第3話 結婚マウント
「あ~あ・・・せっかくの休みなのにだるいな~・・・。」
8月13日(火)午前9時、今日からサロンもお盆休み。
久々の長期休みの初日なのに朝から気持ちが沈んでる・・・。
「友達との約束って、当日に急にめんどくさくなるって、あるあるだよな~・・・。」
なんかちょっと体調もいまいちだし、さぼっちゃおっかな~?と思いながらベッドでゴロゴロしてスマホを見てると、ふと和央くんの顔が思い浮かんだ。
「あっ、あいつも同じこと考えてさぼるかもしれない。先にメッセで釘刺しとくか!『今日、さぼんなよ・・・』っと・・・。」
そう送ってもう一寝入りしようかと瞼を閉じかけると、すぐにメッセの着信音で起こされた。
『当たり前だって。クルマで行くけど、自然公園の駐車場で待ってればいいかな?』
「おっ・・・無職のくせに生意気にもクルマ持ってんのか。しゃーない。あいつを一人にするわけにはいかんから、行ってやるかね・・・。」
そうつぶやいて、スタンプで『OK』とだけ送ると、身支度のためベッドから起き上がった。たしか、10時過ぎに一翔先輩と美紀子がクルマで迎えに来てくれるって言ってたな・・・。
★★
「紗季ちゃ~ん、髪編み込みにしてよ〜。」
「あいよ~、美瑠玖ちゃんは髪がサラサラだから腕が鳴るな~。」
一翔先輩が運転するアルファードの2列目シートで、一翔先輩と美妃子の愛娘の美瑠玖ちゃんとじゃれあってると、朝方落ち込んでた気持ちも少しアガッてきた。
最初は気が乗らない約束でも、いざ行ってみると楽しくなるのも、あるあるだよね~。
「紗季~、ごめんね。美瑠玖の面倒みさせちゃって。」
「いいっていいって!こっちが遊んでもらってんだしさ!」
助手席に座ってる美妃子は中学、高校のタメで親友だ。一翔先輩と6年前に結婚して、その後すぐに美瑠玖ちゃんが生まれたから、美瑠玖ちゃんはもう5歳くらいになるのか~。
オクラとよその家の子は育つのが早いって博多華丸が言ってたけど納得だわ~。
「紗季ちゃんの髪、魔法少女リリハナみたいでかわいい〜!ママ~、あたしも紗季ちゃんみたいな髪にしたいよ〜。」
美瑠玖ちゃん、うれしいこと言ってくれんな〜と思ってたら美妃子にピシャリと却下された。
「だめよ!紗季のファッションは特殊な人にしかできないの!!」
「そうそう!あたしは特殊な訓練を受けて、このヘアスタイルとファッションにしてんだから。美瑠玖ちゃんも大きくなったらね。」
ちなみに、今日のあたしの髪形は銀髪ボブに金色リボンをあしらっている。
内緒だけど、さっき美瑠玖ちゃん言ってた魔法少女リリハナちゃんに寄せている。ちなみにワンピースにも、ちょっと魔法少女っぽいひらひらリボンを取り入れてみた。
アラサーでこれはキツイなんて異論は一切認めない。
「でも、ほんと紗季は子供好きだよね~。早く結婚すればいいのに~。」
美妃子のさりげない言葉がチクリと胸に刺さる。
「いや~、相手がいないことにはね~。」
「え~紗季はいいママになりそうなのに・・・。マチアプとかもうやってないの?」
「はは・・・。もうログインすらしてないし・・・。」
「え~っ、じゃあ一翔~、だれか紹介できる人いない?」
あ~・・・気が乗らなかった原因の一つが早くも出ちゃったよ~。
美妃子は二人でいるといいやつなんだけど、一翔先輩と一緒だとやたらマウントとってくんだよな~。
まあこうやって美妃子がマウント取るのは、あたしのせいでもあるから我慢するしかないんだけど・・・。
「そうだな~。あっ、そういえば今日来る紗季ちゃんのツレ、男なんだろ?もしかしていい感じの人とかじゃね~の?」
一翔先輩がバックミラー越しにチラリと視線を送ってきた。
「あ~、そんなんじゃないですよ。中学の頃の同級生なんですけど、この間、うちのサロンに来てくれて、それで来月から市役所に勤めるらしいから一翔先輩に紹介しようと思っただけで、全然そんないい感じじゃないっす~。」
「へ~、中学の同級生ってことは、私も知ってる人かな?だれだれ~?」
「あ~、纐纈和央って名前の。」
「こ~けつ?う~ん・・・?」
美妃子が首をかしげている。あれっ?美妃子も同じクラスだったはずだよ?
「ほら、いつも席で本読んでて、メガネでちょっと太ってて・・・。」
「あ~!思い出した!紗季がいっつも絡みに行ってた大人しそうな子だよね!へえ~!そういえばあの頃からいい感じだったじゃん!いつも夫婦漫才みたいに話してて・・・。そっか~、あの子か~!」
ああ・・・美妃子が悪そうな顔をしてる・・・。これは格好のマウント材料を与えちゃったかもしれない・・・。
「いや、本当に何ともないんだって・・・。」
「そっかな~!?わざわざうちらの集まりに連れて来て紹介するってことは何かあるんじゃないの~?」
「いや・・・ほら来月から市役所で臨時職員として働くらしいからさ・・・一翔先輩に紹介したくて・・・。」
「え~っ?臨時?じゃあすぐに結婚とか厳しいか~。」
「う~ん。美妃子と同級生ってことは30歳くらいだろ?それで臨時だとどうかな~・・・。それくらいになると正規職員として採用されることはほとんどないしな~。」
ああ、美妃子のマウント話題に一翔先輩まで乗り始めた・・・。
「あっ、でもさ!紗季は美容師で稼いでるわけだしさ!紗季が支えてあげるってのもあるよね!!あるある!」
「あるある~!」
ああ・・・美瑠玖ちゃんまで・・・。
もうこのクルマから逃げたい。早く自然公園に着いてくれないかな~。三人に見えないようにこっそりため息をついた。
車内での結婚マウント地獄に耐えること40分、ようやく山の中にある自然公園に到着してくれた。
「おっ、剛士のレクサスがある。あっ、正ちゃんのランクルもある。みんなはえ~な~。」
一翔先輩が駐車スペースを探しながら、友達の愛車を目ざとくチェックしている間、あたしは隅の方に止められた軽自動車の前に、見覚えのある人が立っているのを見つけた。
「おっ、あの軽自動車の隣空いてる。ちょっと遠いけど広いしあそこにするか。」
運悪く、その隣の駐車スペースしか余裕を持って駐車できそうになかったので、一翔先輩はそこにクルマを停めるようだ。
「あっ!星ヶ丘さん!おはよう。」
クルマから降りたあたしに歩み寄って来た軽自動車の持ち主は、やはり和央くんだった。
「あれっ?もしかして彼がこ~けつくん?」
あたしに続いてクルマから降りて来た美妃子が目ざとく彼を見つけた。
「ああ、はい。纐纈和央と申します。今日は急に参加させていただいてすみません。よろしくお願いします。」
「ああ・・・うん。へえ~・・・だいぶ感じ変わったね・・・。」
あれ?なんか美妃子が戸惑ってる・・・。
もしかして中学の時の眼鏡でデブの和央くんのイメージでいたから、今のシュッと痩せて、地味だけど多少かっこよくなった姿は想像してなかったとか?
和央くん、ナイス!一矢報いたぜ!いや、関係ないけど。
「お~っ、君が纐纈くん?俺は吉川一翔、こっちが嫁の美妃子で、あと娘の美瑠玖。市役所の職員になるんだって?よろしくね!」
一翔先輩がフレンドリーに手を差し出し、和央くんと握手してる。
とりあえず一翔先輩を紹介するって目的は果たせた・・・。
「はい。1年間の任期付きですけど、来月からよろしくお願いします。」
「私のこと覚えてる?中学の時同級生だったんだけど。今では一翔と結婚して吉川になってるけど、旧姓は榊原だった・・・。」
「ええ、もちろん。星ヶ丘さんと仲良しでしたよね。今日はよろしくお願いします。」
美妃子に頭を下げると、その後、和央くんは律義にも美瑠玖ちゃんにも丁寧に「纐纈和央です。よろしくね。」と自己紹介をしていた。真面目な人なんだな~。
あれ?一翔先輩と美妃子が和央くんのクルマを見て一瞬だけど少し悪そうな笑いをした。
あ~あ、軽自動車なんかで来るから・・・このあたりでは乗ってるクルマで格付けされて、軽自動車なんかに乗ってたらなめられるから、軽ならバスで来た方がマシだって和央くんに教えといてあげればよかった・・・。