第6話 休みの前の日
「いや~、今日もお疲れ!休みの前はビールがうまい!」
「お疲れさま~。僕は明日も仕事だけどね。」
9月中旬の月曜日、今日は店休日前の恒例となりつつある、和央くんとの晩御飯名目の飲み会である。
「お盆のバーベキュー以来、ずっと体調が悪そうだったんで心配してたんだけど。もうよくなったみたいだね。」
「体調が悪い?別にそんなことなかったけど・・・?」
「ほら、ここしばらくはお酒を飲んでなかったじゃん。てっきりまだ具合が悪いのかと思って・・・。」
「あ~、あれね・・・。」
確かにあのバーベキューの後、何度か和央くんとご飯に行ったけど、お酒は控えていた。それは体調が悪かったわけではなく、和央くんの前で盛大に吐き戻すという醜態をさらして恥ずかしい思いをしたから自重してただけなんだけど・・。
「もう大丈夫だよ~。ウフフ~」
微笑みでごまかしながら2杯目のビールを選ぼうとメニューに手を伸ばす。
今日のお店は和央くんが探してくれたんだけど、ビールとビーフが充実しててあたし好み。
こいつあたしの好みを完全に把握したな!?
そのせいで、ついついうっかり禁酒の誓いも破ってしまった・・・。
「そういえば、おかげ様で仕事も順調だよ。一翔さんが市役所で色々な方を紹介してくれたから職場にもすぐに馴染めて・・・。強引にバーベキューを誘われた時は気が進まなかったけど、紗季さんに声かけてもらって本当によかったよ。ありがとう。」
そういって和央くんは丁寧に頭をさげてくる。ホント律義で真面目な奴だな~。
「いいっていいって。地元だと人のつながりがすごく大事だってよくわかったっしょ。あっ、そういえばこの間、弟さんの奥さんがうちのサロンに来てくれたよ。紹介してくれたんだね。ありがと~。」
「ああ、うん。こんなことくらいしかできなくて・・・。」
「いや、助かるよ。帰り際に、お義兄さんをよろしくお願いしますって何度も頭を下げられたのはちょっと驚いたけどさ~。ハハッ・・・。」
「ああ・・・あの人大げさだから・・・。そういえば話は変わるけど、紗季さん、来月の29日が誕生日だよね。お世話になったから何かそこでお礼するよ。」
「誕生日にお礼って、お歳暮じゃないんだから・・・って待って、なんであたしの誕生日知ってるの?え~っ?きしょ~い!!」
誕生日を覚えててくれて思わずちょっと頬が緩んでしまったのが照れくさいので、ごまかすためにちょっとウザめに絡んでみた。
「ほら、中学の時に教えてくれたじゃん。何かの占いの時に、10月29日だって・・・。」
「あれから15年も経つのにずっと覚えてるなんてきっしょ~い!え~っ?もしかしてあの頃からあたしのことを好きだったとか?」
「いや、それはない。」
「ああ・・・そう・・・。」
いや、あたしも本気で言ったわけじゃないけど、そんな冷静な表情でキッパリ否定されるとちょっと傷つくぞ・・・。
「ほら、覚えてないかもしれないけど僕の誕生日が10月30日だから1日違いだしそれで印象に残ってて。」
「あ~、そうだったかも。1日とはいえ、あたしの方が先輩だって言って、なんかパシらせた覚えがあるわ。じゃあ誕生日近いし一緒にお祝いする?プレゼント交換なんかしたりして。」
「いや、プレゼント交換だったらお礼にならないし・・・。」
「いいっていいって、あたしも和央くんに世話になったし・・・。」
あたしが世話になったのは、主に山の中でゲロゲロして醜態をさらした時だから思い出したくないけど・・・。
「・・・・ところでさ、気になってたんだけど・・・和央くんってやたらと女の扱いに手慣れてない?ちゃんと誕生日も押さえてるし、それに好みを押さえたお店選びとか誘い方とか・・・さりげなく注文とか料理の取り分けもしてくれるし・・・ホントに元カノ一人だったの?実は本妻は一人だけど、その裏ですごい遊んでたとかじゃないの~?」
あたしがジト目で見つめると、急にキョドりだした。
「いや・・・そんなこと・・・ないよ・・・。」
「あ~っ、あやしい~!!わ~、一途だと思ってたのに夢を壊された~!!」
「そんなことないって・・・中学の頃も紗季さん以外とはほとんど話したことないし・・・高校は男子校だったし・・・。人生でまともに接した女性は、ほとんど紗季さんとその元カノくらいしかいなくて・・・。でも元カノが結構好みにうるさい人で、お店選びとか女性の接し方とかあれこれ細かく指示してきて、それで鍛えられたせいかな・・・。」
「ああ、じゃあ、今、あたしは元カノによる調教の成果を見せられてんのか~。しかも捨てられた後も、哀れな奴隷は女王様を忘れられずに、今でも忠実に教えを守ってて・・・それはキモいな~。ケケケッ・・・。」
あたしがビールを飲みながらからかうと、和央くんは真っ赤になって黙り込んでしまった。あっ、ちょっと言い過ぎたかも・・・。
「ああごめん。そういえば、あたしも和央くんのこと言えないや。5番目の元カレもそんな人だったし。結構年上でさ~、ああしろこうしろって指示が多くて・・・うんで純真な乙女だったあたしは、それを忠実に守ってファッションとか髪形も全部その人の好みに寄せてさ・・・。」
「ああ・・・じゃあ、今の紗季さんのファッションとかもその人の好みなんだ!?そのアニメに出てくる魔法少女みたいな・・・。」
「うんにゃ、そいつの好みは清楚系だったんだけどさ~・・・やっぱり無理に合わせてたんだと思うんだよね。別れた後は反動で、なんでも自分の好きなようにしようってなっちゃって、こんな感じの仕上がりよ。」
だから今日も安定の銀髪にヒラヒラのリボンがたくさんついたかわいい服である。
「そうなんだ・・・紗季さんはちゃんと立ち直って自分を確立してるのに、僕だけ未練がましく元カノの影響から抜け出せてないなんて情けないな・・・。」
「まあ、あたしは結構前のことだしね。急にしんみりすんなって!!ほら、明日は休みだからさ!休みの予定でも楽しく話してアゲてこうよ!!」
「僕は明日も仕事だけどね。紗季さんは明日の休みはどうするの?また昼まで寝て、お酒を飲んで、いつの間にかあたりが薄暗く・・・じゃあ寝るかってパターン?」
「いや、いつもそんなんじゃないから!この間電話もらった時だけ、たまたまそうだったってだけだし!!明日は久々に美妃子と二人で会って、アフタヌーンティーの予定だよ。いや~充実した休日、楽しみだな~。」
「ああ、そうなんだ。じゃあ今日は飲み過ぎないようにしないと・・・。」
「それとこれとは話が別だって!次はこのベルギービールとかにしようかな~。」
「・・・・またマーライオンみたいになっても知らないよ・・・。」
ゴンッ!!
しまった、思わずテーブルの下で和央くんの足を蹴ってしまった。しかも芯を食ったようで痛そうな顔してる。
まあでも、あたしと和央くんの仲だ、こんくらいだったら、ちょっと強めのコミュニケーション!別にいいでしょ!!
「そういえば、和央くんは土日休みなんでしょ?休みの日とかどうしてるの?」
「まあ、ランニングとかして、掃除して洗濯してクリーニング行って・・・、お昼ご飯にそばか何か食べてから、日帰り温泉とか行って読書しながらのんびりとか・・・。」
「なんだよ!!まさにおっさんの休日じゃん!もっとアクティブなことしなよ~!!」
「え~っ・・・おっさんだし別にいいじゃんか~。あっ!そうだ!今週の土曜日は、一翔さんに誘われてゴルフに行く予定なんだ。」
「へえ~、和央くんゴルフできるんだ。いいじゃん楽しそ~。」
「うん・・・それでゴルフの後に夕方から飲みに誘われてて・・・その飲み会には一翔さんの知り合いの女性が二人来るらしいんだけど・・・なんかちょっと気後れしちゃうというか・・・できれば紗季さんのお店が終わった後でもいいから来てくれると心強いんだけど・・・。」
和央くんは上目遣いで、控えめにこちらをうかがってくる。
「あ~、それはダメだ~。だって、美妃子が来るわけじゃないんでしょ?あたし、美妃子がいないところで一翔先輩と会わないようにしてるんだ~。」
「え~っ?どうして?一翔先輩だけじゃなくて、僕とか他の人も来るし・・・。」
「どうしてもダメなの!あっ、あれじゃない?他に女性二人ってことは、きっと独身の和央くんに誰か紹介してくれるつもりなんだよ~。じゃあ、むしろあたしが行かないほうがいいって!楽しんできな!」
「・・・うん・・・わかった・・・。」
よかった。あっさり引き下がってくれた。
こうやって事情を察してくれて深く詮索してこないところも、和央くんのいいところなんだよな~。
ん・・・?なんか、最近、和央くんのいいところばっか目につくような・・・。まあ、いいところが多い奴だから当たり前か。
しかし、休みの前の日だからか、今日は気持ちよく飲めるな~!もう一杯頼んじゃおっかな~!!