第27話 実家訪問(後編)
・・・・そんなこんなで過ごしていたら、楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。
あまりに楽しくて、和央くんが、そろそろ帰ろうかと言い出した時には少し名残惜しくて、「え~っ!!」と言いそうになったくらいだ。
「ああ、そうそう。帰る前に、紗季さんと二人で少し話したいんだけどいいかしら。」
お義母さんに突然そう言われたのは、本当に帰る直前、まさに腰を上げようとした時だった。
そうだった。すっかり我を忘れて遊んでたけど、今日は別に遊びに来たわけじゃなかった。
あたしは和央くんの家族にどう評価されたんだろう・・・。急に不安がこみあげてきた。
案内された部屋はフローリングにラグが敷かれ、ソファと肘掛椅子とローテーブルが並べられた洋間だった。テレビとかでしか見たことないけど、応接間というやつかな・・・?
部屋に入った瞬間に目に入ったのは、白い壁一面に掛けられた纐纈家の家族写真だ。
まだ若いお義父さんお義母さんの写真、子どもの頃の和央くん、お姉さん、弟さんの写真、お姉さん夫婦の写真。弟さんと和香子さん夫婦と3人のお子さんの家族写真、あの年季の入った写真はおじい様、おばあ様かな?
みんな絵に描いたように幸せそうで、いかにも育ちが良さそうで、立派な人たちに見える。
・・・・・もしも、もしもだけどあたしが和央くんと結婚したら、ここにあたしの写真が飾られるのかな?
でも、あたしでもわかる。もし魔法少女みたいなあたしの写真がここに並べて掛けられてたら完全に場違いだよね。やっぱりこの家に相応しくないのかな?
「紗季さん、こちらに座ってくださる?」
その声に我に返ると、お義母さんの表情がさっきまでの柔和な感じとはまるで別人みたいに厳しく張り詰めていた。
もしかして「今日みたいな態度では嫁に相応しくない」とか注意されたり・・・いや、もっとストレートに「あなたはこの家には合わないし、結婚を許すつもりはない!!」とか言われたりするのだろうか!?
実は前に結婚話があった元カレの時も、お姑さんから似たようなことを言われたことがあるんだよね・・・。
それを思い出してビクビクしながらも、言われるがまま示された一番奥の方にある肘掛椅子に座った。
その瞬間、お義母さんがさっと動く。ビクッ!!
「・・・・・紗季さん・・・ありがとう。」
気づくとお義母さんが深く頭を下げていた。おでこがローテーブルにくっつくんじゃないかと思うくらい深く、深く。
あたしは一瞬呆然とした後、はっと気づいて椅子から飛び上がり、「頭をあげてくだひゃ~い」と裏返った声を出してしまった。
「いいの。頭を下げさせてください。紗季さんがいなければ、あの子はどうなっていたか・・・。」
「いえ、そんな・・・。あたしは本当に何もしてなくて・・・。」
「いいえ。母親の目から見れば紗季さんが、どれだけあの子の支えになっているかわかります。思えば、6年前、和央は・・・あのお嬢さまみたいな子に無理に合わせようとして、どんどんおかしくなっていって、ついには相手の家に養子に入るなんて言い出して・・・。あの時は悲しかったわ・・・。しかも結局、破談になって挫折してボロボロになって帰って来て・・・。でも、紗季さんと交際を始めてから、ぐっと明るくなって元気を取り戻すことができて。全部、紗季さんのおかげです。ありがとう。これからも末永くよろしくお願いします。」
「そんな・・・あたしの方が和央さんには助けられてて・・・。こちらこそ、よろしくお願いします。」
お義母さんがまた深く頭を下げてきたため、あたしも同じくらい深く頭を下げる。そのまま何秒経っただろう。やっとお義母さんが頭を上げてくれた。
「それで、紗季さんにお願いがあります。もしこれからも和央と末永く一緒にいていただけるなら・・・これだけは必ずお願いしたいことです。」
「・・・はい。」
頭を上げたお義母さんの顔は真剣なままだった。あたしも思わず息を飲む。
もしや纐纈家の伝統とか、嫁の心得とかだろうか・・・?
それって、あたしにできることだろうか・・・。
固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「・・・纐纈って・・・練習して漢字で書けるようにしておいてもらえるかしら・・・?」
「・・・はっ、えっ・・・?」
「ほら、纐纈って書くの難しいでしょ、私もうろ覚えだからよく間違えちゃって・・・。二代続いてそれだとちょっとね・・・。だからそれだけしっかり練習しておいてもらいたいの。もし紗季さんが纐纈って漢字で書ければ、うちとしては十分。それ以上望むことはないわ。」
そう言ってお母さんは口に手を当ててホホホッと明るく笑い出した。それを見てあたしは表情を引き締める。
「・・・・・大丈夫です。中学生の時にたくさん纐纈紗季ってノートに書いて練習したので、もう完全にマスターしています。」
そう答えると、お義母さんは、「あら、そんな前から?」と言って目を丸くし、あたしが「ええ、釣り合わないと思ってあきらめてましたけど」と答えて、二人で声を上げて笑った。
――
「お父さんもお母さんも紗季のことを気に入ったみたいだね。実は、僕もちょっと不安だったけど、安心したよ~。」
帰りのクルマを運転する和央くんは肩の荷を下ろしたような、心底ほっとしたような表情をしている。あたしもすっかり力が抜けてしまった。
「うん。あたしも不安だったけど、いいご家族だよね。みんな仲が良くて・・・。ほら、うちはパパが出て行っちゃったからさ、特にお義父さんお義母さんが仲良しでうらやましくて・・・。」
「ああ、今はね。でも、昔は色々あったんだよ。」
「えっ?お義母さん、ずっとお義父さんとラブラブだって言ってたけど・・・。」
「ハハッ・・・。そんなこと言ってるんだ。でも、僕が小さい頃は、派手に夫婦喧嘩して僕らを連れて実家に何か月も帰ったこともあったし、逆にお父さんが全然家に帰って来なくなったり・・・。弟が大学生になった時は、別居の準備もしてたみたいだよ。ほら、さっきは『纐纈』って書きにくいから外では旧姓を使ってるなんて言ってたけど、それも実は離婚に備えてのことだったみたいだし。」
「ええっ~!!うそでしょ!今ではあんなに仲良しそうなのに!!」
「うん、その度に話し合って仲直りして、今はあんな感じに落ち着いたみたい・・・ほら、お正月の旅行の時のこれ覚えてる?」
和央くんはキーケースに付けられたキーホルダーを手渡してきた。
そこには百人一首にある崇徳院の短歌、『瀬をはやみ岩にせかるる滝川の割れても末にあはむとぞ思う』が書かれている。
「お正月にこの歌の話が出た時、紗季との中学時代のことも思い出したけどさ、本当は両親のことも思い出したんだ。あの二人も何度も割れたけど、最後には一緒に仲良く暮らせる関係になったって・・・。だから、僕と紗季も、もしかしたら色々とケンカするかもしれないけど、僕の両親みたいに一緒に乗り越えて、末にあはむとぞ思うって関係になれたらなって思って、それでそのキーホルダーを買ったんだ・・・。」
和央くんをじっと見つめてみた。和央くんは運転してるので紗季の方を見てはくれないけど、その横顔は凛々しく何かを見つめている。
これから紗季と和央くんの間には、色々なことがあるかもしれないけど、和央くんはあのご両親を見て育ったんだもん。きっと同じように乗り越えられる。何度割れても必ず一緒になれる。その横顔を見ながら、ふいにそんな未来が見えた気がした。
「今度、うちのママにも会ってもらえる・・・?」
和央くんの太ももに手を置いて、思い切ってそう伝えると彼は何も言わないまま少し微笑み、小さくうなずいた。




