第14話:ループする森。立ち塞がる怪異
「――あ、そうだ」
さっき途中まで考えていた、バスに乗れなかった時の対処策を思い出した。
「先客、ごめん。聞きたいんだけど、何か体を固定できるような道具とか、ロープとか、どこかにないかな?」
「何に使うんだ?」
流れが変わったと思ったのか、先客がのそりと起き上がった。
「俺も、万全を期したいと思ってさ」
恒一は、バスの運転手に乗車拒否された場合の対処法を相談した。
「そういうのなら、こっちの箱にまとめてある」
拓海は靴を脱いで家に上がると、奥にあった長持の箱を開けた。
中にはロープや布、様々な工具や金具がみっちりと入っていて、これまでの努力が垣間見えた。
「大物は裏にある小屋に放り込んである。ここじゃ物は劣化しないし、まだ使えると思う」
「助かる。ちょっと見せてもらうよ」
恒一が、手に取って確認しているのを眺めながら、拓海は心の中で悪態をついていた。
(うえええええ~~~甘酸っぺえええ~~~っ!)
男と付き合うのは初めてとはいえ、恋愛経験そのものは豊富だと拓海は自負している。
だから、こういう時に男がどういう反応をするのか、自身の経験で知っている。
(こういう時に、手を握るだけとか! 普通、もっと、あるだろうがっ!)
しかも、恋人が出来たのが初めて、という恒一の言葉が信じられなかった。モテないというのもだ。
拓海の周囲にいた人間は爛れていた。元カノの元カレの元カノが今カノなんて、言葉遊びみたいな関係だらけだった。そういう連中がみな美形な訳もなく。
その基準でいえば、恒一は平凡な容姿ではあるが、目立って醜いところもないし、真面目で誠実な性格に見える。何より、懐に入り込むのが上手い。モテない要素が見当たらなかった。
(ひょっとして、ただの奥手か……?)
自分だったら告白もクソもなく、良い雰囲気になったらキスする。状況が許せば押し倒してる。
あれ?そう考えると、きちんと付き合った女はいないかもしれない。
「好き」に「好き」で返すなんて、体中をかきむしりたくなる。……はずなのに、それが現在進行しているなんて……。
(あああ~~~、俺までおかしい……)
「なあ、先客、これなんだけど」
「は、はいぃぃっ!?」
飛びあがりそうになった先客に、恒一が首を傾げる。
「どうかしたか? 顔が赤いけど……」
「なんでもねーよ」
泣いてるんじゃないかと疑われたのか、顔を近付けて確認される。
ああ、記憶がない時とはいえ、泣きまくるなんて醜態を晒した自業自得だ。
「先にバスに乗って、これを座席とか窓枠とかに、くくりつけて欲しいんだ」
泣いてないと納得した恒一が、ロープを手に作戦を話し始めた。
「それから、俺に近い方の窓を全部開けて、こっちの端を俺に向かって投げてくれ」
「え、まさか、バスに引きずられて行くつもりか!?」
「一応の保険だよ」
恒一の作戦とも言えない作戦はこうだ。
まず、拓海をチケットを使って乗車させる。
恒一は運転手と交渉する。
その間に、拓海は車窓を開け、ロープを車内にくくりつける。
交渉が決裂した場合、運転手が運転席に座るまでの間にロープを恒一に投げる。
恒一はそのロープを腰に付けたカラビナに通し、バスの窓から車内に入る。
もし、バスの発車の方が早ければ、そのロープを使って車内に入るか、車体にしがみつく。最悪、ロープに掴まってでも、脱出する。
「バスに引きずられて、ひき肉になる想像しかできない……」
「あの古いバスに地道じゃ、そこまでスピード出ないって。運動音痴じゃないから、何とかバスには乗り込めると思うんだけどな」
二人でロープの長さを考えたり、少しでも早くできるように、くくり方やカラビナの使い方を練習する。
「ここまでやって、戻れなかったら、お笑い草だな」
「そういうフラグ立てんなって!」
上手くいくかはわからない。それでも、やれることはやる。
二人は思い付く限りの可能性を考えて、一つ一つ、対策を考えた。
――――体感にして約1時間後。
「……こう来たかぁ」
二人で話し合って、最終日はどこにも寄らずに、バス停に行くことにした。
したのだが……。
バス停へと続く森の小道。
鬱蒼とした森の中を周囲を警戒しつつ進む、その足を止めた。
木々の間を走る小道に、影が立っていた。
「いるね」
「……いるな」
巫女姿の黒い怪異は、じっと動かずに佇んでいる。
しかし、その周辺は黒い靄のせいで周囲より薄暗く、どんより霞んで見える。
「はぁー……、まあ、そう簡単に行かせてくれるとは思ってなかったけど」
「どうする? 迂回してみる?」
「そうだな……多分、無駄な足掻きになると思うけど……時間もあるだろうし、試してみるか」
そっと来た道を引き返し、獣道のような脇道に入る。
木々や下生えで視界の悪い森の道を、感覚を頼りに進んでいく。しかし、当然、すぐに方角を見失ってしまった。
「……あ」
「やっぱりな……」
小さく舌打ちが落ちた。
やっと視界が開けたと思ったその先に、怪異の姿が見えた。
周辺の景色を確認すると、やはり元の道に戻ってきてしまったようだ。
「バス道がループって聞いてたから、森の中もそうじゃないかと思ってたんだよな」
「どうしよう……」
「んー……」
(せめて、バス停が見える場所までは近付きたいが……)
「このまま走り抜ける……とかは、無理だよな……」
焦った表情で拓海が呟く。
「ふたりバラバラに行けば、どっちかは行けるかもだけど……」
「それはダメだ、一緒じゃないと」
「うん、もちろん」
そろそろと怪異と距離を取りながら、恒一は考える。
バラバラに動いたら、怪異が追いかけてくるのは俺だろう。
だが、俺が捕まったら、拓海はまた一人になってしまう。それは避けないといけない。せめて、バスに乗り込むまでは。
「こうしていても、時間が過ぎるだけだしな……」
何か良い手はないかと、二人で考える。
遠目に見る怪異に変化はない。変わらずに不穏な気配を振りまいているし、神社に戻りそうな様子もない。……でも。
(今も、俺を呼んでいる……)
このまま近付いて、直接問い質したい気もするが、……やはり、そんなリスクは犯せない。
「……あ、これって、ヤバくない?」
拓海の言葉に釣られて顔を上げると、怪異から出ている黒い靄の範囲が広がってきている。
怪異の様子を観察しつつ、細い道を村の方に戻って、更に距離を取る。
「俺たちを狙ってる訳じゃなさそうだけど……、いったん引くか?」
「このまま黒い霧が広がったら、バス停に行けないんじゃ……」
「とはいえ、突っ切る訳にも……」
靄の中心にいる巫女のシルエットがゆらゆらと動いた。
どうやってバランスを取っているのか、糸で吊られているように揺れている。
人が取る動きじゃない。
――――キュリ、キュリ、キュリ……
かなり距離があるのに、怪異の声が聞こえてくる。内容はやはりわからないが、どこか焦っているように聞こえる。
――――キュリ、キュリ、キュリ、……キュリ、キュリ、
「……まさか、言い争ってるのか?」
「え、誰と?」
「……たぶん、俺を呼んだ人と、あの黒い怪異とが……」
「旅人を呼んだ?」
――――キュリ、キュリ、……キュリ、……キュ、キュ、キュリ、
怪異の声は響き続けている。必死な印象すら受けるほど、ひっきりなしに語りかけているような。
「俺にもわかんないけど、……なんか、元の世界にいた時から、違和感があったんだよな……神社でも、助けてって言われた」
拓海がぎょっとした顔でこっちを見る。
「……そんな、どうしろって」
「…………」
拓海にどう答えたものかと考える。
何を求められているのかは、薄々わかっている。だけど、安易に試すことはできない。それが正解なのかもわからない。
言い淀んでいると、辺りに溢れていた靄が薄くなってきた。
「あ、動いた……」
これまで一歩も移動しなかった怪異が、ゆっくりとこちらの方へ、――村の方角へと移動を始めた。
巫女姿のシルエットは異様な動きを止め、一歩一歩ゆっくりと近付いてくる。
(え……?)
一瞬、視界の中で、スッと位置だけが書き換わるように距離が縮まった。
気付けば、もう近い。
「……こっち!」
あと数歩で、すれ違う距離になった時、拓海が強引に腕を引いた。
「あ、ああ……!」
森の奥に向かって走り出す拓海に、慌ててついていく。
方向も距離も考えない、その場から少しでも距離を取るための、がむしゃらな走りだった。
枝が顔に当たり、足元がもつれ、激しい呼吸で肺が痛い。
後ろを振り返る余裕などない。
どこをどう走っているのか、わからなかった。
「はあ、はあ、はあ……」
怪異は追ってはこなかった。
何も考えずにひらすら前に進むと、やがて同じ道へと戻された。
「はぁ、はぁ……良かった……、あいつ、いなくなってる」
そろそろと道に戻ると、周囲に怪異の姿はなかった。
「ふぅ……ループしてて助かった……」
「……今のうちにバス停に向かうぞ」
怪異に何が起こって村に戻ったのかはわからないが、気が変わらないとは限らない。さっさと目的地を目指すのが正解だ。
村の方角を見て、怪異の姿が見えないことをもう一度確認すると、二人はバス停へと小走りで向かった。




