第5話 断っても帰らない侯爵令嬢2
「さて、これで俺の役目は終わりましたよね? じゃあ、お帰りください」
時計の修理を終えた俺は、できる限り丁寧な口調でアリシアに言った。
しかし――。
「いえ、まだです」
アリシアはニコリと微笑んで、優雅に紅茶を飲んでいる。いつの間に用意されたんだ、その茶器。
「あなたを迎え入れるための交渉が終わっていませんから」
「いや、俺は行かないって言ったでしょ?」
「確かにお断りされました。しかし、私は諦めませんわ」
なんなんだ、この人……。
俺が困惑していると、周囲の村人たちがクスクス笑い始めた。
「いやぁ、お前、すごい人に気に入られたなぁ」
「もしかして、婿入りか?」
「おめでとう!」
「違う! 絶対に違う!」
冗談じゃない。貴族の家に行ったら、のんびりスローライフどころじゃなくなる。
「なぜそこまで俺を執事にしたいんです?」
「それは……あなたほどの有能な人材を放っておくのは、あまりにも惜しいからです」
「俺はただ、村で雑用をやってるだけですよ?」
「その“雑用”が、王都の職人ですら手を焼く仕事を軽々とこなしていることが問題なのです」
アリシアがため息をつく。
「優秀な人材は、貴族にとって宝と同じ。私には見る目がありますのよ」
「いやいや……」
このままでは押し切られる! 何か対策を考えないと……。
「では、こうしましょう。あなたが私の試練を突破できたら、諦めますわ」
「試練?」
その言葉に、周囲の村人たちもざわついた。
「試練って、お前、何をさせる気だ?」
「そんなに難しいものではありませんわ。ただし、あなたの実力を確かめるための試験にはなります」
嫌な予感しかしない。
「例えば?」
「そうですわね……。では、明日の朝までにこの村の仕事を全て完璧に終わらせる、というのはどうかしら?」
「無理に決まってるだろ!」
「あなたなら、できるのではなくて?」
にっこりと微笑むアリシア。完全に俺を試している。
「無理無理、俺は普通の人間ですから」
「ですが、ここにいる皆さんは違う意見のようですわよ?」
俺は周囲を見渡した。
「お前なら、やれそうな気がするけどなぁ」
「まあ、実際、昨日も色々やってくれたしな」
「頑張れよ!」
「お前ら、味方しろよ!」
まさか村人たちまでアリシア側に回るとは。
「……分かりましたよ。その試練、受けてやりますよ」
「まあ! では、明日を楽しみにしていますわ」
「ちょっと待った! もし俺がこの試練をクリアしたら、絶対に俺を勧誘しないって約束できます?」
「もちろんですわ。ですが、あなたが失敗したら?」
「その場合は……?」
「あなたには、私の屋敷で正式に執事として働いていただきますわ」
「……マジですか」
「ええ、マジですわ」
「おい、そんな大事な話、もうちょっと考えさせろよ!」
「交渉成立しましたわね?」
「してねぇよ!」
「では、皆さん証人になってくださいませ」
「「「おおー!」」」
村人たちの間から拍手が巻き起こった。
「え、ちょっと待て。お前ら、何勝手に盛り上がってるんだよ!」
「だって、面白いじゃん?」
「いやいやいや、俺の人生がかかってるんだけど!」
「頑張れよ、執事さん!」
「だから違うっての!」
こうして、俺は予想外の試練を受けることになってしまった。
これ、本当にスローライフできる日は来るのか……?
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