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きみ、捨てられたの?じゃああたしが拾ってあげるよ。  作者: 有希乃尋
第1章 あたしが拾ってあげる
8/9

第8話 中学時代

やっと引っ越しの荷ほどきがひと段落付き、生活も落ち着き始めた8月初めのある日、僕はスマホで美容室を探していた。


「いまさら子どもの頃に通ってた床屋に行くのは嫌だし、いきなり知らない店に電話するのも気後れしちゃうし・・・。アプリで予約できる美容室が近くにあるといいんだけど・・・。」


アプリで検索すると近くで2軒だけ美容室がヒットした。

1件は『Angelica』。チェーン展開している美容室みたいで、初めての僕でもいかにも入りやすそう。評価も高い。


もう1件は美容師さんが一人だけの個人経営のようで、少し敷居が高い。しかも1件だけのコメントには、『魔女みたいなコスプレしたお姉さんが髪を切ってくれる。コンカフェみたい』なんて書いてある・・・。


これはどう考えても、Angelicaの1択だろう。


しかし、僕はその個人経営の美容室の『ヘアサロン 星ヶ丘』という店名に引っかかった。


「中学の時の・・・あの彼女も、星ヶ丘さんって名前だったな・・・。」


その瞬間、中学3年生の頃のクラスメートである、あの騒がしかった彼女の、温かい手の感触が鮮明に思い出された・・・。


――


教室での休み時間が始まるや否や、僕はいつものように読みかけの本を広げた。

休み時間に読書にふけるのは小学校低学年の頃からの習慣だ。

周囲では友達を捕まえておしゃべりしたり、変なゲームではしゃいだり、わずかな時間でもボールを持って外へ飛び出そうとする生徒ばかりだが、正直そこに混じる気持ちにはなれない。いったい何が楽しいんだろう・・・。

一人でいるのが一番心地いい。


「ちょ、ちょっと~、さ~き~!やめて~、そんな派手な色にしたら親に怒られちゃう!」

「大丈夫だって!やっぱり美妃子には赤系が似合うって~。」


ふと隣の席を見ると、星ヶ丘紗季さんと榊原美紀子さんが、爪にマニキュアみたいなものを塗り合いながらキャーキャー騒いでいる。二人ともクラスの中ではギャル枠に属していて、いつも校則ギリギリに攻めたファッションをしている。

しかし、爪に色塗って何が楽しいんだろ・・・・。


「あれ・・・?君もマニキュア塗って欲しい?」

「いや・・・大丈夫です。間に合ってます・・・。」


しまった、うっかり星ヶ丘さんと目が合ってしまった!


慌てて目をそらすと、「間に合ってるだって~」「自分で塗ってんのかな~ウケる~」という声が聞こえて来た。本当にやかましい。意識を遮断して本に集中しよう・・・。


しかし、陽キャ代表の彼女は、そんな僕の気持ちをわかってくれなかった。


「っていうか君、名前何だっけ?」


そう言い放った星ヶ丘さんは「隣の席のやつの名前くらい覚えとけって~!」と自分でツッコんで榊原さんと一緒に笑い合っている。


「こ、纐纈和央です・・・。」

「ああ、そうそう。めちゃくちゃ難しい名前でずっと読めなくてさ~。そっか、こ~けつって読むんだ~。へ~。」

「なに言ってんのよ、授業中に先生に名前呼ばれたりしてんじゃん。」

「いや、あたしは授業中は寝てるかネイルしてるからさ~、まったく気づかんかった~。」

「そうですか・・・。じゃあ、僕は本を読むんで・・。」

「おいおい、なんだよその塩対応!!草生える!っていうかどんな本読んでんの?」


星ヶ丘さんは僕の手から勝手に本を取り上げた。


「月と六ペンス・・・?ナニコレ?美少女が6人くらい出てくるライトノベルとか?教室の隅にいるモブキャラが美少女たちをメロメロにしちゃって一方的に好かれてやれやれみたいな・・・。」

「え~っ、なにその妄想!!きも~い!!」


むっ!!失礼な!別に美少女が出てくるライトノベルを差別するつもりはないけど、そんな誤解をされるのは僕と作者の名誉にかかわる。


「月と六ペンスはライトノベルじゃない・・・。イギリスの作家のサマセット・モームの小説・・・。」


僕が憮然として答えると、少し虚を衝かれたのか、さっきまでケラケラ笑い続けていた星ヶ丘さんと榊原さんが少し黙った。


「へえ~、そうなんだ・・・どんな小説なの?」

「ゴーギャンの人生をモデルにした作品。」

「ゴーギャンって何よ?」

「フランスの画家で・・・ほら、あのゴッホとも交流があって、一時期は一緒に南仏で制作してた・・・。」

「あのゴッホって誰よ!知らん人の友達って言われてもわかるわけないじゃんか!!」

「紗季・・・ゴッホはさすがに私もわかるって・・・。それはアホ過ぎてひくわ~。」


真顔になった榊原さんがひいた様子を見せると、星ヶ丘さんは急に真っ赤になって慌てだした。


「いや・・・えっ・・・いや、あたしだってホントは知ってるし。画家でしょ、有名な画家。画家のガッホ。」

「いや、ゴッホですって・・・。」

「お前は何を生意気にツッコんできてんだよ!コラッ!」


僕の冷静な指摘に逆上したのか、星ヶ丘さんはバシバシと頭を叩いてきた。本気でしつこく叩いてきて痛い、意識が遠のきそう・・・、と思ったところでチャイムが鳴って何とか助かった。


しかし・・・ひどい目に遭った。これからはあの人たちに関わらないようにしよう・・・。


僕のそんな願いは虚しく、その日以降、なぜか星ヶ丘さんが僕に絡んでくることが増えた。


ある日、英語の授業中にこんなことがあった。


「こ~けつく~ん、あのさ~、英語の教科書忘れちゃったんだけど、見せてくれな~い?」

「ああいいですよ・・・じゃあ・・・。」


机をつけて教科書を見せるため、ガタガタと机を動かそうとした時だった。


「さんきゅ~!!」


星ヶ丘さんは机の上から僕の英語の教科書をつかみとり、それをまるで自分の教科書であるかのように机の上に広げた。


えっ?えぇ~?教科書取られた?どういうこと?いじめ?

う~ん・・・どうしたら・・・。


「ごめん・・・教科書忘れたから見せてもらっていい?」

「ああ、うん。いいよ。」


考えた末、星ヶ丘さんとは反対側の隣の川本幸子さんにお願いして、机をくっつけて教科書を見せてもらい、その英語の授業をしのいだ。

本当は先生に言うか、星ヶ丘さんに直接注意して返してもらうべきなんだろうけど、なんか怖いし、関わりたくない・・・。


「おいっ!さっきのあれなによ!?なんで当てつけみたいに川本ちゃんに教科書見せてもらってんのよ!」


英語の授業が終わるなり、星ヶ丘さんは僕の英語の教科書をパンッと僕の机に置いてから、いきなり怒り出した。


「えっ・・・?星ヶ丘さんに英語の教科書取られたから・・・。」

「あれはボケに決まってんでしょ!!なんで一人で使おうとしてんだよ!とかツッコミ入れてよ。ボケたらツッコむ、それでどっかん!それが普通のコミュニケーションでしょ!?あたしのボケに対して君がひいちゃって、他の子に教科書見せてもらってたらまるで、あたしがいじめてたみたいになるじゃんか!」

「ご、ごめん・・・。」

「次は気を付けなよ。そんなんじゃこれからやってけないよ。」


そう言い捨てて、星ヶ丘さんはプリプリ怒りながら榊原さんたちの方に歩いて行った。


え~っ!!さすがに教科書取られた僕が説教されるっておかしくない?


一事が万事そんな感じで、星ヶ丘さんに面倒くさい感じで絡まれ、しかもそれに対する僕の返しがなっていないと説教されるやり取りが何度か続き、いつの間にか定番となり、少し辟易し始めたころ、珍しく彼女がふざけることなく、真剣な表情で近寄って来た。


「あのさ・・・ちょっとお願いがあるんだけど・・・いいかな・・・?」

「今日は小銭しか持ってないけど・・・。」

「おおっ、じゃあそれでコーラ買って来い・・・って、あたしがそんなことするわけないでしょ!」

「こないだ、自分の方が誕生日が1日早いからっていう理由でパシらされましたけど・・・。」

「そ、それは誕プレだからノーカン!」


定番のやり取りを繰り返した成果なのか、この頃になると僕も星ヶ丘さんの欲しがる展開がなんとなく読めるようになり、彼女が言うボケとツッコミの息も合ってきた。


「そうじゃなくてさ・・・真面目な話。勉強教えてもらえないかと思って・・・。」

「受験勉強ですか・・・?」

「うん・・・あたしネイリストになりたいから、ファッション科がある山田商業に行きたいんだけどさ、先生にバカだから無理だってはっきり言われちゃって・・・。でもあきらめきれないから頑張りたくて・・・。」

「・・・そうですか。でも僕も教えるプロじゃないし、成績上げたいなら塾とか行った方がいいんじゃない?」


僕は何の悪気もなくこう言ったのだが、その一言で星ヶ丘さんの表情がみるみるうちに暗く沈んでしまった。


「・・・うち・・・パパいなくて貧乏だから・・・塾行かせてもらうお金なんかなくてさ・・・。」

「・・・・・・。」


しまった・・・。親に頼めば塾でも習い事でもさせてもらえるのが普通だと思ってたけど、そういう人ばかりじゃないんだ。傷つけちゃったかな・・・。


「あっ・・・いいよいいよ。急にこんな重い話されてお願いされても困るよね。ごめんね。忘れていいよ・・・。」


その笑顔はいつもとは違う無理に作ったようなぎこちない感じだった。僕は彼女の境遇への同情があったのか、恵まれてる自分への後ろめたさを感じたのか・・・思わずうなずいてしまった。


「わかった。僕でいいなら・・・。」

「ほんと!ありがと~!頭のいいこ~けつくんに教えてもらったら、それだけで大丈夫な気がしてきたよ!!フフッ。」


次の日から、放課後の教室に残って二人で特訓を始めた。僕は名古屋市内の名門私立高校を狙っていたので余裕があったわけではないけど、星ヶ丘さんほど厳しい状況にあるわけじゃない。


自分の受験勉強の傍らで、星ヶ丘さんの志望校である山田商業の過去問を分析して、最低限覚えなければいけない知識をピックアップし、それを順番に教えて暗記させ、その後で僕が作った練習問題を解かせることを繰り返した。

僕が出した課題はそれまでほとんど勉強してこなかった彼女にとっては厳しかったと思うけど、必死で食らいついてきた。ファッション科に行ってネイリストになりたいって夢は本気だったんだ。頑張る彼女の姿が僕のモチベーションにもなり、僕の受験勉強もはかどった。


そうして3月を迎え、僕は無事に第一志望の高校に合格し、星ヶ丘さんも補欠の繰り上がりだったけど、奇跡的に山田商業に合格した。


「ほんっと、ありがとね!お礼がしたいから卒業式が終わったらうちに来てよ!」


星ヶ丘さんにそう誘われたのは卒業式の前日か前々日だったか・・・。卒業式が終わった後、僕はドキドキしながら、お母さんと二人で住んでいるというアパートに向かったことを覚えている。


「ちょっと準備してくるから、そこに座って待っててよ。」


お母さんは仕事に出かけているみたいで、アパートには誰もいなかった。卒業式にも来なかったのかな・・・。


狭い台所と他に二部屋だけの古いアパート。あの襖の向こうが星ヶ丘さんの部屋だろうか・・・。


台所の椅子に座り、そんなことを考えながら待っていると、星ヶ丘さんが巾着みたいな袋を持って戻ってきた。


「じゃ、手を出してよ。」


そう言って彼女は僕の手を取ると、巾着から取り出したやすりで僕の爪を磨き出した。


「和央くんはあたしに得意の勉強を教えてくれたから、あたしは得意のネイルで和央くんの爪をきれいにしてあげるよ・・・。」

「うん・・・。」


星ヶ丘さんは両手で僕の手を持ちながら爪を磨いてくれる。


意外にあったかい手なんだな・・・。そんなことを思いながら、真剣な表情のまま無言で爪を磨く彼女のつむじのあたりを見つめていた。


「ほい。終わったよ!きれいになったじゃん!」

「えっ?右手だけ?右手だけ爪がキレイになってたらおかしくない?」

「まあそうだけどさ、思ったより時間かかっちゃってそろそろママが帰ってくるから・・・。」

「うん・・・。」


僕はキレイになった右手の爪と、左手の爪を交互に見つめた。


「あたしがネイリストになったら、左手もやってあげるから!その時を楽しみにしときなって!」


そう言いながら、夕方になって少し薄暗くなった部屋で彼女はにっかりと笑っていた。これまで学校で冗談を交えながら見せていた弾けるような笑顔と違って、飾りなく素朴な印象の表情で、僕も自然と微笑んでしまった。


―――


「あれから15年か・・・。」


その後から今日まで、星ヶ丘さんと会ったことは一度もない。それどころか、今、この美容室の名前見るまで思い出すこともしなかった・・・。


「まあ、ネイリストになるって言ってたし、彼女と、この美容室とは関係ないでしょ。でも何かの縁だし、ここにしとくか。」


こうしたちょっとした思い付きで、ヘアサロン星ヶ丘の予約ボタンを押した時、僕は想像もしてなかった。これが僕の人生を決める重大な選択だったなんて・・・。


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