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第25話 実家訪問(前編)

「ただいま~。あ~、やっぱりおうちが一番だね~。」


留守の間に何があったかを知らない和央くん。ひねりのないのん気なセリフに「こっちは大変だったんだぞ!」と、ちょっとイラつく。


「あっ、これお土産。地ビールと温泉饅頭。いや~、疲れた。とはいっても、温泉に入って宴会しただけだけどね。」


「・・・・・。」


あたしは無言のまま地ビールを受け取り、わざとゴトッと音を立てて床に置く。

でも和央くんは、あたしの機嫌に気づかないのか、お茶を入れて勝手にお土産の温泉饅頭を食べようとしている。


「ちょっと待って・・・実は聞いて欲しいことがある。」


「うん・・・・。」


あたしは床に正座し、黙って目の前の床を指さす。

和央くんは一転して神妙な顔になり、あたしが指さした所に素直に正座する。

ただ事でないとようやく察してくれたようだ。


「・・・実は、和央くんが留守の間に、あたしのサロンに聡子さんが訪ねてきました。」


「ええっ・・・!」


のけぞって驚く和央くんに構わず、聡子さんとの話を順を追って淡々と説明すると、和央くんは腕組みをしながら考え込んだ・・・。


「つまり・・・さと、成城さんはまだあきらめてないと・・・あんなはっきり伝えたのに・・・。」


「うん・・・。あたしも話の流れから和央くんが説明してくれたとおり、きちんと聡子さんに別れを告げて、連絡も絶ってたことはわかったんだけど・・・でも、どうしてあの人はあんなに自分に都合の良いように解釈してるの?」


「・・・それは・・・そういう人だからとしか言えなくて・・・。」


和央くんが戻ってくるまで、聡子さんとのやり取りを何度も頭の中で思い返してみた。


どう考えても、聡子さんにとっても、和央くんと別れていることは明らかなはずだ。

でも、あの人は何を言っても、自分の都合の良いように解釈して、終始会話のペースを握られっぱなしで、会話の直後には、実はあたしが悪いのだろうかと少し思ってしまったくらいだ。


「ごめんなさい。あたし、ちょっと和央くんを疑ってた。」


「えっ?どうしたの?」


「聡子さんが、自分で婚約破棄って言い出したのに別れたつもりがないとか、別れを告げられてるのに受け入れてもらえないとか、本当にそんなことがあるなんて思えなくて・・・。きっと和央くんが優柔不断な態度をとって変な期待をさせてたんだと思ってた。だけど、本人に会ってみてわかった。あれなら和央くんの言う通りかもしれない。すごく納得できた・・・。信じてあげられなくてごめん。」


床に手をついて頭を下げるあたしに、和央くんは、「いいっていいって」と言いながら手を振った。


「でも、困ったよね。さ、成城さんは半年後に僕と紗季が別れるつもりだって結論付けちゃったんでしょ?半年後に大騒ぎするのは目に見えてるな~。」


「そうなの・・・あたしの不注意で・・・ごめんね。」


「それはさと、成城さんの戦略だから、紗季が責任感じる必要ないって。でもどうしたもんか・・・。僕がもう一度彼女と話してみようか?半年後でも、1年後でも別れるつもりはないって。」


そう言ってくれたことはありがたいけど、あたしは首を横に振る。


「・・・・嫌だ。和央くんを信じてないわけじゃないけど、和央くんが聡子さんと会うのは嫌だ。あたしと話した時みたいに強引に話を進められて取り込まれちゃうかもしれないし・・・。」


「う~ん・・・困った・・・。」


和央くんはまた腕組みをして首をひねり、それから急に膝を叩いた。


「あっ、そうだ・・・!でも・・・。」


「うん・・・?何か思いついたの?」


「あっ、でも・・・うん。あのね。紗季は気が進まないかもしれないけど、前に話したみたいに僕が紗季と結婚するつもりって伝えたらどうかな?さすがにそうすればあきらめると思うんだけど・・・。」


「うん・・・。でもやっぱり嘘は・・・。」


それは考えた。だけど、聡子さんは、しつこく追及してくるのは目に見えていて、それで嘘がバレたら収拾がつかなくなる・・・。


「いや、だから噓じゃなくて本当に・・・。どうだろ・・・?」


顔を見上げると和央くんの視線とぶつかった。本気の目だ。


「気持ちは嬉しい。だけど、やっぱり結婚は決断できない。自信が持てない・・・。」


「じゃあさ、とりあえず僕の家族と会ってみない?」


「・・・・・えっ?和央くんの家族と・・・気に入ってもらえるかな?」


「紗季のことはきっと気に入ってもらえると思うけど、そんな堅苦しい感じじゃなくてとりあえずラフな感じで会ってみてさ。そしたら不安が解消することもあると思うんだよね。」


「そっか~、う~ん・・・。」


「大丈夫だって!ほら、言うじゃない。やらない後悔より、やって大成功って!!」


「・・・・いや、だからそれは令和ロマンのネタでしょ!!ワルさんじゃないんだから!」


「えっ、ワルさんって?」


「いや、こっちの話。」


う~ん、でもあの告白に悩んでいた時も、ワルさんにそう言われて背中を押してもらって、大成功したんだよな・・・今回も・・・でもどうかな・・・。


不安そうなあたしを心配したのか、和央くんは、優しくあたしの手を取った。


「もしも・・・万が一・・・家族が紗季のことを反対しても、絶対に紗季の味方をするって約束するから。紗季の良さがわかってもらえるまで説得するから。だからどうかな?」


キラキラ光る和央くんの目を見ていると、信じて飛び込んでみてもいいかなって気がしてきた。


「うん・・・わかった。頑張ってみるよ。」


「やった。じゃあ、さっそく日程調整するね。お店の休みの日がいいよね~。」


早速いそいそと、おそらく実家へ電話し始めた和央くん。もはや賽は投げられた。


覚悟を決めるしかないのか・・・?


――


「ねえ~、やっぱりこの髪、黒く染めなくてよかったかな~。」


「平気平気。飾らず、ありのままの紗季をきっと気に入ってもらえるって。」


翌々週の火曜日の昼下がり、あたしは休みを取ってくれた和央くんと、一路、和央くんの実家に向かっていた。


もっとも、あたしの家からクルマで5分とかからないので、心の準備をする暇もない。


しかも、今日の装いは、いつもの銀髪リボンに、リリハナちゃん第8シーズンをイメージした少しダークカラーのワンピだ。


いつもどおりがいいって強く言われて押しきられちゃったけど、これ絶対に引かれちゃうって・・・。


いつもどおりにしたら、いつもみたいにご家族に嫌われちゃう・・・不安しかないよ・・・。


「ふんふん~♪」


そんなあたしの気持ちも知らないで鼻歌なんか歌っちゃって!


のん気だな!おい!



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