序章2 ~アルタ共和国 酒場~ 翡翠の旅人
12/11更新しました
「新種の化け物……ですか?」
活気に満ちる酒場の中でもよくとおる声でそう聞き返す少女の名はクラリッサ。
ブロンドの少し癖のついたショートヘアに、透き通った翡翠のような瞳、みすぼらしい外套の下には羽飾りのついたカチューシャと水色で統一されたいかにも貴族が着ていそうな衣服。不透明で目に似た色の希少水晶で作成された指輪を右手の中指にはめ、一対の白い手袋をはめた姿はいかにも上流階級といった出で立ちの彼女だが、その傍らには従者ではなく、角が六角形に潰れた正八面体という奇妙な形をした頭部を持つ金属製の鎚(彼女曰く杖らしい)と使い古された頭陀袋が鎮座していることから、彼女が旅人だという事を示していた。
そんな彼女、今日の夕方頃にこのアルタ共和国に入国し、先程宿をとってきたところで、今はその宿の地下にある酒場で情報収集を兼ねての少し早い夕食をとっていた。
酒場は狭いながらも大盛況で、日が昇っている時のこの町を表しているようだった。
「ああ、なんでも原生していたのがいきなり巨大になって凶暴化したやつらしい」
「近頃多いよな。そういうの」
二人連れの客が話す。
「そうなのですか? 道中では既存の魔物こそいましたが、あまりそういうのは見かけませんでしたが……」
元々、この世界には魔物と呼ばれる他の生物に害を及ぼす存在がいる。そいつらは捕食行動を一切せず、ただただ他の生物を殺戮する為だけに存在している。
「そいつはラッキーだったなお譲ちゃん。この辺だと兎、蝶、猪、エルセーテ辺りまで行くと鹿や甲虫なんかにもおかしくなっちまったやつがいるらしいぜ」
「しかもそいつらがめっぽう強くてな。旅人や武装した村人ぐらいじゃ相手にもならんらしい。しつこいようだが運が良かったな」
話し終えた男はジョッキに入ったビールを飲もうとして空になっている事に気付きマスターにおかわりを告げた。
「ということは、もしかして討伐依頼が発生したりしていませんでしょうか??」
「おお、察しがいいねぇ。確かに、ここ最近になって討伐依頼が爆発的に増えているな」
「そういえば、このごろ『マール洞窟に龍が現れた』って騒ぎになってたな。多分、国持ちの依頼になってるだろうから報酬金額も相当な額だろうぜ」
「龍というのは伝説のあの?」
「らしいぜ。ま、俺は信じてないけどな。大方、酔っ払っててデカイ蜥蜴とかなんかと見間違えたんだろう。賭けてもいいぜ」
「そんな不確かな情報だけで国持ちの依頼になるか? 俺は本物の方に賭けるね」
「有益な情報ありがとうございます。お礼と言ってはなんですがお酒の方を一杯――」
「よしてくれよ。こちとらあんたみたいな美人と一緒に飲めるだけで幸せなんだ。逆にこっちが酒を奢りたいぐらいだ」
「あら~、美人だなんて。お世辞と分かっていても嬉しいですわ」
「御世辞なもんかい。俺がこれまで生きてきて一番綺麗だと思うぜ」
「おいおい、妻帯者が女を口説くなよ。まあ、綺麗なのは認めるけどよ。っと、綺麗と言えばあんた珍しい羽飾りを持ってるね」
「ええ、綺麗な羽でしょう」
そう言ってクラリッサはカチューシャから羽飾りを取り外して手持ちの水をかける。すると、羽飾りが淡く7色に輝きだす。
「へー、水をかけると輝きだすのか。魔道具かなんかかい?」
「実はよく分からないですの。落ちていたのを偶然拾っただけでして。貴方がたこそこの羽について何か知りませんか? どんな些細なことでも良いので教えてもらえると嬉しいのですが……」
「俺はそういうのはからっきしだからなー。おい、お前はどうだ?」
「僕もだよ。怪鳥や天馬の逸話程度なら知ってはいるが、羽自体についての話は聞いたことがないね」
二人の回答を聞いたクラリッサからは、顔には出さないがややがっかりとした雰囲気が感じ取れた。
「そうですか……変なことを訪ねてしまってごめんなさい」
「いやいや気にスンナ。そんなことより飲もう飲もう! 酒場は活気よく酒を飲む場所だ」
「ふふふ、そうですわね。それではボトルをもう一本開けましょうか」
注文を聞いたマスターが手早くボトルを持ってくる。夜はまだまだ続くようだ。
――――
「うう……少し飲みすぎたかしら?」
あれからしばらく男2人と酒を飲んでいたクラリッサだったが、男達の方が先に酔いつぶれてしまい、一人で酒を飲み続けるのもつまらないので、宿に戻りすぐに眠りにおちたのだが、昨夜は飲みすぎたらしく、頭痛により目を覚ました。
「最悪な目覚めですわ。いつもならアレぐらいの量で二日酔いになるなんてありえないのに……自分で思っている以上に疲れが溜まっているのでしょうね」
自己分析をして無理やり自分を納得させるクラリッサ。
「この状態では依頼なんて受けれませんわ。今日はゆっくり休んで明日受けに行きましょう。……残っていれば、ですが」
クラリッサは宿の主人に宿泊の延長を告げるとともに冷水を受け取り、再び眠りにおちた。
次にクラリッサが目を覚ましたのは丸一日たった後だった。
――――
「まさか、ここまで危険な依頼だなんて……」
クラリッサは酒場のマスターに例の討伐依頼についての話しを聞いて絶句した。なんと自分が丸々寝ていた昨日だけで5人も討伐に失敗しているというのだ。
「いえ、これはチャンスだと考えましょう。これだけ危険度の高い依頼……報酬額も一昨日よりきっと大幅に増額しているに違いありませんもの」
そう自分を鼓舞し、クラリッサは身支度を整えこの国の役場に向かうのであった。




