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第1話:終点、霧守村

BL注意!

脱出ホラーものです。よろしくお願いします。

 

「次は霧守村ー、霧守村ー、終点です」

 

 アナウンスの声で目が覚めた。

 どうやら眠ってしまっていたらしい。

 

「はっ、乗り過ごした!?」

 

 慌てて顔を上げると、そこには見慣れない光景が広がっていた。

 古ぼけたシートや吊り革、床から直接伝わってくるエンジンの振動、ギシギシと軋む木の床、最悪の乗り心地――どうやら年代物の草臥れたバスのようだ。乗客は俺ひとり。

 

「ここ、どこだ……?」


 車窓から外を見ると、それはもう見事な田舎だった。道と森しか見えない。

 あまりのことに呆然としている間も、ゴゴゴ、プシュ、と独特の音を立て、バスは派手に揺れながら、ゆっくりと停留所に近付いていく。

 

 ゾワリ、と背筋を嫌な予感が撫でる。

 停留所の向こう、森の更に奥に、――何か、ある。

 

 元々霊感は強い方だ。怖いもの見たさより恐怖が勝つクチだから、いつもはさり気なく避けるのだが、バスはそちらの方向へ向かっている。

 しばらくその森を凝視していたが、ふと友人と待ち合わせをしていたことを思い出した。

 

(そうだ、約束してて……やばっ、遅刻っ!?)

 

 時間を確認しようと、上着のポケットからスマホを取り出したが、電源が落ちている。

 

「え? 電池切れ? 昨日充電したよな……」

 

 最悪だ。これじゃあ、タクシーを呼ぶことすら出来ないじゃないか。

 電源が入らないかと焦っているうちに、バスは終点に到着してしまった。


「終点です。お忘れ物のないように」

 

 無機質な声が、静かに降車を促してくる。

 仕方ないので、言われるままに降車口に近付くと、ゾワゾワと気持ちの悪い感覚が足元から這い上がってくる。

 

(あー、こういう時の悪い予感って、当たるんだよなぁ……)

 

 このまま降りるのは悪手だと、俺は素直に助けを求めることにした。

 

「あのー、寝過ごしちゃったみたいで……このバス、折り返し運転とかは……」

「このあとは回送になります。降りてください」

 

 運転手はハンドルを握ったまま、温度のない言葉を返してきた。


「じゃあ、その回送先まで乗せていってもらえませんか」

 

 こんな気持ちの悪い場所に放り出されるよりは、まだバス車庫の方がましだ。電話を借りることだって出来るだろう。

 

「決まりですので。降りてください」

「ええ、そんなぁ」

 

 心底困って運転手を見ると、変わらず前を向いたままの横顔はまるで人形のような無表情だった。

 その顔を見た瞬間、また背筋がヒヤリとして、思わず運転手から一歩足を引いた。

 

「……次のバスに乗ってください」

 

 有無を言わせぬ静かな圧に、俺は黙って頷いた。

 

「なんだあれ、……おっかねぇ」

 

 渋々とバスを降り、俺、須々木恒一(すずきこういち)は呆然と立ち尽くした。

 

 何もない、とはまさにこのことだろう。

 古ぼけた『霧守村』と書かれたバス停標識と雨宿りが出来るか微妙な朽ちかけた屋根の待合所があるだけだ。一般車両ですら対向出来るか怪しいぐらいの細い未舗装路が続いているが、それもこのバス停で行き止まりだ。周囲は深く木々に囲まれ、ぱっと見では人工構造物は見当たらない。

 

 バス停前の僅かに広くなっている場所で、バスがUターンをするために切り返しているのを横目に、待合所に貼られている色の変わった時刻表のようなものを見つけた。そこに印字された数字はなく、黒いマジックの手書きで「月・木/12時」とだけ、乱雑に書かれていた。

 

「えっ、ってことは3日後?」

 

 さすがに驚いて、慌ててバスに駆け寄ろうと振り返ったが、バスは排気ガスの臭いを残して走り去ったあとだった。

 

「マジかよ……」

 

 ぽつんと取り残された霧守村バス停は、静寂に包まれた。

 

「ま、なるようになるだろ」

 

 ため息をひとつ吐いて、顔を上げる。

 どうしてバスに乗っていたのか、全く思い出せない。待ち合わせ場所に向かって電車に乗ったところまでしか覚えていない。何とか記憶を手繰って思い出そうとしても、霞がかかったようで、うまくいかない。

 だが、今は悩んでも仕方がない、と恒一はさっさと意識を切り替えた。

 さすがに3日は待てない。スマホが使えないのが痛いが、まずは帰宅することだけを考えよう。

 まだ明るい時間だ。『霧守村』というからには、近くに住んでいる人だっているだろう。そこで電話を借りるなり、タクシーを呼んでもらうなりすればいいだけだ。俺はバスに乗ることをさっさと諦めて、村へと向かうことにした。

 目の前に道は2本。バスが来た未舗装の道と、それより細く、森の深淵へと消えていく頼りない小道だ。来た道を延々と戻る絶望感よりは、この先に人の営みがある可能性に賭けたい。……が、しかし。

 ゴクリと唾を飲み込む。いまだに、あの嫌な気配が森の向こうにある。普段なら絶対に選ばない選択肢だ。

 それでも。

 

――誰かが、呼んでいるような気がする。 

 

 気のせいかも知れない、それでも、本能は村へ向かえと言っている。

 

「……行くか」

 

 俺は意を決して、森の奥へと続く細い道に足を踏み出した。

 

 

 

 歩き出して早々に選択を誤ったと後悔した。1歩進むごとに、嫌な空気の密度がじわじわと上がっていくような感覚に襲われる。

 ただの湿気ではない。何かが肌にべちゃりと張り付くような、生理的な不快感が全身を撫で回し、服の隙間から這い入ってくるようだ。森の木々はどれもが捻じれ、影は異様に長く伸びて見える。まるで、入ってはいけないという禁忌を犯しているような気分にすらなる。

 

(……大丈夫だ。村に着けば、誰かいる。電話を借りて、友人に連絡して、こんな場所さっさとおさらばしてやる)

 

 自分に言い聞かせるように、震える足で先を急ぐ。

 しかし、奥へ進むほどにゾワゾワとする悪寒は強まり、胃の奥がせり上がってくるような吐き気を覚えた。

 

 しかし、そんな道程もやがて終わりを迎え、木立の向こうに1軒の民家が見えてきた。この家が一番端にあたるのか、奥には更に数件の家が見える。

 その玄関を出てすぐのところに背中の丸まったおばあさんが立っていた。救世主を見つけた心地で、俺は声を張り上げた。

 

「あの、すみません! ここ、どこですか……?」

 

 おばあさんは俺に気づく様子もなく、ふらふらと、村とは反対の深い森の方向へと歩き出した。

 

「耳が遠いのかな……?」

 

 近くでもう一度声を掛けようと、おばあさんに向かって1歩踏み出す。その時だった。ゾゾゾゾゾゾッ!と、脊髄を氷の針でなぞられたような激しい悪寒が全身を突き抜けた。

 

「……っ!?」

 

 突然の強烈な感覚に声すら出せずに、体がビクリと硬直して動けない。

 

(これ、さっきから感じてたヤツだ……ヤバい、近くにいるのか!?)

 

 嫌な予感は最高潮に高まって、ここからすぐに離れろと、全身が警告している。それを無理に抑え込んで、再びおばあさんを見ると、そのすぐ横に――いつからそこにいたのか、黒いもやが……

 

「うぐ……っ!」

 

 靄を認識した途端、感じる強烈な圧迫感――――


(なんだ、なんだ、あれは……化け物……?)

 

 さっきまではいなかった筈だ。

 黒より暗い漆黒の、ドス黒い闇のような靄が、その中で渦巻いている、見えない何かが。

 それは形をなさない闇の塊のはずなのに、そこからドロリとした明確な『視線』が俺を射抜いた気がした。

 

(ダメだ、目を合わせちゃ、……)

 

 そう思っているのに、目が離せない。皮膚が静電気を帯びたようにピリつき、本能が、細胞のひとつひとつが絶叫している。あれは人間じゃない。この世の道理が通じない、絶対的に『ヤバい』存在だ。

 

 靄はぶわりと大きく膨らみ、おばあさんを飲み込もうと波打った。彼女の口が助けを求めるように、はくはくと力なく動くのが見える。

 

「くっそ!」

 

 考えるより先に、体が飛び出していた。

 恐怖を怒声で誤魔化し、とにかく止まったら終わりだと自分を突き動かした、その瞬間。


「っ……!?」

 

 背後から伸びてきた冷たい手に、ガシッと肩を掴まれた。

 驚く間もなく、俺の体は強引に反転させられ、巨大な木の影へと引きずり込まれる。

 

 抵抗しようと顔を上げた俺の視界に飛び込んできたのは、吸い込まれるように綺麗な瞳をした、少女の顔だった。

 


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