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第九章 二人の秘密 14

 起き上がった元ホブゴブリンは、剣を構えるトーアを視界に捉えると口を大きく開ける。


「ガアアアァァァァッッッ!!!」


 トーアに向かって放たれた咆哮は肌をびりびりと震わせ、腹の底に響いた。

 息を整えて剣を構えなおす。ギルとフィオンは依然とゴブリンに囲まれており身動きが取れない状態だった。


――英雄願望はないけど、身を守るためには戦うしかない。


 意識を切り替えて全身が黒く染まった元ホブゴブリンをダークオーガと呼ぶことに決める。

 ダークオーガがトーアの何かを感じ取ったのか再び叫び声を上げた。そして、両手を前に突き出してトーアに向かって真っ直ぐに突っ込んでくる。

 身体を屈めて腕の下をくぐり、脇の下を通りぬけざまにわき腹に剣を薙いだ。


「っ……!?」


 弾かれはしなかったものの、刃が入らず薄皮一枚を裂いたであろう感触に顔を顰める。見た目通りに筋肉の鎧と化しているらしいダークオーガの体躯は何かに躓いたのか、並んでいたゴブリンを巻き込みながら転倒していた。

 ゴブリンの悲鳴が響き渡る中、トーアは剣の刃が通らない相手にどうするか考えていたが、今のトーアに取れる方法は二つある。

 考えをまとめているうちにダークオーガが立ち上がり、再び咆哮をあげると近くに居たゴブリン達が苦しみだす。目を凝らすとダークオーガの近くにいるゴブリン達の体表が黒く染まり始め、全身が黒く染まったゴブリンが普通のゴブリンを襲い始める。

 同族から襲われると思っていなかったゴブリン達は再び悲鳴を上げた。噛み付かれたゴブリンも黒い何かに感染するように体が黒く染まりその変化を広げていく。

 

――ダークオーガみたく巨大化という事はなさそうだけど……ゾンビ映画やゲームじゃあるまいしっ……。


 皮膚が黒く染まったゴブリンは再びギルたちに向かって襲い掛かり始め、それをギルは迎撃し始める。フィオンも立ち上がってギルとともに戦い始めていた。

 ダークオーガは足音を響かせながらトーアに近づき左腕を真横に薙ぎ払う。それを脚を広げて姿勢を低くして避ける。

 そこへ右拳が振り下ろされるが、開いた片足を後ろに引いてぎりぎりのところでかわした。

 ダークオーガの右拳は地面を抉っているのを視線だけで確認し膂力もホブゴブリンに比べて格段に上昇しているようだった。


「くっ……!」


 距離を取ろうと後ろに飛ぼうとするがダークオーガの左手が伸び、僅かに反応が遅れ捕まってしまう。


「っぁああぁぁっ!?」


 地面を穿つ腕力で体を握られ、みしりと自身の身体が軋む感覚を味わいながら思わず悲鳴を上げる。さらにダークオーガが右手を近づけていることに気が付き、辛うじて離さなかった剣を近づく右手に向けた。だが突き刺さる事も気にせず右手が添えられ、両手で握りつぶそうとしてくる。


「っ……ああぁぁぁっ!!?」

「トーア!!」


 ギルの叫び声に辛うじて視線を向けると、ギルが半神族の種族スキルを使うつもりだとすぐに察する事ができた。

 それはフィオンの傍から離れる事を意味し、トーアは頭を振る。


「私がっ……使う!『汝、死を与える者!贄を殺し生のみを貪る終わりたる棘!今、その姿を示せ!』【贄殺しの大棘】!!」


 潰されることに抵抗しながらダークオーガの手の中で一息に【贄殺しの大棘】の詠唱を口にする。剣を握っていた手から艶のない黒い棘が肩口まで猛烈な勢いで生え、ダークオーガの手に突き刺さった。

 剣自体も棘が生えて突き刺さったままだったダークオーガの手を内部から傷つける。さらにダークオーガの手を切り裂きながら剣先の方向へと向きを揃え、一つの大棘と化した。

 【贄殺しの大棘】はたとえ武器や防具を破壊したとしても経験値を得ることができない代わりに、絶大な強度と切れ味を持つ棘に手にした武器を変える【贄喰みの棘】のスキルの一つ。大きさはある程度、トーアが決めることが出来るが今回はバスターソードと呼ばれる一メートルを超える巨大な棘に変えている。

 複数の棘に刺された痛みから僅かにダークオーガの手の力が緩む。その隙を逃さずそのまま半円を描くようにして振り、ダークオーガの右手を切り裂き、左手も親指だけを残して斬り裂いた。

 手を切り裂かれ、ダークオーガが後ろへたたらを踏む。ダークオーガの手の中から脱出したトーアは地面へと着地して一瞬だけフィオンへと視線を向けた。


「フィオン、この事は後でちゃんと話すから」


 聞こえることはないと思いながらも小さく呟き、一度だけ深く呼吸をして【神々の血脈】を発動する。

 頭上に生まれる光の輪によって薄暗かった部屋が照らし出され、トーアの瞳の虹彩の外周に光が生まれた。そして、頭、肩、背、腰に純白の羽が生まれ、合計で八対十六翼の純白の翼が生まれる。

 ウィアッドで発動した時と異なりアビリティレベルを取り戻した状態で発動したトーアは、CWOで公式チートと恐れられた【半神族】の種族スキル【神々の血脈】の本来の性能と姿を手にしていた。


「な……に、あれ……」

「フィオン、ちゃんと後で話すから。……ただトーアを怖がらないでほしい」


 【神々の血脈】によって強化された五感が固まるゴブリン達を横目に呆然とするフィオンとギルの声を捉える。全身を包み込む高揚感、倍以上になったステータスによる全能感と共にダークオーガに飛び掛る。

 助走なしで飛び掛るトーアにダークオーガは腕で攻撃を防ごうとしたが、そんな物をものともせずに【贄殺しの大棘】で太い腕を斬り飛ばした。

 ダークオーガの腕の断面からは黒い靄のようなものが漏れ、血と言ったものが流れ出ていない。痛覚は残っているようだったが、ダークオーガは短くなった腕を伸ばしてくる。下げたままだった【贄殺しの大棘】で股下から真上に向かって両断しようと剣を振り上げる。

 手ごたえを感じない程、あっさりとダークオーガの身体を両断していくが、身体を逸らし顔だけは横に逃がしていた。


――なぜ、顔だけ逃がしたんだろう?


 【神々の血脈】で長く感じるようになった時間の中でいぶかしんだが、ダークオーガの身体はさらに驚くべき変化を始める。

 周囲に漏れ出した黒い靄がダークオーガの元に集まり、身体の形を復元させていったのだった。


「なっ……このっ……!!」

「ガァァァァァッ!!」


 再び【贄殺しの大棘】を振るって腕や脚を斬っていくが、ダークオーガはそんな事を気にした様子もなく近づいてくる。

 斬った先から黒い靄がダークオーガの身体を修復して行くため、このままではジリ貧だとトーアは舌を鳴らした。


――何か、弱点が……。あ……。


 トーアの脳裏にゴブリン騒動で特異個体のゴブリンを倒した瞬間に、黒い角が塵となって消えたこと、ダークオーガの体が変わったのは黒い角が生えている部分からだった事、そして、先ほどの斬り上げの際に顔だけは避けた事が駆け巡る。


「時間もないし、やってみる価値はあるか……」


 あるひらめきに【贄殺しの大棘】を構え直す。いくら本来の性能を取り戻し効果時間が長くなった【神々の血脈】でも、発動後のデメリットは軽くなったとは言え、しっかりと残っていた。

 完全な身体を取り戻したダークオーガに飛び込むと再び腕を振り回してくるが、向かってくる拳に【贄殺しの大棘】を向けて縦に切断する。

 続けて逆側の腕は二の腕の中ほどから斬り飛ばし、さらに棘が弧を描きふとももを半ばまで斬り裂いた。

 しりもちをついたダークオーガの体に脚をかけて【贄殺しの大棘】を振りかぶる。


「これで、どうだっ!」


 真横に振った【贄殺しの大棘】が黒い角に当たり硬い金属音を響かせるが刃はしっかりと食い込み、トーアは【神々の血脈】で強化されたステータスで力任せにそのまま振りぬいた。

 硝子が割れるような音が響き、黒い角が粉々に砕け散る。

 ダークオーガは僅かに痙攣をしたあと動きが止まり、身体の末端から白い塵となって溶けるように崩れ落ちた。

 黒い塵に侵されたゴブリン達も同じように動きを止めて白い塵に変わる。

 部屋に居たほとんどのゴブリンが黒くなっていたのか、僅かに残ったゴブリン達はホブゴブリンやゴブリンが姿を現した扉へと駆け出してそのまま姿を消した。

 ゴブリン達が消えた扉が閉まると、トーア達が入ってきた壁と新たな壁が開く。奥に『異界渡りの石板』と同じ黒い板が浮かぶのが見える。


「っ……はぁっ……はぁっ……」


 【贄殺しの大棘】、【神々の血脈】の発動をとめると艶のない黒い棘が剣やトーアの体に埋没し、羽や光の輪は輝く粒子となって宙に消えた。

 途端に倦怠感とめまいに襲われてその場に片膝をついて肩で息をする。そばにギルがやってくるのに気が付いて顔を上げた。


「トーア……大丈夫?」

「怪我は【神々の血脈】の効果で治ったから大丈夫。……その反動で今は気持ち悪いけど」


 無事ならよかったと言うギルが差し出した手を取って立ち上がる。立ちくらみのように視界が暗くなったがフィオンに抱きとめられた。その表情は困惑が浮かび、トーアの方を窺うように視線を彷徨わせている。


「トーアちゃん、その……」

「うん。ちゃんと話すから、今は迷宮を出よう。私は疲れちゃったよ」


 おどけたように笑みを向けるとフィオンは釣られたのか微笑んで小さく頷いた。手にしていた剣を鞘に納めてフィオンに支えられながら、ギルと共に『異界渡りの石板』に似た『現世戻りの石板』に近づいていく。『現世戻りの石板』は異界迷宮から脱出する専用のもので、その他は『異界渡りの石板』と同じとギルドの資料には書かれている。

 トーアが石板に触れて、元の場所に戻る事を念じると入ってきたときと同じような僅かな浮遊感とともに視界が白く染まった。

 光が収まり目を開くと、そこは使い込まれた椅子やテーブルが並ぶ純喫茶といった風合いの部屋だった。トーアを支えていたフィオンが急に力を失い崩れ落ちる。驚いて支えると小さく寝息をたてていた。


――説明するってフィオンに言ったけど、いろいろと整理したかったし丁度良かったかも。……でもなんで『灰色狼の草原』の時にこっちに来なかったんだろう。


 ギルが無言で前に立ち庇いながら剣を抜こうとする。


「ギル、待って。大丈夫、ここは多分知ってる場所だから」

「でもいきなりこんなところに移動させるなんて……」


 人の手によるものではないと言葉を続けるギルに頷いてカウンターに現れた人物に視線を向けた。


「人、ではないからね」

「お久しぶりです、トーアさん」


 カウンターに現れたのはトーアが異界迷宮『小鬼の洞窟』に挑戦した際に、この世界、コトリアナを管理する神と呼ばれる存在だと言った男性で、ギルは疑うような視線を向けていた。


「初めまして、『百華銀閃シルバリオンアーミー』ギルビット・アルトランさん、僕はこの世界を管理する、便宜上『神』と呼ばれる存在です」

「それは……わかったよ。僕の二つ名を知ってるのは、この世界じゃトーアか、CWOの黒幕である大神に類する存在だけだからね」


 警戒していたギルだったが、CWOをプレイしていた時につけられた二つ名『百華銀閃シルバリオンアーミー』を呼ばれ、納得したように剣を鞘に収めて柄から手を離した。

 カウンター席にどうぞという男性に小さく頷いて、フィオンを近くのボックス席のソファーに寝かせる。そして、ギルと共にカウンター席に近づいた。

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