表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/19

第14話:ループする森。立ち塞がる怪異

 

「――あ、そうだ」

 

 さっき途中まで考えていた、バスに乗れなかった時の対処策を思い出した。

 

「先客、ごめん。聞きたいんだけど、何か体を固定できるような道具とか、ロープとか、どこかにないかな?」

「何に使うんだ?」

 

 流れが変わったと思ったのか、先客がのそりと起き上がった。

 

「俺も、万全を期したいと思ってさ」

 

 恒一は、バスの運転手に乗車拒否された場合の対処法を相談した。

 

「そういうのなら、こっちの箱にまとめてある」

 

 拓海は靴を脱いで家に上がると、奥にあった長持ながもちの箱を開けた。

 中にはロープや布、様々な工具や金具がみっちりと入っていて、これまでの努力が垣間見えた。

 

「大物は裏にある小屋に放り込んである。ここじゃ物は劣化しないし、まだ使えると思う」

「助かる。ちょっと見せてもらうよ」

 

 恒一が、手に取って確認しているのを眺めながら、拓海は心の中で悪態をついていた。

 

(うえええええ~~~甘酸っぺえええ~~~っ!)

 

 男と付き合うのは初めてとはいえ、恋愛経験そのものは豊富だと拓海は自負している。

 だから、こういう時に男がどういう反応をするのか、自身の経験で知っている。

 

(こういう時に、手を握るだけとか! 普通、もっと、あるだろうがっ!)

 

 しかも、恋人が出来たのが初めて、という恒一の言葉が信じられなかった。モテないというのもだ。

 拓海の周囲にいた人間は爛れていた。元カノの元カレの元カノが今カノなんて、言葉遊びみたいな関係だらけだった。そういう連中がみな美形な訳もなく。

 その基準でいえば、恒一は平凡な容姿ではあるが、目立って醜いところもないし、真面目で誠実な性格に見える。何より、懐に入り込むのが上手い。モテない要素が見当たらなかった。

 

(ひょっとして、ただの奥手か……?)

 

 自分だったら告白もクソもなく、良い雰囲気になったらキスする。状況が許せば押し倒してる。

 あれ?そう考えると、きちんと付き合った女はいないかもしれない。

「好き」に「好き」で返すなんて、体中をかきむしりたくなる。……はずなのに、それが現在進行しているなんて……。

 

(あああ~~~、俺までおかしい……)

 

「なあ、先客、これなんだけど」

「は、はいぃぃっ!?」

 

 飛びあがりそうになった先客に、恒一が首を傾げる。

 

「どうかしたか? 顔が赤いけど……」

「なんでもねーよ」

 

 泣いてるんじゃないかと疑われたのか、顔を近付けて確認される。

 ああ、記憶がない時とはいえ、泣きまくるなんて醜態を晒した自業自得だ。

 

「先にバスに乗って、これを座席とか窓枠とかに、くくりつけて欲しいんだ」

 

 泣いてないと納得した恒一が、ロープを手に作戦を話し始めた。

 

「それから、俺に近い方の窓を全部開けて、こっちの端を俺に向かって投げてくれ」

「え、まさか、バスに引きずられて行くつもりか!?」

「一応の保険だよ」

 

 恒一の作戦とも言えない作戦はこうだ。

 まず、拓海をチケットを使って乗車させる。

 恒一は運転手と交渉する。

 その間に、拓海は車窓を開け、ロープを車内にくくりつける。

 交渉が決裂した場合、運転手が運転席に座るまでの間にロープを恒一に投げる。

 恒一はそのロープを腰に付けたカラビナに通し、バスの窓から車内に入る。

 もし、バスの発車の方が早ければ、そのロープを使って車内に入るか、車体にしがみつく。最悪、ロープに掴まってでも、脱出する。

 

「バスに引きずられて、ひき肉になる想像しかできない……」

「あの古いバスに地道じゃ、そこまでスピード出ないって。運動音痴じゃないから、何とかバスには乗り込めると思うんだけどな」

 

 二人でロープの長さを考えたり、少しでも早くできるように、くくり方やカラビナの使い方を練習する。

 

「ここまでやって、戻れなかったら、お笑い草だな」

「そういうフラグ立てんなって!」

 

 上手くいくかはわからない。それでも、やれることはやる。

 二人は思い付く限りの可能性を考えて、一つ一つ、対策を考えた。





 

 

 




――――体感にして約1時間後。


「……こう来たかぁ」

 

 二人で話し合って、最終日はどこにも寄らずに、バス停に行くことにした。

 したのだが……。

 

 バス停へと続く森の小道。

 

 鬱蒼とした森の中を周囲を警戒しつつ進む、その足を止めた。

 木々の間を走る小道に、影が立っていた。

 

「いるね」

「……いるな」

 

 巫女姿の黒い怪異は、じっと動かずに佇んでいる。

 しかし、その周辺は黒い靄のせいで周囲より薄暗く、どんより霞んで見える。

 

「はぁー……、まあ、そう簡単に行かせてくれるとは思ってなかったけど」

「どうする? 迂回してみる?」

「そうだな……多分、無駄な足掻きになると思うけど……時間もあるだろうし、試してみるか」

 

 そっと来た道を引き返し、獣道のような脇道に入る。

 木々や下生えで視界の悪い森の道を、感覚を頼りに進んでいく。しかし、当然、すぐに方角を見失ってしまった。

 

「……あ」

「やっぱりな……」

 

 小さく舌打ちが落ちた。

 やっと視界が開けたと思ったその先に、怪異の姿が見えた。

 周辺の景色を確認すると、やはり元の道に戻ってきてしまったようだ。

 

「バス道がループって聞いてたから、森の中もそうじゃないかと思ってたんだよな」

「どうしよう……」

「んー……」

 

(せめて、バス停が見える場所までは近付きたいが……)

 

「このまま走り抜ける……とかは、無理だよな……」

 

 焦った表情で拓海が呟く。

 

「ふたりバラバラに行けば、どっちかは行けるかもだけど……」

「それはダメだ、一緒じゃないと」

「うん、もちろん」

 

 そろそろと怪異と距離を取りながら、恒一は考える。

 バラバラに動いたら、怪異が追いかけてくるのは俺だろう。

 だが、俺が捕まったら、拓海はまた一人になってしまう。それは避けないといけない。せめて、バスに乗り込むまでは。

 

「こうしていても、時間が過ぎるだけだしな……」

 

 何か良い手はないかと、二人で考える。 

 遠目に見る怪異に変化はない。変わらずに不穏な気配を振りまいているし、神社に戻りそうな様子もない。……でも。

 

(今も、俺を呼んでいる……)

 

 このまま近付いて、直接問い質したい気もするが、……やはり、そんなリスクは犯せない。

 

「……あ、これって、ヤバくない?」

 

 拓海の言葉に釣られて顔を上げると、怪異から出ている黒い靄の範囲が広がってきている。

 怪異の様子を観察しつつ、細い道を村の方に戻って、更に距離を取る。

 

「俺たちを狙ってる訳じゃなさそうだけど……、いったん引くか?」

「このまま黒い霧が広がったら、バス停に行けないんじゃ……」

「とはいえ、突っ切る訳にも……」

 

 靄の中心にいる巫女のシルエットがゆらゆらと動いた。

 どうやってバランスを取っているのか、糸で吊られているように揺れている。

 人が取る動きじゃない。

 

――――キュリ、キュリ、キュリ……

 

 かなり距離があるのに、怪異の声が聞こえてくる。内容はやはりわからないが、どこか焦っているように聞こえる。

 

――――キュリ、キュリ、キュリ、……キュリ、キュリ、

 

「……まさか、言い争ってるのか?」

「え、誰と?」

「……たぶん、俺を呼んだ人と、あの黒い怪異とが……」

「旅人を呼んだ?」

 

――――キュリ、キュリ、……キュリ、……キュ、キュ、キュリ、

 

 怪異の声は響き続けている。必死な印象すら受けるほど、ひっきりなしに語りかけているような。

 

「俺にもわかんないけど、……なんか、元の世界にいた時から、違和感があったんだよな……神社でも、助けてって言われた」

 

 拓海がぎょっとした顔でこっちを見る。

 

「……そんな、どうしろって」

「…………」

 

 拓海にどう答えたものかと考える。

 何を求められているのかは、薄々わかっている。だけど、安易に試すことはできない。それが正解なのかもわからない。

 

 言い淀んでいると、辺りに溢れていた靄が薄くなってきた。

 

「あ、動いた……」

 

 これまで一歩も移動しなかった怪異が、ゆっくりとこちらの方へ、――村の方角へと移動を始めた。

 巫女姿のシルエットは異様な動きを止め、一歩一歩ゆっくりと近付いてくる。

 

(え……?)

 

 一瞬、視界の中で、スッと位置だけが書き換わるように距離が縮まった。

 気付けば、もう近い。

 

「……こっち!」

 

 あと数歩で、すれ違う距離になった時、拓海が強引に腕を引いた。

 

「あ、ああ……!」

 

 森の奥に向かって走り出す拓海に、慌ててついていく。

 方向も距離も考えない、その場から少しでも距離を取るための、がむしゃらな走りだった。

 枝が顔に当たり、足元がもつれ、激しい呼吸で肺が痛い。

 後ろを振り返る余裕などない。

 どこをどう走っているのか、わからなかった。

 

 

 

 

  

「はあ、はあ、はあ……」

 

 怪異は追ってはこなかった。

 何も考えずにひらすら前に進むと、やがて同じ道へと戻された。

 

「はぁ、はぁ……良かった……、あいつ、いなくなってる」

 

 そろそろと道に戻ると、周囲に怪異の姿はなかった。

 

「ふぅ……ループしてて助かった……」

「……今のうちにバス停に向かうぞ」

 

 怪異に何が起こって村に戻ったのかはわからないが、気が変わらないとは限らない。さっさと目的地を目指すのが正解だ。

 村の方角を見て、怪異の姿が見えないことをもう一度確認すると、二人はバス停へと小走りで向かった。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ