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第7話:二人きりの生存戦略と、消えない痛み

 

「……うっ、うう……」

 

 右腕が焼けるように痛くて、目を覚ました。

 思わず呻くが、視界が霞んで周囲がよく見えない。

 

「……っ! 気が付いた!?」

 

 声の方向に顔を向けると、先客が心配そうに覗き込んでいた。

 右腕は木の棒をくくりつけて固定してくれている。包帯はなかったのだろう。どこで手に入れたのか、清潔そうなタオルで傷も縛ってくれている。

 だが、そのタオルにはかすり傷とは思えない量の血が滲みだしている。おそらく、血はまだ止まっていない。

 

「……ててっ、……悪い。手当してくれたんだな」

 

 少し動かすだけでも痛い。腹式呼吸を意識して、ゆっくりと話すように心がける。

 目だけを動かして、周囲を見るとたくさんの血にまみれたタオルが目に入った。

 

(どれだけ出血したんだ……)

 

 部位的に出血多量で死ぬことはないと思うけど、範囲が広かったんだろう。患部がどうなっているのか、想像したくない。

 

「う……ううっ、……うっ、うっ、うっ」

 

 先客の目からボトボトと涙が溢れ出す。

 

「し、心配したんだから……、この馬鹿……っ、やっぱり大丈夫じゃなかったじゃないかっ、うううううっ!」

「ごめん、本当に、ごめん……」

 

 きちんと謝罪したいが、いかんせん傷が痛すぎる。寝たままの姿勢で申し訳ないが、誠意をもって謝る。

 

「怪異が近く、にいてビックリした、んだ。軽率だったと、思う。……申し、訳ない」

「どれだけ叫んでも、どんどん怪異に近付いていくんだもん。ほんとに……どうしようかと……っ」

「それ、全然、自覚なかった……いつっ、……はあ……気が付いたら、あそこにいて……」

 

 少しでも声が大きくなると、怪我に響く。

 血もまだ止まっていないんだろう。じわじわと湿った感覚が伝わってくる。

 

「死んだら、どうしようかと思った……ひっく」

「ごめん……」

「また、ひとりになっちゃうだろ……ううう……」

「…………ごめん」

 

 そうだった。

 先客はいろんな記憶を忘れるくらい、長い間ここにひとりでいたんだ。それを俺が来たことで思い出したのに、その俺が死んだら、そりゃあキツイよな。

 俺だって死ぬつもりはないけど、……まあ、拙速だったのは認めざるを得ない。

 

「本当にごめん……もう、あんな、無謀な、真似は、……しないから」

「絶対だぞ……ひぐっ、」

 

 もう一度神社に行けるか?と自問自答してみる。

 

(無理だな)

 

 たしかに怪異との意思疎通に手応えはあった。その奥にいた“誰か”が、助けを求めているのもわかった。だが、その結果がこれだ。

 あれだけの力だ。その気になれば俺なんて一瞬で殺せただろう。そうしなかったのは警告か、それとも……。

 

(名前を言わなくて良かった……もし、言ってたら今頃……)

 

 背筋がブルっと震えて、また傷が痛む。

 怪異が名前を聞くのは、何某かの契約に必要なんだろう。バスのチケットも、断罪されて住人になるのも、きっと怪異とあの場所でのやり取りの結果なんだろう。

 

「お前が、住人になったら、どうしようかと……」

「本当に、ごめんって」

「……ぐすっ、ここで死んだら、住人になるんだぞ……自殺したって、逃げられないんだぞ……」

「……そうなんだ」

 

 自殺なんて、考えたこともなかったけど、確かに脱出方法を知らなければ絶望して死を選ぶ人もいるかもしれない。

 死んでもこの村から出れないなんて、魂ごと村に囚われているってことか……。

 

 痛みが強くて、話すのが辛い。

 その分、必死で思考を回そうとするが動きが鈍い。

 

「正直言うと、俺はもう、あの神社に、行くのは、……無理そうだ。……別の方法を考えるしかない」

「……ぐすっ、それは、……僕もだよ」

「ああ、そりゃトラウマにも、なるよな。俺も、こんな目に、あったし」

「それだけじゃない。僕、自分の名前、覚えてない」

「……え」

 

 記憶があいまいとは聞いていたけど、まさか自分の名前まで忘れているとは思わなかった。

 

「村のことは大体わかるんだ。だけど、それ以外の、……名前とか、学校とか、ここに来る前のこと……なんとなくのイメージはあるんだけど、思い出せない」

「じゃあ、年齢は?」

「たぶん、16か17。受験した気はしないから、高校生だったと思う」

「……そんな状態で、ずっと、一人で?」

 

 先客は顔を上げて、真っ赤になった目を動かす。考える時の癖なんだろう。

 

「……一人じゃない時もあった。脱出方法もその人たちに教えてもらった」

「で、その人たちの、ことも、覚えてないと」

「うん……」

 

 先客と話しながら、頭の中で脱出方法の変更を検討する。もう、チケットの入手はほとんど諦めていた。

 しかし、どうにも頭がぼうっとする。おそらく熱もあるんだろう。先客と会話することで、多少は紛れているが、ずっと患部がズキンズキンと痛みを訴えている。

 

(……脱出方法を探す以前に、こんな状態でバス停に行けるのか? ……いや、行くしかないんだけど)

 

 バス停から村までの道を思い返してみる。あの時は怖くて、ほとんどを走り抜けたが一本道だった。高低差はあまりなかったが、かなり距離があったと思う。

 

「……2日後にバスが来るのだけはわかってるんだ。……チケットがなくても、俺はそれに乗るぞ」

「――そっか」

 

 先客の目に光が灯る。

 

「チケットを手に入れたらバスが来る、って教えてもらったから、チケットが必要だって思い込んでたけど。……そうだよね。バスが来るんだったら、頼み込んででも」

「俺、運転手と、話した、から、言葉が通じるのは、間違いないし……」

「……て、ことは、やっぱり運転手も怪異なんだ……」

「たぶん、ちょっと、いや、かなり不気味な、感じだった……」

 

 先客は不安そうな顔をして考えている。そりゃあ、不安だよな。ダメだった時のことを考えたら、下手に希望を持つ分だけキツイ。

 とはいえ、自分も状況的には変わらない。バスに乗車拒否されたら、と考えて、段々と頭がクラクラし始めた。

 

 今はとにかく体を休めよう。そう思って目を閉じた。

 そんな自分を見て、先客が慌てて顔を覗き込んできた。

 

「ごめん、酷い怪我してるのに、こんな話して。今はゆっくり休んでよ」

「ん、悪い。そうするわ……」

 

 ズキン、ズキン、ズキン……

 

 目を閉じると痛みが脈動に波打って襲ってくる。

 眠りにつくというより、気絶するのに近いような、……意識が遠くなっていく…………

 


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