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第16話 割れても末にあはむとぞ思う

「わ~っ!見て、琵琶湖が見えるよ!こんなおっきいんだ!海みたいじゃん!」

「ちょっと!!あんまり窓から身を乗り出すと落ちちゃうよ!」


少し無理を聞いてもらって早めにチェックインした旅館はとても素敵だった。

外見は古びてたけど、中はリノベーションされてて快適だし、新しい畳の匂いも好き。

何より琵琶湖のほとりで景色が最高だ。


「こんないい宿を手配してくれて、ありがと~和央くん!!」


感謝の気持ちを伝えながら、さりげなく和央くんに抱きついて、首に腕を回す。


「喜んでくれてよかったよ。まだ明るいし近くを散歩する?」

「ん~っ、このまま部屋でゆっくりしたい~。」


二人で腕を組みながら湖畔を散歩するってのも素敵だけど和央くんとのいちゃいちゃが何よりも優先だ。


そうしてキスをせがんだり、あたしからも首筋にキスをしたり、くんかくんかと匂いをかいだりしてると、和央くんのスイッチも入って来たようだ。


「まだ明るいのに・・・そんなんされたらこのまま紗季を求めて止まらなくなっちゃう。」

「あたしが求めてもらいたいから、いいの~。会えるの久しぶりだし。寂しかったな~。」


あたしは和央くんの服のボタンを外しながら潤んだ瞳で和央くんを見つめた。


「うん。クリスマスの後、大みそかに僕が紗季のお店に髪を切ってもらいに行って以来かな・・・って、あれって3日前だよね。」

「もう去年だしだいぶ前だよ~。というか、いつもお金を払って髪を切りに来てくれるけど、別にいいんだよ。あたしがおうちでただで切ってあげるよ。」


和央くんは付き合い始めた後も、律義にお店に予約を入れてカットに来てくれて、遠慮しても規定の料金を払ってくれる。


「ううん、紗季はプロなんだし、当然だって。それに・・・。」

「それに?」

「仕事中の紗季が素敵だから、その姿が見られるだけでもお金を払う価値があるなって・・・。」

「きゃうんっ!」


ちょっと、ちょっと!!キュンっとしちゃったじゃない!!

タダであたしに髪を切らせて、家でカラーまでさせてきた元カレ軍団に聞かせてやりたいよ!

思わず背中に回した腕に力をこめると、強く抱きしめ返してくれて、そのまま身を横たえて二人だけの世界に浸り・・・・・。


プルルル~!!


ああっ、もうこんないいところで部屋の電話が鳴らすなんて、サービスがなってない!

いや、イチャイチャを察知して電話を控えられるのも、それはそれでイヤだけど・・・。


「はい。はい。ああ・・・そうなんですね。はい・・・わかりました。」


律義に電話に出た和央くんが旅館の人と何か話している背中を見ながら、電話が終わった瞬間に襲い掛かってやろうと身構える。

しかし、和央くんはそのまま電話口を手で押さえながらあたしの方を振り返ってきた。


「紗季、ごめん。この旅館に友達が訪ねて来てるんだって。ほら、この旅館を手配する時に口を利いてもらった・・・。部屋に来てもらっていいかな・・・。」

「あっ、うんそうだよね。うん。ぜひそうしてもらって。」


あたしは内心では、「え~っ!?」と思ったけど、確かにそういった経緯があるなら仕方ない。今日の夜は長い。焦ることはないさ。


「じゃあ、すぐ来ると思うから早く片づけて・・・。」

「うん・・・。」


そう言いながら、あたしたちは急いで服のボタンを閉じ直し、ずれた座卓や座布団を所定の位置に戻す。

なんかまぬけだ。


「お客さまをお通ししました~。」


という声が聞こえたので、和央くんが立ち上がり、部屋の入口まで迎えに行ってくれた。

あたしはどうしたらいいかわからないので。とりあえず部屋で正座して待つことにする。


しかし、和央くんの友達に会うのって、実は初めてなんだよね。友達に紹介してもらえるってことは、いよいよ公式発表ってことだよね。なんか嬉しいけど緊張するな~。


ドキドキしながら待っていると、襖で仕切られて見えない入口の方から、和央くんが「お久しぶり。こんな素敵な宿を手配してくれてありがとうね。」と言った後、女の人の声で「いいっていいって」という声が聞こえて来た。


えっ?女の人?


「それよりもさ!今日は久しぶりに聡子に会えると思って楽しみにしてたんだよ。ほら、あの子って私から連絡しても全然応えてくれないからさ~。何年ぶり・・・。」


そう言いながらガラッと襖を開けて入って来た女の人と目が合った瞬間、その人の顔から一切の表情が消えた・・・。

鳩が豆鉄砲を食らったような顔とは、こんな顔を意味するのだろうか。豆鉄砲がいったい何なのかすらわからんけど・・・。


「ああ、ごめん。紹介が遅れて。この人は星ヶ丘紗季さん。今、僕が交際している人なんだ。」

「はい。私は高城亜里沙です。はじめまして。よろしくお願いします。」


高城さんと名乗った女性は正座して丁寧に自己紹介をしてくれたが、まだその顔に表情が戻って来ない。のっぺらぼうみたい。口調も事務的な感じがする。


その後、和央くんがお茶を入れてくれて、近況とか学生時代の思い出とかの話題を振っていたけど、高城さんは目の前の状況を消化しきれていないのか、ぼんやり相槌を打つだけだった。

そして、お茶も飲まないまま「お二人の邪魔をしちゃ悪いから、これで失礼するわね」と言って、そそくさと帰って行った。


ーー


そのままイチャイチャを再開するには空気がおかしくなり過ぎたため、あたしたちは、観光客に混じって琵琶湖畔を少し散歩することにした。


「・・・・さっき訪ねて来た高城さんは法科大学院の時の同級生で、僕と同じ年に司法試験に合格して、大津の人と結婚して、こっちで法律事務所を経営してるんだ。」

「ああ・・・そうなんだ・・・。和央くんにも異性の友達いたんだね・・・。」

「異性っていうか、彼女は豪快でそんな感じしないし・・・。あっそうだ。今日は気を遣って早く帰っちゃったけど、大酒飲みで、飲むとすごく面白いからきっと紗季と気が合うよ。」

「そうなんだ・・・。」


高城さんのことよりも、彼女が言ってた『聡子さん』のことが気になる。きっと聡子さんが、和央くんのたった一人の元カノだよね。

それで、和央くんが聡子さんと一緒に来てると誤解して訪ねて来たけど、聡子さんじゃなくてあたしがいたから・・・。


聡子さんのことを聞きたい。だけど怖くて聞けない。和央くんの口から聡子さんの話を聞いたら、その歴史の重さにあたしの心は押し潰されちゃうかも・・・。


その時、琵琶湖からビュウと強い風が吹いていて、あたしは和央くんの腕に両腕を強く絡ませて体を寄せた。


「寒い?」


和央くんは優しい声で気遣ってくれたけど寒いわけじゃない。

ただなんとなく、和央くんが吹き飛ばされて、そのままどこか遠くへ行ってしまいそうな気がしたから。


「花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせし間に・・・。」


「えっ?」

腕を絡ませながらのあたしのつぶやきに、和央くんが身を固くした。


「百人一首にある小野小町の歌・・・。ほら、近江は百人一首に縁がある場所だから・・・。」

「えええっ・・・?まさか紗季から百人一首なんて知的な話題が・・・?」


和央くんは、まるで鳩が豆鉄砲をくらった時みたいな表情で驚愕していた。まさかこんなレアを1日に2回も見られるとは・・・。


「おいっ!失礼だって!忘れちゃった?あたしは英語とか数学は苦手だけど、国語だけは得意だったんだから。」

「ごめん・・・確かにそうだったかも。」


プンプン怒るあたしに、和央くんは素直に頭を下げてくれたので気を取り直す。


「この歌はね。小野小町が時の移り変わりによる変化を嘆いた歌なんだって。一緒に歩いていたら、これから時間が経っても、ずっと変わらず和央くんと一緒にいられるのかなって思って、つい口から出ちゃって・・・。」

「そんなこと・・・・」


何かフォローめいたことを言おうとしたので、人差し指を立てて制止した。


「だめだよ。紗季は歌で気持ちを表現したんだから、和央くんも言葉じゃなくて、歌で返してよ。」

「う~ん・・・それは難しいな・・・古文は苦手だったし・・・。」

「フフッ、いつも英語を読まされる時のあたしの気持ちがわかったか。がんばれ~!」


和央くんは首をひねりながらしばらく考えていたが、やがて「あっ!!」と言って口を開いた。


「瀬をはやみ岩にせかるる滝川の割れても末にあはむとぞ思う」


「・・・・。」

「あれっ?ダメだった?」

「割れても・・・って何よ。別れるってこと?」


そのままプイっと横を向いて怒ったフリをしたら、和央くんがおかしいくらい慌てだした。


「ち、ちがうって・・・末にあはむとぞ思う。つまり最後には必ず一緒になろうって意味だよ。」

「最後には~?これから浮気するつもりとか~?」


ジトっとした目で見つめてみると、意外にも真面目な表情で強く見つめ返してきた。


「そんなわけないじゃん!ほら、中学を卒業してから、しばらくは別々の道を歩んでたけどこうして再会できて、それで最後は必ず一緒にいようって・・・・。」

「・・・・。」

「ダメ・・・?」

「ううん、ダメじゃない。嬉しい・・・!」


そのまま、あたしは人目もはばからず和央くんに抱き着いて、思いっきり唇を噛んだ。


「ちょ・・ちょっと、周りに人がいっぱいいるって・・・・。」

「フフッ・・・周りの目なんか気にしちゃってかわいい。あたしなんか周りに見せつけてやりたいのに・・・。じゃあ旅館に帰って続きをしよっか!」


元カノのことは気になるけど、今はあたしを好きでいてくれるし、あたしも和央くんを絶対離さないから大丈夫。

こうやって二人の時間を少しずつ積み重ねていけば、きっと元カノとの歴史も乗り越えられるはず!!


和央と末にあはむとぞ思う!!


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