その力は焔。灯火は心に
火之花ちゃんに手を引かれて全力で走り続ける。体力に自信はないけど、走らなければ死が目前に迫る事になる。そうして走り回り続けて、何度も犬擬きの視界から外れて、どこかの公園の運動場にある壁の裏に隠れる。
いつもはここで壁当てをしている子供とかがいるけど、今は地面を突き破った植物が広がっている。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「聖奈、大丈夫?」
息切れしている私と違って、火之花ちゃんはすぐに呼吸を整えていた。これが現役運動部と現役文化部の体力の差だ。
「だい……じょう……ぶ……」
「またすぐに走るかも。あの犬しつこ過ぎ……」
壁に背を付けて、覗きこみながらそう言うって事は公園の近くをうろうろとしているって事だ。私は何とか呼吸を整えるために深呼吸を繰り返す。すると、少し離れたところで、似たような息遣いが聞こえてきた。
火之花ちゃんも改めて呼吸を整えているのかなと思ったのも束の間、それが火之花ちゃんがいる方向と逆である事に気付く。
「…………」
深呼吸から一転、息を詰まらせながら顔を向けると、そこにはさっきの犬擬きがいた。壁から顔を出してこちらを見ている。
「火之花ちゃん!」
「っ!」
私の声で、火之花ちゃんが振り返るのと同時に犬擬きが飛び出してくる。反射的に目を瞑って両手を顔の前に出して防御の姿勢を取る。
直後、頭の上を熱い何かが通り、正面で鈍い音が鳴った。
『ギャウンッ!』
その声に目を開けると、身体が炎上して藻掻き苦しんでいる犬擬きと、手が燃えている火之花ちゃんの姿があった。
「火之花ちゃん……」
「大丈夫。聖奈は!?」
「だ、大丈夫」
「良かった」
火之花ちゃんはそう言って手の炎を消す。そして、何度か出したり消したりを繰り返していた。
「なるほど……」
「操れるの……?」
「細かい調整は出来ないけどね。何となく感覚は掴んだ。犬擬きにも有効って分かったし、ここからは逃げるだけじゃなくて迎撃も視野に入れていこう」
火之花ちゃんはそう言って手を差し伸べる。さっきまで燃えていた手だけど、私は迷う事もなく火之花ちゃんの手を取って立ち上がった。
その間に燃えていた犬擬きは動かなくなっていた。黒焦げになっていると思うけど、まだ燃えている。火之花ちゃんの炎はそう簡単に鎮火しないみたい。
「そういえば、聖奈のあれは?」
「分からない……でも、私のは綺麗になるだけだから……」
「まぁ、攻撃手段にはならないか。それなら私から離れないで。ほら、行くよ」
「う、うん!」
駆け出した火之花ちゃんの後に続いていく。正面から犬擬きが突っ込んで来たけど、火之花ちゃんが炎を纏った拳で殴り飛ばしていた。一気に炎上した犬擬きは地面をバウンドしてから苦しみ藻掻く。
「聖奈! 急いで!」
「うん……!」
そして、何よりも火之花ちゃんは脚が速い。喧嘩をして問題になっていなければ、大会で良い成績を残していると思う。
「でも、聖奈も戦おうと思えば戦えるでしょ? 相手が人型じゃないから難しいかもしれないけど」
「え? もしかして、うちの武術の事言ってる? 小学校から稽古なんてしてないし、四年も使ってないから無理だと思う……」
正直私もよく分かってはいないけど、お祖父ちゃんが独自の武術の師範をしている。小学校に通っている間は、その武術を習わされた。中学に入った時にお祖父ちゃんが亡くなって、そのまま稽古をしなくなってから四年も何もしていないし、まともに使えるとは思えなかった。
「あんなにやってたんだし、身体に染みついてるでしょ。本当に危なくなったら、あの頃を思い出しなよ」
「うぅ……頑張ってみる……」
確かに、このまま火之花ちゃんに甘えてばかりいたら、火之花ちゃんの負担が凄い事になってしまう。自分の身は自分で守れるようにならないといけない。さっきみたいに恐怖で縮まり込むしか出来ないままではいられない。少し前までは、そんな事なかったのに……
私達が走って向かった先は、自宅へと帰るための路線がある駅だ。十中八九動いていないだろうけど、土地勘が微妙なまま適当に家に向かうよりも、線路沿いを移動した方が確実に家に戻る事が出来る。
駅に着く直前、火之花ちゃんは急ブレーキを掛けてから振り返って私の腕を掴むと、近くの路地裏に引っ張った。顔面蒼白になっている事から何かがあったというのだけは分かる。
「はぁ……はぁ……どうしたの……?」
「駅ヤバい。何か犬擬きがいっぱいいる。それに、いっぱい死んでた」
最後の言葉に、私も血の気が引くのを感じた。こんな状況なのだから、人が死ぬというのは当たり前とも言える。でも、可能性があるのと実際に起こっている事を身近で知るというのが大きな差がある。
「やっぱり殺されちゃう……」
「捕食が目当てっぽい。見つかると厄介な事は変わりないかも。地図はまだ使えるか……バッテリーの減りが早いから、あまり使いたくはないんだけど」
モバイルバッテリーを持ち出す事が出来ていないので、今のスマホの電池残量が全てとなる。
「途中のコンビニとかでモバイルバッテリーとかを見繕うかな」
「ぬ、盗むの?」
「この状況で四の五の言うやつなんていないでしょ。いい加減スカートも動きにくいし」
ブレザーの胸の内ポケットにスマホを入れて、スカートを折っているけど、普通にズボンを穿いていた方が動きやすい。火之花ちゃんは、そのズボンもどこかしらで調達するつもりみたい。
「こっちから行けばいけそうかな。ほら、いっ……!」
「うっ!?」
火之花ちゃんは、私の胸倉を掴んで引き寄せると、立ち位置を入れ替えるように前に出て炎を纏った拳を振るった。その先にいたのは、あの犬擬きだ。どうやら私の背後から襲い掛かる直前だったみたい。
『ギャウンッ!』
「げっ! 大きな声出しやがって! 聖奈! 行くよ!」
「う、うん!」
火之花ちゃんの後に続いて走り出すと、後方から多数の足音が聞こえてくる。駅にいた犬擬きがこっちに来たみたい。私は走りながら周囲を見回して、目に入った鉄パイプを手にする。
「えっ? 何それ?」
「な、ないよりマシだと思って……」
「まぁ、聖奈が持つ分にはそうだけど……ピカピカじゃん」
「え? あ、うん。能力は使えてるみたい」
綺麗にする能力はここでも使えているみたいで、鉄パイプが新品の綺麗さを取り戻していた。腐食でなくなった部分は戻せないから、そこだけちょっとトゲトゲしていて危ない。
「聖奈!」
走っている時にこっちの確認をしていた火之花ちゃんが叫ぶ。その視線から右側に視線を向けると、犬擬きが路地裏から飛び出してきていた。
それを見た瞬間、身体が萎縮するのではなく勝手に動き出した。握りしめている鉄パイプの根元で顎をかち上げつつ、姿勢を低くする事で爪を避け、股抜けしつつ背後に回り着地した犬擬きの背中に鉄パイプを叩き付ける。鉄パイプから犬擬きの硬さが伝わってくる。
叩き付けた鉄パイプの棘が犬擬きに引っ掛かったのに気付いて、手前に引く。棘が身体に食い込んでいき、そのまま身体の一部を引き剥がした。
『ギャウッ! ギャアア!』
怯んだところに火之花ちゃんが拳を叩きつけて焼く。こうなれば、もう藻掻く事しか出来ない。
なので、そのまま再び駆け出す。
「動けるじゃん」
「た、偶々だよ……」
「トドメは私がやるよ。鉄パイプだけで倒しきれないっぽいし」
「結構硬かったかも……骨というよりも……外骨格? 上手く引っ掛かれば……さっきみたいに引き剥がせるかもだけど……」
「再現出来る?」
「無理無理……」
今のは偶然上手くいっただけ。これを全く同じように再現出来るとは言えなかった。
「まぁ、して貰わないと困るんだけどね」
「え?」
「後ろが大分追いついてきてるから。背中任せるよ!」
「ちょっ!? も、もう! どうなっても知らないからね!」
踵返す火之花ちゃんを追って、私も犬擬きに突っ込む。最初に遭遇した時のような恐怖心は、まだある。でも、火之花ちゃんが勇気をくれる。
私にも戦う勇気を。




