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第4話 断っても帰らない侯爵令嬢

 「……今日は、絶対にのんびりする」


 朝、ベッドの上で俺は固く決意した。


 昨日も一日中働かされた。鍛冶、家の修理、そして最後には村長の会計整理。数字が得意だからといって、異世界の経理までやることになるとは思わなかった。


 しかし、今日は違う。俺は動かない。何があっても絶対に働かない。


 そう思いながら、ゆっくりと布団にくるまり、二度寝しようとしたそのとき――。


「おーい、いるかー?」


 ……またか。


 外から聞こえてくるのは、昨日も俺をこき使った鍛冶屋のゴルドの声だった。


「いないことにしよう……」


 俺は毛布をかぶり、息をひそめた。


 しかし、ゴルドの声は止まらない。


「おーい! いるんだろ? わかってんだぞ!」


 どんどん扉を叩く音が大きくなる。


「……無視しよう」


「お前がいないと、今日の村の作業が進まねぇんだ! 頼むから出てきてくれ!」


 ……なんで俺がいないだけで村の作業が進まないんだよ。


 俺は大きくため息をつき、仕方なく布団を蹴飛ばした。


「なんですか、朝から……」


 渋々扉を開けると、そこにはゴルドだけでなく、村の大工、農民、さらには漁師までが集まっていた。


「……なにこれ?」


「いやぁ、実はな……お前がいないと、みんな困るんだよ」


「俺が何をしたっていうんですか……」


「まず、鍛冶屋の仕事だ。昨日お前が刃物を研いでくれたおかげで、料理人たちが大助かりだったんだが、今度はくわや鎌の刃がダメになってるんだよ」


「で、大工仕事もな。お前が直してくれた家は完璧だった。でも、その隣の家も老朽化してて、修理が必要なんだ」


「漁師の網も破けててな。お前なら直せるだろ?」


「……」


 みんなが期待の目でこちらを見てくる。


「俺は……俺は……」


 俺はスローライフがしたいんだよおおお!



 結局、俺はまた働かされることになった。


 まずは鍛冶屋で、農具の修理。


「こんな感じでいいですか……?」


 俺が半ばやけくそで鍬の刃を研ぐと、ゴルドは目を丸くした。


「おお、すげぇ……まるで新品みてぇだ!」


「はい、次!」


 次に大工仕事。


「この梁をこうして……」


 俺が手を動かすと、自然と完璧な補修ができてしまう。


「すげぇ! これならあと数十年は持つな!」


「はい、次!」


 漁師の網を修理。


「これで……はい、できました!」


「すごい……網目が完璧に揃ってる……!」


「もう、俺を仕事に呼ばないでください!」


 俺は叫んだ。



 ようやく仕事が終わり、俺は全力で家へ逃げ帰った。


 扉を閉め、鍵をかけ、ベッドに飛び込む。


「もう何も聞こえない……俺は自由だ……」


 そう思った矢先――。


 「旅の兄ちゃん、いるかー?」


 村の少年の声が響く。


 布団の中で俺は深く息を吐いた。昨日の仕事地獄からようやく解放されたと思ったのに、またか。


「いないって言っといて……」


「いや、無理だって! すごいお嬢様が来てるんだよ!」


 少年の必死な声に、俺は仕方なくベッドから起き上がった。


「お嬢様?」


「そう! すごい綺麗な馬車で来たし、護衛もたくさんいるんだ!」


 まさか貴族関係者か? なんでそんな人間がこんな村に……。


 仕方なく外に出ると、そこには豪華な馬車と、上品な衣装をまとった金髪の少女がいた。


「あなたが、この村で“万能職人”と噂される方ですか?」


 透き通るような声と、凛とした態度。間違いなくお嬢様だ。


「いや、違います」


「……村人全員があなたのことをそう言っていましたが?」


 ちっ、誰だよそんな噂広めたのは……。


「まあいいでしょう。私は侯爵家の令嬢、アリシア・フォン・クラウゼン。あなたに依頼があって参りました」


 侯爵家!? ますます厄介な展開じゃねぇか!


「えっと……俺、ただの旅人なんで……」


「そうですか。しかし、この村で大工仕事、鍛冶仕事、漁具の修理、さらには会計処理までこなしているのですよね?」


 なぜそこまで知っている!?


「ふふ、情報は大事ですから。あなたの能力、ぜひ私の家で活かしてほしいのです」


「はぁ?」


「あなたを、私の専属執事として迎え入れたいのです」


「断ります!」


「即答!?」


「俺はスローライフを送りたいんです!」


 アリシアは驚いたように目を見開いた後、くすっと笑った。


「面白い方ですね。でも、私も簡単には引き下がりませんよ?」


 俺は背筋に冷や汗を感じた。


「なあ、お前すごい人に目をつけられたんじゃないか?」


 横から村長が小声で囁く。


「俺だってそんな気はしてるよ!」


 侯爵家の令嬢がここまで直接来るなんて、普通ありえない。何か裏があるのか?


「では、まず試しにこれを直していただけませんか?」


 そう言ってアリシアが差し出したのは、美しい細工が施された懐中時計だった。しかし、よく見ると針が止まっている。


「壊れてるのか?」


「ええ。王都の職人でも直せなかったのですが……あなたならできるかもしれないと」


「……俺、時計職人じゃないんだけど」


「でも、できるのでしょう?」


 何だろう、この妙な確信。もはや断れない流れになっている。


 俺は懐中時計を慎重に開け、中を覗いた。歯車が一部欠けているのが原因らしい。


「……まあ、やるだけやってみるか」


 俺は道具を取り出し、細かな作業に取りかかった。村人たちは興味津々に見守っている。


「すごい集中力だな……」


「普段の仕事もこのくらい真剣にやれよ……」


「いや、いつも真剣にやってるけど!?」


 小一時間ほどの格闘の末、ついに時計の針が動き出した。


「直った……」


「まあ! すばらしい……!」


 アリシアが目を輝かせる。


「ますます気に入りました。やはり、あなたはぜひともお迎えしたい」


「いやいや、無理だから!」


 こうして、俺のスローライフはさらに遠ざかることとなった……。

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