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第30話 緊急搬送

「いた、あっ、痛い、痛い・・・。」


夜中、お腹と背中の激痛で目が覚めた。これはいつもの下痢とか腰痛じゃない。

今までに感じたことがない激しい痛み・・・。


ジッとしているだけでも耐えられず、姿勢を変えては痛みをこらえ、また姿勢を変えることを繰り返しているうちに脂汗も出てきた・・・・。


「紗季?大丈夫?」


和央くんが目を覚まして心配してくれている。

だけど、痛みのあまり何も言葉が出ない。


「どうしよう・・・。救急病院に行く?クルマまで歩ける?」


問いかけに声も出せず、首を振るのが精いっぱい・・・。


「うぐ~っ・・・。」


しばらくして、遠くからサイレンの音が聞こえて来た。


「あっ、こっちです!すぐにお願いします!!」


あれ、和央くんが誰かとしゃべってる・・・・。

うぐ~・・・。


そのままあたしは救急車で病院に搬送された。

点滴をしてもらって少し痛みは和らいだけど、それでも激痛のあまり声も出せない。


「紗季・・・紗季・・・。」


和央くんが隣で手を握ってくれている。ああ、ずっと付き添ってくれてたんだ。


その時、シャッとカーテンが引かれて、白衣を着たお医者さんが入って来た。


「検査の結果、卵巣が大きく腫れ上がっていることがわかりました。おそらく腫瘍があってそれが破裂したか、ねじれているか・・・。すぐに手術しましょう。ご主人ですか?」


「いえ・・・違います・・・。」


「じゃあ、至急、ご家族の方を呼んでください。説明して手術同意書にサインもいただかなきゃいけないので。」


「はい・・・。」


あたしは一瞬、ママと和央くんを会わせるのはまずいと思ったけど、まだ激痛は続いていて、とても自分で電話できない。

しょうがないのでスマホのロックだけ解除して和央くんに渡した。


・・・・・その後どうしたのかわからない。

気づいたらママがベッド脇に立っていて、和央くんの姿は見えなくなっていた。


「すぐに卵巣を摘出する手術をしましょう。」


「・・・・まだ嫁入り前の娘なんです。なんとか手術しないで卵巣を残せませんか?」


「悪性腫瘍かもしれません。それが破裂したら取り返しがつかなくなります。」


「・・・わかりました・・・お願いします・・・。」


お医者さんとママの話は、どこか遠くの方で話している他人事のように聞こえた。


それから、手術室で麻酔をかけられ、目を覚ましたら病室のベッドの上だった。


「あっ、目が覚めた?」


ベッド脇では和央くんが座って文庫本を読んでいた。


「着替えとか、スマホの充電器とか持ってきたよ。他に何か欲しいものがあったら何でも言ってね。あと、売店で入院セットを頼んできたから、あとで届くと思うよ。」


和央くんが色々話してくれたけど、まだぼんやりして、あまり耳に入って来なかった。

声も出ない。


これからあたしどうなっちゃうんだろう・・・・。頭の中ではそればかり考えていた。


「サロンは・・・?」


「香澄さんと和馬さんに連絡しといたよ。当分は二人で頑張るからゆっくり休んでって言ってたよ。だから大丈夫!!」


ようやく絞り出したか細い声に、和央くんはこぶしを握りしめて力強く答えてくれた。


よかった・・・そう言おうとした瞬間、お腹の傷が引きつれて痛んだ。そうだった、手術したんだった・・・。


「卵巣・・・なくなっちゃった・・・。」


「先生が、卵巣はもう一つあって、そっちが摘出した方をカバーして働いてくれるって言ってたよ。だから大丈夫!!」


また和央くんが力強く言ってくれた。握りこぶしも二つに増えた。


「腫瘍・・・ガンかな・・・。」


「今、検査してるらしいけど、大丈夫!!きっと大丈夫!!!」


和央くんは両手の握りこぶしを力強く上下にブンブン振った。


「根拠ない・・・。」


「大丈夫!!ちゃんとお願いしたから・・・。」


和央くんは「ちょっと待ってて」とあたしに笑いかけながら、ベッドを一周して反対側の枕元の方に歩き、振り返った。彼が胸に抱いていたのは、クリスマスにプレゼントしたリリハナちゃんのぬいぐるみだった。


「彼女にお願いしたんだよ。きっと魔法の力で助けてくれるよ!!」


「・・・うれしい。元気出る。」


「フフッ・・・リリハナちゃんと和央の魔法できっと大丈夫。リリハナルルル~ン!!」


「・・・・お取込み中すみません。紗季と話があるので少し外してもらえますか・・・?」


「ママ・・・・。」


あたしからは丸見えだった。人の悪いママが音もなく背後に忍び寄って、だいぶ前からタイミングをうかがっていたのが。そして、よりにもよって和央くんが人差し指でハートを描き、魔法の言葉を唱え終わるという、一番恥ずかしいタイミングで声をかけてきた。


真っ赤になった和央くんは「す、すみません」と言いながら慌てて病室から出て行った。


「はあっ・・・。いい加減にしなさいよ・・・。」


「ごめん・・・。」


ママは口調こそ呆れていたけど、慈しむような目をしていて心から心配してくれた様子が伝わってくる。


「忙しいのに不規則な生活して暴飲暴食・・・。ちゃんとしないからこうなるのよ!!」


「うん・・・ごめん・・・。」


本当に返す言葉もない。素直に謝るしかない。


「退院したらうちに帰ってきなさい!!心配で見てられないわ!」


「・・・うん・・・でも・・・。」


ママは少し曇ったあたしの表情から躊躇を敏感に察知したようだ。


「・・・・さっきの人が纐纈さん・・・。一緒に暮らしてるんでしょ。これからもあの人と一緒に暮らすつもりなの?」


ギュッと目をつぶってうなずいた。

きっと、これまでと同じように、また怒鳴りつけられるだろう・・・。

そう覚悟して待っていたけど、いつまで経ってもママの怒声は聞こえて来なかったので、おそるおそる目を開けた。


あたしを見下ろしているママの顔には、これまでのような怒りの色は見えなかった。代わりに何とも言えない憂いを帯びているように見える。


「・・・・纐纈さんから連絡をもらって、紗季の手術を待つ間に話して・・・。あの調査報告書が間違っていたことはわかったわ。実は育ちのいい、ちゃんとした人だったのね・・・。紗季のことをずっと考えて心配してくれて誠実で・・・。」


「ママ・・・・。」


やっと和央くんのことをわかってくれた。

よかった・・・。そう思って感謝の言葉を伝えようとした瞬間だった・・・。


「だから・・・だからこそやめておきなさい・・・。」


「えっ・・・どうして?」


ママの言葉は冗談には聞こえない。むしろ目に涙をためて真に迫った表情をしている。


「紗季はいい子よ。だけど、あんな育ちの良さそうな人とずっとうまくやっていける?しかも、紗季は手術して、卵巣も摘出してしまって、子どもだって・・・。」


「・・・好きだって言ってくれてる・・・。」


弱々しくしか言い返せないのは病み上がりのせいだけじゃない。あたしも実は心の中では自信を持てなかったからだ・・・。


「パパは・・・直紀さんも、まだ若かった私に恋をしてた時はそう言ってくれた。頭が悪くて別に美人でもない、こんな私でもかけがえがない存在って言ってくれた。私も、彼のずっと大切にしてくれるって約束を無邪気に信じられた・・・。だけど・・・。信じたのに最後にはあんなことに・・・。」


ママはそのまま嗚咽を漏らし、ハンカチを口に当てながらベッド脇の椅子に座り込んだ。あたしは泣き続けるママをぼんやりと見つめるしかなかった。


「私は、かわいい紗季に・・・私と同じ思いをして欲しくない。大切な人を信じ切ってから、裏切られて奈落の底に落とされるなんて悲劇を味わって欲しくない・・・。」


「・・・・・・。」


12歳のあの日から、ママからは何度も同じ愚痴を聞かされている。だからあたしもずっとそう思い込んできた。

素敵な人はあたしを本当には好きにならない。一瞬だけ好きになっても、いつかどこかへ去って行ってしまう・・・。


「紗季の部屋はずっとそのままにしてある。だから、いつでも帰って来てね・・・。」


そう言い残して去ったママの後姿を見送り、天井に視線を移した。


「和央くんはパパと違う・・・あたしはママと違う・・・。」


口に出してみたその言葉は、病室の静寂な空気の中で虚しく響くだけだった。


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