崩壊の音は突然に
一時限目の授業が終わり、クラスの皆がわらわらと移動していく。その中で自分の席に座ったまま、私、東堂聖奈は、自分の消しゴムを握りしめていた。
「聖奈。何してんの?」
そう言って前の席に座ったのは、友人の西園寺火之花ちゃんだ。綺麗な金髪のポニーテールだけど、地毛じゃなくて染めている。私の長い黒髪とは正反対って感じだ。
ちょっと不良みたいな子だけど、嫌な子ではなく普通に良い子だ。時々喧嘩しているみたいだけど、それも誰かを守ろうとしての事。仕方ないとは言えないけど、頭ごなしに否定出来るものでもなかった。
「火之花ちゃん。あのね。最近気付いたんだけど、こういう汚れたものを触ってたら……ほら! 綺麗になるの?」
軽く汚れていたはずの消しゴムは新品のように綺麗な色になっていた。さすがに使った部分は戻っていないから新品そのものにはならないけど。
「ふ~ん……マジックの練習?」
「違うんだよ。何か触ってるものが綺麗になるから、何なのかなって」
「ふ~ん……じゃあ、これは?」
火之花ちゃんはそう言って、自分の席から筆箱を取ってきた。大分前から使っているから、ちょっとよれているし、軽く汚れている部分もある。床に落としたのかな。
火之花ちゃんから筆箱を受け取り、手で覆う。すると、よれてしまった部分はどうしようもなかったけど、汚れが段々と消えていき、綺麗な布地が戻って来た。
「嘘……」
「ね? 何か気持ち悪いよね」
「う~ん……変だとは思うけど。でも、それなら私も気になる事があったわ。触って」
火之花ちゃんがそう言って、私に手を出してくる。触ってと言われたので、そのまま握手すると、その熱さに驚く。
「え? 熱があるんじゃないの!?」
「いや、まぁ、あるにはあるんだけど、身体の怠さも何もなくてさ。ただただ体温が高いんだよね。医者に行っても特に何もないし、体温以外の部分は全部問題ないから、普通に来てるんだけどさ」
「何かの前触れだったりして」
「あはは! そんな漫画みたいな」
火之花ちゃんがそう言った瞬間、大きな地震が起こった。私達はすぐに机の下に潜り込む。揺れは一分程続いた。
「おぉ……滅茶苦茶大きな地震だったね。震源が……近そ……う……」
火之花ちゃんの言葉が途切れがちになる。その理由は、窓の外にあった。私達が見ている先。かなり遠くの方。私達のいる場所からギリギリ見える場所。正確に言えば、本来であれば何も見えない場所。そこに、それは存在した。
「木……?」
自然と私の口から漏れた。
それは木としか形容出来ないもの。雲の上まで届いているようなその木は、こちらの遠近感を狂わせてくる。
真っ黒……いや、少し紫がかっても見えるかな。どう見ても、普通の木じゃない。葉っぱも含めて、そんな不気味な色をしているから。
「うわっ!?」
木に夢中になっていると、隣で火之花ちゃんが声を上げた。驚いてそちらを見ると、火之花ちゃんの手が火に包まれていた。
「火之花ちゃん!?」
「だ、大丈夫……焼けてる感じはないから……」
火之花ちゃんがそう言うと、火が消える。確かに火之花ちゃんの手は無事だ。制服の袖は燃えてなくなっているけど。
「それに聖奈も」
「え? うわっ!?」
私がずっと触れていた机がピカピカの新品同然になっていた。錆びていた部分も普通の状態になっている。まぁ、腐食で削られた部分はそのままだけど。
「えっ……これって、あの木が関係してる?」
「してないって考える方が難しいかもね……意味が分からないけど」
「うわっ!?」
「えっ!?」
「何これ!?」
私達だけではなく、他のクラスメイト達も何かしらの異常が起こっていた。急に水浸しになったり、扇風機みたいに風が出ていたり、ボールペンを折っていたり、身体が伸びていたり、どう見てもおかしい。
それに何も異常が起こっていないクラスメイトもいた。人類全員が同じ状況になっている訳では無いみたい。
そして、世界を襲った異常は、これだけじゃなかった。
再び地面が揺れる。また地震かと思ったのも束の間、校庭の地面を突き破って巨大な植物が生えてきた。それだけに留まらず、校舎を破壊して生えてきたものも存在する。
「聖奈!」
火之花ちゃんは私の手を取って駆け出した。引っ張られるようにして立ち上がった私も少し蹌踉けながら走って付いていく。
「火之花ちゃん!?」
「今は高い場所にいない方が良い!」
私達の教室は三階。このまま校舎が壊されれば、そのまま真っ逆さまという事もあり得る。様々な事が立て続けに起こって頭の中がこんがらがり始めている。
でも、火之花ちゃんに従わないという選択はない。火之花ちゃんの判断が間違っているとは思わなかったからだ。急いで駆け下りた私達は校庭に出る。こういう時、一足制で良かったと強く思う。
「何……これ……」
外の状況を見た火之花ちゃんはかなり狼狽えていた。そして、それは私も同じだ。
さっき出て来た植物だけじゃない。あらゆる場所で似たような植物が出ていたり、建物が蔦に覆われていたり、ついさっきまでの景色は一切なくなっていた。
「ニュ、ニュースは……」
スマホを出して、ニュースの速報を見る。
『謎の大樹の出現──東京都千代田区に雲まで届く大樹が唐突に出現した。被害状況は不明。出現の際に生じた地震及び降り注ぐ瓦礫により、死者多数と予測される』
情報を十分に集められている訳では無いので、そのくらいの情報しかない。まだこの植物の方のニュースはないみたいだ。
「と、東京の方に出たんだって……」
「まぁ、方角的にはそうだろうね。他の場所のニュースは?」
「まだ出てないみたい……あっ、大樹はないけど、この植物と同じものが色々な場所で出てるみたい。それと……化物も……」
「ああ……あれみたいな……?」
火之花ちゃんにそう言われてスマホから顔を上げて、周囲を見回すと、少し離れた場所に四足歩行の何かがいた。犬のように見えるけど、犬はあんなに目が大きくないし、口が身体近くまで来ていない。そして何よりも、あんなに禍々しい黒と紫の身体はしていない。
その犬擬きは、私達に気付いたようで、ぐるんと首を動かしてこっちを見た。その動きで相手が犬ではなく化物なのだと改めて思わされる。
「逃げるよ!」
火之花ちゃんに手を引かれて、再び駆け出す。犬と逆方向である校門側に向かって行くと、背後で建物が崩れる音が聞こえた。後ろを振り返ると、追いかけてくる犬擬きと、崩れ落ちる校舎が見えた。
その崩壊の音が、私のこれまでの日常が崩れ去る音となる。




