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カエル  作者: 保知葉
(本編)カエル
8/14

ふたりっきりの帰り道で


ふたりっきりの帰り道、笹山も私も黙ったままだった。

何か口にしたら泣いてしまいそうで、私は唇を噛んでうつむいて歩く。私の手首を掴んだ笹山が、とてもゆっくりと前を進んでいた。


笹山は何も訊かない。

だから私も黙ったままだ。


わかんない、とお互いに吐き出したまま、動けなくなっていた私をカエル男が立たせ、手首を引いた。抗うこともせず着いていく私は、私らしくない。

魔法だ、魔法のせいだ。

私にかけられた魔法が、私を私じゃなくしている。

そう、思いたかった。


連れてこられたのはサークル会館の部室で、珍しいことにだれもいなかった。パイプイスに促されたけれど、座る気力さえ湧かない。肩を押されようやく、座った。


「…間宮」


なによ、といつもなら返事をしている。でも、私は口を開くことができない。笹山を見ることも、…と思ったら顎を促され無理矢理上向かされた。


「キスしてほしいんだけど、」


いつものセリフ、を言ったカエル男はいつになく真剣だったから、思わず息を飲んだ。視界が潤んで顔が沸騰する。


「…間宮?」


わかんない、わかんないよカエル男なんて。


「…キスなんか、しないわよ」


途切れ途切れだけれど言えた。こぼれた涙は止まりそうにない。


「俺が嫌い?」


ああ、殴りたい。人の気も知らないで、キスをねだって、それで、私を揺るがすカエル男が、私は。


「…キスしたら、魔法がとけちゃう」


魔法にかけられのはあんただけじゃない。私も、だ。


だれかが私に魔法をかけたんだ、と思った。そうじゃなきゃ、いきなり笹山がかっこよく見えたり、話すだけで嬉しくなったりなんかしない。姿を見るだけでどきどきする、そんなの私じゃない。

どうしよう、どうしよう、と悩んでいたら笹山が自分はカエルだと言い出した。カエルの魔法を解くのはキスだけだ。

キスで解ける魔法。

それに気づいたら怖くなった。私のキスで笹山がカエルに戻るなら、笹山のキスで私の魔法も解けてしまう。

笹山が好きだ、って魔法が解けてしまう。


解けてほしい、と思ってたのに解けてしまう、と考えたら笹山とキスなんかできないと即答していた。

もう、自分が自分でわかんなかった。


「なのに笹山、毎日毎日キスしろって言うし私ぐっちゃぐちゃなのに、人の気も知らないで。魔法が解けたら、怖いのに。笹山のこと好きな私がいなくなっちゃうかもしれないのに。なのにあんたは、人の気も知らないで」




言いたいだけ、言ってやった。そして黙った。笹山は黙ったまま。

掴んだ顎を離さないからうつ向けもしない。視線だけ外して、また泣きたくなった。じんわり、視界が歪む。


もう、泣いてなんか、やるものか。


だってこんなの私じゃない。意地になってぎゅっと目を瞑ったら、すんごい近くになまあったかい息を感じた。

そんで、触れた。


「…は?」


え、って思って、急いで目を開けて見た真ん前に、びっくりするくらい近くに笹山の顔があって、それにまた驚いたわたしの額が笹山のにぶつかった。


「…ったー、」


軽く、だったのだけど漏れ出た悲鳴に笹山が額を合わせてくる。



「……色気が、ねぇ」



反射的に笹山の腹を殴っていた。

ぐ、っと呻いた笹山が、顎を掴んでいた手を耳から後頭部に回して、引き寄せた。

引き寄せられた。



そして、また触れた。


今度は分かった、というか頭がついてきた。

これは、キスだ。


「なんで、」


「りょーおもいだから」


ぽろっと訊いたのにさらっと答えられた。


「ちが、」


「ちがくねえ。あんっな熱烈な告白を聞き間違えるはずがないっしょ」


こくはく。いつ、どこで、だれが、…と辿ったところで、自分の言ったセリフが蘇った。


いま、ここで、私が。


「っんとに、可愛いなあ、間宮」


ぞわわ、と震えが走った。なんだこれ、足先から頭のてっぺんまで小さな揺れが通ったの。

瞬きをするたびに世界の色が変わる。


分かった。

キスしたからだ。


「キスしたから、魔法がとけちゃったんだぁ」


「ばぁか、解けてないよ」


「でも、」


「俺、カエルになってないもん」


うしし、と笹山が笑う。なんで笑えんのよ、そんな、してやったり、みたいに。


「だって間宮も、俺が好きなままっしょ」


うん、と頷いたら笹山がものすっごく嬉しそうな顔をするものだから、自分の失態に気付いた。


「カエルの魔法は解けないよ」


額を合わせたまま笹山がいう。


「だって間宮が新しい魔法をかけたから」


ちゅ、と軽い音がして唇が離れた。


「間宮に惚れるって魔法」


また、キス。


「…キスするたんびに、解けちゃうじゃん」


「ちげえよ、キスするたんびに新しい魔法がかかるの」


そんで惚れ直すんだ、と笹山がキスした。


「間宮もそうだろ?」


ああやだ、ほんとに、このカエル男は。

悪態ついても、瞬きするたびに世界が色を変えるからだめだ。この男に惚れていくからだめだ。


「なあ間宮」


私は諦めるしかない。気づかないふりなんてもう出来ないんだ。


「キスしてほしいんだけど」


悪い魔法使いが目の前にいる。笹山の言葉が、目が、全部が私に魔法をかける。

私を変える。


覚悟をきめ、そろそろと、近づいた。


悪い魔法使いはどっち?


本編はこれでおしまいです。ありがとうございました。

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