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第21話 パパとリリハナちゃん

あれっ・・・ママだ・・・・。


台所の椅子に座って腕組みして横を向きながら、真っ赤な目をして泣いてる。


ということは、こっちには・・・・。


やっぱりパパだ。さっきからずっと床で土下座してる。


ということは・・・ああ、やっぱりいつもの夢か・・・。


あたしが12歳のある日、パパは、突然ママとあたしに土下座して、その日のうちに家から出て行った。

それ以来、この夢を何度見ただろう・・・。


「彼女に子供ができて・・・。その子には父親が必要なんだ。だから離婚して欲しい。」


さっきからパパは同じことしか言わない。

椅子に座っている12歳のあたしは隣のママの服の袖をぎゅっと握ったまま、どこを見ていたらいいかわからず、さっきからパパとママの方をせわしなく、ずっと交互に見ている。


「どうして・・・?あなたはその子の父親の前に、紗季の父親なんですよ。それなのに・・・紗季の父親を辞めるってことなの・・・?」


ママは横を向いたままで、あたしからはどんな顔をしているのか見えないけど、さっきから涙がぽたぽたとテーブルの上に落ちて水たまりを作ってる。


「俺は・・・紗季ができたせいで大学を辞めて夢を、未来をあきらめた。その後も家族のために・・・12年間ずっと自分を犠牲にしてきた・・・。だからもう解放して欲しい。」


昨日までのパパは理想のパパだった。

毎日朝早くから夜遅くまで働いて、でもいつもニコニコしながら冗談を言って、あたしとママを笑顔にしてくれて。


他の家のパパは、休みの日はパチンコや競馬に行ったり、ツレと遊びに行ったり、そうじゃなければずっとゴロゴロしてるのに、うちのパパだけは違った。

普段大変だからママを休ませてあげようって代わりに家事をやってあげて、あたしとも全力で遊んでくれた。

動物園とか映画とかいろんなところに連れてってくれた。

たまにママとあたしにケーキとかお菓子とか買って帰って来てくれた。


パパは時間もわずかなお小遣いも全部家族のために使っていた。


「パパの楽しみはなんなの?たまにはパパの好きなことをしていいんじゃないの?」


そう聞いた時、パパはいつもこう答えてくれた。


「ママと紗季がパパの生きがいだからね。二人を笑顔にするのが一番の楽しみだよ。」


だからずっと、パパは満足してるんだと思ってた。

だって、パパのおかげでママもあたしもいつもニコニコしてたから。


それなのに、パパはずっと自分を犠牲にしてるって思ってたんだ・・・あたしが生まれたせいで夢も未来もあきらめなきゃいけなくなったって思ってたんだ・・・。


だから全部やり直したいんだ・・・。

その瞬間、あたしの手の甲にに雨粒が落ちて来た・・・。

あれ、おかしいな。お部屋の中のはずなのに・・・。


――


「もう20年近くも前なのに、まだ夢で出くるんだ。ここ数年なかったから油断してたのに・・・。」


目の端を手の甲で拭くと、「今日も元気に働かないとね」っと気合を入れて、よいしょっと起き上がったけど、その瞬間に今日は休日だということに気づいた。


「あ~あ、そうだった・・・。今日何しよう・・・。」


和央くんと最後に会ったのはもう3週間前・・・あれから一切連絡がない。

辛いので何も考えないようにしてるけど、何もやることがない休日はついつい和央くんのことを考えてしまう。


「元カノはともかく、夢をあきらめろってのは言い過ぎたかもな・・・。」


ふと、夢の中で見たパパの言葉を思い出した。


「紗季ができたせいで夢と未来をあきらめた」


パパには、あたしからも色々言いたいことがある。


「ずっと紗季とママのために無理をしてたの?」

「紗季は本当は生まれてこない方がよかった?」


昔はそんなこと思ったりしたが、今となってはそんなことはどうでもいい。


「学生時代、もっとまじめに保健体育の授業を受けとけよ!二度もデキ婚するとかファンキーにも程があるぞ!!」


どこかでパパに会う機会があったならこう言ってやりたい。


もし同じように和央くんに夢をあきらめさせたらどうなるだろう。

しばらくは紗季のために笑顔でいてくれるかもしれない。

でも、いつかパパと同じように後悔して同じことを言うのだろうか。あたしのために夢と未来をあきらめたって・・・。


「まあ、そもそも和央くんは、あたしのために夢も未来もあきらめてくれなかったんだけどね・・・。」


自分で言った言葉に涙が出てくる。

そう。あたしは間違いなくフラれたのだ。

こんなに連絡が来ないんだったら間違いない。


今ごろ、もう元カノさんとヨリを戻している頃かもしれない。

だって、元カノさんからは復縁を迫られてたんでしょ。それで東京に戻ることも決まってるし。残る邪魔者のあたしも自滅して・・・。


何の障害もないじゃん。ずっと好きだった人のところに戻れてよかったね。


その事実に気づくと急に悲しみがこみあげて来た。


「じゃあ・・・今日は久しぶりにあれをやるか・・・。」


あたしには元カレが5人いるけど、最後にはその全員にフラれている。

だから失恋の時の回復ノウハウも蓄積しているのだ。今日は休みだし、予定もない。

一日かけて失恋の痛手からの回復に充てよう。


「今日の気分だと・・・第2シーズンの第22話から第24話だな。」


DVDボックスから円盤を取り出しセットする。

あたしが好きな魔法少女リリハナちゃんは世代を超えたロングヒット作品で、20年近くもの間、断続的に10シリーズ制作されている。映画も5本制作された。


ただ基本的な話の流れは、だいたい同じだ。


魔女の修行のため人間界を旅しているリリハナちゃん。

旅のゴールは真の想い人を見つけて愛の魔法を使えるようになること。


そして、リリハナちゃんは、いつも旅先で出会う男の子と恋に落ち、その相手役の夢のために魔法で手助けをしてあげる。

リリハナちゃんは、相手役が夢をかなえたら添い遂げようと誓うんだけど、いつも相手役には、素直になれない幼ななじみとか、生き別れになった一目ぼれの彼女とか、親が反対している別の想い人とかの邪魔者がいて、なんやかんやでリリハナちゃんではなく、その邪魔者と結ばれ、リリハナちゃんはそっとその後押しをして、その街から去っていく・・・。


前に和央くんと一緒に観た時は、「男はつらいよ」の寅さんみたいって言ってたな。

「男はつらいよ」観たことないからピンとこないけど。


あっ、いかんいかん。ついつい和央くんのことを思い出しちゃった。


でも、リリハナちゃんを観れば大丈夫。

失恋してもいつも前向きで飄々として、新しい街へ旅立っていくリリハナちゃんの姿を見ると、あたしも頑張んなきゃって前向きな気持ちになれる。

だから今回もリリハナちゃんが魔法で助けてくれるはずだ・・・。


ーー


「やったよ!!リリハナちゃん!全国模試で1位になったよ!」

「おめでとうアキトくん!東大の医学部に入って将来はリリハナをお医者様の奥さまにしてね♡じゃあ、今日もリリハナが魔法でたくさん課題を出したから、頑張って解いてね!!」


このエピソードでのリリハナちゃんの相手役であるアキトは、親から医者になることを期待されてるけど、成績が伸びず悩んでいた。

そんな時、リリハナちゃんと出会い、魔法で勉強を助けてもらい、そのおかげで成績もあがり自信もついて、スポーツも人間関係も何でもうまくいくようになるという、まるで進研ゼミの広告みたいな展開で話が進む。


「アキトくん・・・最近勉強頑張ってるよね。はいこれ。クッキー焼いたんだ。たまには息抜きに、前みたいに一緒にお菓子作らない・・・?」


そんなアキトとリリハナちゃんの間に割って入る今回の邪魔者が、アキトの幼馴染のメグミ。ケーキ屋の娘さん。


「ダメよ~!!アキトは勉強で忙しいんだから邪魔しないで!ほら、リリハナと一緒に今日のノルマをこなしましょ♡」

「う、うん・・・。」


「そうそう、このメグミってやつが憎らしいんだよな~。わざとらしくお菓子を作って差し入れるなんてあざとい真似でアキトとリリハナを邪魔しようとして!!アキト!!こんな奴に騙されちゃだめだ!!」


あたしは朝からビールを飲みながら、もう10回以上は観たアニメに野次を飛ばす。


「リリハナちゃんのおかげで成績も順調に上がってるし、親の期待にも応えられそう。でも・・・僕は本当に医者になりたいのかな・・・。そういえば子どもの頃は、メグミと一緒にケーキ屋になりたいって思ってたな・・・。」


メグミからもらったクッキーを食べながらポツリとつぶやくアキト。


「だめだって!お前の幸せは医者になって、それでリリハナちゃんと添い遂げることだろ!そんなケーキ屋なんてしょうもない夢に流されるなよ~!!」


ビールも進み、ついつい声も大きくなる。近所迷惑だろうか?この間、管理会社から注意書も届いてたし声を抑えないと。


しかし物語は急転直下、メグミが海外でケーキ職人として修業することになり、アキトの家にお別れを告げにくる。


「アキトくん・・・じゃあ元気でね・・・。」

「うん・・・メグミも・・・・あの・・・実は・・・?」

「なに?アキトくん?」

「うん・・・何でもない・・・。」


最後に伝えたいことも伝えられないまま、メグミの後姿を呆然と見送るアキト。


「アキトくん、これで邪魔者がいなくなって勉強に集中できるね!これからもリリハナのために頑張ってね!ケケケッ!!」

「うん・・・。」


しかし、浮かない顔のアキトを見て、リリハナちゃんはある決意をする。


「リリハナ、ルルル~ン!!」

「うわっ!!」

「キャッ!!」


急にアキトの体が宙に浮いて飛び出し、そのままメグミにぶつかった。


「ど、どうしたのアキトくん・・・?」

「ごめん、お、俺、本当はメグミと一緒にケーキ屋さんになりたい。ずっと夢だったんだ。この街で待ってるから、将来は一緒にケーキ屋をやってくれないか。」

「う、うん、嬉しい。」


抱き合う二人を見ながらニヒルに笑うリリハナちゃん。


「素直になれない人の本当の気持ちを後押しする魔法だよ。リリハナちゃんの魔法は好きな人を幸せにするためにしか使えないの。あ~あ、アキトの本当の幸せは、リリハナと一緒にお医者さんじゃなくて、メグミちゃんとケーキ屋さんになることだったのかな。だったら仕方ないよね。」


そう言ってリリハナちゃんは、ひっそりとその街からも、アキトたちの記憶からも消え去るのであった・・・。



「リリハナちゃ~ん!!なんて不憫なの~!!」


休みの日の朝からアラサー女がアニメを観ながら滂沱の涙なんてヤバすぎる。

しかも何度も観すぎてセリフまで覚えている話なのに・・・。


だけど、おかげで踏ん切りがついたかも。リリハナちゃんの魔法は、好きな人を幸せにするためにしか使えない、か・・・・。そうだよね。


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