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きみ、捨てられたの?じゃああたしが拾ってあげるよ。  作者: 有希乃尋
第1章 あたしが拾ってあげる
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第2話 地元での生き方を教えてあげる

「じゃあまあ、再会を祝してかな?かんぱ~い。」

「かんぱ~い。」

「うへ~っ、夏はやっぱり冷えたジョッキでビールだよな~!」


一気に大ジョッキの3分の2くらいのビールを飲み干したあたしとは対照的に、彼はちびちびとなめるようにビールを飲んでいる。


「いや~、しかしまさか和央くんと一緒に飲みに来る日が来るとはね〜。中学の頃はマジメくんだったし、こうやって酒飲んでるのが信じらんないよ。」

「ああ・・・もう20歳過ぎてるしね。星ヶ丘さんはあの頃からビール飲んでそうな感じだったけど・・・。」

「ど~いうことだよ、それ!!」


そう言ってあたしがジョッキの残りのビールを飲み干すと、彼はすかさずお替わりを頼むため店員さんを呼んでくれた。おっ、案外気が利くじゃないか。


「そういえば、あの頃、勉強教えてもらったじゃんか。英語とか数学とか。」

「ああ、そうだったよね。役に立ってる?」

「な~んも・・・いや、少しは役に立ってるかな。ほら、最近は飲み屋でも気取って英語でメニュー書いてあるとこあるじゃん。こんな風に。」

そう言って、メニューにある『Heineken』を指さした。


「このHeが彼で、Sheが彼女でしょ?うんで、このビールは彼、He・・・彼が、ケンの中にインしてますって意味でしょ?昔はSheだったけど、Sheがケンにインしちゃうと露骨すぎるんで名前変えたんだってさ!いや、彼がケンにインするほうがやべーし!!」


得意満面に豆知識を教えると、和央くんは路上で珍獣でも見つけた時みたいな信じられないといった表情でまじまじと見つめて来た。

えっ?なんか間違えた?


「彼がケンにインする?正気ですか?これはハイネケンっていうビールの名前ですよ。そもそもハイネケンはオランダのビールだし・・・。どうやったらそんな発想になるんですか?」


えっ?専門学校の頃に付き合ってた2番目の元カレにそう聞いたんだけど・・・大学生だったし、賢いんだ~と思って信じてたんだけど・・・あいつ騙しやがったな!!


「わ~ってるって、冗談だよ冗談。彼がHeで彼女がSheってのは正解だろ?」

「まあそれは・・・というか常識レベルだと思うけど・・・。」

「あっ、そうだ。和央くんの元シーの話を教えてくれよ?」

「元シー、なんですそれ?」

「元カノだよ。あれっ?もしかして一人もいないとか?まだ童貞とか~?やだね~、そんなごまかそうとして。」

「違いますよ・・元シーなんて言うから意味わかんなかっただけですよ。恋人しての彼女は英語だとガールフレンドとかステディとか・・・。」

「いやいや、ごまかさなくていいから。元カノ、何人いたの~?」


うん・・・ビールの大ジョッキ2杯で早くもほどよく酔っぱらってきた。疲れてるからかな?

よく酔っぱらうとウザイって言われるけど、今日もウザ絡みしてる自覚はある。まあでもいっか。タメの和央くんだしね。


「いや・・・前に話したと思いますけど・・・婚約破棄された彼女が一人・・・。」

「ほ~か~に~は~?」

「いや、その一人だけ・・・。」

「なんだ一人しかいないのかよ・・・。じゃあ、そのたった一人の元カノ?どんな人?もしかして二次元?いや、三次元でも推しのアイドルを婚約者とか言い張ってんじゃないの?」

「違うって・・・大学1年の時に同じクラスで知り合って・・・。」

「大学1年生って、19歳くらい?その頃からずっと付き合ってたの?一途じゃん!意外にやるね~!どんな馴れ初めなの?」

「あ~、うん・・・最初から付き合えたわけじゃないんだけど、ずっと憧れててて・・・それで大学院の頃に思い切って告白したら思いが通じて・・・。いや、あの時はまさかと思ったよ。あの美人で、才能あふれる彼女がまさか僕からの告白にOKしてくれるなんて・・・それから付き合い続けて、とんとん拍子に婚約することになって、ああ、僕の人生にこんな幸運なことがあるんだって有頂天になって・・・。」


元カノをべた褒めしながら和央くんもグイッとジョッキを傾けた。心なしか顔を赤らめて少し照れ笑いしてるように見える。


「きっしょ!おっさんが飲みながら、人生でたった一人の元カノの思い出を語ってのろけるって、どんだけきしょいんだよ!」

「えっ!星ヶ丘さんが聞いたんじゃないか!?こっちにばっかり恥ずかしい話させて・・・星ヶ丘さんの方はどうなんだよ?」

「フフ~ン、あたしは元カレ5人だよ。和央くんの5倍だね。」


和央くんの方に左手をパーで突き出しながら、右手ではいつの間にか3杯目になったジョッキを傾ける。頭の片隅では自分の絡みが、そろそろウザいを超えてダル過ぎる感じになっていることには気づいているが、こうなるともう止められない。


「へ~、じゃあ6人目の人と結婚したの?それともまだ恋人?」

「ぐっ・・・、いや結婚してないし、今は彼氏もいない・・・。」

「じゃあ、僕と同じだ。結局、誰ともうまくいかなかったなら僕と変わらないじゃん。」


急に勝ち誇った表情になったのが憎らしい。


「いや、違うって・・・。ほら、元カレ5倍ってことは思い出も5倍ってことだよ!あたしの方が豊かな人生を生きてきたんだって!!」

「そうかな~。そもそも恋愛が人生のすべてじゃないでしょ?元カレの数で人生の豊かさを語るのはどうかな~?」

「あ、あ~っ!言ったな~!!人生の豊かさで言うなら、あたしは自分のサロンを持ってるし、仕事も充実してるからね~。そういえば君は失業して、婚約も破棄されたって言ってなかった?」


われながら意地が悪いな~と思ったが、一度、口から出てしまった言葉を戻すことはできない。


「ああ・・・うん・・・そうだけど・・・。」

「なになに?何があったの?どうして失業したの?」


店員さんにハイボールを頼みながらすかさず切り込んでみる。ちょっとプライバシーに踏み込み過ぎてる気もするけど、和央くんも嫌だったらそう言うだろうし、別にいいでしょ。


「・・・・実は、その彼女と結婚する条件として、彼女の父親の事務所を引き継ぐって話があったんだ。」

「え~っ、すごい!!逆玉じゃんか!」

「うん・・・でも、無条件ってわけじゃなくてお義父さんに仕事で認めてもらう必要があって・・・それでお義父さんの事務所で修行することになったんだけど、お義父さんが思いのほか・・・。」

「ああ、わかる。あたしも駆け出しの頃は、アシスタントとして名古屋にある師匠の店で修行したんだけどあの時は大変だったな~。師匠が厳しい人だったし・・・あたしがへまをしたときに厳しく怒鳴りつけてきた顔は今でもたまに夢で見るよ。いや~、よくあれを乗り切れたもんだ。」

「あっ、そうか・・・星ヶ丘さんは美容師だもんね。僕も最初は早く一人前にならなきゃって頑張って休みの日も勉強したり営業のために人脈広げたり頑張ってたんだけど・・・。」

「そうそう。あたしも、たまの休みも技術研修に行ったり、友達の髪をカットさせてもらったり、一人前になるために頑張ったよ・・・って、それで甘ちゃんの和央くんは修行が辛過ぎて逃げ出しちゃったとか?」


新しく届いたグラスを傾けながらケケケッと笑うと、和央くんは真っ赤になりながら右手を強く振って否定してきた。


「ち、違うよ・・・。一応、他の事務所で1年ちょっと、お義父さんの事務所では2年いかないくらいだけど頑張って、それなりに腕に自信もついてお客さんも増えたんだけど、今度は事務所の経営方針とかそういうとこで意見が対立しちゃって・・・。」

「あ~それもわかる!!あたしも師匠のところを出て、最初は仲間と一緒にサロンやってたんだけど意見が合わなくて、私生活でもいろいろあって、そんで辞めて2年前にあのサロン立ち上げたんだよ。」

「へ~・・・じゃあ、あのお店ってまだ新しいんだ・・・。一人でお店経営するって大変じゃない・・・?」

「いや~大変だったよ。最初はお客さんがつかなくて。でも、地元だし友達とかが来てくれたり、他のお客さんを紹介してくれたりでなんとか・・・って、あたしのことはいいんだよ。和央くんの仕事と婚約破棄の話教えてよ。」

「そう・・・それで、とうとうお義父さんから言うことを聞けないなら事務所を出て行けって言われて事務所を辞めたら、彼女はお義父さんの方を選んで、婚約破棄を告げられて・・・。」


ずっと淡々とした調子で話していた和央くんだけど、さすがに表情が暗くなり、そのまま黙り込んでしまった。これはさすがにフォローしてあげないとな・・・。


「・・・・それは大変だったね・・・。あたしなんかがこんなこと言うのもなんだけどさ、それでよかったってこともない?」

「えっ?」

「だって、そのままお義父さんのところで働いてたら、ずっと我慢し続けなきゃいけなかったってことでしょ?そりの合わないお義父さんと我慢して付き合いながら、自分の考えとは違う仕事して・・・。思い切って飛び出して自由になれたじゃん!これからは和央くんの自由な人生だよ!」

「そうかな・・・そうかも・・・。」


ちょっと和央くんの目に光が戻った気がする。あたしの言葉は月並みだけど、それでも少し元気が出たようでよかった。


「まあ、彼女もさ!次の相手を探せばいいよ。あっ、でもさ、定職についてないと新しい彼女も見つかんないよ~。先に早く次の仕事見つけなよ!」

「・・・・言っとくけど、僕は資格も持ってるし、次の仕事は決まってるから・・・。」

「えっ?そうだったんだ~!先に言ってよ。おめでと~!次の仕事ってどこで働くの?」

「ああ・・・ありがとう。市役所で1年間の任期付き公務員として働くことになったんだ・・・これを機に地元のためにできることしたいなって思って・・・。」

「山田市役所で臨時職員として働くってこと?すごいじゃん!頑張れば正規職員になれたりするんでしょ?頑張んなよ!」

「あ、うん・・・ありがとう。まあ正規職員になるつもりはないんだけど・・・。」


あたしがバシバシと肩を叩きながら激励すると、和央くんは鼻の頭をかきながら少しうつむいてしまった。なんだ、臨時とはいえ仕事が決まってるならそんな心配することなかったな。彼女の件は残念だけど、見た目もシュッとして、清潔感もあって、話しててもいい感じの奴だから、すぐに次が見つかるだろうし・・・。

んっ?山田市役所といえば?


「そういえばさ、オナ中だった、吉川一翔先輩って覚えてる?うちらと同じ代の優斗くんのお兄ちゃんで、中3のとき同じクラスだった美紀子の旦那なんだけどさ。ほら直人くんとも仲良くしてた・・・。」

「いや、登場人物が誰一人としてわからないけど・・・。」

「今度のお盆にさ、一翔先輩主催で、うちらの友達で集まって自然公園でバーベキューするんだけどさ、和央くんも来なよ。」

「えっ?どうして突然そうなる?」

「一翔先輩が山田市役所で働いてるからだよ。市役所で働くなら一翔先輩に挨拶しといた方がいいって、絶対!一翔先輩は友達多いから市役所の人も紹介してもらえるだろうし。」

「い、いや・・・そんな知らない人ばっかのとこに行くのは場違いだろうし・・・、急に増えたら迷惑かけるだろうし・・・。」

「大丈夫だって!市役所で働くなら一翔先輩には先に挨拶しとかないとダメだって!そうだ!今、一翔先輩にメッセ送っといてあげるよ。『一人友達連れてっていいですか?来月から市役所で働くらしいです。』はい、送信っと!」

「えっ?うそ!もう送っちゃったの?」


チャリ~ン!


おっ、さっそく返信が。さすが一翔先輩だ。レスが速い。


「『いいよいいよ、連れといで。』だってさ!さっすが一翔先輩。誰でもウェルカム!じゃあ、13日、来週の火曜の11時に自然公園集合だからよろしくね!!」

「ちょ、ちょっと・・・僕、知らない人ばっかりの集まり苦手なんだけど・・・。」


ハァ・・・。ため息が出てしまう。こいつは全然わかってない。地元での生き方を一からちゃんと教えてあげないとだめかな。


「あのさ・・・。地元でやっていくつもりなら、先輩とかツレとかと仲良くしてくことはすごく大事なわけ。ちゃんと顔役に挨拶して、お祭りとか寄り合いとか、こういうイベントにこまめに顔を出してかわいがってもらって、そんで困った時は助け合っていかないと・・・地元じゃ、引きこもりなんてしてたらすぐにはじき出されちゃうからね!!」


あたしが表情を引き締め、和央くんの目を見ながら、断固とした口調で地元で生きるルールを教えてあげると、和央くんは、やっと納得したようで、黙ってうなずいてくれた。


「よっし、じゃあ詳細は後で連絡するね。あっ、連絡用にLINEのID交換しとこか?スマホ出しなよ!」

「うん・・・」


なんかまだ渋い顔してる。ちょっとだるい絡み方しちゃったかもしれないけど、実は和央くんのためになるいいことを教えてあげたんだよ。もっと感謝してもらわないと・・・。


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