序章1 ~名もなき森~ 多剣の旅人
ある日の草木も眠る深夜、森の一点だけが煌々と光っていた。
別に木々自体が光っている訳ではなく、火による温かな光、つまり焚き火の光であった。
焚き火の近くには剣を腰にぶら下げ何やら不穏な会話をしている2つの人影があった。
「アニキ〜、今日はラッキーでしたねぃ」
「全くだぜ。まさか商人の小隊に巡り合えるなんてなぁ!」
この二人、盗賊の義兄弟であり、これまで強奪、スリ、恐喝、殺人等々と数々の罪を重ねてきた。
一般人が聞けば恐れ逃げ出すような行為を繰り返してきたが、職業柄収入が安定しているはずもなく、五日前から一文無しであった。
そして今日の昼ごろ、偶然近くを通った商隊を襲い金品とその商人達の命を残さず奪ってきたのだ。
盗賊兄弟からみたら渡りに舟だったが、死んだ商人達からしてみれば災害以外の何物でもなかったであろう。
「いや〜、にしても今日の飯は旨かったすね」
「あったりめぇだろうが。何たって五日ぶりの飯だったんだ。これで旨くなけりゃ嘘ってもんだ」
ガハハハ、という下品な笑い声が静かな森に木霊する。
そのあと、あの盗品はもっと高値で売れただの、あの時の女、子供は殺さずに捕縛しておくべきだっただの下賤で聞くに堪えない話を酒を飲み交わしながらしていた二人だったが、アニキと呼ばれる方が人の気配を察し、弟分にそれを教えるように指で合図をおくる。
「へへっ、今日は本当にツイてるみてぇだぜ」
どうやら今から現れるであろう人間をただのカモとしてしか見ていないらしい。
ほどなくしてその方向から頭陀袋を担いだ青年が現れた。
荒々しく逆立てた銀髪には相応しくない曲芸師のような三つ羽の羽飾りをつけ、鋭く威圧的な目付きから、見るからにただの旅人ではない事が窺える。服装はカーキ色の長ズボンと派手な装飾とフード付きの赤いコートとさらしに首から下げた銀の懐中時計だけという、とても旅人とは思えないほどの軽装。
そして、一番特徴的なのは背中と腰に携えた多数の剣である。
背中には二本の両手剣、右側にはこの付近ではあまり見かけることのない曲剣二本、そして左側には鞘や柄の装飾について全く統一性の無い長剣が数本ぶら下がっており、見方によれば剣のコレクターにも見えなくはないかもしれない。
そんな奇妙な出で立ちの青年なのだが、いかんせん酒も入り一仕事をやり遂げた達成感に浮かれている盗賊たちはそれに気付く事は無かった。
二人に近づいた青年が口を開く。
「すまねぇんだが、アルタ共和国への行き方を知らないか?」
いきなりの質問に動じず答えたのは意外な事に弟分の方だった
「アルタ共和国ぅ? だったら、こっからしばらくまっすぐ行ったところに整備されている道があるはずだからそこから道なりに歩いて行きゃ半日ぐらいで着くと思うぜ」
と、青年の今向いている方角を指で指し示す。
「すまないな。これはこころばかりのお礼だ」
そう言って、青年は頭陀袋から金貨を2枚程取り出した。
因みに、この金貨一枚で少し贅沢に暮らしたとしても優に一ヶ月は暮らすことが出来る。
しかし、今日大きく儲けた盗賊達にしてみれば、そんなちっぽけな量では満足できない。
「金貨二枚? 舐めてんのか兄ちゃん? んん?」
この発言に青年は少々面食らったようだ。
「金貨2枚で足りない? お前ら金貨の価値を知らない訳じゃねぇだろ」
「うっせぇな! こっちが足りねぇって言ってんだから素直に出せやボケェ!!」
啖呵を切った弟分の盗賊はそのまま青年に殴りかかるが、青年は冷静にバックステップを踏み難なくその攻撃を避ける。
「っと、危ねぇじゃねぇか。当たったらどうすんだ?」
攻撃されたというのに青年はそんな事は意に介さずといった体で話を続ける。
「てめぇが早く出さねぇのが悪ぃんだぜ。さあ、出すのか出さねぇのかはっきりしやがれ!」
はっきり答えろと言われたので青年ははっきり答える事にした。
「ふざけんな」
青年が言い終わる時には二人の盗賊が腰から抜いた剣を両手で持ち青年に向かって突進を仕掛けていた。
息の合った左右斜めからの隙の無い攻撃。不意を突かれれば尚更回避は難しいだろう。
だが、その攻撃が青年に当たる直前、突如として突風が吹き荒れ、二人の体は後方へ大きく吹き飛ばされていた。
突然の事に二人とも目を白黒させていた。
この世界には魔法という技術が存在し、それを用いれば今の用に風を起こすことも可能である。
だが魔法を発動させるには自分の中の魔力を消費し詠唱を行うというプロセスが必要不可欠である。
しかし、青年はそのような技術を持ち合わせてはいない。
仮に出来たとしても青年に詠唱する暇なんて無かったはずだ。
先に正気に戻ったアニキの方の盗賊はその突風発生のトリックに気付いたらしく愕然とし、続いて我に返った弟分もそれに気付き足を震わせた。
なんて事は無い、
長剣を目に見えぬ速度で抜刀し、その抜刀した時の風圧で二人を吹き飛ばしただけなのだ。
「あ〜あ、もう壊れちまったか。ま、10回も使えたんだ、持った方か?」
青年は先程の衝撃で全体にヒビが入ってしまい、役にたたなくなった長剣を無造作に捨てると、酔いもすっかり醒め、先ほどとは打って変わって青ざめた顔をしている二人にゆっくりと近づく。
「おいおい。盗賊やんのは勝手だが、襲う相手ぐらい選べねぇのか?」
どうやら青年はこの二人が盗賊だと端から分かっていたらしい。
「な、何故俺たちが盗賊だと……」
「するんだよな〜プンプンと、昔の俺と同じ、金と血と上質な酒の匂いがよ」
説明しつつ、焚火の近くに置いてあった飲みかけの酒瓶を拾い一気に煽る。
「ぷは、やっぱり良い酒飲んでんじゃねぇか。今日、なんか良い事でもあったのか?」
先程までのやり取りが無かったかのように青年は陽気な態度を見せた。
その酒は、ちびちび飲んでいた盗賊達もすぐに顔が真っ赤になるぐらいに度数が高いハズなのだが、それを一気飲みしたにも関わらず青年は素面のままだった。 話しかけられている当の盗賊兄弟は意気消沈し、口を半開きのままうわ言を垂れ流していた。
物理的な恐怖でも精神的な恐怖でもない。もっと深い、本能的な恐怖に支配されてしまったのだろう。
「……これじゃしばらく口を聞けそうにないな。ま、共和国までの行き方を聞けただけ良しとすっか」
青年は先程盗賊が指し示した方角へ歩を進めだす。
「待ってろよ、フェネリス=リナード……!」
そう誰へ宛ててでもなく叫ぶ彼の瞳には好奇心にみちあふれる少年のような輝きをたたえていた。




