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第23話 和央くんの嫉妬

「ねえ、和央くんもビール飲む?」


自宅の冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出しながら背中越しに問いかけると、愛しい彼から「ありがとう。でも薬飲んでるからやめとく」と優しい声が返ってきた。


じゃあノンアルを出してあげるか。

しかし、あたしにこんな幸せな日々が来るなんて・・・。

しみじみ思っちゃうよ。真面目に生きててよかった・・・。


サロン前の階段から和央くんに向かって転げ落ちてしまったあの日から早1週間。受け止めて一緒に転落した和央くんに左足捻挫という重傷を負わせてしまったあたしは、責任を感じて和央くんを自宅に引き取り介護することにした。


つまり、この1週間、あたしは和央くんと一緒に暮らしてきたのだ!


そんなあたしの幸せな気分をよそに、和央くんはすました顔のまま、電子レンジから何か取り出している。


「これ作ったから食べてみてよ。新しいレシピを試してみたから味の保証はできないけど。」


「なになに?今日は何を作ってくれたの?」


「牛肉とキノコのオイスター炒め、それからもやしの梅肉和えも作ったよ。ネットで調べたら、レンジで簡単にできるって書いてあったから・・・。」


「わ~い!!ビールにあいそうだな~!!じゃあさっそくいただきま~っす!!」


和央くんは意外に家事の要領が良くて、フライパンや鍋すらないあたしの家でも、こうして簡単に料理を作ってくれる。


「あっ、そうだ。ビンと缶をゴミ袋にまとめといたけど、回収日って木曜日であってる?」

「さあ~、わかんな~い!ネットで調べといて~。」


彼は几帳面な性格なのかゴミをまとめたり、掃除機をかけたり簡単な掃除もしてくれる。

ちゃんとタオルとかも替えて洗濯もしてくれる。

おかげでこの家もぐっと居心地がよくなった。


「・・・・どうしたの?じっと見つめて・・・。」


「ううん、見てただけ~!!」


何よりも家で和央くんを見られるのが何よりの贅沢。おかげで宅飲みのビールもうまくて、酒量も増えるぜ!!


テーブルの下で、足のつま先で和央くんの怪我をしてない方の足をつつく。


「・・・どうしたの?」


「ううん・・・あのね。和央くんの介護のために家に連れて来たのに、色々やってもらって悪いな~って思って・・・。」


足をすりすりしながら上目遣いで探るような視線を送ると、和央くんはドキッとした感じで目をそらした。相変わらず初々しい反応な~!!


「・・・・だから、今日はお風呂で和央くんの髪を洗ってあげるよ。怪我してて大変でしょ!?」


「えっ・・・怪我してるのって足だから別に髪を洗うのは問題ないけど・・・。」


「いいの~。プロの技を見せてあげるから・・・。じゃあさっそくお風呂沸かしてくるね~。」


「うん・・・。」


「真っ赤になってかわい~!いったい何を想像してるのかな?でも残念。お風呂では髪だけ洗うつもりだからね~。」


「いや・・・そんなこと・・・。」


和央くんには本当にお世話になってる。

介護名目で強引に家に連れ込んじゃったけど、むしろ色々やってもらって、あたしの方が助かってるくらいだ。

だから、今日はお礼に美容師の技で髪をきれいに洗ってあげる。イチャイチャ名目ではなく、真面目にそう考えているのだ!!


ピピ~ッ


「あっ、沸いたみたいだよ。先に入っててよ・・・。あたしも準備して後から入るからさ~。」


「う、うん・・・。」


フフッ・・・いそいそとお風呂に向かっちゃってかわいい・・・。

どれ、あたしも洗髪の準備をしようかね・・・。


―――


1時間後、あたしたちは仲良く寝室のベッドに並んで寝そべっていた。


「結局、髪を洗ってもらう前にこうなっちゃったね・・・。」


「あたしたち、どうしていつもこうなるんだろうね・・・。」


あたしはお風呂に入るまでは冷静だった。

ちゃんと和央くんの髪を丁寧に洗ってあげるつもりだった。


しかし、その固い決意も湯気の熱さに溶けてしまったようだ。


浴槽に飛び入り、洗髪の前哨戦にと、湯船でさんざんイチャイチャし、のぼせそうになったので、ほとんど体も拭かないままベッドに移り、今しがた営みを終えてやっと冷静になれた。


「あっ、そうだ!明日は、先に営み終えてから髪を洗うっていうのは?そしたら賢者みたいになって洗髪に専念できそうじゃない?」


「いや、きっと営みの回数が1回増えるだけだよ・・・。」


「ああ、そうかも・・・。」


あたしは横を向いて和央くんの腕を抱きしめ体を寄せた。じかに触れる和央くんの肌はすべすべで気持ちいい。


「おかしいな~。僕はもともと淡泊な方だったのに・・・。」


「あたしも求められれば応じるって感じだったのに・・・いったいどうしちゃったんだろ・・・。」


普段は冷静な紳士なのにこんな時だけ男らしくって、ホントに和央くん七不思議のひとつだよな~。


しかも、かつての理性的なあたしはいったいどこへ行ってしまったんだろうか・・・。


「あたし、こんなになっちゃって・・・和央くんとしばらく離れることになって耐えられるかな~。」


「うん・・・僕も不安。」


この1週間、二人で、夢を犠牲にしないでそれでも二人が一緒にいられる方法について話し合いを重ねてきた。

それで、和央くんが4、5年くらい東京とか海外で修行を積んだ後に名古屋に法律事務所を開くこと、あたしは地元で暮らして、その間は遠距離恋愛になるってことでほぼ納得している。


和央くんの夢を犠牲にせず一緒にいるためには仕方ない。

でも、4、5年も離れて暮らすなんて寂しすぎる・・・。


思わず和央くんの腕をぎゅっと強く握る。


「・・・それで、やっぱり結婚するってのも選択肢としてあると思うんだ。離れてても結婚っていう絆があれば心強いと思うんだけど・・・。」


「ああ・・・うん、それね・・・。」


あたしは和央くんの腕を放し仰向けに戻る。


「やっぱり気が進まない?」


「気が進まないわけじゃないよ。和央くんがそう言ってくれることは嬉しい。だけど、あたしなんかと結婚するなんてって反対する人もいるだろうし・・・。」


「そんな・・・。少なくとも僕にとって紗季はもったいないくらいだけど。」


「うん・・・・。」


仰向けになりながら窓の外を見るときれいな満月が見えた。

ああ、うっかりカーテン閉めるの忘れてた・・・。外から丸見えだったかな・・・。


「実はね。過去にも結婚の話が出たことあるの。4番目と5番目の元カレと・・・。」


「えっ・・・そうなんだ。」


「4番目の元カレは美容師仲間で、結婚して夫婦でヘアサロンを経営していこうって話になって、一緒に名古屋で開業したんだけど・・・。」


「うん・・・。」


「でも、ほらあたしってこんな性格だし、それに父親いないからさ・・・向こうの親にあんまり好かれてなくて・・・。」


「・・・・・。」


「それでも最初は、彼もあたしのことが好きで味方してくれてたし、きっと大丈夫って思ってたんだ・・・。でも同棲も始めたら、職場でも家でもずっと一緒になってケンカすることも増えて。結局、彼からは結婚辞める、紗季とも別れるってなっちゃって・・・。」


「へえ・・・・。」


和央くんは隣で静かに聞いてくれている。あんなに辛い思い出だったのに、こんなに淡々と話せるなんて、やっぱり過去の話になっちゃったのかな。


「それから5番目の元カレは、こっちに戻って来てからマチアプで知り合った5歳年上の人で、最初から結婚を前提に付き合ってくださいって言われて、交際を始めたんだけどね・・・。」


「・・・・・。」


「今度こそ彼にも、彼の家族にも気に入られなきゃいけないと思って、彼の好みに合わせて言われるがままに清楚系になったり、苦手な家事も頑張ったりして。そうそう、その頃は黒髪ロングで、ワンピースなんか着てたんだよ。今度写真見せてあげるね。」


「へえ・・・意外・・・。」


「そこまで頑張ったのに、やっぱり彼の家族からは嫌われちゃって・・・、彼からも思ってたのと違うって言われて、それで破談。こうやって2回も破談になったからさ、結局、紗季は結婚に向いてないんだって気づいちゃって、それで、のんきに一人で生きて行こうって決意するに至ったわけ。」


「ふ~ん・・・。」


「だから、結婚なんて欲張ったら、また破談になると辛いし。それに、破談になるだけじゃなくて別れることになったらって思うと怖くて・・・。」


「・・・・・。」


ふと横を見ると和央くんが唇を尖らせている。

そう言えばさっきから口調もそっけない。

えっ?なんか不機嫌になってない?


「ごめん、怒らせちゃった・・・?紗季が和央くんのことを好きじゃないから結婚するのが嫌って意味じゃないんだよ・・・。」


和央くんの方に体を向け、顔を覗き込もうとしたが、彼はそのまま体ごと向こうの方を向いてしまった。


「いや・・・そうじゃなくて・・・結婚を考えてた元カレが二人もいたんだなって・・・。しかも一緒に美容室を始めたり、同棲したり、相手の好みに合わせてファッションを寄せたり・・・。」


これどういう反応?なんか拗ねてる?

こんな和央くん初めて見た・・・。


ん?もしかして・・・。


「もしかして・・・嫉妬してくれてる?元カレに・・・。」


「いや、そんなこと・・・胸がモヤモヤしてるだけで・・・いや、うん・・・正直に言って嫉妬してるのかも・・・」


「えっ、えっ!?ほんとに嫉妬してくれてるの?うれし~っ!!あたしが和央くんの元カノに嫉妬した気持ちが分かったか!ウリウリ~!」


これまで一度も見せてくれなかった愛情の形を見せられた喜びで、思わず脇腹を指で何度もつついて、和央くんをベッドの端に追いやってしまった。

自分ではわかんないけど、きっとあたしの顔はスライムみたいにだらしなく緩み切っているはずだ。よだれが垂れないように注意しないと。


「うん・・・嫉妬。だから不安。」


和央くんはベッドの端ギリギリから寝返りをうち、あたしと向かい合った。さっきまでまったく表情が見えなかったけど、こんな不安そうな顔をしてたんだ・・・。からかって悪かったよ。


「ほら、これまでにも5人も紗季を好きな人が現れたわけでしょ。こんな素敵な紗季を何年も放って置いたら、その間に新しい男が現れて取られちゃうんじゃないかって不安で・・・。だから、結婚で縛っておければ、僕も少しは平静を保てるんじゃないかって・・・。」


不安そうに目を伏せる和央くん。かわいいっ!

ハグッ!ハグッ!!和央くんの頭を抱きしめちゃうぞ!!


「大丈夫だよ~。和央くんが見捨てない限り、紗季はずっと和央くんのことしか見えないよ~。」


「じゃあ、結婚のことも考えてくれる?」


「うん・・・。まあ少し考えさせて・・・。」


ぎゅっと抱きしめてるから和央くんにもあたしの胸の高鳴りが聞こえてるかな?

和央くんのおかげで、あたし、こんなに幸せだよって伝わってるかな?


だけど結婚か・・・やっぱり自信が持てない・・・。


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