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異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件  作者: ベルナルド
三章 迷宮都市パラド編

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第五十一話 一つの選択


 渦竜スクリームの討伐後、冒険者ギルドへ解体班の派遣を頼んだことで相応の手数料こそ引かれた。

 だが、あれほど巨大な魔物ともなれば肉や鱗、牙、骨、それに魔想石の一部まで高値で取引されるらしく、最終的に俺たち四人の手元には、それまで大迷宮へ潜って稼いできた額が可愛く思えるほどの金が残った。

 四人で山分けして、一人あたり約百万G。

 前世の金銭感覚と単純に比べられるわけではないが、それでも宿代や食費に困っていた少し前の自分からすれば、しばらく金の心配をしなくてもいいだけの大金であることくらいは分かる。

 しかも、それだけではなかった。

 渦竜討伐の報告を終えたところで、冒険者ギルドから俺のランク昇格まで告げられたのだ。

 本来であれば依頼の達成数など、いくつかの条件を満たしたうえで少しずつ昇格していくらしい。

 しかし、五十階層を越えて大迷宮へ潜り、Aランク冒険者であるタケルたちと行動しながら渦竜討伐にまで参加した人間を、いつまでも低ランクのまま登録しておく方が問題らしい。

 その結果。

 Cランクを飛ばして、いきなりBランク。


「……飛ばしていいのか、それ」


 そんな疑問を口にしてみたものの、受付嬢は「実力に見合った処置です」と笑顔で答えるだけだった。

 それまで首から下げていた木製の冒険者タグは回収され、代わりに渡されたのは鈍い銀色をした金属製のタグで、表面には俺の名前や冒険者番号だけでなく、ギルド内で管理されている口座情報まで魔術式によって記録されているらしい。

 Bランク以上になると冒険者ギルドの金庫を利用できるとのことで、さすがに百万Gもの大金を持ち歩く気にはなれず、その大半を預けておくことにした。

 この世界へ転生してから長いこと、金なんて必要になれば何とか稼げばいいくらいに思っていたが、こうしてまとまった金が手元に入ると妙な安心感がある。

 もっとも。

 今回手に入れたものの中で、一番重要なのは金でも銀色のタグでもなかった。


「それじゃ、行くか」

「ああ」


 冒険者ギルドを出た俺たちは、その足でカイトの魔導具店へ向かった。

 渦竜スクリームから回収した素材。

 その中でも、今回の目的だった巨大な魔想石を持って。


     ◇


 相変わらず、カイトの店は店なのか研究室なのか判断に困る有様だった。

 扉を開けた瞬間、まず視界へ飛び込んできたのは床一面に広がった大量の紙で、魔術式らしき複雑な線が描かれたものから、数字ばかりが並んだもの、何かの部品を横から見たらしい設計図まで種類はばらばらで、その紙の海の中心には、まるで力尽きた遭難者のようにカイト本人がうつ伏せで倒れている。


「……カイト?」


 返事はない。


「おい、カイト! 大丈夫か!」


 慌てて近づこうとした俺の横を、エドガーがまったく焦った様子もなく通り過ぎた。


「放っておけ」

「いや、倒れてるぞ?」

「どうせ研究のしすぎで寝ているだけだ」


 そう言いながら、エドガーは倒れているカイトの横へしゃがみ込み、慣れた手つきでその頬を数回叩いた。


「起きろ」

「……ぬお」


 カイトの身体が僅かに動いた。


「うん……?」


 さらにもう一度頬を叩かれると、ようやく顔を持ち上げ、ぼさぼさになった髪の隙間から眠たげな目がこちらを見上げる。


「おや、君たちか」

「本当に寝てただけかよ……」

「昨日から少し計算が楽しくなってしまってね。気づけば朝だった」

「今は昼を過ぎだぞ」

「なるほど。なら随分集中していたらしい」


 何を納得しているんだ、この男は。

 カイトは欠伸を噛み殺しながら立ち上がると、足元の紙を踏まないよう器用に跨ぎ、そのまま店の奥にあるカウンター側の椅子へ腰を下ろした。

 俺たちもその前まで移動する。


「それで?」


 まだ完全には目が覚めていないらしく、カイトは眼鏡を掛け直しながら俺たちを見る。


「私の店まで四人揃って来たということは、何か成果があったのだろう?」

「ああ」


 エドガーが答え、俺たちが持ってきた箱をカウンターの上へ置いた。

 蓋を開ける。

 中には、青白い光を内側から脈打たせている巨大な魔想石が収められていた。

 渦竜スクリームの魔想石。

 八十階層の階層主から手に入れたものだ。


「ほう……」


 それまで眠そうだったカイトの目が、一瞬で変わった。


「美しい」


 箱へ顔を近づけ、魔想石を様々な角度から眺めながら、子供が新しい玩具を与えられた時のように目を輝かせる。


「素晴らしい純度だ。水属性への偏りもあるが、中心部の魔力密度は予想以上だね。これなら――」

「カイト」

「ん?」

「魔力増幅器を作ってくれ」


 エドガーに遮られ、カイトはようやく顔を上げた。


「ああ。もちろんそのつもりだとも」


 そう答えながらも、カイトはもう一度魔想石へ視線を落とし、それから少しだけ考え込むように指先で机を叩いた。


「ただし、一つ提案がある」

「提案?」

「ああ」


 カイトが顔を上げる。

 その指先が真っ直ぐ俺へ向けられた。


「四人分の魔力増幅器を作るのはやめよう」

「……は?」

「その代わり、彼一人のために素材を集中させた専用機を作る」

「俺?」


 思わず自分を指差す。

 まさかここで名前を出されるとは思っておらず、俺だけでなくタケルとローラもこちらへ視線を向けていた。

 エドガーだけが眉を僅かに動かす。


「どういう意味だ、カイト」

「あの結界を破るには四人分の魔想を増幅する必要がある。そう言ったのはお前だろう」

「確かに言ったよ。私も最初はそう考えていた」


 カイトは椅子へ深く腰掛け、組んだ指の上へ顎を乗せる。


「だが、彼を調べたあとで計算をやり直してみたところ、それが無駄だと分かった」

「無駄?」

「四人の魔想を別々に増幅するより、一つの装置へ素材を集中させ、最も出力の高い人間一人を増幅した方が効率がいい。そして今ここにいる四人の中で、魔想の総量だけを比較するなら――」


 カイトが俺を見る。


「ルークス君が、圧倒的に多い」

「……俺が?」

「そうだ」

「ローラよりも?」

「もちろん」

「うそ~あたし結構自信あるよ!」


 横からローラの声が飛んでくる。

 俺も四人合わせてもそれ以上とは思っていなかった。


「そんな顔をすると思っていたよ」


 カイトは笑うと、机の下から黒っぽい石を一つ取り出し、こちらへ投げてきた。

 反射的に受け取る。


「これは?」

「君なら見たことがあるだろう?」


 掌の中にある石を眺める。

 魔力を吸収する性質を持つ、黒っぽい石。


「ああ、吸魔石か」

「その通り」


 以前にも見たことがある。

 魔想を吸収し、一定量まで溜め込むことができる石。

 あの剣に組み込まれていた。


「試作品だから性能はそこまでよくないが、普通の人間なら満たすまでにそれなりの時間がかかる」

「なるほど」


 俺は吸魔石を握り込んだ。


「じゃあ、入れればいいんだな」

「ああ。少しずつ――」


 魔想を流す。

 次の瞬間。

 掌の隙間から赤い光が漏れた。


「なっ!?」


 カイトが勢いよく立ち上がる。

 黒かった吸魔石が一瞬で赤く染まり、その表面には内側から押し出されるような細い亀裂まで走り始めていた。


「ちょ、待て待て待て!」

「え?」

「止めろ! それ以上入れるな!また店を吹き飛ばす気か!」

「お、おう!」


 慌てて魔想を止める。

 赤熱した吸魔石をそっとカウンターへ置くと、カイトはしばらく石と俺の顔を交互に見比べ、それから深く息を吐いた。


「……だから言っただろう」

「少しずつって言う前に入れただけだろ」

「普通はあの程度で満杯にならないんだよ」

「そうなのか?」

「坊主」


 エドガーが低い声で呼ぶ。


「お前、自分の魔想量を今までまともに測ったことはないのか?」

「ない」

「…………」

「そんな顔するなよ」


 俺だって、自分がどれだけ持っているかなんて分からない。

 人よりも多い。

 それくらいの認識しかなかったのだ。


「分かったかな」


 カイトはひびの入った吸魔石を指先で転がしながら笑う。


「この少年へ素材を集中させれば、四人分どころか、それ以上の出力を安定して確保できる可能性がある」


 エドガーはしばらく黙ったまま俺を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……分かった」


 そしてカイトへ視線を戻す。


「任せる。ただし失敗するな」

「私の演算は完璧だ」

「何度も俺を殺しかけた男が言う台詞じゃないな」

「失礼な」


 カイトは胸へ手を当てる。


「私のおかげで君の戦闘能力は何倍にも上がっただろう?」

「武器が爆発しなければもっと早かった」

「失敗とは、次の成功へ至るために必要な情報なのだよ」

「その情報を俺の身体で集めるな」


 どうやらこの二人、俺が思っていた以上に長い付き合いらしい。

 ローラが苦笑しているところを見る限り、このやり取りも今に始まったものではないのだろう。


「まあいい」


 エドガーは踵を返した。


「坊主を使うなら好きにしろ。俺たちは出る」

「もう帰るのか?」

「調整に俺たちがいても邪魔だろう」

「ああ、その通りだ」


 カイトが即答する。


「ルークス君だけ残ってくれればいい。装置自体は既にほぼ完成しているからね」

「分かった」

「カイト」


 扉へ向かいながら、エドガーが振り返る。


「坊主を殺すなよ」

「当然だ」

「その返事が一番信用できない」


 最後まで疑わしそうな目を向けながら、エドガーたちは店を出ていった。

 扉が閉まる。

 急に店内が静かになった。


「さて」


 カイトがこちらを見る。


「ルークス君。以前渡した腕輪を見せてくれるかい?」

「ああ」


 左腕に装着していた腕輪を外し、カイトへ手渡す。

 俺の魔想量や身体状態を測定するために渡された魔導具だ。

 カイトはそれを受け取ると、店の奥に置かれた巨大な装置へ歩いていき、その中央にある窪みへ腕輪を嵌め込んだ。

 すると隣に置かれた黒い板――カイトがモニターと呼んでいたものへ、俺には意味の分からない数字や記号が次々と表示され始める。


「……ふむ」


 カイトは画面へ顔を近づける。


「なるほど」


 指先を動かし、数字を切り替える。


「やはりか」

「何か分かったのか?」

「ああ」


 しばらく画面を眺めていたカイトは、眼鏡を外すと机の上へ置き、そのまま俺へ向き直った。


「一つ確認したい」

「何だ?」

「君は以前、自分の魔想量が多い理由について、魔力炉を鍛え続けた結果だと言ったね」

「ああ」


 幼い頃から何年も。

 いつ、魔術を扱えるか分からないから、せめて魔想だけでも増やそうとひたすら鍛え続けてきた。


「それは間違いではない」


 カイトはそう言ったあと。


「だが、それだけでもない」

「どういう意味だ?」

「普通の人間が君と同じ訓練をしたとしても、ここまでの魔力炉にはならないということだ」

「……じゃあ、俺には魔力炉の才能があったのか?」

「違う」


 即答された。


「むしろ逆だよ」

「逆?」

「ああ」


 カイトは一本指を立てた。


「まず、普通の人間は魔力炉だけを何年も鍛え続けたりしない。成果が分かりにくいうえに、苦痛も大きく、魔術を覚えた方が遥かに効率よく強くなれるからね」

「まあ……それはそうか」


 俺だって魔術が使えたなら、こんな鍛え方をしていたか分からない。


「そして、もう一つ」


 二本目の指が立つ。


「君には魔術回路がない」

「……それが?」

「それこそが大きい」


 カイトは俺の胸元を指差した。


「通常、人間が作り出した魔想は魔術回路へ流れ、その人間の属性や得意な術式へ合わせて変換される。魔力炉がどれだけ大量の魔想を生み出せても、最終的にそれを処理する魔術回路には限界がある」

「つまり……」

「魔力炉だけを大きくしても、それを通す道が細ければ意味がない」


 水を大量に生み出しても、流す管が細ければ結局そこから出せる量は限られる。

 そう考えれば分かりやすい。


「だから魔術師は魔力炉だけを極端に鍛えたりしない。魔術回路との均衡を見ながら成長する」

「でも、俺にはその道がない」

「その通り」


 カイトが笑う。


「君には、魔術回路という出口そのものが存在しなかった。だから魔力炉だけを異常なほど成長させても、既存の回路へ負荷が掛かることがなかった」


 その言葉を聞きながら、俺は自分の手を見る。


「……魔術回路がなかったから、ここまで来られた?」

「少なくとも、その一因ではある」


 カイトは肩を竦める。


「もちろん、それだけで君のようになるわけではないよ。普通なら何年もあんな鍛錬を続けられない。つまり君は、才能がなかったからこそ、他の誰も選ばない方法を何年も続けた」

「なんだよ、それ」


 思わず笑ってしまう。


「結局、才能がないおかげってことか」

「皮肉なものだろう?」

「ああ」


 本当に。

 この世界へ転生した時、俺は当然のように思っていた。

 異世界なのだから魔術が使える。

 何か特別な才能を持っている。

 物語の主人公のように。


 だが、洗礼の日。

 俺には何もなかった。

 レンは勇者だった。サラも魔術回路を持っていた

 俺だけが魔術回路すら持っていなかった。

 ずっと、あれは自分に与えられなかったものなのだと思っていた。


「ただし」


 カイトの声で意識が戻る。


「誤解してはいけない」


 彼の指先に、小さな火が灯った。


「魔想量が多いことと、魔術師として強いことは同じではない」

「……分かってるよ」

「本当に?」


 カイトが指を振る。

 火が消える。

 その直後、今度は店内へ強い風が吹いた。


「うわっ」


 床に積まれていた紙が舞い上がり、天井近くまで巻き上げられる。


「魔想とは、本来その人間へ最適化された燃料だ。そして魔術回路を通ることで、その燃料は初めて効率よく現象へ変換される」


 舞い上がった紙が、ゆっくりと床へ落ちてくる。


「努力すれば、才能ある者へ必ず追いつける。そんな綺麗なことを私は言うつもりはない」


 カイトの声は、先ほどまでより僅かに低かった。


「同じ道を走る限り、生まれ持った才能によって越えられない壁は確かに存在する」


 俺は何も言わなかった。


「現に君は、これほど膨大な魔想を持っている。それでも単独で竜を倒せるか?」

「……無理だな」

「そうだろう?」


 タケルならできる。

 師匠なら、おそらくできる。

 レンだって今なら、俺より遥かに強くなっているかもしれない。


「だから私は思うのだよ」


 カイトが笑った。


「同じ道で勝てないのなら」


 彼は店の奥へ手を伸ばす。


「道そのものを作り替えればいい」


 その先。

 暗がりの中に置かれていた何かへ光が灯った。


「……なんだ、これ」


 思わず声が漏れる。

 そこにあったのは、一領の鎧だった。

 一般的な全身鎧とは違う。

 身体を完全に覆い隠すのではなく、胸部、両腕、脚部を中心に黒銀色の金属板が組み合わされ、その表面には血管のように無数の細い溝が走っている。

 カイトが近づき、鎧の胸元を指でなぞる。


「これが、君の魔力増幅器だ」

「これが……?」

「ああ」


 近づいて見る。

 鎧の表面を走る細い溝。

 ただの装飾ではない。


「魔術回路?」

「よく分かったね」


 カイトは満足そうに頷いた。


「君の魔想の流れに合わせ、身体の外側へ魔術回路を作った。溝には魔想との親和性が高いミスリルを流し込んである」

「身体の外に……魔術回路を?」

「ああ」


 カイトが鎧を軽く叩く。


「君の身体に魔術回路が存在しないのなら、身体の外へ作ればいい」


 あまりにも単純な言葉だった。

 だが、その意味を理解した瞬間、俺は鎧から目を離せなくなった。


「今はまだ増幅と魔想制御に必要な回路しか刻んでいない」


 カイトは続ける。


「だが、ここへ魔術式を追加すれば――」


 一瞬。

 時間が止まったような気がした。


「君にも魔術が使える」

「…………」


 聞き間違いかと思った。


「今……なんて?」


「魔術を使えると言ったんだ」


 魔術。

 その一言だけで。

 ずっと昔の光景が頭へ浮かんだ。

 魔術回路がないと告げられた日のこと。

 あの時、俺はたしかに悔しかった。

 レンが勇者だったことでもない。


 俺自身が異世界へ転生して一度は夢見たものを。

 最初から持つことすら許されていなかったことが。

 いつの間にか諦めていた。


 魔術がなくても戦える方法を覚えた。


 魔想玉を作った。

 魔想撃を覚えた。

 魔想円を作った。

 極心流まで教えてもらった。


 だからもう。

 魔術なんて使えなくてもいいと思っていた。

 そう思っていたはずなのに。


「……あれ」


 視界が滲んだ。

 頬へ何かが落ちる。

 指で触れると濡れていた。


「なんで……」


 自分でも分からなかった。

 笑っているつもりだった。


「俺、泣いてる?」


 カイトは何も言わなかった。

 ただ、少しだけ柔らかい顔でこちらを見ている。


「……そうか」


 しばらくしてカイトが呟いた。


「君は、本当に魔術を使いたかったんだね」


「……たぶんな」


 もう諦めたと思っていた。

 でも、本当は違ったらしい。


「世界というものは残酷だ」


 カイトが鎧へ手を置く。


「生まれた家によって」


 魔術回路によって。

 種族によって。

 才能によって。


「努力する前から、叶えられる夢と叶えられない夢が決められてしまうことがある」


 カイトはこちらを見る。


「私は、それが嫌いだ」

「カイト……」

「私の夢はね」


 彼が笑う。


「才能という壁を、技術で壊すことだ」


 その言葉には。

 研究者が新しい発明について語る時とは違う。

 もっと強い何かが込められていた。


「魔術回路を持たない人間が魔術を使える。身体が弱い人間が強者と戦える。生まれによって決められた可能性を、後から人間自身の手で増やす」


 カイトはゆっくりと手を差し出した。


「どうだろう、ルークス君」

「え?」

「私と手を組まないか?」


 一瞬、意味が分からなかった。


「どういうことだ?」

「私は一人で研究しているわけではない」


 カイトは差し出した手をそのままに続ける。


「私の所属する組織もまた、生まれによって生じる格差そのものをなくそうとしている」

「そんな組織があるのか?」

「ああ」

「すごいな……」


 素直にそう思った。

 もし、魔術回路を持たない人間でも魔術を使えるようになれば。

 俺と同じような思いをする奴は減る。


「今はまだ、この装置も君専用だ」


 カイトが鎧を見る。


「だが、いつかは違う。誰でも扱えるようにする。生まれや才能に左右されず、皆が同じ可能性を持てる世界を作る」


 魅力的な話だった。

 それは本当に。


「だから――」

「ごめん」


 差し出された手を見ながら、俺は答えた。


「今は無理だ」


 カイトが僅かに目を細める。


「理由を聞いても?」

「ああ」


 俺は頷く。


「まず、火龍の宝具を取り戻したい」

「火龍の宝具?」

「ああ」


 その瞬間。

 ほんの僅かだった。

 カイトが眼鏡を押し上げようとした指が止まった。


「……どうして君が?」

「タケルの里の大切なものなんだ」


 カイトの動きには気づかず、俺は続ける。


「タケルには命を助けてもらった。それに、あいつがここへ来た理由も宝具を取り戻すためだから」

「なるほど」

「だから今は、それを手伝いたい」


 自分の夢を叶えられるかもしれない。

 そんな話を聞いた直後だというのに。

 不思議と迷いはなかった。


「それが終わったら」


 俺は笑う。


「また詳しく聞かせてくれないか?」


 カイトはしばらく俺を見つめていた。

 やがて。


「ああ」


 いつもの笑顔に戻る。


「その方がいいだろうね」

「ありがとう」

「さて」


 カイトが手を叩く。


「私としても君を勧誘しているだけでは仕事にならない。この増幅器はまだ最後の調整が必要だ」

「今日は無理なのか?」

「無理ではないが、君を殺す可能性が上がる」

「明日にしよう」

「賢明だね」


 俺は苦笑しながら扉へ向かった。


「それじゃ、また明日来る」

「ああ」

「頼んだぞ、カイト」

「任せたまえ」


 扉を閉める。

 最後に見えたカイトは。

 笑っていた。


     ◇


 ルークスが店を出てから。

 カイトはしばらく扉を見つめていた。

 やがて、小さく息を吐く。


「……まったく」


 眼鏡を掛け直し、完成間近の鎧へ視線を戻した。


「世界は残酷だ」


 指先で。

 ルークス用に刻んだ外部魔術回路をなぞる。


「彼とは、かなり馬が合いそうなのだけどね」


 返事はない。

 店内にはカイトしかいない。

 それでも彼は続けた。


「彼の存在をもっと早く知っていたなら、計画そのものを変えていた可能性もあった」


 机の上へ置かれていたモニターが。

 静かに点灯する。


「だが」


 カイトが椅子へ腰を下ろす。


「動き出してしまった」


 画面に。

 文字が現れた。


『仕方のないことだ』


「そうかい?」


『我々の計画には、最初から犠牲が含まれている』


 文字が一つずつ流れていく。


『無数の演算を行い、最善と思われる未来を選択しても、それが我々にとっての正解である保証はない』


 カイトは黙って画面を見る。


『未来に正解など存在しない』

『あるのは選択だけだ』

『そして、選択した以上――』


 少し間を置いて。

 次の文字が表示された。


『我々が、それを正解にするしかない』

「……君に励まされる日が来るとは思わなかったよ、ダルドラ」

『励ましてはいない』

「知っている」


 カイトは笑う。


「なら」


 机に置かれていたカップを持ち上げる。

 冷めたコーヒーを一口飲み。

 あまりの苦さに顔をしかめた。


「計画を動かそう」

『了解した、カイト』


 画面が切り替わる。


『ゴルド・ジェスターに関する最新予測データを送信する』

『検討を祈る』

『BY, NAI』

「最後の一文は必要なのか?」


 当然。

 返事はなかった。


「まったく」


 カイトは机の端にあった砂糖壺へ手を伸ばし、いつもより少し多めの砂糖をコーヒーへ落とした。


 一杯。

 二杯。

 三杯。


「……今日はこれくらい必要だね」


 匙でゆっくりと掻き混ぜる。

 その途中に何となく、窓の外へ目を向けた。

 夕日が街の建物を赤く染め、向かいの屋根には長い影が落ちている。

 だが、特に何もない。


「気のせいか」


 カイトが再びモニターへ視線を戻す。

 その直後。

 店の屋根へ張り付いていた一つの影が、僅かに足を滑らせた。


「うおっ……!」


 瓦が一枚ずれる。

 落ちかけた身体を慌てて支え。

 影はどうにか屋根へ戻った。


「危ないでござる……」


 額の汗を拭う。

 そして、窓の向こうにいる男を見下ろした。


「カイト」


 夕焼けによって。

 その姿から長い影が伸びる。


「ようやく見つけたでござる」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

どれだけ予想はできても、それを超える可能性は消しきれない。それでも、止まることはできない。

ちなみに、エドガーはカイトがこの町に来てからすでに何度も爆破されている。エドガー曰く、あいつは魔導技師ではなく、爆破技師らしい。しかし、そのおかげで彼は強者とも渡り合えるようになった。

特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。

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