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第二章  旅人達の目的(試作)

「…………ここは?」

 最近みた覚えのある天井を見上げてクラリッサが目を覚ます。

「よう、目ぇ覚めたか」

 ベッドの横にある椅子にもたれかかって読書をしていたアルスが本を閉じる。

「さっき――とは言ってももう昨日のことだが、技にかけちまってすまんかったな」

「あの幻術は貴方のだったのですか」

「幻術? ハハッ、違う違う。あれはただ殺気を出しただけさ。そんな器用なマネ、俺様にはできんさ」

「まあ、どちらでもよいことです。謝罪も済んだことですしもう出て行ってくれませんか?」

 少しだけつっけんどんにアルスが外に出るように促す。

 既にクラリッサは、人を気絶させておいて「すまんかった」の一言で済ませるこの男にはほとほとあきれ返っていた。

「おいおい、そう素っ気なくしないでくれよ。まだ話は終わってねえんだからさ」

「それは失礼しました。なら、その話とやらをしてさっさと出て行ってください」

 嫌悪感が顔にまであふれてきたクラリッサに対し、「おお、怖い怖い」と言ったアルスは未だにへらへらとしている。

「色々あって次の依頼もアンタに手伝ってもらいたくてな。どうだい? 今回は報酬全額におまけも付けるぜ」

「結構ですわ。最低限の礼儀もわきまえない方とは一緒に仕事は出来ませんので」

「おいおい即答はねえだろ?」

「これまでの貴方の行動からよくもまあ受けてもらえると思いましたわね? 一度お医者様に診てもらったほうがよろしいですわよ。勿論、ここのですよ」

 そう言ってクラリッサは自分の側頭部を右人差し指でコツンコツンと突く。

 その様子をみたアルスは一度大きなため息を吐いてから椅子から立ち上がり出口へ歩き出す。

「あっそ。でも残念だな~せっかく面白い話をしてあげようと思ったのにな~。その――」

 出口の取っ手を掴み、首だけ振り向いてこう言い放った。

「不思議な羽についての、ね」


 クラリッサはハッとしたが、既にアルスは部屋の外に出て扉は半分まで閉じられているところだった。

「待ってください! この羽について何か知っているのですか?」

 アルスは口元は笑いながらもうんざりした顔でクラリッサの方に振り向いた。

「ああ知っているとも。この俺様の頭についている羽飾りが何よりの証拠さ」

 クラリッサは、しゃべりながらアルスが人差し指で右側頭部を叩いたときに初めて羽飾りを身につけていることに気づいた。

 彼女自身の目が悪かったり他人に興味が無かったから気づかなかったではない。ただ彼のことが嫌いだから注視しなかったからであることにクラリッサが気づいたのはこの話が終わってからのことだ。

「アンタも『他の世界』から来たクチだろ? あん時に使っていた魔法はこの世界のいつの時代にもない技術だからな」

 そう言って人差し指の爪の背で叩く本の表紙には『スライムでも分かる魔術の歴史』と書かれていた。

「これだけじゃないぜ? アンタが寝ている間に国立図書館に行って魔術関連の書物を片っ端から読んできたんだからなぁ」

 ま、それ全部この本に集約されてたんだけどね、とため息交じりに彼はつづけた。

「ま、そんなことはどうでもいい。アンタがこれから先どうなろうと俺様の知ったこっちゃないんだからな」

 そう言ってアルスが扉を閉めようとするのをクラリッサが制止する。

「私は……どうしても元の世界に戻らねばならないのです……だから、この羽のことについて教えてください! 次の依頼も手伝いますから!!」

 閉じる寸前だった扉が開かれる。その扉を開けた彼の顔は罠にかかった獲物を見下ろす狩人の笑顔だった。

 ――――




「そうだな……アンタはこの羽の何を知りたいんだ?」

「そうですわね、この羽にはどんな力があるのか? それと元の場所への戻り方ですわね」

 アルスは手近にあった飯をかきこみながら少しの間考え込み、嚥下と同時に口を開いた。

「まずはこの羽の力に関してだが、完結に言うとこの羽――俺は時空の羽って呼んでいるが、これは普通なら行き来出来ないハズの『世界』と『世界』の間を『飛ぶ』ことが出来るアイテムだ」

 羽飾りの内の一つを取り外し手の内で弄びながら説明を続ける。

「『世界』と『世界』の間……つまり、このまま旅を続けるだけでは私の故郷には戻れないということでしょうか?」

「その通りだ。どうせ転移系の魔法か何かだと思っていた口だろう」

「おっしゃる通りです。まず『世界』がいくつもあるという事が信じられませんもの」

「『世界』は自分の生きている場所一つだけ……普通はそう考える。というかある意味『世界』は一つだけとも言える」

「『世界』と『世界』は別の『世界』なのに『世界』は一つだけ……?」

「平行世界って聞いたこと無いか? パラレルワールドって言う『世界』もあるみたいだが」

「確か、ある一点から分岐し続け、無限に広がる並行して存在する別世界のこと……でしたわね」

「そう、それだ。つまりだ、別の『世界』ってのを収束させていくと元となった『世界』があるんだよ。だから全ての『世界』は同じ『世界』とも言えるって訳だ」

「つまり親の『世界』から子の『世界』が産まれて、この羽は子の『世界』を行き来出来るって事ですわね」

「そんな浅い話じゃねえんだが……アンタが理解できんならそれでいいや」

 溜息を挟みつつ器に残ったエールを飲み干す。

「話を戻そうか。羽は違う『世界』へ飛ぶ事ができると言ったが、これ単体では羽ごとに決められた一つの世界にしか『飛ぶ』ことは無理だ」

「そんな……なら私は何故二度も違う世界に――」

「慌てるな、物事には順序ってもんがある」

 今にでもくってかかりそうなクラリッサをアルスが止める。

「この羽はブレードの換装が可能な鍵みたいなものでな、ブレードの代わりとなる『コード』が必要になる」

「『コード』ですか? そのような物を見た覚えは無いのですが」

「多くの『コード』は古い本や遺跡に刻まれてるから無意識に触っちまったんだろうな。初期の羽は『コード』に触れるとすぐに可動しちまうからよ。ほら、ちょっと貸してみな」

 そう促され羽を渡すクラリッサ。

 アルスは受け取った羽をペンの様に扱い(ちゅう)に幾何学模様を描く。

「よっと、これでアンタが機動して欲しい時しか機動しなくなったぜ」

 作業が終わった羽をダーツの矢のように持ち主へ投げ返す。

「しっかり設定しとかないと誤作動起こすんだよな~それ。後、下手にいじくると設定が変になるから必要以上に触んなよ。パソコンみたいな精密機械なんだから」

「ぱそこん? なんですかそれは」

「あー、アンタの世界にはまだ無いのか。いや、それに到る文明ではないのかもしれんが……」

「文明にも違いがあるのですね」

「ある程度種別はできるがな――話が脱線したな、羽と『コード』の話までしたところか」

 話をしながらも器用に料理を平らげていたアルスが最後の一皿を手をかける。

「つまり、だ。アンタが元の『世界』に戻るにはその『世界』の『コード』を見つける必要があるってことだ。これが二つ目の問いの答えだ」

「それはどこに?」

「知らん」

「そんな……推測するに貴方は長い間『世界』を旅しているのでしょう? でしたら思い当たる世界を教えてくださってもよろしいではないですか」

 憤慨するクラリッサをよそにアルスは食後の酒を飲み干し空気をひとつ漏らし怪訝な視線を返す。

「……確かに俺様は数えきれない程に『世界』を飛びまわってはいるが――いや、飛びまわっているからこそ判断出来ねえな」

「そんな。候補程度でいいですから教えてください!」

「ふーん、ならアンタの世界の特徴を言ってみな」

「世界の特徴ですか? 急にいわれましてもねえ」

 急な問いかけにしばし逡巡しつつも答える。

「そうですわね、水と自然が豊かで、文明もこの世界と比べて発達していたと思いますし、後は魔導技術の発展が盛んでしたわ」

「706」

 クラリッサが言い終わりに間髪いれずにアルスが呟く。

「706? その数字に何の意味が」

「今アンタが行った特徴に該当する世界の数だよ。しかも俺様が飛んだことのある世界に限ってだな。世界がどれだけの数あるかってのはさっき説明したよな?」

 その言葉にクラリッサは愕然とする。706だけでも膨大な数だというのにも関わらず、その中に自分の故郷がある確立さえ天文学的数字なのだ。

「ま、こことは違う『世界』の事は伝説やお伽噺といった形式で散らばってるからアタリがでるまでそういうのを集めているんだな。この世界にあるとは限らんがな」

それに、だ。とアルスは続ける。

「アンタが自分の『世界』の詳細な情報を見つけたとしても俺様がその『世界』の『コード』を持っている可能性は706/∞だ。奇跡と言い換えても申し分ないレベルだ」

話と食事を終えておもむろに立ち上がるアルスに意気消沈したクラリッサも続き、勘定も終えて店を出る。

「次の仕事が決まり次第アンタの借りている部屋に呼びに行くわ。それまで図書館で調べ物でもして現実を受け入れておくんだな。今にも身投げしそうな顔してんぜ、アンタ」

そう言い放ちクラリッサが部屋を借りている宿とは別の方向へ歩き出す。

その後ろ姿をクラリッサは無言で見送った後、絶望に暮れた顔つきで宿へと戻っていった。

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