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再来・再会・再検討

 ――どうしてまたここにいるの?

 あまりにもタイミングのいい登場に頭の中に危険信号が灯る。いつの間に背後に近付いてきてたのだろうか。聞きたいことだらけで、うまく言葉にならない。


「こーんな時間に女の子が一人で歩くにはさぁ、この道暗くない?」

「なんで、いるの?」

「んー? 俺のこと言ってる?」


 他にいないだろう、と思いながら距離を取る。じりじりとあとずさっていると、トン、と逃げ場をなくすように壁に手をつかれた。


「逃げなくても良いでしょ。俺と姫の仲なんだしさ」

「どんな仲ですか」

「お姫さまに付き従うんだったら、俺の立場はナイトかな?」


 にこーっと口を弓なりにしてじりじりと追いこんでくる。昨日彼と出会ったその場所で、背中は壁に押し付けられていて逃げられない。どうしようもなくなって、それ以上来ないで、とバッグで顔を隠した。


「昨日答え聞き忘れてたからさ、ここに来たら会えるかな~って思ったんだけど。本当に会えるとは思わなかったよ。いやー、これはやっぱり運命だね。俺とカナは付き合うべきだってなにかが言ってるんだよ」

「それって神様ってことですか」


 どこまでも軽い口調の彼を見ないようにしながら言い返す。


「うーん……? さあねぇ。ま、そんなのはどーでもいいんだけど」


 ザックは言葉を濁すと「で、答え聞いてもいいかな?」また聞いてくる。

 その声の響く位置がさっきよりも近い。顔面ガードしているバッグの横から覗き込まれているようだ。ぎゅっと目を閉じて必死に顔を伏せる。


「私、あなたのこと何も知らないので無理です」

「そんなのはこれから知っていけば良い話さ。なーんの問題もないね。なにを知りたい? なんでも教えてあげる」


 彼はやたらと甘ったるい声で話し掛けてくる。体よく断られているのに気付かないんだろうか。


「じゃあ、あなたにつきまとわれない方法を教えてください」

「ワオ。そう来るかい? うーん、それは無理な相談だな。姫を守るのが騎士の役目だからね、離れていたら何も出来なくなるじゃないか。だから、そんな方法はないよ」


 そう言いながら、ザックの声が発せられている位置が下がっていく。どういうこと? と薄目を開ければ、バッグで隠せていなかった胸元近くに彼の顔がある。

 ――はぁ?!

 じっと胸を見られていることに気付き、頭に血が昇る。

 ――何見ているの変態!

 今日は胸元の開いているデザインの服でもないし、私の胸のサイズだって目立って大きいわけではない。改まって見るものなんてないだろうに、彼の視線はまじまじとそこを見ていた。

 今度はバッグを胸元に抱え込む。


「あの!」

「お? ……ああ。違う違う、誤解しないで」


 視線を遮られた彼は両手を上げる。君には触らないという意思表示らしい。それから数歩下がって、私を解放してくれた。


「俺が見てたのはカナの胸じゃなくて、それ」


 とザックは自分の鎖骨の下辺りを指さす。


「ペンダント。どうしたの? 昨日はつけてなかったし……それお洒落でつけてるんじゃないよね」


 腕を下ろしてそこを見れば、シャツの空いた首元にアンディから借りたペンダントが光っていた。


「どうした、って、別にどうでもいいじゃないですか」


 ザックが私の持っているアクセサリーを把握しているはずはなし、比較的地味な、いわゆるオメダイというものだろうコレに興味を示す理由がわからない。メダル部分を握りこんでザックの無遠慮な目から隠す。


「あー、教えられない?……オッケー、まあいいわ」


 と言いながらもその目線はまだアンディのペンダントを握っている私の手を見ているようだった。


「見ないでください。痴漢が出たって警察呼びますよ」

「わかったよ。見ないから警察はやめて。ね?」


 もう一度彼から距離を取ろうと、方向を変えてゆっくり後ろ歩きで数歩逃げ出した私に「触らないって」と苦笑いしたザックだったが信用は出来ない。昨日だって、何度もしっかりと抱きしめられたりお姫さま抱っこされたりしたのだ。

 まあアレに関しては不可効力だったし、やってくれてその結果助かっているのだからとやかく文句を言うつもりはないのだけど、簡単に触れてくる人だという印象は拭えない。


「あの、さっき聞かれたことについてですけど。お付き合いするのしないのっていう話の」

「うんうん」


 ザックは満面の笑みだ。これって、いい返事が返ってくると思ってる反応だ。

 ――どれだけ自信家なの、この人。

 呆れた私は深く息を吸って、おなかに力を入れる。しっかりと発声するように心掛けて


「あなたとはお付き合いできません。私、彼氏いるので」


 はっきりと答えれば、ザックの笑顔が凍り付く。

 ――よし、言ってやった。

 これでもう変に口説いてこないだろう。嘘だろうが何だろうが、お断りするにはこれが一番手っ取り早い。その瞬間の私は勝利を確信していた。

 ザックは、あちゃー、と片手で額を押さえて天を仰ぐ。なにやらブツブツと聞き慣れない言語で呟いてゆるゆると首を横に振った。それからゆっくりと私に視線を戻した彼は、ゆるりと妖しげな笑みを浮かべる。


「じゃあさ。とりあえず、付き合うかどうかってのは保留で良いや」

「聞いてます? 保留じゃなくて、ないって言ってるんです」

「それは彼氏と別れるまででしょ? 俺と付き合えない理由は付き合ってる人がいるっていうだけならさ、いつまででも待つから」


 かなりキツイ口調で言っているはずなのに気にする様子もない。どんなに言っても、へらへらと軽薄そうな笑顔のままだ。


「待たれても、あなたを好きになるかは別です」

「わかってるよ」


 そう言うと、彼の表情から笑みが消える。


「わかってる。絶対に好きになってもらえるって自信があるわけじゃないよ。勝手に俺がホレただけ。でもさ」


 そして、その男は真剣な顔で言ったのだ。


「お願い。俺がカナを好きだってことは頭のどこかに残してくれないか。で、可能なら好きでいることを許してほしい。ずっと片想いだっていいよ。君を想えてるだけで幸せだからさ。……それでね、昨日みたいな危険なものから、君を守らせてくれないか?」


 そんなこと言われても。

 私は戸惑いを隠せない。

 本来なら、どう考えたってそんなのお断りだ。でも、お願いっていう言葉に私は滅法弱いのだ。それに重ねて守りたいなんて言われると、やっぱりちょっとだけドキッとしてしまった。

 我ながらチョロい。わかってる。

 しかし真顔になればあまりにも整った顔立ちの彼に、真剣な目を向けられたら心臓が高鳴ってしまった。

 好きでいてもいいですか、だなんて言われるのははじめてだ。どちらかといえば、そんなのは自分が言うばかりで、こんな美形にそんな風に言われるだなんて夢にも思ってなかった。

 しかも、会って二日目で言ってくるような言葉ではないはずなのに、その言葉が妙に真剣に聞こえる。

 ――顔か。顔のせいか。

 ああ、だから顔のいい男は嫌なんだ。ちょっと真面目な顔をすれば、それだけで相手に伝える力が何倍増しにもなる気がする。

 ――ああっ! ダメよ伽奈、しっかりしなさい。男は顔じゃないの! 顔だけの男に騙されちゃダメッ! こんな不審人物、有り得ない。有り得ないのよ。

 なんとか冷静になろうと自分に言い聞かせる。

 ふーっと深呼吸を一回。よし、落ち着いた。冷静になって、ザックの顔を見返す。俺を信じて、とでも言いたげな真剣な表情に、一瞬怯みそうになる。

 それにしても、こういうのって嫌だと言ったら諦めてくれるものなんだろうか。さっき、つきまとわれない方法を聞いた時ですら「ない」と言い切った男なのに。


「そういうのはやめてください、って言ったら――」


 そこまで口にすると、ザックは露骨に悲しそうな顔になる。

 ――んー! その捨てられてる子犬みたいな目やめて!

 本当に調子狂う。今度は溜息を一回。


「その顔、やめてくれる気はないってことですよね」


 言い寄ってくる男を放流するのが惜しいからこんな言い方でキープしようってわけじゃない。気持ち悪いし、さっさと諦めなさいよ、という気持ちはもちろんある。なんでそこまで言えるのかという疑問もある。

 しかし、私は断るのが苦手なのだ。真剣な目でお願いされると断れない。これはとても悪い癖だと自覚しているのになかなか直すことが出来ない、私最大の短所だ。

 せめてもの悪あがきで思い切り渋い顔で言い放てば、彼は目を細めて嬉しそうな顔をした。


「ないな。ずっと好きだよ」

「なんで昨日会ったばかりの私にそう言えるのかわかりません。いろいろと知ったら、幻滅するかもしれないじゃないですか。嫌いなタイプかもしれないじゃないですか」


 うまく断れないかとゴチャゴチャ言う私に「しないよ」と真っ直ぐな視線で彼は言って。


「絶対しない。君がどんな性格だったとしても、好きだ」

「気持ち悪いこと言わないでください」


 なんでそんなこと言えるの。言葉だけならいくらでも言える。そんなの信じられない。

 なのに、あまりに真摯な態度を見せられると悪い気はしないなんていう小物感。私、本当に駄目すぎる。

 そんな揺らいだ気持ちに気付いたのか、くふっと笑ったザックは何かを言いかけてからふと真顔になると、ゆるりと首を後ろに向けた。


「ところで少年。立ち聞きは趣味悪いんじゃねえの?」


 ザックが声をかけた方を見る。

 そこには、昨日と同じ黒衣をまとった少年が立っていて。

 何のお面も被っていないその顔は――知っている人のものだった。

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