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きみ、捨てられたの?じゃああたしが拾ってあげるよ。  作者: 有希乃尋
第1章 あたしが拾ってあげる
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第7話 いきなりの修羅場

今日は週に1回だけの休日・・・親友の美妃子とアフタヌーンティーを楽しみながら女子トークに花を咲かせる・・・そんなあたしの楽しい休日計画は途中から大きく狂ってしまった・・・。


「・・・もう正直に言ってよ。一翔が最近夜遅いのって・・・紗季と一緒にいるからなんでしょ・・・。」


3段重ねのケーキスタンドを挟んで向こう側に座る美妃子の顔は張り詰めていた。


これが修羅場というやつか・・・。

親友である美妃子があたしを旦那の不倫相手として疑ってるって、これ以上ないくらい緊迫感ある場面ってことはわかってるけど・・・こういう時って逆に頭が冷静になったりするんだな・・・。


「美妃子、誤解だって・・・。あたしは美妃子がいないところで、一翔先輩と会ったことなんて一度もないって・・・。」

「うそよ・・・。昨日、一翔が帰って来たとき、うちのとは違うシャンプーの匂いがした・・・。紗季の髪と同じ匂いの・・・。あのシャンプー、紗季の美容院でしか売ってないんでしょ!?」

「いや・・・たしかにこのあたりだと、うちのサロンでしか扱ってないけど・・・、だけど買おうと思えば通販でも買えるし、うちのお客さんでも買ってくれる人はいるし・・・。」

「じゃあ、だれ?どんな女がそのシャンプー買っていったの?名前を教えてよ!」

「それは・・・ちょっと・・・。」

「紗季にやましいことがないんだったら、他に買った人を教えられるでしょ?こんなに親友が苦しんでるのにどうして教えてくれないの!?教えられないってことは、実は紗季なんじゃないの?」


美妃子の目力がすごい!こんな感じだと、もし教えてしまうと美妃子がそのお客さんのところに乗り込みかねない。だから絶対に言えないだけなんだけど・・・。


「お客さんの個人情報だからシャンプーを買った人は教えられないけどさ、一翔先輩には、ここしばらく会ったこともないって。最後に会ったのだって・・・ほら、あのお盆のバーベキューの時だよ。それ以来会ってないって!信じてよ・・・。」

「・・・・そういえば・・・あのお盆の時もおかしかった・・・。」


美妃子は急に視線をそらして何か考え込むような表情になった。


「えっ・・・?」

「だって、久しぶりに会うのに私たちとほとんど話さないで、ずっと一翔のテーブルで一翔と話してた・・・。そっか・・・あの時からもうそういう関係だったんだ・・・。」

「違うって!美妃子たちが和央くんを質問攻めにしてたから、居づらくてあの席にいたってだけで・・・。」

「どうせあの彼も不倫のカモフラージュに連れて来たんでしょ・・・。だっておかしいよね。お店に一回来ただけの人を内輪の集まりに簡単に連れて来て、一翔もあっさりそれを許して・・・。あっ・・・そういえば行きのクルマでもやたら美瑠玖の機嫌も取ってた!!もしかしてあの家から私だけ追い出して・・・紗季が後釜に収まって・・・3人で仲良く暮らそうって・・・もうそういう話になってるとか・・・?」


紗季は自分で勝手に作り上げたストーリーを想像して悲しくなったのか、そのままさめざめと泣き始めた。さっきから目も据わってる・・・。

こうなっちゃうと、あたしが何を言っても聞いてもらえないか・・・。


「わかった・・・じゃあ、一翔先輩を呼んで直接聞いてみようよ。絶対そんなことないから。ねっ!!ここは市役所からも近いし、すぐに来て説明してくれるって!あたしから連絡するからさ!」


あたしは素早く一翔先輩に『美妃子が、あたしがこっそり一翔先輩と会ってると疑ってます。修羅場です。すぐに来てください。市役所前のチェレ・・なんとかってカフェです。』とメッセを送り、一翔先輩を待つことにした。


大丈夫。あたしは潔白なんだから、一翔先輩が来て説明してくれれば疑いも晴れる。だから大丈夫・・・。

そう信じていたが、一翔先輩はいっこうにやって来ない。10分経っても、30分経っても、1時間近く経っても来ない・・・メッセに返事もない・・・。


「どうして来ないのかな・・・・。」


ずっと涙を流し続ける美妃子がポツリとつぶやいた。

いや、それはあたしも聞きたいし!!


「そういえば、あたしが一翔と結婚する時も・・・二人してあんな大事なこと隠してたよね・・・親友だと思ってたのに・・・。今回もまた二人して秘密を隠してるんじゃないの・・・?」


とうとう美妃子が涙で真っ赤になった目で恨みがましく見つめて来た。

ああ・・・一翔先輩早く来てくれ・・・。


「いらっしゃいませ~!」


店員の声が救いの声に聞こえて、思わず入口の方を勢いよく振り向いた。そこには一翔先輩・・・じゃない!!


「ごめんなさい・・・。メッセで送ってもらった店の名前がよくわからなくて。チェレなんとかじゃなくて、チェルシーだったんですね。」

「えっ・・・?和央くん?どうしてここに?」

「だって僕にメッセくれたでしょ?すぐ来てくれって・・・。」

「えっ、あれ?あたし送信先間違えた?そんなはずはないけど・・・。」


慌ててスマホを見ようとするあたしを無視して、和央くんは美妃子に向かって微笑みながら声をかけた。


「お久しぶりです。美妃子さん。お盆の時以来ですね・・・。」

「あの・・・込み入った話をしてるし・・・纐纈くんには関係ないから遠慮してもらえるかな・・・。」


しかし、そんな美妃子の言葉に構わず、あたしをぐいぐいとお尻でソファの奥の方へ押しやって強引に隣に座った。


「関係なくないですよ。紗季の話ですよね。僕にも関係があります。」

「えっ・・・?それはどういう・・・?」

「紗季が、一翔さんと、美妃子さんが疑ってるような関係にあることはあり得ません。」

「えっ・・・でも・・・シャンプーの匂いとか一緒だし、お盆の時だって二人で話してて・・・、一翔の帰りも遅くて・・・。」

「いえ、それでも紗季が相手ということは絶対にあり得ません!!」

「どうして・・・そう言えるの・・・?」

「僕が紗季のことを信じてるからです!!紗季に限ってそんなことはあり得ません!!」


和央くんの力強い断言に美妃子が圧倒されてる。

・・・いや、あたしも圧倒されてるよ!あたしのどこを見てそんなに信じてくれてるの!?なにを根拠に?


「えっ・・・あれっ・・・もしかして二人・・・そういうこと・・・?」


美妃子が和央くんとあたしの顔を交互に見つめた後、何か納得したような表情をした。


「はい・・・そのとおりです。だから安心してください。」

「でも・・・一翔と紗季は昔の関係があるし・・・。纐纈くんも心配じゃない?」

「大丈夫!過去は関係ありません。今もこれからも、紗季にそんなことはさせません。僕が保証します!!」

「あ・・・うん・・・わかった。そうだよね!纐纈くんがいれば安心だよね~!うん、ごめんね。なんか私、勝手に不安になっちゃって・・・。」


心なしか、闇に覆われていた美妃子の表情に光が差した気がする。


えっ・・・あたしがあんなに説明してもダメだったのに、なんで急に?


「ええ・・・不安になる気持ちはわかります。一翔さん、素敵な旦那さんですもんね。今はお仕事が忙しいみたいですけど、そんな中でも、しょっちゅう奥様とか娘さんの話をされてて、本当にご家族を愛してるんだなって、僕もそうなりたいなっていつも思ってて・・・。そんな一翔さんも信じてあげたらどうですか?」

「そっか・・・忙しいからなんだ・・・そっか、そんな風に言ってくれてるんだ・・・そっかそっか・・・。うん。私が信じてあげなきゃだめだよね。ごめんね、紗季!疑っちゃって!あっ、美瑠玖のお迎えの時間があるから行くね。ごめんね!!また今度、二人の話とか聞かせてね!」


あたしは、和央くんの登場からのあまりの急展開について行けず、嵐のように去っていく美妃子をぽかんとアホ面して見送るしかなかった。


ーー


「あっ・・・ブレンドください。」


和央くんは美妃子が座っていた向かいの席に移り、店員にコーヒーを頼んだ後、しれっとした顔で「これ食べていいですか?」と言いながら、もうケーキスタンドのスコーンをトングで掴んでいる。

それを見ながら、あたしは気になっていたメッセの履歴を確認してみる。


「あれっ?やっぱりメッセ、ちゃんと一翔先輩宛に送ってる。じゃあなんで和央くんが来たの?」

「ああ・・・一翔さんに頼まれたから。なんか修羅場みたいだし、自分が行くと収拾がつかなくなるから代わりに行ってくれないかって・・・。修羅場に巻き込まれてる紗季さんが心配だったし、そのまま半休取って急いで来たんだけど・・・あっ、この店の名前、チェレなんとかじゃないよ!Chelseaって書いてチェルシーって読むんだって。おかげで店を見つけるのに時間かかっちゃったよ・・・。」

「ああ・・・ごめん・・・。英語苦手だから・・・。でも助かったよ。ありがとう・・・。」

「別に紗季さんが悪いってわけじゃないし、お礼は一翔さんに言ってもらうから・・・。」


「いや・・・まあ、美妃子がああなっちゃうのもあたしに責任があってさ・・・。全く悪くないとは言えないんだけど・・・。」


和央くんはクリームをたっぷり載せたスコーンをもぐもぐ食べながら黙って目で話を先に進めるよう促している。

子供みたいに口の端にクリームをつけて、さっきまでの頼りになる姿とは別人のように見える。


「実は、一翔先輩とは昔付き合ってたことがあって・・・。あっ、だいぶ昔だよ。あたしがまだ高校生だった頃だし、今思えばかわいい付き合いだったんだけどさ・・・。でもお互いに初カレ、初カノで・・・。」

「まあ、誰にでも初めてはあるよ。」

「すっきり別れて、その後はお互いに未練もなく、友達として付き合ってたんだけどさ、美妃子が一翔先輩と結婚することになった時に、美妃子に一翔先輩と昔付き合ってたこと言えてなくて・・・。それで結婚して美瑠玖ちゃんが生まれた後に他のツレからそれがバレて、しかも産後の精神的に不安定な時期だったから、何で隠してたんだって激怒させちゃって、それから美妃子はあたしをすごく警戒するようになって・・・。」

「ああ、まあ元カノが気になる気持ちはわかる。男は昔の彼女のことをフォルダ別に分けて、ずっと大切に保管してるって俗説があるもんね。僕もそうだし。」

「いや・・・和央くんは元カノ一人しかいないから、わざわざ別フォルダにする必要ないでしょ!!」

「ああ、そうだったね。ハハッ・・・。」


あたしのツッコミを軽くいなしながら、和央くんは次はプチケーキに手を伸ばしている。意外にお酒より甘い物の方が好きなのかもしれないな。


「・・・・うんそれでね・・・。美妃子に疑われないように、あたしも彼氏を作って、彼氏ができたらあの二人に紹介するようにしてたんだ・・・。あたしに彼氏ができると美妃子が安心するから。でもここしばらくはずっと忙しくてそういう相手もいなくて・・・。それで美妃子の不安がずっとたまって、今日爆発しちゃったんだと思う・・・。」


和央くんは届いたコーヒーを飲みながら、あたしをじっと見つめて来た。


「・・・優しいんだ。でもそれなら、しばらくは大丈夫だね。」

「えっ?なんで?」

「だって、ほら・・・美妃子さんはすっかり勘違いして帰って行ったじゃんか。僕が紗季さんの新しい彼氏だって・・・。そのまましばらく勘違いしておいてもらえれば、そのうち落ち着いて疑いも晴れるよ。」


和央くんがあまりに当たり前みたいに言うので、一瞬思わずうなずいてしまったけど、でもそれって・・・。


「それってまた美妃子を騙してるってことになるんじゃない?それにそんな噂が広まったら和央くんに迷惑がかかるかもしれないし・・・。」

「そうかな~?さっき、美妃子さんには僕が新しい彼氏だなんて一言も言ってないよね。勝手に美妃子さんが勘違いしただけで・・・だから騙したわけじゃなくて、あえて誤解を解かなかったってだけでしょ。それに僕は特に相手がいるわけでもないし、そんな噂が広まったところでどうってことないから。あっ!紗季さんに迷惑がかかるか・・・。じゃあ、紗季さんに新しい相手が見つかりそうになったら、その時に誤解を解くか、又は別れたって噂で上書きするってことでいいんじゃない?」

「・・・そっか・・・うん・・・あたしは大丈夫。気を遣ってくれてありがとね・・・。」


素直に頭を下げると、和央くんは「なんもなんも」と言いながら、残ったスコーンにクリームをたっぷりつけて食べながら微笑んでいる。


「でもさ・・・。和央くんは修羅場ってだけ聞いて、事情知らないでここに来たんでしょ?もしかして本当にあたしが一翔先輩と不倫してるんじゃないかとか思わなかったの?」

「いや~、一翔さんはともかく、紗季さんについてそれは絶対ないってわかってたし・・・。」

「なによ、短い付き合いしかないのに、そんなあたしをわかった気になって・・・。」

「いや、プロの勘ってやつで、普段の紗季さんを見て、ああこれは不倫してる感じじゃないなって・・・。もっとも一翔さんはわからんけどね。」

「なんのプロよ?元カノ一人しかいなくて、そいつにも捨てられたくせに!」

「ハハッ・・・」


照れ隠しで思わず憎まれ口をたたいてしまったけど、和央くんは笑って軽く流してくれた。


和央くんがあたしを信じて助けに来てくれたことは素直にうれしい。

でも、それが伝わるのは気恥ずかしいからつい憎まれ口を叩いてしまう。


さっきから頬が緩むのを必死に我慢してて、ちょっとほっぺが痛くなってきた・・・。



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