第4話 女たちは常に品定めしている
駐車場からバーベキュー場に移動すると、今日の参加者である剛士さんファミリー、正田さんファミリー、それから山本さん夫婦が既に到着していて準備を始めていてくれた。
「あっ、紗季ちゃん、おひさ~!相変わらず先進的なおしゃれしてんね~。」
「真紀さんも相変わらずお美しい、また少しやせました~!?」
さっそく声を掛けてくれたのは、剛士さんの奥さんの真紀さん、2個上の先輩で専門学生時代からたまに一緒に遊ぶ仲だ。
「紗季さん、こんにちは~。そのリボン、素敵ですね~!」
「あ~麻弥ちゃんも!!相変わらず美白だね~!」
麻弥ちゃんは4歳年下で、4年前に一翔先輩の友達の正田さんと結婚して、名古屋から引っ越して来てからの付き合い。
「あ~っ、紀子さん、ご無沙汰です~!その帽子素敵ですね~!」
「ありがと~!紗季ちゃんも、今日はどこぞの姫が現れたのかと思ったわよ~。」
紀子さんは一翔先輩の職場の同僚・・・だったかな?このあたりになるとあたしとの関係性はあいまいだ。
それでも、ひさびさに仲良くしてくれるツレの顔が見られて嬉しい。美容師してると他と休みが合わないから、なかなかゆっくり会う機会もないしね。
ずる休みしなくてよかった~!!
あっ、そういえば和央くんは大丈夫かな?
馴染めてるかな?
そう思って姿を探してみると、火おこしを手伝ったりしながら、正田さんとか剛士さんとかと、にこやかに話してる。
なんだ、初めての人と接するのは苦手とか言ってたけど、ちゃんと最低限の社会性は身に付けてるじゃん。中学の時なんか、いっつも誰とも話さずに本ばっか読んでて心配だから、あたしから絡みに行ってあげてたのに。成長したんだな~。
火おこしも終わり、肉や野菜も焼け始め、一翔先輩の乾杯の音頭で宴会が始まった。和央くんは肉を焼いたり、取り分けたりしてくれており、あたしはそれを横目で見ながら、遠慮なくクーラーボックスから冷えた缶ビールを取り出して飲むことにする。
「ねえねえ、そういえば紗季ちゃんが連れて来た人ってあの人?新しい彼氏?」
「そうそう、気になってたんですよ~。紹介してくださいよ~。どんな人なんですか?」
真紀さんと麻弥ちゃんが、さっそく興味津々で切り込んできた。紀子さんはテーブルの端にいて肉と向き合っているけど、耳だけはこちらを向けているようだ。
「中学のタメで、こっちに戻って来たっていうから誘っただけだって・・・。そんなんじゃないから・・・。」
「え~、でも彼って独身だよね~。同級生ってことは年もちょうどいいじゃん。パッと見るとちゃんとしてるみたいだし、これから発展すんじゃないの~?」
「そうですよ~。紗季さんも早く結婚してママ友トークしましょうよ~!」
「いや~、どうかな・・・。」
二人に悪気があるわけでないことはわかってる。常に恋愛するのが普通、いつか結婚するのが当たり前って価値観だから自然とそんな話題になるんだろう。あたしも何年か前までは、自分からそんな恋愛トークしてたくらいだし・・・。
「あ~、そうそう。私もそう思ってた。紗季とお似合いだと思うんだよね~。」
美妃子がストロング缶を持ちながら会話に入って来た。あたしは思わず身構えながらビールを飲み干し、新しい缶に手を伸ばす。
「さっきから気が利くし、子供たちの面倒もみてくれてるみたいだし、きっといい旦那さんになると思うんだよね~。」
美妃子の滑らかな口は止まらない。
ふと見ると、さっきまでお肉を焼いていた和央くんは、今は子供たちと鬼ごっこらしき遊びをしている。暑い中、元気が有り余ってる子供と遊ぶのは大変だろうに・・・。
「紗季ちゃんもこの集まりに連れて来たってことは、まんざらでもないんじゃないの~?」
美妃子のこの指摘で自分のうかつさに気づいた。お盆に開かれる一翔先輩のバーベキューは毎年恒例なのだが、あたしはこれまでに何度か、当時の彼氏とか彼氏候補を連れて来たことがある。だからそう誤解されるのは予想できたのに・・・。
「うわ~!じゃあ来年は紗季さんもご夫婦で来られるかもしれないですね~!」
「ハハッ・・・・。」
この会話の流れに逆らうのは、厳しい海で揉まれた後、産卵期に川に戻って来たメス鮭でも難しい。そうあきらめかけた時だった。
「でも・・・彼って市役所の臨時職員なんでしょ?結婚するんだったら、安定した仕事に就いてくれないと不安だよね~。」
美妃子は心配そうな口調だったが、口の端に少しイジワルそうな笑みが浮かんだのを見逃さなかった。まだそれを続けるのか・・・。
「あ~、そうなんだ・・・それだと不安だよね~。」
「だ、大丈夫ですよ。市役所は正規職員の中途採用もしてますし・・・。他にも正社員の採用があるかもしれないし・・・。」
耳だけこちらに向けていた紀子さんが慌ててフォローしてくれる。
「そうだけど・・・ちゃんと紗季さんとの将来のこと考えてるのかな~?」
いや、なんで4人の中であたしが和央くんと結婚するのが既定路線みたいになってるんだよ!!そう思いながらあたしは黙って缶ビールを飲み干す。
「・・・・ちょっと彼を呼んで聞いてみようか?ちゃんと将来のこと考えてるのか?って。」
「そうだね・・・。ほら、川本さんとこの幸子ちゃん、何年も付き合った彼氏がずっと期間工で、正社員になったらって言われ続けたけど、結局結婚できなくて、それで婚期を逃しちゃってさ・・・。そうならないようにちゃんとしてもらわないと!!」
「えっ・・・?いや、だから結婚どころか付き合ってもいないんだって。」
「でも、これから付き合うかもしれないんでしょ?だったら、その前に、私たちの目でちゃんと大丈夫な人なのか見極めないと!!お~い!こ~けつく~ん、ちょっとこっち来てよ~!!」
「や、やめてって・・・。」
あたしの気持ちと地獄が待っていることをつゆ知らず、呼ばれた和央くんはにこやかに微笑みながら女子テーブルに駆け寄って来た・・・。ああ、やっぱりこいつを連れて来るんじゃなかった・・・。
女子に公開裁判の場に引き出される和央くんを見てられないので、さりげなくその場から離れ、男たちのテーブルで飲むことにした。一翔先輩たちは来年春の祭りの準備という、あたしにとって1ミリも興味ない話題で盛り上がっていたけど、その分、飲み食いに集中できてちょうどいい。
たまに聞き耳を立てながら、ちらちらと和央くんたちのテーブルを見ると、「大学はどこなの~?」とか「前はどんな仕事してたの~?」とか、女子からの質問攻めに遭いながら小声で答えて、「すご~い」とか社交辞令でおだてられてる様子が見えた。
まあ、あの感じなら大丈夫か。あたしとの関係に関する変な誤解も和央くんがちゃんと説明してくれるでしょ。
しかし、青空の下で飲む冷えた缶ビールはうまいな~!
次はストロングにしよっかな~!
あっ、タンパク質補給するために牛肉もたらふく食べとかないと!