第3話:NPCのような住人たち。この村、何かがおかしい
同時刻頃。
恒一は困っていた。
少年と別れたあと、幸運なことにおかしな化け物に会うことはなかった。ただ、到着した村で見かけた住人たちに声を掛けているのだが、何かがおかしい。
「あのーすみませんー」
民家の庭先にいる老人に声を掛ける。何やら庭木の手入れをしているようだが、耳が遠いのか返事がない。仕方がないので、老人の視界に入る位置まで移動して、もう一度声を掛ける。
「すいませーん。バスで来たんですけど。帰りのバスが無くて……」
老人が俺に気付いて顔を上げた。
(ひ……っ)
何とか声を上げずに済んだが、老人の目は完全に濁っていて、正直とても不気味だ。さっきの怪異の件もあって、完全に臆病モードに入っている。
(いや、白内障かもしれない。失礼だろ)
「バスで来なすったのか。ご苦労なこっちゃのう」
老人がスイッチが入ったようにニコォとした笑顔になる。
「そうなんです。それで電話をお借りしたくて……」
「この村は霧守村ってゆうてなぁ。なんもない村だが、人はええで」
「あの、電話……」
「この先に神社があるけぇ、お参りするとええ」
「あの! 電話を、お借りできないでしょうか!?」
焦りで大声を出してしまう。が、通じなかった。
「この村は霧守村ってゆうてなぁ……」
また、ニコォと笑う。
「なんもない村だが、人はええで」
一言一句違わずに言葉を発する老人に、薄ら寒いものを感じてしまう。
その声に、録音された音声を再生しているような、僅かなノイズを感じてしまうと、もうダメだった。
「この先に神社があるけぇ、お参りするとええ」
「あ、はい。行ってきます!」
耐えられずに、言われることに頷くと、老人はもう一度満足そうに笑って、「お護り様によろしゅうな」と言って、庭木の世話に戻った。
「……はあ」
まさか勝手に家に上がって電話を使う訳にもいかない。恒一は諦めて、軽く一礼をして老人の側を離れた。
(やっぱ、おかしいよな……)
これで3人目。みな、にこにこ愛想よくしてくれるものの、どうにも話が通じない。村に関することでは反応があるのに、それ以外のことではズレた返答が返ってくる。それでも何度か内容を変えて質問していると、まるでループしたかのように同じ話を返してくるのだ。
(ゲームのNPCみたいだな……)
ここは本当に不思議な所だ。自分の常識が通じないことばかりで、どうしていいかわからない。外から来たよそ者をからかっているのか?と思わなくもないが、そんなことをする目的も思い付かない。まあ、こういうものだと割り切るしかないんだろう。なにせ、ここは異様な化け物のいる村だ。
恒一は村の中を歩いて、見かけた人に声を掛け続けたが、やはり反応は同じようなものだった。態度は友好的で親切。ただ、人形のように同じ言葉を繰り返す。正直、逃げ出したいほどに不気味だ。しかも、知りたいことは何もわからない。連絡手段も見つからない。
これまで怪異や違和感に目をつむり、とにかく帰ることだけを考えていた恒一だが、さすがに焦りを感じ始めていた。
おかしいのだ。住人の態度だけじゃない。何もかもが。
まず、出会う住人が着用している服の季節感がメチャクチャだ。さっき話を聞いた女性はノースリーブだったのに、今、角を曲がっていった壮年の男性は分厚いコートを着ていた。 恒一はカジュアルな薄手のジャケットにチノパンという格好だが、寒くも暑くもない。そもそも10月の筈なのに、視線の先に桜が咲いているのが見え、同時に紅葉している庭木もある。歩いてきた水田は青々と新芽を伸ばしていなかったか?
ゾゾゾ……と背筋が冷たくなる。
やはり、バス道を戻るのが正解だったか。こんな訳のわからない村だと知っていたら、絶対に来ることはなかったのに。
しかし、村に来てしまった事実は変わらない。もう住人に声を掛けるのを諦めて、ゆっくりと周囲を観察しながら歩いてみた。
黙って歩いていると、住人たちは頭を下げるぐらいで特に話しかけてくることはなかった。そうこうしているうちに、村の景色が変わってきた。
周囲にある建物が古い感じ……昭和の文化住宅っぽいものになってきた。しかし、建物自体は新しく見える。
(あれ? ちょっと村の様子が違う……?)
建物は古い形式なのに新しい。なんだか、昭和のテーマパークにでも来た気分だ。昭和のデザインらしい花柄のエプロンを着けたおばさんが、自宅前に設置してある二槽式の洗濯機を回している。開け放たれた玄関から覗く廊下に、黒電話が見えた。
「あ、やった。電話……!」
会話をしてしまったら、交渉は成立しない。そう思って俺は強引におばさんの横をすり抜けて、玄関から家に上がり込んだ。正直、怒られることよりも、外部に連絡を取ることの方が大事だった。
「あ、あんた、なんね……」
「ごめんなさい。緊急なので、電話借ります!」
驚きに声を上げるおばさんに頭を下げ、廊下を数歩歩いて電話を手に取った。
ガチャ、と受話器を持ち上げ、ほとんど使ったことのないダイヤルを回す。友人の電話番号はスマホの中にしかない。仕方なく、覚えている実家の番号を回した。
――――しかし。
「………………」
黒電話の受話口からは、何も聞こえてこなかった。
呼び出し音どころか、ツーという発信音すらしない。何度も受話器を置いては上げて、ダイヤルして、と確認したが、全く何も音がしない。
(故障……?)
改めて黒電話を眺めて気が付いた。この電話、コンセントに繋がっていない。いや、そもそも電源線がない。こういう形に作られたインテリアか?と電話を持ち上げてみるが、やはりどこにも接続出来そうな差し込み口がない。黒電話は、全体をつるりと滑らかな光沢で覆われているだけで、実用品じゃないのは明らかだ。
(ちっ、仕方ない)
恒一は黒電話を電話台の上に戻すと、そのまま家の奥へと踏み入っていく。ちらりと玄関に目線を送ると、女性は家の中を眺めているだけで、止める様子はない。それを勝手に了承したと信じて、捜索する。
(電話、どこかに、ガラケーでもスマホでもいい)
わはははは!という笑い声に目を向けると、ブラウン管のレトロなテレビがあった。映っているのはモノクロの時代劇のコントのようだ。画質はかなり荒く、画面もちらついて見える。Youtube?アーカイブ?いや、そんなまさか。
「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー!」
ちゃん、ちゃん、ちゃん、ちゃらちゃんちゃん~♪
明るいBGMから意識を逸らし、家の中を探す。しかし、すぐにスマホどころか、置かれているものの異常さに呆然とすることになった。
水道の蛇口には取っ手がついていない。冷えていない冷蔵庫の中にはキムコが大量に並んでいる。新聞には日付がなく、全てのページが番組欄だ。食卓に置かれた皿には蠅帳が掛けられているが、乗っているものは食品には見えない。引き戸で繋がっている隣室の天井からはドリームキャッチャーのようなものがいくつも下がっていて、ギラギラと光りながら風もないのに動いている。
冷たい汗が背中を伝う。思わず見た掃き出し窓の外からはオレンジの光が差し込んできているが、……さっきまで青空じゃなかったか?
気付いた途端に目が離せなくなった。さっきまでの青空を、誰かがオレンジ色の絵具で塗り潰したかのような、あまりに急激で不自然な夕暮れだった。
カラスの鳴き声が、スピーカーのノイズのように響いた。それを聞いた瞬間、抑え込んでいた恐怖が決壊した。
(ここにいちゃダメだ……!)
「……お邪魔しました!」
靴を適当に引っ掛けて外に飛び出した。エプロン姿の女性は俺の顔を見て、急にニコッとした笑顔になった。
「何もないけど、上がっていってちょうだい。もう少ししたら、息子が帰ってくるのよ」
「ありがとうございます。でも、急ぐので!」
そう言うのが精一杯で、後ろも見ずに駆け出した。
「そうなの、残念ね。また来てね」
ゾワゾワとした恐怖に耐えられない。
知らない場所、しかも危険が潜んでいるとわかっている場所を無闇やたらと移動するのは良くないとわかっている。だが、恐怖から逃れるために、脚は止まらなかった。




