表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/18

第12話:クズの本性。美少年の素顔

 

「くっそー! 柳ヶ瀬さん、なんでだよ……っ! あんたのせいで、俺は……っ!」

 

 先客――佐原拓海さはらたくみは、川沿いの道まで戻ってきてから、悪態をついた。

 柳ヶ瀬との記憶は完全に戻っていた。

 

 こっちの世界に来て、何人もの『迷い人』と出会った。

 先にいた迷い人に帰還する方法があると聞いて、最初は希望も抱いた。だが、それはすぐに潰えた。迷い人のほとんどが、拓海に興味を示さず、自分の殻に閉じこもるようにして、次々と住人化していったからだ。

 当然、住人になりたくなかった拓海は、何とかして脱出できないだろうかと足掻いた。情報を集め、時にはやる気のない迷い人たちと協力して脱出を試みたこともあった。

 最初はバス道を歩いたが、何時間歩いてもループして元のバス停に戻るだけだった。村を囲む森を抜けようとしても同じだった。結果を出せないうちに、やる気のない迷い人が、一人また一人と住人になっていった。

 失敗を何度も繰り返し、拓海の心は折れそうになっていた。

 

 そんな時に現れたのが柳ヶ瀬だった。

 彼は最初から他の迷い人とは違った。生きようとする意思があり、帰還を願っていた。

 その頃、すっかりやさぐれていた拓海に「一緒に帰ろう」と言ってくれて、実際に行動にも移してくれた。

 そんな時に見つかったのが、バスでの脱出方法だった。

 拓海が早々に諦めた住人への聞き込みを、柳ヶ瀬は熱心に続けた。その結果がもたらした情報だった。元『迷い人』だった住人が知っていた情報は、神社でのチケット入手方法だった。

 

 早速、チケットをもらいに行こうとする柳ヶ瀬と違い、拓海は躊躇した。

 帰れないと思うから、帰りたいと思うのだ。

 いつでも帰れるとなると、もう少し、ここに残りたい気持ちになった。帰りたくない理由があったからだ。

 

「……馬鹿だなぁ、そんなことで、拗ねてんのか」

 

 拓海の悩みを柳ヶ瀬は笑い飛ばした。

 

「いや、クズ野郎だよな。……くっくっく」

「るせーよ」

 

 悩み事を他人に相談したことなんてなかった。ましてや大人になんて。だけど、こんな不可思議な世界にやってきて、気弱になっていたのもあったんだと思う。

 

「まあ、人を殺した訳じゃないんだし。誠心誠意込めて謝れよ」

「ほんっとに、うぜぇ……」

 

 その時の悩み事というのが、悪友の彼女を寝取ったのがバレて、悪友と喧嘩になったという、情けないものだった。

 まあ、俺がクズなのは認める。ただ、俺にも言い分があった。だから悪友、龍二に言った。

 

「誘ってきたのは、アイツの方だぞ」

 

 龍二は冷たい目で、フッと息を吐くと、「もういい」と去っていった。それだけの話だ。

 

 だが、実際には影響があった。学校で、龍二が近寄ってこなくなったのだ。クラスが違うということもあって、自分から近付かないと、龍二とは会話も出来なくなった。しかし、意地になった俺はそうしなかった。

 

「……まあ、若いんだから、生きてりゃどうとでもなると思うけどな。」

 

 そう言って、キャップを被った頭をぽんぽんと叩かれた。

 

 帰るのに躊躇していたけど、それでも一人でこの場所に残るのはごめんだったので、結局柳ヶ瀬と神社に向かった。

 

 そして、柳ヶ瀬の無残な最期を、目の前で見てしまった。

 

(ああ、やっぱり帰れないんだ……)

 

 絶望した俺の足は、それでも生き残ろうと走り出した。

 

 

 

 柳ヶ瀬に話したのは嘘じゃなかったが、全てではなかった。

 

 俺達が通っていた高校は底辺校と呼ばれていた。龍二はいわゆる不良で、教師にも一目置かれていた。

 俺の母親は会社経営をしていて、片親だが裕福だった。小遣いもたっぷりともらっていたし、足りないと言えばいくらでも補充してもらえた。

 勉強なんてした覚えもない。甘やかされていたとは思うが、仕事ばかりの母親から愛情を感じたことはなかった。寂しいとも思わなかった。

 そんな俺と龍二は、利害の一致でつるんでいた。俺は龍二の名前で好き勝手できたし、アイツは俺の金で遊んだ。そういう関係だった。

 

 身長が低いのだけはコンプレックスだったが、それでも顔が良くて金を持っていれば、それなりにモテもする。俺は言い寄ってきた女を片っ端から食ったし、それを見てアイツも笑っていた。だから、アイツの彼女が迫ってきて抱いた時も、全く罪悪感はなかった。そもそも、何が悪いのかも分からなかった。

 俺とのトラブルのあと、龍二は彼女とは別れたようだった。だが、関係は悪くなさそうで、普通に会話しているのを見かけた。俺だけが、アイツから弾かれた。

 

 学校での生活は少々不便になった。女は相変わらず構ってはくるものの、やはりヒョロガリのチビ一人だと、ヒエラルキーは落ちる。金を使えば遊ぶ相手には困らなかったが、雑魚ばかりでは意味がない。

 そこで俺は、龍二に変わる不良とつるもうと考えた。

 同じ学年じゃダメだ。龍二以上のヤツはいない。必然的に対象は一学年上の3年生になった。俺たち2年にも不良は多かったが、あまり群れて行動することはなかった。だが、3年は集団で行動していた。俺はその端っこにでも入ればいいと軽く考えて、3年のたまり場へと足を運んだ。

 

 それが一番の失敗だった。

 そこは、俺が想像していた以上に荒んだ場所だった。

 入ってすぐに、甘ったるい悪臭に吐き気がした。奥が見通せないほどに煙でくすんだ部屋を見て、すぐに引き返すべきだった。

 

「ああ、龍二の腰巾着かよ~」

 

 へらへらと笑う3年は皆、ガタイが良かった。1歳違うだけで、こうも違うのかと思うほど、自分は子供のようだった。

 そこではドラッグが当然のように使われ、ベッド代わりのソファの上では、半裸の女がへらへらとラリっていた。

 

「龍二に見捨てられたんだってなぁ。オイタが過ぎたんじゃね~の?」

 

 ゲラゲラと笑う上級生に愛想笑いを浮かべるしかできなかった。

 ドラッグのせいなのか、冗談を言い合いながらも、すぐに殴る蹴るが入る。殴られた方もどこかネジが飛んでいるのか、鼻血を出して笑っている。

 

(冗談じゃねぇ……)

 

 ここに来て、龍二はまともだったんだと実感した。

 確かに喧嘩はするし、煙草も吸う。授業はバックレるし、女も泣かす。だけど、人生を踏み外すレベルの悪事はしなかった。

 

「あ、いえ、俺は別に……」

 

 早々に退散しようとしたが、当然、全てが遅かった。

 

「あ”あ”~? 挨拶だけで、帰れると思ってんのかぁ~っ!」

 

 ドゴッ!と重い音がして、隣にいた不良が吹っ飛んだ。

 ガチャン、ガラガラガラッ!と大きい音を立て、テーブルごと乗っていたものが床に散らばった。

 

「あ~ごめんごめん、俺、加減とかわかんなくてよぉ~?」

 

 驚いて動けなくなった俺に、不良たちはへらりと不気味な笑みを向けた。

 

「で? 仲間になりたいんだっけ?」

 

 ここで、首を横に振る勇気が俺にはなかった。

 

 そこからは絵に描いたような転落だった。

 俺の小遣い程度、本物の不良たちには、はした金でしかなかった。

 

 学校では、“不良の仲間”として、以前と同じポジションでらいれたと思う。しかし、それに意味はなかった。先輩たちに呼び出されては金をむしり取られ、使い走りをさせられたり、時にはラリった女の相手もさせられた。

 たまに龍二を見かけたが、こちらを見ている顔が「ざまあねえ」と言っているようで、わざと余裕ぶって堂々と歩いてやったりもした。

 

 しかし、そんなことが長続きするはずもない。

 かなりの金額があったはずの貯金通帳が空になって、それを不良たちに恐る恐る告げた時。いつものへらへらとした表情で、「親は金持ってんだろ?」と言われて、凍り付いた。さすがにそれは無理だ、バレたら厄介なことになると、必死で拒否した。

 

「じゃあ、良い店紹介してやるよ。お前のツラなら、結構稼げんだろ」

 

 仲間同士でしょっちゅう殴り合っている癖に、どうして自分だけは殴られないのか不思議だった。それは、“こういう意味”だったんだと、やっと気付いた。

 

 俺は逃げ出した。

 後先なんか考えていなかった。とにかくここじゃない場所なら、どこでも良いと思って、がむしゃらに走った。

 しかし、リーチが違う。ラリってへろへろの癖に、どうしてこんなに脚が速いんだ。

 

 俺は三人がかりで押さえ込まれた。

 

「お前みたいな上玉、逃がす訳ねーだろ」

 

 そこからの記憶はない。

 

 

 

 

 気付けば、辺鄙な場所にあるバス停に立っていた。

 

 訳がわからなかったけど。

 ……正直、ホッとしていた。

 

 

 

 

 

 

 元の世界に戻るのが、ずっと怖かった。

 

 もちろん、この世界で誰にも知られずに朽ちていくのは、もっとイヤだったから、いろいろやってはみた。

 だけど、いつでも帰れるのなら、もう少しだけ時間が欲しかった。

 

 ああ、でも、もうわかってる。

 ちっぽけなプライドを守るために、意地を張って、自業自得で勝手に追い詰められて。

 きっと、あの時もやりようはあったはずだ。そこからも逃げた。

 

 そうやって、こっちの世界でも手詰まりになって、記憶も失って。

 自我を失いかけて、考えることも放棄して、……それでも、不安だけはずっとあった。

 

 そんなところに、あの男がやってきた。

 

「……ケッ、何が僕だ」

 

 記憶を取り戻す直前までのことを思い出して、虫唾が走る。

 いくら覚えてないからって、僕はないだろ。

 心の中で悪態をついて、ふと思い出した。

 

「…………待てよ、俺。……告白してなかったか?」

 

 さっきまで側に居た。『旅人』と自分が仮に名付けたあの年上の、凡庸な男。

 あいつに俺は……

 

「うえええええーーーっ! 気持ち悪ぃぃぃぃっ! 俺はホモじゃねぇっ!!!」

 

 3年の先輩たちに押さえ込まれた時の記憶が蘇る。

 いくら女みたいだと笑われようが、俺は男だ。女を抱いたことはあっても、男はない。ましてや抱かれる方とか、あり得ねえええっ!!

 

「しかも、俺、メッチャ泣いたよな……うっわ、恥ずっ!」

 

 先輩たちに無理難題を言われた時も。

 この世界で一人になった時も。

 それこそ、柳ヶ瀬が神社で潰された時だって――涙なんか出なかったのに。

 

「冗談じゃねぇ、……いくら記憶がないからって、男だぞ……しかも、あんな……」

 

 人の良さそうな笑顔が頭に浮かぶ。

 

『じゃあもし、帰る家がわかんなかったら、うちに来いよ』

 

 うちに来いよ……来いよ……

 頭の中に声がリフレインする。

 

 いや、ちょっと待て、お前、それって……

 

「いやっ、ないないっ! あんなヤツ!」

 

 年齢は上だろうし背も高いけど、喧嘩は弱そうだし、温厚で頼りなさそうだ。

 ほら! 恋愛対象は論外としても、ツレにするにしたってあり得ねーし!

 

「あんな……やつ……」

 

(でも、俺のこと、見捨てなかった……)

 

 チケットは1枚しかない。

 それなら、名前を忘れた俺なんて見捨てて、自分が使えばいいだけなのに。

 

「バカなヤツだよ……」

 

 ちょっと見た目が良いだけの記憶喪失のヤツなんて、厄介なだけだろうに。約束を律儀に守ろうと足掻いている。

 

 本当の俺は、こんなヤツなのに。

 きっと、俺の本性を知ったら、あっさりと見限るに決まってる。

 

「……そうだ。記憶がなかった時の気の迷いだ。そう言って、撤回すりゃあ……」

 

 脳裏に困ったような笑顔が浮かぶ。

 

「いや、待て。……このまま両想いだって思わせといた方が、都合良くね?」

 

 そうすれば、人の良いあの男は、俺を守ろうと必死になる。

 柳ヶ瀬みたいに、置いて行ったりしない。

 

「女みたいで、儚げな感じが好きなんだろ?」

 

 ダリぃけど、ここから出れるなら、演技ぐらい安いもんだ。

 そうすりゃ、突き放せないだろ?

 

 しかし、ここである問題に気が付いた。

 

「……恋人のふりって、どうやんだ……?」

 

 相手が男で、自分が女役というのは、今回の場合は仕方ない。

 しかし、モデルになる女が思い付かない。

 こういう時にビッチしか周りにいなかったことが悔やまれる。

 

 しかも、あんなこっ恥ずかしい告白ごっこのあとで、手を繋ぐだけで終わらせられる大人だ。付け焼刃の演技なんて、見抜かれるに決まってる。

 

「……やっぱり撤回した方がいいか。でもなあ……」

 

 しばらく考え込んでいたが、結局は記憶喪失の時のキャラのままで行くことにした。

 それなら、自分からベタベタする必要はない。

 向こうから迫ってきたら……その時は、その時になってから考えることにした。

 

 その保留した理由に、自分でも薄々は気付いていた。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ