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第15話:最終確認。バス停に現れた影

 

 バス停は来た時と変わらぬ様子で、森の中にぽつんと建っていた。

 

 初めて降り立った時には気付かなかったが、村の中と明らかに雰囲気が違う。

 おかしな雰囲気はあるが、それでも現実世界に近い感覚。ここが、世界の境界線にあるからだろうか。

 完全に安心できるわけではないが、地に足がつく感覚がして、呼吸が楽になった。

 

「はー……、なんとか、無事にたどり着けたな」

「あいつが待ち伏せしてんじゃないかと、気が気じゃなかった……」

 

  ビクビクしながら、拓海が周囲を見渡している。

 

「このままバスが来るまで待っていれば」

「やっと村を出れる……」

 

 拓海が期待と不安が入り混じった顔で、バス道の先を見ている。

 

「チケットはあるんだから、大丈夫だろ」

「うん、それはそうなんだけど……」

 

 拓海はチケットを取り出し、裏面に浮かび上がっている自分の名前を何度も確認するように眺める。

 

「…………俺、」

 

 帰っていいのか? という言葉を拓海は飲み込んだ。

 

 記憶が戻ってから自分の過去を顧みて、どれだけバカだったのかと呆れた。

 悪ぶって、ろくでもないことばかりして、少ししっぺ返しを食らっただけで逃げ出した。そのくせ、危機管理もできなくて、更にドツボにはまっていった。どれだけ繊細な痛がり屋だったのか。全部自業自得じゃねーか。

 そのツケをこんな世界で長年過ごすという形で払わされるなんて、ダセェったらねえ。

 

 正しいことをしてるとは、さすがに微塵も思っちゃいなかったが、それでも許されると思っていた。

 トラブルになっても、反省も謝罪もする気なんて起きなかった。品行方正に生きる自分なんて、想像も出来なかったし。

 若さと無知ゆえの傲慢さで、俺はそうあるべきとすら思っていた。

 

 だけど、そんな幼稚な考えは、この村であっさりと打ち砕かれた。

 常識の通じない世界でいくら粋がっても、何の影響も与えられない。ヤケになって何かを破壊しても、バカやって怪我しても、鐘の音で全てが元通りだ。

 

 どうしてこんなことになったのか、悔しくて悲しくて、泣いて喚いて暴れた。この世界から逃げたくて、何日も森の中を彷徨ったこともある。

 その間、何人もの『迷い人』にも会った。

 この世界の食べ物を口にして、ゆっくりとこの世界に同化していったヤツがいた。

 絶望して、自ら命を絶った者もいた。

 バスチケットの話を聞いて、神社に向かった幾人かは、怪異の手で凄惨な死を迎えた。柳ヶ瀬もその一人だった。

 みな、気付けば村の住人になっていた。この世界で“死”は終わりではない、と気付いた時はゾッとした。そこまでしても、逃げ切れないとわかったからだ。

 

 その中で2人、バスに乗って去っていったヤツがいた。

 住人になった連中との差が、今ならはっきりわかる。その2人は、心の底から『帰りたい』と願っていた。

 

 怪異の前に出ることを恐れて尻込みする俺と違い、その2人は怯えつつも拝殿に向かい、怪異の前に立った。

 そして、バスチケットを手にして、村から去っていった。


 たった2回の見送りだった。

 それだけで、自分に資格がないと理解するには十分だった。

 だから、神社に、――あれの前に行けなかった。

 

 

 でも、今、俺の手にチケットがある。

 お前のものだと念を押すように、名前まで書かれている。

 

 いつの間にか俺も、先人の2人のように『帰りたい』と心から願えるようになっていたんだろう。そして、それを怪異が認めたんだ。

 

「俺、帰ってもいいのかな」

「当然だろ。そのために頑張ってきたんだし」

 

 言葉にした思いを、恒一は当然のように肯定した。

 

「あとどれぐらい待てばいいんだろ。時間がわからないと、ちょっと不便だな……」

 

 恒一が道の先を眺めて呟いた。

 すでに準備したロープはいつでも使えるように手に持っている。恒一の腰にもカラビナがいくつも付けられている。練習だって何回もした。

 

 恒一の表情は少し焦っているように見える。バスが来る前に怪異が来たら、交渉どころではなくなってしまうとでも思っているんだろう。

 

「そんなに見なくても、バスが来る時には、2回だけ鐘が鳴る」

「そっか、早く来てくんねーかな」

 

 そわそわと落ち着きのない恒一に、拓海は笑う。

 帰りたい、と心から願えるようになったきっかけをくれた功労者は、きっと頭の中で必死に段取りを組んでるんだろう。

 今まで出会ったことのない『呼ばれた迷い人』らしい彼は、このままバスに乗れるのだろうか。それは拓海にはわからない。だけど、不思議と心は凪いでいる。

 

『一緒に帰ろう』

 

 この言葉が、拓海の不安を軽くしてくれた。

 漠然と帰りたいと思っていた時とは違う。今は、帰ったらどうすべきか、と思考が切り替わった。

 臆病で愚かな自分を虚勢で覆っていた、グレーな自分に戻らずに生きていきたい。

 出来れば、この希望をもたらしてくれた男と一緒に。

 

 だから、恒一がバスに乗れなかったら、俺もバスから降りよう。

 ……依存上等。

 例え元の世界に戻れても、こいつを置いていくぐらいなら、残ってふたりで脱出方法を探す方がずっといい。

 

「良かったな。もうすぐ帰れるぞ」

 

 思わず綻んでしまった顔を見て、恒一が笑う。

 

「うん。楽しみだ」

 

 腹が決まってしまえば、怖くなくなるのかもしれない。

 

「忘れるなよ。絶対に一緒に帰るんだからな」

「ああ」

 

 恒一が笑顔で頷くが、その表情に僅かの後ろめたさのようなものを感じた。

 どうせ、俺一人だけでも逃がそうとか考えているんだろうが、それは許さない。

 

 グッと胸元を掴んで背伸びする。

 目の前に迫る驚いた顔にほくそ笑んで、そのまま軽く唇を重ねた。

 

「……ん、んんっ!?」

 

 不意打ちに面食らったのか、恒一の目が見開かれる。

 

「約束だかんな」

 

 すぐに離れて、にやっと笑ってやる。

 旅人はみるみる間に赤くなって、呆然としている。

 

「……その、ファーストキスだったんだけど……」

「……マジで? 旅人って何歳だよ」

「悪かったな、モテなくて。……21だよ。そっちは?」

「17。……いや、そりゃキスぐらいは……」

 

 やべぇ、清純派キャラ(もう無理か)が崩れる。

 爛れた女関係のことはさすがに隠しておこう。

 

「その、相手は男?」

「違う! 付き合ったのは……あ、いや、付き合ってないか、……まあ、女ばっかりだったけど」

「ばっかり、って……」

 

 ガクリと恒一が肩を落とす。

 

「俺、告白なんてされたの、生まれて初めてだからさ。こんな状況だってのに、舞い上がっちゃってさ……」

「……そんなの」

 

 俺だって、初恋なんだけど。と言いかけて、口を閉じた。

 

「慰めはいいよ……女友達もいっぱいいるけど、イイヒト止まりばっかでさ……恥ずかしいんだけど」

「旅人こそ、男でいいの?」

 

 気になってたことを聞くと、恒一が目を瞬かせる。

 

「男を好きになったことはなかったけど、……まあ、こんな綺麗な子見たことないし」

「……くくっ、見た目かよ」

 

 見てくれに騙される人間をバカにしてきたけど、不思議と嫌な気はしない。思わず吹き出すと、恒一が慌ててフォローを入れてくる。

 

「あ、いや、見た目だけじゃなくて、性格、可愛いし」

「記憶がなかったからだって。俺、普通に性格悪いぜ?」

 

 試すようなことを言ってしまう。臆病なんだ。勘弁して欲しい。

 

「性格悪い? 普通に可愛いじゃんか」

「いや、俺、平気で嘘つくし、金で友達釣るし、学校サボるし、不良とツルんでたし、喧嘩もするよ?」 

 

 しれっと言葉を並べながらも、恒一の顔色を窺う。

 

「犯罪は? 万引きとか、窃盗とか、婦女暴行とか……」

「あー、そういうのはナシ。しょっ引かれたら面倒クサイし」

 

 ふむ、と恒一は一度頷いてから笑った。

 

「誰にも迷惑掛けずに生きてるヤツなんていないし、若いうちはそういうもんだろ。怒られまくって勉強して、大人になっていくんだし。ま、警察の厄介になってないってことは、それなりに配慮してたんだろ」

「アンタ、真面目そうなのに、引かねーのかよ……」

「まあ、モテないけど、友達だけはたくさんいるから。これでも俺、人を見る目には自信あるんだ。マジでヤバイやつからは……なんて言うか、こうヤバイ気配がするんだよ」

「気配なぁ……」

 

 ちょっと胡散臭い話になってきたぞ、と拓海が思っていると、鐘の音が響いた。

 

 カーーーン……

 

「あ、これか?」

「うん、2回鳴ったら、間違いない」

 

 カーーーン……

 

 音は拓海の言う通り、二回で終わった。

 

「来るぞ……」

 

 二人でじっと道の先を見ていると、遠くの方から車のエンジン音が聞こえてきた。

 

「……マジで来た」

 

 ゴゴゴ、プシュ、ゴゴゴ、プシュ、と、古いバス特有の大きな音が近付いてくる。

 やがて、カーブの奥から、緑色の車体が姿を現した。

 行き先表示が『回送』になっているが、霧守村停留所に停車する前にグルグルと入れ替わり、『新宿』となった。

 

「すげぇ……、このバス、新宿まで行くのか……?」

「いや、さすがにそれはないだろ。こんな古いバス、排ガス規制に引っかかる」

 

 そんなことを話しながら、バスが到着するのを待っていると、ゾクッと背筋に冷たいものが走った。

 


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