてしまった。