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第二章 ウィアッド 2

 カテリナと村の女性達と共に洗濯を終えたトーアは宿に戻った後、酒瓶を満載した木箱を宿の倉庫から食堂へと運んでいた。

 宿に戻った際、デートンが倉庫へ向かうのを見たトーアは手伝いを買って出たのだ。シーツの山と比べ物にならないほどの重量だったが、トーアは二箱を積み上げて同時に運んでいた。共に作業をしていたデートンは呆然としており、カテリナは微笑みながらジャガイモに似たテイトという実が入った麻袋を両手で抱くようにして運んでいる。

 しばらくしてトーアは予定していた全ての木箱や食材の入った麻袋を運び終えた。トーアが運んだ酒瓶の中身はワインに似たお酒らしい。カテリナからはトーアちゃんにはまだ早いからのんじゃだめよと釘を刺される。トーアもこの世界に来てアルコールに弱いのか強いのかわからないので、場所を弁えてのむつもりだった。


「ありがとう、トーア君。思ったよりも早く終わったよ。丁度いいのですこし休憩しようか」


 デートンはカウンターの下から酒瓶を取り出す。それぞれの前にコップを置いて酒瓶の中のジングジュースを注ぐ。辺りに爽やかな柑橘系の香りにトーアは目を細めた。初め飲んだときから味は気に入っている。

 一口飲んだ後、トーアはほっと一息ついた。


「洗濯でも活躍したとカテリナから聞いているよ。そういえば、トーア君は身の回りのものをほとんど持っていないのだったね?」

「はい……。あ、ポケットの中に手帳とペンが入ってました」


 トーアはスカートのポケットに手を入れて【パーフェクトノート】を発動し、取り出して二人に見せる。

 パーソナルブックと同じように手の中に現すこともできるが、要らぬ詮索をされないためごまかせるであろうこの方法を取った。

 ウィアッドの宿のトイレに使われている【刻印】には鞄などの容量を見た目以上に増大させるものがあり、チェストゲートを使う際も同じように鞄等に手を入れて取り出せば【刻印】によるものだと、その様子を見た相手は勝手に誤解してくれるかもしれないとトーアは洗濯中に思いついていた。

 それには【刻印】による容量拡張の技術が広まっていることが前提であり、なおかつある程度大きな鞄が必要だった。


「そうか……そうだ、少し待っててくれるかな」

「は、はい?」


 席を外したデートンがしばらくすると戻ってくると穴の開いた円盤状の金属がトーアの前のカウンターに置かれる。


「倉庫から運ぶのを手伝ってもらったお礼だよ。休憩がてらカテリナと共に雑貨屋に行ってきたらどうかね?カテリナには付き添いをお願いしていいかな?」

「もちろんよ、義父さん!」


 カテリナが嬉しそうに声を上げるがトーアは口を噤んでいた。あることを聞かなければ今後の生活に支障が出るであろう事は想像できた。覚悟を決めて申し訳なさと恥ずかしさに一杯になりながら口を開く。


「……その……貨幣の数え方を教えてください」

「それは……そうだね。すまない、私が迂闊だったよ。国が違えば貨幣も異なるということまで気が回らなかった。少し待っていなさい」


 デートンはトーアの言葉に目を見開いた後、すぐにカウンターから出て調理場へと入っていた。


「トーアちゃん、気にしなくていいわ。ちゃんと教えてあげるし、雑貨屋で実際に使って覚えればいいのよ」


 カテリナに頭をやさしく撫でられて慰められ、胸が締め付けられるような気持ちにトーアはなる。だがこの世界の常識を知らないのは事実であるため、恥を忍んでトーアは質問したのだった。

 しばらくしてデートンが戻り、手には革の袋が握られていた。


「待たせたね。では貨幣について説明しよう」


 カウンターの上に五枚の円盤状の貨幣が一列に並べられる。大きさは全て500円ほどで、五枚のうち三枚には中心に穴が開いていた。


「まず、最も価値の低い半銅貨」


 デートンの手によってくすんだ茶色をした中心に穴の開いた硬貨が少しだけ前に押し出される。硬貨をよく見てみると表面には細かな模様が刻み込まれており、外周に沿って“エインシュラルド王国造幣”と文字があった。


「次に、銅貨」


 色は同じだが表面の模様が異なっており、穴が開いていない。続けてデートンは並んだ褪せた銀色の硬貨、金色に輝く硬貨を少しだけトーアに押し出していく。


「半銀貨、銀貨、半金貨、まだ高額なものもあるが今は手元になくてね、名前だけだが、金貨、半白金貨、白金貨となる。穴が開いているものは半貨幣と呼ばれているよ。全ての貨幣は十枚で一つ上の貨幣の価値と同等になることはちゃんと覚えておくこと」

「はい」

「後は……エインシュラルドの貨幣は他の国でも一応使用することが出来るが貨幣の両替を行った方がいいという所かな」


 トーアは取り出したパーフェクトノートにデートンの説明した内容を書き込んだ。そして、働いた後に受け取る賃金や駅馬車の運賃を聞いていないことに気がつく。


「あの、デートンさん、私の賃金についてなんですけど……」

「ああ、すまない。トーア君に話していなかったね。次の駅馬車が到着する日付を教えておこう。暦は……同じかね?」


 デートンはカウンターから少しはなれた壁に張り出された数字の並んだ紙を指差した。

 “聖教暦465年”と大きく書かれた下には、“六の月”と書かれ、その下には縦四列横七列にならんだ1から28の数字が並んで書かれていた。

 トーアはデートンの質問に首を横に振る。


「ふむ。この大陸ではエステレア法国という国が発行する“聖教暦”が一般的でそのカレンダーは国が発行しているよ。今年は聖教暦465年、今日は六の月ろくのつき二十八の日にじゅうはちのひ、明日になれば聖教暦465年、七の月ななのつき一の日いちのひとなるよ。一つの月はに二十八の日があって、月は十三の月まである。十三の月が終われば1年が過ぎたとして、再び一の月いちのつきに戻ると言う訳だ」


 デートンの説明を聞き、トーアはパーフェクトノートにメモを取っていく。

 1年が13ヶ月という話には驚いたが、一月、二十八日が十三ヶ月あるのだから1年は364日と元居た世界とあまり変わりはない。


「良いかね?駅馬車はウィアッドに六日後の、七の月ななのつき六の日ろくのひに到着する。ウィアッドは駅馬車の休憩村でもあるから、一日の休憩を挟み翌々日の七の月、八の日はちのひに再び出発するよ」

「なるほど……」


 トーアはメモを取り終わって顔をあげた。デートンは満足げにトーアの顔を見てわかったかね?と聞いてくるのでトーアは頷いた。


「では賃金についてだが、トーア君の働きぶりなら駅馬車の片道の運賃である銀貨一枚、あとはエレハーレでの多少の滞在費を含めて銀貨六枚ではどうかな?」

「銀貨六枚……」


 トーアはカウンターの上に並べられた銀の硬貨に目を向けた。エレハーレに向かい職業神殿で職業を得ることが出来れば、アビリティが戻り生活は出来る、もし職業神殿で何も変わらなかったら、ウィアッドと同じように働いて、そして、ウィアッドでこの世界の神が向こうからやってくるのを待ってやるとトーアは決めた。


「わかりました。それでお願いします」

「うむ。契約成立だね。これからもよろしく頼むよ」

「うん、話が纏まったのならトーアちゃん、お買い物に行きましょう!」

「あ……わ……カ、カテリナさん?お、押さなくても……」


 カテリナに急かされるようにして席を立ったトーアは背中を押されて、宿の入り口へと向かう。


「昼食の用意を始めるくらいには帰っておいで」

「はい、義父さん!」


 カテリナはご機嫌で返事を返していた。トーアはカテリナと共に雑貨屋へと向かう。異世界ではじめての買い物に心が躍り、トーアは笑みを浮かべて半銀貨を握り締める。一体どんな商品が売っているのか、物語やゲームの中でしか見られなかったものが並んでいるのかと胸を高鳴らせるが、兎にも角にも旅に必要なものが優先と落ち着くため、そっと深呼吸をする。


「トーアちゃんは何かほしいものあるの?」

「そうですね……エレハーレに行く時に使う鞄がほしいです」

「うーん……そうね。エレハーレへ行く準備も必要だけど普段使いのポーチを買った方がいいわ。ついでにお金を入れるものもね。いつまでもお金を握り締めている訳にもいかないでしょう?」

「……それもそうですね」


 トーアは手の中の硬貨を見てからカテリナの言葉に頷いた。

 カテリナの様子から半銀貨一枚では、買おうと考えていた大き目のリュックサックが買えないのかもしれない。どのようなポーチを買うかトーアが考えていると宿の周りに施設が固まっているせいか、すぐにウィアッドの雑貨屋に到着した。


「こんにちは」

「あら、カテリナ……と、トーアじゃない。いらっしゃい。どうしたの?」


 雑貨屋のカウンターには、共同洗濯場で一緒にシーツを洗濯したエリシア・レーテルが店番をしていた。カテリナと同じ位の年齢で村の外から嫁いできたというエリシアは、セミロングの藍色の髪を先の方でリボンでまとめており、紫色の瞳は嬉しそうに細められている。

 カテリナとは年齢が近いことと、同じように村の外から嫁いできた者同士であるためか非常に仲が良いようだった。

 トーアがシーツを絞るのを、おだてつつ手際よく次々とシーツを渡してくる、ちゃっかりとした人と言うのがトーアの印象だった。


「トーアちゃんが使う鞄を見に来たの」

「鞄を?ならあっちのコーナーよ」


 店の中は商品ごとに棚が並べられており、店の一角に用途に応じた様々な形状の鞄が置かれている。森で出会ったディッシュが背負っていたような鞄も並べられていた。

 一番最初に目についたウェストポーチをトーアは手に取る。デザインは装飾と言うものをことごとく廃しているが、使われている革は非常に丁寧になめされたもので、縫い目を見る限り全て手縫いで、縫い目も綺麗に揃い、革の切断面も綺麗に処理されている。使用されている金具も容易に壊れることがないようにと、頑丈なものがつかわれていた。

 ウェストポーチを手に持ちながら、他の鞄と見比べてみるがウェストポーチほど心を動かされるものはなかった。

 物品鑑定<外神アウター>を使用して、製作者の名前を確認すると全ての鞄がノルド・フェルトミアという人物の手によるものだということがわかった。


――こんな実用性のみを追求したような鞄を作る人ってどんな人なんだろう。……なんかこう、頑固一徹というかこれぞ職人!って雰囲気の人かな。


 手に取ったウェストポーチはベルト部分に開けられた穴が多めになっており、トーアの身体でも問題なく身に付けることが出来た。なかなか良いつけ心地にトーアの顔に自然と笑みが浮かぶ。ウェストポーチのアイテムランクは【特殊アンコモン】となっており、他の鞄が【普遍コモン】であった。やはりこのウェストポーチは他とは出来が違うらしかった。

 なによりもトーアは、ウェストポーチの質実剛健といった作りを非常に気に入っていた。トーアも似たような作風をしており、作った物は大体装飾は少ない傾向にあった。別に華美であることはいけない訳ではないが、求められた機能を追求した形というのもどこか美しいとウェストポーチを眺めながらトーアはしみじみと思った。


「エリシアさん、これってどれくらいしますか?」


 一度、ウェストポーチを外して、カウンターでカテリナと共にトーアの様子を見ていたエリシアに尋ねる。


「うーん……トーア、どうしてコレを選んだの?」

「しっかりした作りなのと、こういうデザインが好みなんです」


 ウェストポーチをカウンターの上に置いてトーアは答えた。だがエリシアは眉を寄せて悩んでいるような表情を見せる。


「うん、なら……半銀貨三枚のものだけど、まけにまけて銅貨八枚でいいわ」

「……えっ!?」


 デートンの説明であれば銅貨十枚で半銀貨一枚分に相当し、半銀貨三枚つまり、銅貨三十枚を銅貨八枚までまけるとエリシアは言っている事にトーアは驚いたままカテリナとエリシアを交互に見る。

 カテリナは疑うというよりもじと目でエリシアを見ており、その視線からエリシアは横に視線を向けていた。


「……それはウィアッドで唯一の鍛冶師、ノルドの作品なんだけど……あいつがすっごい笑顔で会心の出来だ!って店に持ってきたんだけど……売れなくて」


 最後の一言は小さな声だった。つまりこのウェストポーチは雑貨屋のデッドストック、不良在庫ということらしい。


「それにほら、トーア、ちょっと身に付けてみて。ごついじゃない?村にやってきた人も買わないし、狩人のディッシュ達には『物はいいが容量が少なすぎる』と言われるしで、どうしようかと思っていた所なの」

「エリシア、それって在庫処分……」


 カテリナの言葉に、エリシアはついっと顔を横に向けた。

 在庫処分で安く買えるのならトーアにとってはお得な話だった。


「エリシアさん、安くしてもらえるならかまいません」

「毎度あり~」


 トーアはエリシアに半銀貨一枚を渡して、お釣りの銅貨二枚を受け取る。

 どこに仕舞おうかとトーアが考えていると、エリシアがカウンターの下から手のひらに乗るほどの大きさの革の袋を取り出した。


「トーア、在庫処分のお礼ってわけじゃないけど、これ使って」

「あ……ありがとうございます」


 銅貨を革袋に入れて、身に付けたウェストポーチに仕舞う。

 金銭感覚については今後、ゆっくりと養っていけばいいとトーアはウェストポーチの蓋をしめた。


「うーん、やっぱりごついわ」

「そうね。ノルドさんももう少し可愛いものを作って欲しいわね」


 トーアがウェストポーチを身に付けた様子から二人はしみじみといった感じにつぶやいていた。可愛さはないもの太目のベルトはしっかりと本体に縫い付けられ、鞄の蓋も激しい動きでも開かない様に良い金具が使用される。


「うん……トーアが満足そうだし、それでいいか」

「ふふ、そうね」


 トーアがウェストポーチの蓋部分をなでていると、カテリナとエリシアは微笑んでいた。はっとトーアは頬が緩んでいた事を自覚して両手で頬を押さえる、途端に二人は声を出して笑いトーアの頭を撫でた。トーアは恥ずかしいやらくすぐったいやらで、両手で押さえた頬がどんどん熱くなっていくのを感じた。


 その後、しばらく二人に頭を撫でられるままだったトーアだったが昼食の時間ではないでしょうか?と誤魔化してカテリナと共に宿に戻ることになる。

 宿の食堂には宿泊客が集まり始めており、デートンやミッツァも調理を始めていた。


「トーア、カテリナ、そろそろ呼びに行こうと思ってたところだよ。食堂の方を頼むよ」

「はい、義母さん。さ、トーアちゃん、午後も頑張りましょう」

「はい」


 トーアは頷いて、エプロンを身につけて食堂へと入る。途端に宿泊客から呼ばれて、注文を聞いて午後の仕事を始めた。

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