第26話 実家訪問(中編)
家に着いて驚いた。
うわ~、思ったよりも立派な家・・・というか歴史的建造物でビビる。
なにこれ。洋館?鹿鳴館?入るのに入場料取られたりしない?
「ただいま~。」
ビビるあたしを尻目に、勝手知ったる感じで・・・というか実家だから当然だけど、玄関から遠慮なく奥へ入って行く和央くんの後に続く。
意外にも内装は普通の家って感じ。とりあえず入場料はいらないみたいなので財布はしまっておこう。
玄関で靴を脱ぎ、先に立った和央くんが、がらりと奥の引き戸を開けると、そこには襖を開け放って一部屋にしてある二間続きの和室があった。
うわ~、この和室だけであたしの実家のアパートより全然広いや。
その部屋の、お寿司とかオードブルとかごちそうが並んでる座卓の向こう、奥の方に鎮座してるのが和央くんのお父さんだろうか?
柔和で優しそうな笑顔が和央くんにそっくり。
あたしは小声で「星ヶ丘です。はじめまして。」とペコペコ頭を下げながら部屋に入る。
あっ、オチビさんたちが3人いる。甥御さん、姪御さんかな?大人しく座ってて偉い。
「あっ、紗季さん、お久しぶりです~。」
「あらあら、紗季さん、いらっしゃ~い。」
お盆を持ちながら入って来たのは和央くんの義理の妹の和香子さん。うちのサロンによく来てくれるお客さんでもあるからよく知っている。
もう一人、ニコニコと手を振ってくれてるのも、同じくうちのサロンのお得意さんの川口さんか・・・。
こうやって見知った顔がいるだけでも少しほっとするな・・・・。
・・・・って、川口さん?なんでここに?
神妙に会釈した後、物凄い勢いで二度見して、凝視し始めたあたしを見て、川口さん(?)はおかしくなったのか手を口に当てながらコロコロと笑い出した。
「ごめんなさいね~。ずっと言おうと思ってたんだけど。和央の母の、川口まどかこと、纐纈まどかです。実は外では旧姓を使ってるのよ。ほら、纐纈って字画が多くて書きにくいでしょ?その点、川口って、線を三本と四角を書けばいいだけだから楽で、つい・・・。」
「ほ、ほえ~・・・?」
つ、つまり川口さんが、和央くんのお母さんだったってこと?
ちょ、ちょっと、焦る。だって、知らずに和央くんとのラブラブなエピソードとかいっぱい話しちゃったよ!!
「ちょっと、母さん、そういうのやめなよ・・・。」
明るく弾けるように笑い続けるお母さんに、和央くんがジト目を向ける。
「悪気はなかったのよ~。ほら和央から紗季さんの美容室を紹介された時は、まさかその後交際するなんて思いもよらなかったから。それで、いざ交際するってなってからから急に『実は和央の母でございます。』なんて改まって言うのもちょっとどうかな~って思ってついつい。ごめんなさいね。」
川口さん改め、和央くんのお母さんである纐纈まどかさんは、手のひらをこすり合わせながら軽い調子で謝った後、「じゃあ座って座って」といいながら、あたしたちを急き立てて真ん中の方の座布団に座らせた。温厚そうなお義父さんが座っている向かいの席だ。
「紗季さん、はじめまして。和央の父の和博です。よろしくお願いします。紗季さんはお酒を飲めるのかな?」
「あっ、ご挨拶が遅れてすみません。星ヶ丘紗季です。いえ・・・あのお酒は嗜む程度ですので・・・。」
本当は大好きだけど、今日のような大事な時に酔っ払って醜態を晒すわけにはいかない。お酒は遠慮しよう。
「あらあら、紗季さんはビールがお好きなんでしょ?毎日3本は飲まないと寝られないって。特に濃いビールが好きだっておっしゃってたから、黒ビールをたくさん用意したのよ。紗季さんが飲んでくれなきゃ困っちゃうわ~。」
和央くんのお母さんが黒ビールの缶を文字通り山積みにして持ってきた。
そういえば前にサロンでそんな話をしたような・・・。
あかん。ネタが割れてる・・・。
「じゃあ、かんぱ~い。紗季さん、お寿司は好き?それともお肉がいいかな?」
「・・・えっと、あたしはなんでも・・・。」
「紗季は牛肉が好きだよ。」
和央くん!ちょっとよく見なさいよ!テーブルの上には牛肉料理なんかないんじゃんか・・・。
「あらあら、そうなのね。あっ、そうだ!ちょうどいい飛騨牛があるのよ・・・あなた焼いてあげたら?」
「そうだな・・・よいしょっと・・・。」
そう言ってお義父さんが立ち上がったので、あたしはさらに恐縮してしまった。
「いえ、いいんです。お義父さんにも悪いですし・・・。」
「いいのいいの。あの人がそうしたいんだから。むしろ、私が料理下手だから、高い肉には手を触れるな~なんて言うのよ。ひどいわよね~!」
またお義母さんがおかしくてたまらないといった調子で笑い出した。座ったままリズミカルに体を前後に揺すって本当に楽しそうだ。
「そう言えば、お義母さん、この間、高いお肉をまる焦げにしてダークマターを作り出してましたもんね。」
お義母さんの向かいに座った和香子さんが軽い口調で参戦してくる。
「そうなのよ~。年のせいかしらね~。暇つぶしにスマホでドラマ見ながら焼いてたら、熱中しちゃって、いつの間にか真っ黒で、ホホホッ・・・。」
「いや、肉焼きながら暇ってどんな状況ですか?料理に集中してくださいよ~!!」
すごいな~和香子さん。こんな気軽にお姑さんをいじって大丈夫なんだ・・・。
しかもお義母さんもまったく気にしてない。仲良しなんだな~。
嫁姑と言えば、おしんに出てくるような剣呑な関係しか思いつかないあたしにとって、こんな仲良しな嫁姑がいるなんて信じられん・・・。
「まどか~、ちょっと手伝ってくれない?」
「む~り~。紗季さんと話してるんだから、そっちで何とかしてよ~。」
どひゃ~、お義父さんの扱いもまた、雑!!
あっ、お義母さんと和香子さんはデンッと座ったままなのに、和央くんが立ち上がって手伝いに行ってくれた。
「おどろいたでしょ~?うちの男たちはみんな優しいのよ。私の教育の賜物ね!紗季さんも和央をこき使ってやるといいわよ!!」
「ええ、今日は仕事ですけど、うちの博則もいつも何でもやってくれますし、楽ですよ~。」
お義母さんと和香子さんが、「ね~っ!」と声を合わせている。
へ、へ~、なるほど。和央くんが気が利くのは聡子さんの教育のせいかと思ってたけど、既に家庭でその下地が作られてたのかな。
「はいよ。お肉焼けたよ~。」
和央くんが鉄板にステーキをのせて戻って来た。うわ~、肉汁ジュージューでおいしそ~!!
「さあさあ、遠慮しないで食べて!気に入ったらあいつにどんどん焼かせるから。」
「は、はい。ありがとうございます。」
肉を頬張りながら、振り返ると和央くんが、甥御さんの海斗くんと空斗くんにしがみつかれている。
「かずお~、スマブラやろ~。」
「やろ~。」
和央くんは、「仕方ないな~」と言いながら、でも嬉しそうにいそいそとテレビにゲームをセットする。
「ごめんなさいね。紗季さん。うちの子たちが和央さんを連れてっちゃって・・・。いつも遊んでいただけるから、今日も朝から楽しみにしてて・・・。」
「そうそう、和央は意外と子ども好きだし、子どもに好かれるのよね~。」
妹さんとお義母さんの言葉に、去年のお盆のバーベキューで和央くんが、ツレの子どもと仲良く遊んでいた姿を思い出した。確かに子ども好きで面倒見がいいのかな・・・。
「あっ、カズオ、知らないハメ技やめろよ~、卑怯だぞ~!」
「ハメ技も立派な技だから。ハメられる方が悪いんです~。悔しかったらネットで対策学びな。」
・・・いや、ただ単に和央くんも子どもなだけかもしれない・・・。
でも、この光景、小さなころを思い出す。よくパパと一緒にぷよぷよとかやったな~。
そう思いながらぼんやりとゲームをしている様子を見ていると、ひとり離れていた姪御さんが、ママである和香子さんの方に近寄って、何か耳元で囁いている。
「あらあら。じゃあ春香からお姉さんに直接聞いてみたら?」
和香子さんは笑いながら春香ちゃんの背中をポンと押したけど、おチビさんはママの肩にしがみついたまま、こちらの方を遠慮がちに見つめているだけだ。何か言いたそう・・・。
「なになに?どうしたの?春香ちゃん。あたしに何か聞きたいの?」
かわいいな~と思いながら、努めて優しい笑顔と声でこっちから話しかけると、おずおずと小さな声で答えてくれた。
「も、もしかして、リリハナちゃんですか?」
キ、キャ~ッ!!うれし~!!この子には、あたしがリリハナちゃんに見えてるんだ~!!
ずっとリリハナちゃんに寄せて来たあたしにとって、こんな嬉しい褒め言葉ないよ~!!
「そうだよ~。和央くんを幸せにするためにこの街にやって来たんだよ~。」
お礼に本物のリリハナちゃんを意識したキリっとした表情で答えてあげよう。
「えっ?えっ?もしかして本物のリリハナちゃん?」
春香ちゃんは驚いてそのままママの後ろに隠れてしまったけど、それでもチラチラとこちらを見て来る。
「あ、あのリリハナちゃんみたいになりたい・・・魔法を教えてもらえませんか・・・。」
「もちろんいいよ~~!」
そのまま春香ちゃんと一緒に指でハートを描きながら、「リリハナルルル~ン!」と魔法の言葉を唱えたり、お絵かきしたり、リリハナリボンを春香ちゃんの頭に付けてあげたりして遊んだ。
小さなリリハナちゃんみたいになった春香ちゃんはすごくかわいい。連れて帰りたいくらい・・・。
「ホホッ、楽しそうね。じゃあそろそろ和央の秘蔵写真の公開よ~。」
いつの間にかお義母さんがアルバムを持ってきていた。
「えっ!みた~い!春香ちゃんも一緒に見ようよ~!」
さっそくアルバムを広げて春香ちゃんと覗き込む。あっ、和央5歳って書いてある。
あれ?うんっ?これちょっと!
「あ~、カズオがムチムチ~!」
「ムチムチのデブだ~!」
いつの間にか海斗くんと空斗くんが後ろから覗き込んできた。
「ちょ、ちょっと!!やめてよ。太ってる頃の写真恥ずかしいからやめてよ~。」
「いいじゃないの~。あの頃は子熊みたいでかわいかったのに、いつの間にかこんなに痩せちゃって・・・。ねえ、紗季さんもかわいいと思うでしょ?」
「はい!!すごくかわいい!!」
「ちょっと、紗季もやめてよ~。そんな見え透いた嘘言わなくていいから・・・。」
慌ててアルバムを回収しようとする和央くんに心の中で語りかける。
ウソじゃないよ。
今のシュッとした和央くんも大好きだけど、この頃のムチムチ和央くんもかわいくて好きだ~~!!




