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きみ、捨てられたの?じゃああたしが拾ってあげるよ。  作者: 有希乃尋
第1章 あたしが拾ってあげる
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第1話 捨てられた彼

あたし、星ヶ丘紗季は30歳の美容師。


夫も子供もいないが別に不幸じゃない。

2年前に地元で立ち上げたヘアサロンも最初はお客さんがつかず苦労したけど、今ではまずまず順調。

地元には気が向いたら一緒に遊べる友達もいる。

たまに辛い思いもするけど、その分楽しいこともたくさんある。

これからも、このままのん気に一人で生きてくつもり。

だから、わざわざ、あんな捨てられた奴を拾ってあげることはなかったのに・・・。



「紗季さん、このネットからの予約のお客さんですけど、名前の読み方わかります?難読が過ぎるんですけど。」


アシスタントの香澄ちゃんが見せてくれた紙には、『纐纈和央』と書かれていた。


「あ~、これはコウケツって読むんだよ。」

「え~っ!すご~い!もしかして紗季さん漢字検定1級とかですか~!?」

「いや、そんなことないって。たまたま中学の時に同じ苗字のタメがいて・・・って、あれ?下の名前も同じだ。」

「じゃあきっとその人ですよ!!こんな変な苗字の人、他にいないでしょうし。」

「いやさすがに何人かはいるでしょ。でもまあそうかもね~。そうか~、あいつか~、懐かしいな~。」

「どんな人だったんですか?」

「う~ん、友達がいなくていつも教室の隅で本とか読んでる、メガネのぽっちゃりって感じだったかな~。」

「もしかして紗季さんのオタク仲間とかですか~?」

「いや、あたしオタクじゃないし!!でも、お願いしたら勉強とか教えてくれたり、優しいやつではあったかな・・・。」

「へ~・・・」


香澄ちゃんは、あまり興味をそそられなかったようでそそくさと開店準備に戻って行った。


あたしも懐かしいけど、別にそれ以上の感情はない。今日、この名前を見るまですっかり忘れてたくらいだし・・・。


★★


予約の時間に現れた彼は、やはり中学のタメの纐纈和央くんだった。


「わ~っ、和央くんだよね!覚えてる?久しぶり~!元気してた~?卒業以来だから15年ぶりかな~?痩せた?なんかこうシュッとっしちゃって!」

「お久しぶりです・・・。まさか本当に星ヶ丘さんのお店だったとは・・・。」


久しぶりに会う彼は、中学時代の面影は残っていたけど、無駄な肉が落ちてメガネもかけておらず、すっかり清潔感ある大人の男性という感じになっていた。でも服装は地味だし、あたしにも香澄ちゃんにも謙虚というか、むしろおどおどした態度で、性格の方は友達が少なかった中学時代とあまり変わってないかもしれない。


「じゃあ、今日はどうしましょうか?あたしとおそろの髪色にしちゃう?このかわいい銀髪に!そんで思い切ってクルクルに巻いちゃう?」

「いや、グレーでクルクルパーマってバッハじゃないんですから・・・。襟足とか揃えてもらう感じでいいんで・・・。」

「ちぇっ!カラーとパーマの料金取れるかと思ったのに。でも、カットね。あいよ~。山田市カリスマスタイリスト四天王の腕を見せてやるぜ~!」

「ははっ・・・この市にはカリスマスタイリスト四天王がいるんだ・・・。クククッ、しかしあいつはカリスマ四天王の中でも最弱・・・とか?」

「うっせ~!あたしがラスボスだ!!」


盛り上げようとあたしが明るくボケてあげて、冷静にツッコミ返される感じも中学の頃のままだ。なんかこのノリ懐かしい。


「ところでさ~、今日はどうしてうちの店に来てくれたの?たしか東京に出てなかった?実家に帰省とか?あっ、帰省だったらわざわざ髪切りに来ないか~。こっちに転勤してきたとか?」


しばらくこっちにいるんだったら、中学の友達で集まろっか~と続けようとしたのだが、和央くんは急に暗い顔になり、ぽつりとつぶやいた。


「・・・・実は仕事を辞めさせられて、婚約も破談になって・・・それで地元に戻って来たんだ・・・。」

「へえ・・・・。」


突然の不幸なカミングアウトに、普段は何事にも動じないあたしも返す言葉がない。

ふと鏡を見ると、隣の席でカラーリングをしているおばちゃんが、興味津々な顔でこちらを横目でうかがっている様子が見えた。

おばちゃんの手元には女性週刊誌の『梨園の貴公子の転落!!借金60億円で破産と離婚の危機!!』という記事が開かれている。


会ったこともない歌舞伎役者より、隣に座っている人の不幸話の方が気になる気持ちはわかる。

あたしも和央くんの話の続きがすごく気になる。


だけど、ここでおばちゃんに聞かれたら地元で変な噂が広まってしまうかもしれない。ここは昔のよしみで話をそらしてやるか・・・。


「そういえばさ・・・5年くらい前に中学の同窓会があったんだけど、来なかったよね。」

「ああ・・・あの頃は大学院に行ってたし、試験とかで忙しかったから・・・。」

「へ~、大学院行ってたんだ~。すごいね~、昔から頭良かったもんね。それで同窓会でさ~、中学の時の担任の増山先生がさ~、ほら中学の頃から髪が薄かったじゃない。それが10年ぶりに見たらさ・・・。」

「ああ・・・とうとう髪がなくなったとか?」

「いや、それが逆にふさふさになっててさ~。どうしたんですかって聞いたら、病院へ行って治療を受けたって・・・いや、医学の進歩ってすげ~なって。ハハハッ~。」


ちらりとおばちゃんの方を見ると、話題が変わって関心がなくなったのか、歌舞伎役者の記事に視線を戻していた。


やれやれ・・・世話が焼ける・・・。


「ほい!できたよ!初回来店サービスと昔のよしみサービスのコンボで、注文よりだいぶ短めに切っておいたから!」

「えっ?それって普通は料金をサービスしてくれるとか、試供品をくれるとかじゃないの?短めに切られても・・・。」

「お客さん、うちも商売なんでね。ヘッヘッへ・・・では、あちらで耳を揃えて払っていただきやしょうか・・・。」


レジ前に移り、周りに人がいなくなってから、真面目な顔に戻して「元気出しなよ。悪いこともあればいいこともあるからさ・・・」と伝えると、「うん。今日、星ヶ丘さんと話して少し元気が出たよ。中学の頃みたいに明るく元気づけてくれてありがとう。また来るよ。」と言ってくれた。


少しでも元気づけられたならよかった・・・そう思いながら、彼が少し猫背でいずこかへ向かって行くのを「またね~」となるべく明るい調子で手を振って見送った。


★★


その彼、纐纈和央くんとの再会の機会は意外にもすぐにやって来た。


再会の日からちょうど3日後の月曜日のことである。


うちは火曜日が店休日なので、閉店時間後にたまった事務仕事を片付けていたらすっかり遅くなってしまった。一人で外食も面倒だし、ささっと夕飯を買って家で食べようとスーパーに寄ったら、そこに彼がいたのだ。


「あれ?久しぶり・・・でもないか?どうしたの?」

「ああ・・・星ヶ丘さん、こんばんは・・・。ちょっと夕飯を買って帰ろうと思って・・・。」

「えっ?実家で暮らしてるんじゃないの?」

「うん・・・実家には弟夫婦が家族で暮らしてて場所がないから、この近くにアパート借りてて・・・。」


無職なのに一人暮らしなんてお金は・・・という言葉は、すんでのところで飲み込んだ。彼にも事情があるのだろう。

しかし、仕事を失い、婚約者も失い、傷ついて帰って来た実家には居場所がない・・・そんなどん底状態でメンタル大丈夫なのだろうか?心配になってきた・・・。


「あ~っ、じゃあさ一緒にご飯食べに行こうよ。ちょうどあたしも夕飯買いに来たとこだしさ!!」

「えっ?悪いよ。もう遅いし・・・。」

「大丈夫だって。あたしは明日休みだしさ。」


昔のよしみで彼の話を少しだけ聞いてあげよう。あたしは心が天使だしね!


そう思って彼を近くの居酒屋へ誘い、あたしたちは再会早々、一緒に飲むことになった。


これが和央くんを拾うことになったはじまり。だけど、このせいであたしがあんなに苦しむことになるなんて・・・。


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