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パートナーっていうのにはいろんな意味がありまして。_1

 しかし、私に触れる寸前で七央にその手をベシッと叩き落とされ、ザックはジト目になる。


「触るなっての」

「なあ。俺が少年に手を出さないって言ってんだから、そっちも遠慮しろよ」

「知らない」


 ぷい、とそっぽを向いた幼馴染はむくれているように見える。髪を掻き上げたザックは、右目を眇めて七央を見た。


「知らない、ってなあ……ほんと可愛くねえなあ?」

「うるさい」

「カナが俺に抱きついてたのがうらやましいんだろ。あーあ。男の嫉妬だなんてみっともねえな」

「嫉妬してないし」

「だぁったら。もうちょっと彼女の感触を堪能させてくれても良いんじゃね?」

「感触……って、気持ち悪。変態」

「あァん? おい、今なんつった少年」


 もう一度言ってみろ、と言われて、馬鹿正直に「変態」と返した七央に目をむいたザックは私を見た。


「ねえ、ちょっとだけほっぺた引っぱっても良い? ムカつくんだけど、このガキ」


 地団太を踏みそうな勢いでザックは言ってくる。確かに、今さっき七央を傷つけないと勝手に私に向かって宣言したのは彼なので、こちらに話を振ってくるのはわかる。


「それは私が許可するような話じゃないような?」


 でも、私にそんな権限はない。苦笑いで返せば、ザックは眉を下げて情けない顔になる。


「ねえ、カナぁ? どうして俺だけこいつに叩かれなきゃいけないわけ? ケガさせない程度なら軽く小突くくらいしても良いよね?」


 一方的なのはズルいと彼は主張する。ところがザックの発言を受けて「さっきオレに手を上げないって言ったのアンタでしょ。男に二言あるんだ」へーぇ、とさっきの仕返しとばかりに七央は意地の悪い顔になった。


「うっぁぁあああ! ムカつく! 本ッ当にムカつくんだけどさあ! 姫、ねえ一回だけ、ちょっとだけコレ殴らせてよお願い!」

「舌の根乾かないうちにそれとか……はっ!」

「カナーッ! ちょっと何か言ってよ」


 この二人、実は気が合うんじゃないだろうか。そんな風に思うくらい、七央にしては他人との会話が長く――これは口喧嘩だけども続いている。ぽんぽんと放たれる言葉の応酬に思わず笑いがこぼれる。

 さっきまでの張り詰めた空気が嘘みたいだ。こんなに生き生きとしてる七央は久し振りに見た気がして嬉しい。いや、喧嘩を見て笑ってはいけない。安堵したのも相まって、こみ上げるものをなんとか押し殺そうと頑張ってみる。が、努力空しく肩が震える。笑いをこらえようとすればするほど、その衝動が抑えられなくなる。


「ふ、ふふっふっ」


 明らかに笑い出した私を見て、ポカンと口を開けた二人の雰囲気が一気に柔らかくなる。


「ごめんね」


 と言いながらも続く笑いを堪えられない。そんな私を見て困ったような顔で頭を掻いたザックは七央に向かってあごをしゃくった。


「あー……まあ良いや。姫の笑顔見れたから、今日は許してやるよ少年」

「アンタの許可とかいらないし。ついでに、その姫って言うのやめて」

「なんだよ。俺が彼女をどう呼ぼうと勝手だろ。それに別にお前にそんなこと言う権利はないだろ。カナと付き合ってるわけじゃな――あ゛?」


 ザアッと顔色を悪くしたザックは、口元を押さえる。


「ね。ねえ。今すっごく嫌な想像しちゃったんだけど、もしかして、もしかしてカナの付き合ってるヒトって、コレ? だから傷つけないでって、そういうこと?」


 なんだそれ、俺とんでもないピエロじゃないか! ザックは悲鳴のような声を上げる。


「「違う! 幼馴染!」」


 異口同音に否定すれば「ああ、驚いたぁ」と彼は大袈裟に安心して見せた。


「じゃあ少年もその独占欲みたいなのやめろよ。ただの幼馴染なんだろ?」


 ザックはうりうりと七央の頭を小突く真似をする。迷惑そうに払った七央は「早く服着ろよ」なんてイヤな顔をして、そんな七央になにか言い返そうとしたザックの動きが突然に止まった。

 ピタリと硬直し、真顔になる。

 彼の視線を辿れば


「そうよぉ? マリーはヌーディストと一緒に歩く気はないんだからね」


 そこにはいつの間に立っていたのやら、絶世の美女が立っていた。



 彼女は肩にかかった豊かな金髪をさっと払って艶やかな笑みを浮かべる。


「早く服着てよぉ」


 彼女はさっきザックが放り投げたジャケットを拾って差し出し、黙って受け取った彼はじっと手の中のそれを見る。続いて小首を傾げながら美女を見て、軽く指先で見せつけるような仕草で自分の腹筋を撫でた。


「もう少し見てもらっちゃ駄目かい? マリー」

「なに言ってるの、ザック。そういうものはいざって時に取っておきなさい。見慣れてる裸に価値はないわよぉ?」


 そういう彼女も、かなり胸元あらわでスリットが深く入ったドレスを着ているのでコメントのしようがない。

 誰? と思っているのは私だけなようで、七央はひたすらに嫌な顔をして二人を見ている。マリーと自分を呼んだ女性はザックにピッタリと寄りそうように立つと、軽く彼の胸に指先で触れて「は・や・く」と同性の私でもドキッとするような色っぽい顔と声で誘った。


「いつまでマリーを待たせるのぉ? ひどいヒトねぇ」

「ああ、ごめんよ。ちょっと野暮用があってね。怒らないでくれよ」


 マリーは背伸びしてザックの首に両腕を回してしがみつき、甘えた声を出す。それを受けるザックの表情もとても柔らかくて。

 ――あれ? これ目の前でイチャつかれている?

 唖然とする私の前でザックはマリーに顔を寄せ、彼女の額に軽く口付けた。


「っ……ぇ?!」


 瞬間的に状況を呑み込めない。七央が隣でため息をついて顔を覆う。

 ――キス、した……?

 なぜかズキンと胸が痛む。目の前で起きたことが事実と信じられなくて、一瞬呼吸をし損なう。これ、なんなの?


「ンもう、そんなのでチャラになんてしてあげないんだから。あとでちゃぁんと埋め合わせしてね?」

「オッケーマリー、必ず」

「じゃあ、行きましょ」


 これ、明らかに恋人同士のやりとりだ。

 ……恋人? ザックの恋人ってこと? この美女が?

 ――ええと……

 昨日からザックに言われたいくつもの言葉を反芻する。どれもこれも、今の状況を信じられないものとするには十分だと思うのは気のせいだろうか。

 ――私、口説かれてなかった?

 ただでさえいきなりやってきた恋人とイチャつかれたら戸惑うというのに、これは、どう判断すればいいのだろうか。

 会話を終え、やっとこっちを見たマリーと呼ばれた美女は上から下まで無遠慮に私を眺め、ぱあっと明るい笑顔になる。


「あらぁ? もしかしてこの子ぉ?」

「そうだよ。彼女」

「へーぇ……そうなの」


 花が綻ぶような美しい笑顔で、彼女は白く細い指先を揃えて手を差しだしてきた。

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