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いつもの朝、のち、夢説否定事象_2

 どうしてそんなことを聞くんだろう? 疑問に思いながら明後日の金曜だと答えれば、七央は急に「その日は家にいて」などと言い出した。普段の無気力な物言いと違って、妙に強い口調の彼に驚いてしまう。


「なんで?」

「えっと、あ。前もやったあのゲーム、一緒にやれないかなって思って。その日、達也さんも休み?」


 聞き返すとハッとした顔をして二度ほど大きく瞬きして、曖昧な笑顔で小首を傾げる。ちょっとわざとらしい気はするけど、そこまで気にするものでもないだろう。

 ――ゲーム、っていったら、きっと七央が得意としているシューティング系のアレのことだろうな。

 FPS系というのだったか、一人称視点の打ち合いゲーム、そういうのだけはやたらと得意な七央だ。彼と組めば、どれだけ下手な私がいたとしてもトップを取ることだって難しくはないだろう。なんだっけ。キャリー? とか。そういうやつ。

 お荷物なのについて行って楽しいのかと言われれば、邪魔になっている自分が申し訳なくてならないので、私にとっては決して楽しくはないものだ。でも、三人一組だから、と言われてそこにいるのに参加しないわけにもいかない。


「どうだったかなぁ」


 別れて一ヶ月弱。そろそろ元カレに入力させられたスケジュールは空白になりつつある。確認してみれば、残念ながらまだカレンダーアプリに情報があった。どうしてこれも消してないのかな、私ってば。


「あ、正確には休みじゃないけど、そこも前の日遅番で、その後は家にいる予定ってなってる」


 まあ、実際にはもう別の女がいるかもしれないし、友達と遊ぶ予定になっているかもしれないし、ここに帰ってくることはないのだけどね。


「じゃあさ、達也さんも誘ってチーム組んでやろ?」


 え、と引きつりそうにある表情を整える。これ、どうなんだろう。連絡取らなきゃダメってことだよね。達也はOKするかな。それとも。


「珍しいね、七央からそんなこと言い出すなんて」


 ためらいを誤魔化すように話をスライドさせる。

 私が知らなかったのだけど、七央は中学くらいの時からゲームの実況をしてたらしくて今も時々プレイ動画を友達が編集してくれてネットにUPしてるみたい。友達に有名な配信してる人がいるとか、本人もそれなりに上手くて大会での優勝経験もあるらしい。彼曰く「大会なんて今星の数ほどあるから、オレなんてたいしたことないよ」だそうなのだけど、達也と付き合いだした時何気なく七央が幼馴染だと言った時の食いつき方に軽く引いたのを覚えている。


「マジであの70《ナオ》と友達なのかよ?!」


 あれとかこれとかやってる彼? 達也は目を輝かせた。チャンネル名を言われたけど、七央は私には細かいことを教えてくれないからよくわからなかった。私もそんなにゲームに興味があるわけじゃないから調べる気もない。


「え? うん。多分その七央だと思うけど」


 中途半端な私の答え方に気付いたのか気付かなかったのか、達也は見たこともないようなキラキラな笑顔で言ってきた。


「一緒に遊んだりできんの?」

「頼めば、多分」


 どうやらそうやって仲良くなろうとする人は少なくはないらしくて、最初はとても渋られた。でも何度も何度も頼み込んで食べ物やら新作ゲームで釣って一回だけという約束で遊んでもらった。

 のだけど、家庭内引きこもりだからと彼のお母さんが笑うほどにゲームばかりでリアルの人付き合いが得意でない七央は、最終的に達也の勢いに気圧されてフレンド登録させられていた。可哀想に一度だけという約束だったのに、今も結局断り切れずに達也に時々呼び出されては迷惑しているようだった。でもその苦情をいちいち私に言われても困るので彼の話は右から左だ。

 まあつまり、七央は達也をあまり得意としていない。むしろ苦手な部類の人間のはずで、彼から「一緒にゲームで遊ぼう」なんて言ってくるのは珍しいどころか、まず『ない』話だった。


「どういう風の吹き回し?」

「んーちょっとね。たまにはいいじゃん」

「私は構わないけど、それって達也の予定が入ってなかったらってことでも良いかな?」

「おけ」


 キッチンに洗いものに向かった私に向かって「忘れないでね」と言った七央が笑う。


「カナ姉はお姫さまにでもなったつもりでオレについてきて。ちゃんと隠れててね。あ、これ別にバカにしてるわけじゃないからね」

「……姫……」


 その単語が引っかかって、皿洗いをしている手が止まった。


「どうしたの?」

「あ、うん。なんでもない」


 ふと、私をそう呼んだ人を思い出してしまった。顔も、声も、しっかりと抱きしめてくれていた腕の力強さも、なにかの香水の香りも。全部しっかりと覚えていた。

 ――あれが夢でないのだとしたら。

 かぁっと耳が熱くなる。

 男の人二人から取り合われるなんてまるで夢のシチュエーションだったではないか。たとえコスプレっぽい感じの変な二人だったとしても憧れのシーンであったことに変わりはない。そんな夢を見てしまったと考えるよりは事実だった方が私の頭的にはイタくはないかもしれないけれど、それにしても有り得ない。しかも、初対面の男の人に偶然とは言え抱きしめられたり押し倒されたり。久し振りに男性から触れられた気がする。と、彼に触れられていた部分にその感触が蘇る。

 化け物退治だなんて非現実的なことが本当に起こったなんていまだに信じられない。でも夢と言ってしまうにはあまりにもリアルな記憶がある。ハッとしてタオルで濡れた手を拭き、恐る恐る左サイドの髪をなでる。

 ――切れてる……

 一房だけ、不自然に短い場所がある。さっきは鏡をろくに見なかったから気付かなかった。髪を洗っているときに感じた違和感の原因はこれか。

 ――やっぱり、あれは現実だ。

 リアルなんだ、と思った途端にドキドキと心臓が早鐘を打つ。だとしたら、あの魚のバケモノに食べかけられたのも本当だということになる。


 おれが守るから


 二人の声が頭の中に響く。ゲームをやってる時には何度も言われた「守ってあげる」が、全く違う音で聞こえてくる。あれはゲームじゃない。あの時食べられていたら、多分無傷ではすまなかった。それどころか死んでいたかもしれない。

 本当に守られたんだ、と実感すればするほどに恐怖がぶり返してきて血の気が引く。流しの縁に手をついて崩れ落ちそうになるのを押しとどめる。


「カナ姉大丈夫? 貧血だったらオレ皿洗いくらいするよ。ごちそうになったんだし」


 蒼い顔になった私に気付いた七央がキッチンにやってくる。座っていて、とソファに戻された私は、七央の後ろ姿をながめて昨晩の少年を思い出す。そう言えば、お面をつけたあの子は七央と同じくらいの身長だった気がする。


「七央には」

「なに?」

「何度も守ってもらってるのになあ」


 あくまでも、ゲームの中の話だけど。

 振り返った七央はちょっと驚いたかのように目を丸くして、それから「これからもオレに任せといてよ」と微笑んだ。

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