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第5話:0時の鐘とリセット。「守りたい」という衝動

 

「わから、ない……怖い……」

「いい、無理するな」

 

 先客は頭を抱えて蹲る。

 痙攣に見えるほど震える異様な変化に驚いて、恒一は先客の肩を抱き込むようにして、体をさすり続けた。

 

「怖い、怖い……」

 

 先客の手が恒一のジャケットの袖を強く掴んで、縋り付いてくる。

 

(そりゃそうか。こんな場所で長い間、一人でいたんだもんな)

 

 自分もこの訳のわからない状況が、メチャクチャに怖い。

 こんな若い子が一人で長期間を過ごして、いつの間にか記憶も失いかけて……どれほど怖くて、心細かっただろう。

 

(俺の方が大人だもんな。怖い怖いって言ってられないか……)

 

 バスが来るまでの3日間を、どうやって生き延びればいいのか心配だったけど、先客の言う通りなら食事の心配も(おそらくは排泄の方も)必要ないんだろう。だったら、あとはこの村から出ることだけを考えればいい。

 出来れば、先客も一緒に。

 

(そのためには、落ち着いてから、ちゃんと話を聞かないとな……)

 

 震える先客の背中をさすると、押し殺したような嗚咽が漏れた。

 

「た、旅人……ぼ、ぼく……」

 

 感情が堰を切ったんだろう。見上げてくる瞳にぶわりと涙が浮かんだ。

 いつの間にか抱きつく格好になって、先客はわんわんと泣き始めた。

 

「うわあーーーんっ、ひぐっ、……ゔゔゔっ、ああーーんっ、こ、こわがったよおぉぉーーっ」

 

 ひっくひっくとしゃくり上げる声に、胸の奥がじくりと痛んだ。

 

(この子を、助けたい)

 

 新調したばかりのジャケットは、涙や鼻水ですっかり汚れてしまったが、これはもう諦めようと、恒一は苦笑した。

 

 極限状態での思い込みかもしれないが、「守りたい」という気持ちが湧き上がってくる。

 

(そりゃ、こんな可愛い子に頼られたらなぁ、……マズイなぁ)

 

 激しく泣き続ける背中を、ゆっくりと撫でてなだめた。

 やがて号泣は、静かな泣き声に変わったが、しがみつく手はそのままだった。

 

 

 

 

 カーーーン……カーーーン……カーーーン……カーーーン……

  

(ん? 鐘の音?) 

 

「……ぐすっ、ぐすっ、……日が変わったんだ。……0時の鐘だ」 

 

 やっと落ち着いたのか、先客が目元を擦りながら顔を上げた。

 恥ずかしいのか、横を向いているが、とても泣き腫らした顔とは思えない。やはり美形の威力はスゴイ。やけに色っぽく見えて、思わず目を逸らした。

 ポケットにあったティッシュを渡すと、「ありがと」と小さく呟いてから受け取ってくれた。ちーん、と鼻をかむ音まで上品に聞こえる。

 

「……時刻とかあるのか」

 

 先客が落ち着いたタイミングを見計らって、疑問を口にする。

 隙間だらけの家から垣間見る空は、今はピンクと紫のグラデーションだ。時刻の問題じゃない気もするが。

 

「時刻というか、世界のリセットってヤツらしい」

「リセット? 何を?」

「これ」

 

 先客がさっきまでしがみついていたジャケットの胸元を指差す。

 

「え? あ? 綺麗になってる?」

「……ごめんなさい」

 

 先客が顔を赤くして俯いた。

 どうにも可愛く見えて、視線の置き場に困る。

 

「いや、全然いいけど、それより、これどうなってんの?」

 

 手で触れて確認するが、全く汚れていない。この村に入ってきた時と同じ状態だ。森の中を抜けた時に引っ掛けたほつれも無くなっている。

 

「理屈は全然わかんないけど、あの鐘が鳴ると全部元通りになるんだよ」

「うわ、マジで魔法の世界みたいだな」

「痛いからやりたくないけど、怪我しても元通りになるんだ。本当に巻き戻るみたい」

「そりゃ、腹も減らんわな……ひょっとして、その顔も?」

 

 改めて見ると、先客の顔は目元が少し赤いだけだ。いくら美形フィルターが掛かっていても、さすがにあれだけ泣いた後で、これはおかしい。

 

「……まさか、こんなに早く鐘が鳴るとは思わなかったんだ」

 

 先客が気まずそうに下を向いた。

 しかし、俺は驚いて、それどころじゃなかった。不思議世界なんてものじゃない。

 

「じゃあ、この世界にいる限り不老不死ってこと? 刃物が刺さった状態で鐘が鳴ったらどうなんの? 元の状態って、どこが起点になってんの? 村に入ってきた時? ドロドロに汚れた状態が基準だったら、綺麗にしても0時になったらドロドロになんの? ケガしてたら治療しても、また治療前に戻るのか? きちんとした恰好だったらいいけど、寝起き状態だったら、最悪だな……」

「一瞬でよくそこまで思い付くね……」

 

 先客が呆れたように顔を上げた。

 いけない、思い付くまま口にしてしまった。

 

「長い間ここにいたから、そういうもんだとしか思ってなかったけど……そうだよね。不思議だ」

 

 不思議なんてもんじゃない。

 なんで?どうして?が渋滞している。

 やはりこれも怪異が関係しているのか?

 顎に手を当てて考えていると、少し伸びてきていた貧相な髭がつるりと無くなっているのに気付いた。ああ、迷い込んだのが、出かけたばかりで良かった、と余計なことを考えた。

 

「……あ、でも0時って? 俺、この村来て、もうそんなに時間経ったっけ?」

 

 昼12時にバス停に到着して、森を抜けて、化け物を目撃して、住人に聞き込みをして、神社前で先客と会って――ここまで体感で2時間、午後2時頃じゃないかと思う。それから先客が泣いていたのが10時間? さすがにそんな筈はないだろう。

 

「ここ、時間の流れもめちゃくちゃだから」

「うん、……まあ、理解した」

 

 ここがおかしいのは時間だけの話じゃない。そこに拘るより、脱出することを最優先にしないと。

 

「ちょっと整理したいんだけど、質問いい?」

「うん。……そんなに覚えてないけど」

「わかる範囲でいいから、無理はしないで。俺の情報源は先客しかいないんだから」

 

 とにかく、まずは身の安全だ。

 

「最初に教えてくれた村のルール。あれさえ守れば危険はないのか? あの化け物に殺されたりしない?」

「うん。でも、近付かないのが一番だよ。あいつに仲間だと思われたら、死体になってここの住人になるんだ。普通に死ぬよりイヤじゃない?」

「死ぬのもイヤだけど……」

「それと、住人ともあんまり親しくしない方がいいと思う。いきなりどうにかなる訳じゃないけど、……なんて言うか、こっちの世界と近くなる感じがする」

「この世界に馴染むとか、そういう感じか……」

「そう。怪異に『仲間』だと思われそうな行動は避けた方がいい」

「なるほど、わかった。……じゃあ、次。先客は帰りたいんだよな?」

「……そりゃあ」

「じゃあ、俺と一緒に脱出しないか? 俺も一人だと心細いしさ」

 

 先客が目を見開いて、じっと顔を見つめてきた。

 それから左右にキョロキョロと視線を彷徨わせてから、小さな声で答えた。

 

「……いいけど」

「よっしゃー! やったぁ! メチャクチャ心細かったんだよ! ありがとうな!」

 

 拳を握りしめてガッツポーズを取る。

 俺の方が年上とはいえ、この世界の知識は先客に頼るしかない。

 これで先客も同志だ。遠慮しないで、元の世界に戻ることだけを考えよう。

 

「じゃあ、二人揃って脱出する作戦を立てよう。まず、脱出方法だけど、バスしかないのか?」

「そう。他の方法だと、村の周囲を守っている怪異に捕まって戻される」

「ちなみに、バス停まで行って、バス道を歩くってのは?」

「ループになってる。歩いた先には、また霧守村バス停があるだけ。脇道や森に入っても同じ」

「あー、そうか……じゃあ、やっぱり3日後、……ああ、もう2日後か。待ってバスに乗るのが一番確実だな」

 

 こんな場所、少しでも早く脱出したいが、正解ルートが見えている以上、わざわざ危険な橋を渡る必要はない。

 

「それなんだけど。あの時刻表」

「ああ、うん。あの手書きのヤツな」

「あれ、今回初めてみた変化なんだ」

「……と、言うと?」

「僕、今まで毎日……期間は覚えてないけど、ずっとバス停に通ってたんだ。でも、今まで時刻表に文字が書かれてたことなんてなかった」

「ふーん? それに何か意味があるのか?」

「わからない。バスはチケットを手にしたら、次の日の昼にやってくるとしか知らないし……」

 

 うーん、と考えてみる。

 今までなかった変化が起きている。俺に取ってはただそこにあっただけの時刻表だが、毎日全く変わらない毎日を過ごす先客に取っては大きな出来事なんだろう。

 

「住人が増えた時に新しい家が建つ以外の変化って見たことがないんだ。何が起きても0時になったら元通りになるから……」

「さっきのリセットで消えてる可能性もあるわけか……もし、消えてなかったら、怪異がやったってことになる……?」

「旅人がやったんじゃなければ、そんなことをする人は他にいないし……」

 

 今までなかった時刻表が現れた。

 これが怪異がやったことなら、今後は定期的にバスが来るという変化が起きたんだろうか。

 

「村から出るチャンスが増えたって意味ならいいけど。……まさか、定期的に迷い人が新たにやってくる、って意味じゃないよな……」

 

 そして、その第一号が俺だったりして、という言葉は言わないでおいた。仮定の上に仮説を積み上げても意味はない。新しい情報が入ってきた時のために、頭の端に置いておくだけにしよう。

 

「まあ、時刻表が更新されたからって、脱出出来なくなるってことはないだろう……?」

「たぶん……」

 

 とにかく、わかることを先に進めよう。

 

「じゃあ、あとはチケットの入手方法を知りたいんだけど」

「うん。さっきの神社でもらうんだ。正面の拝殿で祈ったら、チケットが手に入る」

「ほー? 巫女さんでもいるの?」

「いや、あの黒い怪異がいる」

「ぶほっ!」

 

 思いっきりむせた。

 

「ゲホッゲホッ、ちょ……ゲホッ……はぁ……いや、待って、それなんてホラゲー? 住人のNPCっぷりとか……。まさかと思うけど、ここはゲームの中だったりとか、そういうことはないよね?」

「違う……と思うけど、そういうゲーム知ってる?」

「いや、ホラゲやらないから、知らないけど」

 

 だよね、と先客がため息を吐く。

 

「ネタ知らなきゃ攻略の手がかりにもならないよね……」

「ルールとか弱点でもわかれば、助かるんだけどな」

「……まあ、とにかく神社に怪異がいるんだよ。その前で祈るんだけど……」

「うん」

「……やり方に確信が持てない」

「というと?」

「チケットを手にする人と、もらえない人がいるんだ」

「あー、条件が不明ってことか……ちなみに先客は? もらえなかったの?」

 

 先客が遠い目で天井を眺める。

 

「……もらってはいない、と思う。もし手に入れてたら、すぐに帰るだろうし。……これは記憶が怪しいから、やったことがないのか、失敗したのかはわからない」

「ええっと、失敗した時にペナルティはあるの?」

「ある。しかも複数パターン」

「うわ、条件が細かいヤツだ。どんな種類があるんだ?」

「……確か」

 

 先客は必死に思い出しながら、自分が見た情報と、聞いた情報を話した。恒一はそれを黙って聞きながら、頭の中で情報をまとめた。

 

 まず、成功例。

 自分の名前を名乗り、怪異の前で祈る。しばらくすると賽銭箱の前にチケットが現れる。

 

 次に失敗例。その1。

 自分の名前を名乗り、怪異の前で祈る。怪異の反応はなし。チケットも出てこない。

 

 失敗例。その2。

 自分の名前を名乗り、怪異の前で祈る。怪異が祈る人の名前を呼んだ。それを「無視」した。それ以上は何も起きず、チケットも出てこなかった。

 

 失敗例。その3。

 自分の名前を名乗り、怪異の前で祈る。怪異が祈る人の名前を呼んだ。それに「返事をする」と、祈っていた人は住人になる。このパターンにはいろいろと種類がある。返事をしたあと、苦しんで暴れて、しばらくすると住人になっていたり、いきなり全身が切り傷だらけになり、血を吹き出して倒れ、0時の鐘で何事もなかったかのように起き上がった時には住人になっていた。とかとか。

 

 共通しているのは、住人になってしまった元迷い人は、前日までなかったはずの新しい家で生活を始めるそうだ。

 

「……名前を名乗るのが、ルールなのか」

「そうみたい。名乗らずに祈っても何も起きないらしい」

「名乗って、その名前で呼びかけられたら返事しちゃダメなのか。不思議だな」

 

 うう~ん、と恒一は考える。

 名乗って祈るだけなら、すぐに出来る。同じことをしても、成功する人としない人の差はなんなんだろうか。

 

「まあ、返事さえしなければ、死ぬことはない、のか?」

「そうだけど、そんなの、チケットもらいに行く人だって知ってたはず。なのに返事したってことは、操られたり洗脳されたりして……」

「うえ、そんなの、どう対処していいのか、わかんねーって」

 

 はあ、と考えながら、自分が前を向いて思考しているのに気付く。

 それもこれも先客がもたらしてくれた情報のお陰だ。一人だったら、そもそも神社に行くこともなかっただろう。

 

「ちなみに、神社って近付くだけで危険だったりする?」

「怪異に近付かない限りは大丈夫だと思うけど……」

「それじゃ、神社見てみる? 何か手がかりがあるかもだし」 

 

 板壁の隙間から光が入り込んできている。空はさっきまでと色を変え、今度は明るく黄色と水色に輝いている。

 

「わかった。この時間なら他の住人は少ないだろうし」

 

 先客は掛けていた上がり框から立ち上がって、木戸を開いた。

 



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