↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件  作者: ベルナルド
二章 火龍の里編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/64

第三十五話 極心流

 

 俺の目の前で、タケルは人差し指一本だけを地面につき、逆立ちしたまま腕を曲げ伸ばししていた。


 一回、二回、三回。

 上半身だけでなく、脚まで真っすぐ天へ伸びている。身体は一切ぶれない。

 この世界では、これが普通なのだろうか。


「なあ、タケル」

「なんだ、ルークス」

「それって、俺にもできるようになるのか?」

「ハハハハハ! 安心しろ、里の戦士でもできる者はほとんどいないぞ!」

「よかった。それが普通だと言われたら、この世界への認識を改めるところだった」


 もっとも、目の前で続けているタケルが異常であることに変わりはない。

 俺の一日は、タケルとの筋力鍛錬から始まる。

 父さんや師匠から教わった鍛錬も厳しかったが、タケルのそれは次元が違った。

 毎朝おぞましい回数の腕立て、腹筋、スクワットをこなし、巨大な岩を担いで山道を走る。その後は休憩することもなく、食料を得るために魔物を倒す。

 最初の頃は、昼になる前に指一本動かせなくなった。

 今では、倒れるのが夕方まで延びた。成長していると信じたい。


 そんな生活が始まって、半年が過ぎていた。


     ◇


 故郷へ戻ろうとしなかったわけではない。


 滝の上へ続く崖は、タケルでも登れないほど切り立っていた。火龍の里まで行けば、ゴルゴン王国へ手紙を届ける行商人もいるらしい。

 家族も、レンも、サラも、俺が死んだと思っているかもしれない。

 できるだけ、早く伝えたい。


「また腕だけ鉄にしようとしているぞ」


 タケルの声で、意識を修行へ戻す。

 俺は目を閉じ、自分の右腕へ魔想を流していた。


「腕を硬くするんじゃない。魔想を肉体へ馴染ませろ。皮膚も、筋肉も、骨も、最初からそういう性質だったと思い込ませるんだ」

「簡単に言ってくれるな……!」


 極心流(きょくしんりゅう)。

 それは火龍の里に伝わる、魔想の性質変化を極めた武術だった。

 魔想を鎧のように身体の外へ纏うのではない。肉体へ深く馴染ませ、身体そのものの性質を変化させる。


 肉体を鉄壁へ変える――壁(へき)。

 一点へ力を集中させ、威力を跳ね上げる――極(きょく)。

 触れた相手へ魔想を流し、相手の中を巡る魔想と衝突させる――転(てん)。


 壁で敵の攻撃を受け、極で打ち抜き、転によって内部から破壊する。

 三つの絶技を一つの流れへつなげた奥義が、極心三絶――崩天(ほうてん)。


 当然、今の俺には真似すらできない。


「ふっ!」


 右腕へ魔想を押し込む。

 皮膚の色が黒鉄のように変わった。


 成功した。

 そう思った瞬間、腕が地面へ落ちた。


「お、重っ……!」


 右腕だけが鋼鉄の塊になったように重い。持ち上げようとしても、肩が悲鳴を上げるだけだった。


 タケルが豪快に笑う。


「ハハハハハ! 見事な失敗だ!」

「褒めるところじゃないだろ!」

「普通は、肉体をそこまで変質させるだけの魔想を流せん。失敗できることも才能だぞ」


 慰められているのか、本当に褒められているのか分からない。


 俺は「転」だけなら得意だった。

 もともと魔想撃によって、物体や相手の内部へ魔想を流す技術を身につけていたからだ。

 だが、「壁」は苦手だった。

 俺の魔想量は、普通の人間より多すぎる。少し流すつもりでも、肉体が必要とする量を簡単に超えてしまう。


「極」も同じだ。

 莫大な魔想を拳へ集中させれば、敵を殴る前に俺自身の拳が裂ける。

 壁で肉体を守れなければ、極は自爆技にしかならない。


「やはり、ルークスは壁が下手だな」

「自分でも分かってるよ」

「だが、半年で里の子供と同じところまで来た」

「こ、子供……」

「里の子供は、十歳までに極心流の基礎を修めるからな!」


 絶対に、火龍の里がおかしいだけだ。

 普通の十歳が、肉体を鉄へ変える怪物拳法を使うはずがない。そう信じたい。


「それに、君は極心流に向いている」

「壁は下手なのに?」

「魔術回路がないからだ」


 思いもしなかった言葉に、俺は顔を上げた。


「魔術回路がない方がいいのか?」

「武人の中には、そう望む者も多い。魔術回路があれば、魔想を流しただけで属性が混ざる。純粋な魔想だけを扱う極心流では、それが邪魔になることもある」


 タケルは自分の胸を指した。


「俺には火属性の魔術回路がある。火山や雪山では便利だが、極心流を覚える時には苦労したぞ。魔想から火の性質を抜くところから始めなければならなかった」

「じゃあ、俺が半年で基礎まで来られたのは……」

「魔術回路を持たず、純粋な魔想を自由に扱えるからだ。量の調整さえ覚えれば、君はもっと強くなる」


 魔術回路がないことを、初めて才能として認められた。

 胸の奥が少しだけ熱くなる。

 これまで俺は、魔術回路がないことを欠点だとしか思っていなかった。

 魔術を使える人間を羨み、自分には何かが足りないと考え続けてきた。

 場所が変われば、欠点の意味も変わるらしい。


「でも、俺はやっぱり魔術も使ってみたかったけどな」

「ハハハハハ! ないものを欲しがるのも人間というものだ!」


 タケルは笑いながら、俺の背中を叩いた。

 加減しているはずなのに、身体が地面へめり込んだ。


     ◇


「そろそろ、山へ登ってみるか」


 朝食の魔物肉を食べ終えたところで、タケルが言った。


「俺はまだ、壁を完璧に使えないぞ」

「完璧である必要はない。今の君なら、死なない程度には耐えられる」

「何に?」

「少し熱いぞ」

「待て。何をするつもりだ」


 タケルの身体から、炎が噴き上がった。


「た、タケル!?」

「山は寒いからな。こうしておけば、凍えて死ぬことはない!」

「防寒具という文明を知らないのか!?」

「そんなもの、魔物に切り裂かれるだろう!」


 タケルが俺の肩へ触れる。

 次の瞬間、俺の身体まで炎に包まれた。


「熱っ――くない?」


 壁で皮膚の性質を変え、炎の熱を遮断する。

 完璧ではない。少しでも集中を切らせば、全身を火傷するだろう。


 こうして雪山の入口に、二本の火柱が完成した。


 傍から見れば、山へ登る人間ではなく、山を焼きに来た魔物である。


「これで、どれくらい登るんだ?」

「三日だな!」

「防寒具に感謝したい」

「だから、切り裂かれると言っているだろう!」

「燃えながら三日よりはましだ!」


 俺たちは火柱のまま、雪山へ足を踏み入れた。


     ◇


 一日目の夜。


 俺たちは風を防げる岩陰で休んでいた。

 周囲に魔物の気配はない。俺は焼いた肉をかじりながら、以前から気になっていたことを尋ねた。


「そういえば、タケルはアレスの子孫なんだよな」

「ああ。俺も本人を知っているわけではないが、里には多くの伝承が残っている」

「どんな人だったんだ?」

「妻が三人いたそうだ!」

「最初に出てくる話がそれなのか?」


 もっと英雄らしい逸話があると思っていた。


「一人は幼馴染で、帝国の貴族。もう一人はゴルゴン王国の女性。そして最後の一人が、当時の火龍の御子だ」

「その御子が、タケルの先祖なのか」

「そういうことだな」


 アレスは、異世界でしっかりハーレムまで作っていたらしい。


「ほかの一族はジョーンズ家を名乗っているが、俺たちだけはカミヤマを名乗っている」

「どうしてだ?」

「アレス様は旅の途中、別の名で生活していた時期がある。その時に使っていた名前が、シゲノブ・カミヤマだ」


 おいおい。

 どこからどう聞いても日本人の名前じゃないか。


「英雄シゲノブとアレス様が同一人物だと知らされた時、里の者も驚いたそうだ」

「英雄シゲノブ?」

「その名で旅をしていた頃にも、数多くの国や町を救ったらしい。土地によっては、守護神アレスより英雄シゲノブの名の方が有名だぞ」


 シゲノブ・カミヤマ。


 なぜか、どこかで聞いたことがあるような気がした。

 この世界ではなく、前世で。

 だが、記憶を探っても答えは出てこない。


「早く試練を終えて、火龍様にルークスを会わせたいものだ。きっと君を気に入るぞ!」

「俺も会ってみたいよ」


 火龍なら、アレス本人についても知っているかもしれない。

 俺は焚き火の向こうにそびえる山頂を見上げた。


 すべては、そこへたどり着いてからだ。


     ◇


 三日目。


 標高が上がるにつれて吹雪は激しくなり、周囲は白一色に染まっていた。

 身体を包む炎のおかげで凍えることはない。足元の雪は熱で溶け、俺たちが歩いた後には、濡れた足跡が続いていた。

 それでも視界はほとんど利かない。

 俺は魔粒子の反応を読むセンスを使い、周囲の地形と魔物の位置を確認しながら進んだ。


「タケルなら、この吹雪くらい問題ないだろ?」

「ああ、問題ない。問題はこの先だ」


 その言葉と同時に、周囲から魔粒子の感覚が消えた。


「なっ……」


 センスが何も捉えない。

 正確には、空気中にあるはずの魔粒子を感じられない。

 魔粒子そのものが凍っているのか。

 だとすれば、この場所では魔術も使えないはずだ。


 ところが、俺の疑問を嘲笑うように吹雪が止んだ。

 雲が左右へ割れ、その向こうに白く輝く山頂が姿を現す。

 俺たちの前には、山頂まで真っすぐ続く雪道があった。


「タケル、道が……」

「これが問題なのだ」


 疑いながらも、俺たちは道を進んだ。

 真っすぐ歩いている。山頂も少しずつ近づいている。

 だが、しばらくすると再び吹雪が吹き荒れ、気づけば同じ場所へ戻されていた。


「これでは、どうやっても山頂へたどり着けない」

「確かに、センスも使えない。魔術の気配も感じなかった」


 魔術ではないのか。

 それとも、この山自体がそういう性質を持っているのか。


「これは難関だな」

「そうだろう? ああ、ヒミコがいればな」

「ヒミコさんなら突破できるのか?」

「当然だ。ヒミコは里一番の天才だからな!」


 火龍の里には、タケル以上の怪物がまだいるらしい。


「もう一度行くぞ、ルークス!」

「また燃やされるのかよ」


 俺たちは再び炎を纏い、吹雪の中へ入った。

 やがて魔粒子の感覚が消え、先ほどと同じように雲が割れる。

 白い山頂へ続く一本道が現れた。


「ルークス、道が出たぞ!」

「タケル。ここに長く残る火を置けるか?」

「長時間は無理だが、できるぞ」

「十分だ」


 タケルが指先を立てる。


「第二階位――蛍火(ほたるび)」


 小さな火が生まれ、提灯のようにその場へ浮かんだ。

 俺たちは蛍火を背に、山頂へ向かって歩き始める。

 しばらく進んだあと、振り返った。蛍火は、すぐ後ろに浮かんでいた。


「やはりだ」

「どういうことだ、ルークス。俺たちは確かに歩いていたぞ」

「ああ。足は動かしていた。でも、場所はほとんど変わっていない」


 俺は足元を見た。

 山の下では、身体を包む炎によって雪が溶け、俺たちの足跡が残っていた。

 だが、ここには足跡が一つもない。

 試しに足元の雪へ炎を近づける。雪が溶け、その下から黒い岩肌が現れた。


 次の瞬間だった。

 周囲の雪が、生き物のように流れ込んだ。

 露出した岩を覆い、何事もなかったように白い道へ戻していく。


「雪が動いた……?」

「俺たちは進んでいなかったんじゃない」


 俺は山頂へ続く道を睨んだ。


「俺たちが一歩進むたび、足元の雪が同じだけ後ろへ流れていたんだ。進んでいるように見えていた景色は、おそらく蜃気楼だ」

「ならば、雪を動かしている魔術があるのか?」

「でも、魔術の気配は――」


 言いかけて、俺は地面へ手を触れた。自分の魔想を、雪の下へ流し込む。

 岩盤へ触れた瞬間、あまりにも巨大な魔粒子の流れが押し返してきた。


「ぐっ……!」


 反射的に手を離す。

 地下にあるのは、川などという規模ではない。

 大地の底を、海のような魔粒子が流れている。


「龍脈……」


 タケルはそう言葉を漏らした。

 魔術が使われていないのではない。

 あまりにも巨大な魔粒子の流れに紛れているから、レルギオンの魔術だけを見つけられなかったのだ。

 空気中の魔粒子が消えたのも、雪と龍脈をつなぐために地面へ引き込まれていたからだろう。


「見えてきたぞ」


 蜃気楼で目を欺き、龍脈を利用して雪の道を作り替える。

 タケルが三年間、どれほど歩いても山頂へ届かなかった理由。


「俺たちが道に迷っていたんじゃない」


 絶えず形を変える白い道へ、俺は指を突きつけた。


「道そのものが、俺たちを進ませなかったんだ」


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

タケルの頭脳は戦闘以外はくそ雑魚ナメクジです。

特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。