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第十章 十二時間のデスゲーム 1

 トーアとギルがカウンター席に座ると男性はそれぞれの前にメニューを差し出してくる。


「まずは飲み物でもどうでしょうか。メニューにあるものであれば軽食を用意することもできますよ」


 以前と同じ構成のカフェオレを注文し、ギルもメニューの内容に驚きつつもブレンドコーヒーを頼む。男性はわかりましたと頷いて二人の注文を用意し始め、コーヒーミルでゆっくりとコーヒー豆を挽き始めたのをみて、トーアはギルに体を寄せる。


「ギル、とりあえず質問することを纏めよう」

「あ、ああ……。さっきのゴブリンの事もあるしね」


 まだ戸惑っていたギルだったが、一度、深く呼吸をし落ち着こうとしていた。トーアはギルとともにひそひそと話し合いながら、質問する項目をパーフェクトノートに書き込んでいく。質問の内容は『トーアが作った剣を受け取った勇者は何をするのか?』、『黒い角を持った生物の正体は?』の二つだった。

 しばらくしてカフェオレとコーヒーが運ばれ、トーアの前にカフェオレが置かれる。その頃には【神々の血脈】を使った後の倦怠感は薄れていた。


「質問があるようですが……」


 カウンター内の背の高い椅子に座った男性に頷いて『トーアが作った剣を受け取った勇者は何をするのか?』と尋ねる。


「それについてはまず、僕のような世界を管理する立場にある『神』としての存在について少し説明する必要がありますが、よろしいですか?」


 トーアはギルと顔を見合わせた後、頷いた。

 『神』というのはトーアやギルに説明する為の通称であり、様々な宗教で語られるような絶対的な存在ではないという事、『神』という存在は“世界”という単位で数多く存在しえている事が説明される。


「世界?」

「はい。トーアさん達が居るコトリアナがある空間、領域のことを指して『世界』といいます。この喫茶店はどちらかと言うと僕たち『神』が居る領域に近い場所にあります」


 いまいちはっきりとわからないものの、男性がそういう立場に居るというのは前回から話を聞いていたのでなんとなくわかっていた。

 そして、男性のような神を管理する存在『大神』もまた複数存在し、トーアとギルをこの世界に送り込み、CWOのデスゲームを引き起こした張本人たちでもある。


「ほとんどの『神』は生前、別の世界で普通に生活をしていた人で、僕の場合は死後、大神様からの勧誘という形でこの立場、存在になりました。忘れ去りそうなほど昔の話です」


 勧誘という言葉にトーアは小さく首を傾げると、男性が人とは違う存在になりあり方に迷っていた時に大神から『これのあり方なんて、明確な事は決まっていない。他のところはもっと厳しいらしいが、俺のところはそうだな……企業に勧誘されて就職したと思えばいい。つまりはお仕事だ』と言われたらしかった。

 転生時に酒場らしき場所で話したときに、妙にサラリーマンくさい印象を受けたのは元々からそういうスタンスだったのかと納得する。


「昔からああだったんだ……」

「……はい、なのであの方はどちらかというと上司、という感覚が強い気がしますね」


 男性の言葉の端々からは大神への信頼が見え、部下には信頼は厚いようだった。


「ここからトーアさんに剣の依頼をした事につながってくるのですが、ある事が原因で『世界が滅びる』という事象が大神の方々に多く報告されるようになりました」

「世界が、滅びる?」


 滅びるという言葉の意味が一瞬、理解できなかったトーアだったが男性の真剣な表情にその言葉が嘘ではないと感じる。


「原因はわかっているんですが名称が決まっていないので……『魔王』と呼びましょうか」

「……ま、まぁ、世界を滅ぼすと言えばそうかもしれないけど……」


 男性のネーミングセンスに呆れた声を上げてしまうが、男性の表情は曇ったままだった。男性の話では『魔王』というのはその世界に住む生物の悪意などの負の感情が澱みのように世界に堆積し、最終的には世界へと顕現する。『神』という存在の話も充分にファンタジーだったが、魔王が現れて世界を滅ぼすという突飛な話に思わずギルと顔を見合わせた。


「『魔王』は世界に生き物が居る限り必ず存在します」

「……そういう事なら私達が住んでいた世界にも魔王が居たって事?」

「いや、そんな世界を壊すような存在が現れたら歴史が変わってる」


 ギルの言葉にトーアが頷くと男性は小さく首を横に振る。そして『魔王』という存在は世界によって影響を及ぼす方法が違うという。トーアとギルの居た世界の魔王は住む人々の意識に影響を与え、普段は躊躇するようなことをあっさりと超えさせるようなモノで、大きな争いが起こったのではないかと話す。そういうことならばと思い当たる点は多くあり、『魔王』という存在もありえなくもない、かなとトーアは思った。


「ですが、トーアさん、ギルさんの居た世界は滅んではいません。管理する神が『魔王』に対して正しく対処できた結果です。ですが『魔王』の種類は世界ごとに違います、このコトリアナに合った方法を取らなければいけないのです」

「それが私への依頼である『剣』と『勇者』の存在……」


 その通りですと男性は頷いた。

 トーアとギルが居た世界と違いコトリアナの『魔王』は形をもって顕現するため『勇者』で打ち倒すという方法を男性は選んだと語る。

 勇者は男性の神としての力を注ぎ込まれ生まれるが、魔王がその世界に現れるまでその力を封じられて生活しているらしく、誰が勇者なのかはわからない。命の危機になったときはその力が一時的に解放されるらしい。


――強大な力に振り回されて死なれてすべてご破算ってことになるよりはマシなのかもしれないけど……それはそれで神様って存在に振り回される人生になりそうだなぁ。


 かと言って他に案も思いつかなかった。カフェオレを一口飲み、勇者という存在が作れるのなら剣を作る依頼をしなくてもいいのではないかとトーアは思い、尋ねる。

 男性は言葉に詰まらせたが意を決したように口を開いた。


「それは……トーアさんの言うとおり、私の先輩にあたる神たちは魔王を打ち倒す『勇者』や、魔王を倒す為の道具を作り出す『名工』や、世界を一つにまとめ救うような『英雄』、常識を変えるものを生み出す『発明家』という存在とともに世界を護ってきました」


 男性はですがと言葉を切り、うつむく。


「私は『勇者』の存在だけに注力したため、尖った能力の勇者が生まれてしまいました。今のコトリアナにはその勇者の力に耐える武具を作り出す腕前を持つ方はいません」


 つまり力の配分を間違えた結果、トーアに頼らざるを得ない状況になったらしくトーアは小さく息をついた。続けて男性が語ったのは他の神の失敗談で、トーアはその話を聞いてその世界に住む住人たちに同情する。


「今まで多くの世界と多くの命が失われました。大神の方々はそれを憂い、ある事を始めたのです。勇者、英雄、名工、発明家を他の世界で生み出し、その世界へ転生、転移させる事で滅び行く世界を救おうと」

「それって……いや、まさか」

「それはトーアさん、ギルさんがプレイした“Crafting World Online”です」

「でも、あれは……」


 思わず立ち上がり、ゲームだと言いそうになったトーアだったが自身がその『名工』として世界を渡っている事を思い出し、椅子に座りなおした。


「Crafting World Onlineは大神の方々や僕のような神々が作成したVRMMORPGです。様々な可能性を視覚化してわかりやすいものにするということでコトリアナのことわりが基礎に選ばれました」

「え、選ばれたってことは……この世界、コトリアナがCrafting World Onlineに似ているんじゃなくて、Crafting World Onlineがコトリアナに似ているって事?」

「その通りです。システムの構築と管理は僕がやっていたので、トーアさんやギルさんは戸惑うことなくパーソナルブックやアビリティを使う事ができたと思います」


 どこか誇らしげな男性にトーアはギルとともにぽかんとした表情を浮かべる。考えてみればどちらが先に存在していたかを考えれば、コトリアナが圧倒的に先なのは考えなくとも当たり前の事だった。


「ならCWOに登場したものは全てコトリアナにあるという事なのか……」

「いえ、それは違います。私の他に協力した神や大神様は数多くいらっしゃいます。なのでCWOには他の世界にしかない職業や技術が使われています」

「コトリアナにないものって……?」

「そうですね……あげると限がないのですが……トーアさんとギルさんの種族である半神族はこの世界に存在しません。別の世界の王族の種族ですから」

「えっ!?そうなの?」


 フィオンの目の前で【神々の血脈】を使ってしまったことを思い出し、トーアはどうフィオンに説明しようかと一瞬、考え出しそうになる。


「コトリアナにも種族スキルのようなものをもった種族はいますので……そのようなものだと言えば問題ないとは思います。あと、成長装具なんですが、あれはどこの世界にもないものなんです」


 男性の言葉にフィオンが漏らした『天命兵装』というものがあるはずではと首を傾げた。


「あ、いえ、似たようなものはそれぞれの世界に存在してますし、コトリアナにも人々が『天命兵装』と呼ぶ物があります。ですが成長装具とはまったく別の代物です。成長装具は非常に特殊な物で、今はトーアさんとギルさんの魂とつながっています。それはとても強いつながりで、こうして世界を超えても変わらずに使う事が出来るのです」

「害はないんだよね?」

「はい。魂と繋がっているという事は共生関係に近い状態にあるので、益になることはあっても害になることはありません」


 腰に差したままの贄喰みの棘・紅が擬態している剣を撫でると甘えるように小さく震える。今更心配しても仕方ないかとトーアは視線を男性に戻した。

 となりに座っていたギルはコーヒーをゆっくりと嚥下した後、カップを置いて睨むように視線を男性に向ける。


「ところでずっと気になっていた事があるんだ、あのデスゲームはなぜ行われたんだ?」


 ギルの質問にトーアも頷くが、男性はどこかきょとんとした顔をしていた。


「大神様からお聞きしていませんか?」


 ギルと揃ってうなずくと男性はまたかと小さく呟き、それにトーアはなんとなく大神がまた伝え忘れたのだろうと察した。


「それについては大神の方々や僕のような神達が決めた事です。……たとえゲームの中だけで世界を救うだけの力を手に入れたとしてもそれはVRMMORPGという“ゲーム”の領域を出ません。ですが“現実”が再現された“ゲーム”を生き残った人間は本物に最も近いというのが理由です」


 男性の言葉にトーアは出かかった暴言を飲み込む。今のトーアの状況を考えればそれは納得のいく理由だった。いきなり異世界という特異な状況下でも自身の身を守り、生きていけるだけの技術と度量を身につけることが出来たのは、デスゲームという状況を乗り越える事ができたからとも言える。


――意識改革にはとても有効な方法だったけど……確かに良い面もあったけど……。


 カフェオレが入ったマグカップに視線を落としたトーアはゆっくりとデスゲームで経験した事を思い出し始める。

 それは素手でブラウンボアを殺す術を学び、向かってくる相手に容赦しなくなった事でもあり、そして、誰も殺さないようになった分岐点と言えるものだった。

 あの皮を貫き、肉と内臓を斬り割く感触と生暖かい血のむせ返る匂い、次第に失われていく命の感触が蘇り、小さく震え始めた手をきつく握りしめ震えを押さえこむ。

 全ての始まりはトーアが【輪廻の卵<半神族>】【外神アウター】級を完成させる半年と一ヶ月前、Crafting World Onlineの公式Webページにて『十周年記念イベント』が告知された時まで遡る。

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