第4話 断っても帰らない侯爵令嬢
「……今日は、絶対にのんびりする」
朝、ベッドの上で俺は固く決意した。
昨日も一日中働かされた。鍛冶、家の修理、そして最後には村長の会計整理。数字が得意だからといって、異世界の経理までやることになるとは思わなかった。
しかし、今日は違う。俺は動かない。何があっても絶対に働かない。
そう思いながら、ゆっくりと布団にくるまり、二度寝しようとしたそのとき――。
「おーい、いるかー?」
……またか。
外から聞こえてくるのは、昨日も俺をこき使った鍛冶屋のゴルドの声だった。
「いないことにしよう……」
俺は毛布をかぶり、息をひそめた。
しかし、ゴルドの声は止まらない。
「おーい! いるんだろ? わかってんだぞ!」
どんどん扉を叩く音が大きくなる。
「……無視しよう」
「お前がいないと、今日の村の作業が進まねぇんだ! 頼むから出てきてくれ!」
……なんで俺がいないだけで村の作業が進まないんだよ。
俺は大きくため息をつき、仕方なく布団を蹴飛ばした。
「なんですか、朝から……」
渋々扉を開けると、そこにはゴルドだけでなく、村の大工、農民、さらには漁師までが集まっていた。
「……なにこれ?」
「いやぁ、実はな……お前がいないと、みんな困るんだよ」
「俺が何をしたっていうんですか……」
「まず、鍛冶屋の仕事だ。昨日お前が刃物を研いでくれたおかげで、料理人たちが大助かりだったんだが、今度は鍬や鎌の刃がダメになってるんだよ」
「で、大工仕事もな。お前が直してくれた家は完璧だった。でも、その隣の家も老朽化してて、修理が必要なんだ」
「漁師の網も破けててな。お前なら直せるだろ?」
「……」
みんなが期待の目でこちらを見てくる。
「俺は……俺は……」
俺はスローライフがしたいんだよおおお!
◆
結局、俺はまた働かされることになった。
まずは鍛冶屋で、農具の修理。
「こんな感じでいいですか……?」
俺が半ばやけくそで鍬の刃を研ぐと、ゴルドは目を丸くした。
「おお、すげぇ……まるで新品みてぇだ!」
「はい、次!」
次に大工仕事。
「この梁をこうして……」
俺が手を動かすと、自然と完璧な補修ができてしまう。
「すげぇ! これならあと数十年は持つな!」
「はい、次!」
漁師の網を修理。
「これで……はい、できました!」
「すごい……網目が完璧に揃ってる……!」
「もう、俺を仕事に呼ばないでください!」
俺は叫んだ。
◆
ようやく仕事が終わり、俺は全力で家へ逃げ帰った。
扉を閉め、鍵をかけ、ベッドに飛び込む。
「もう何も聞こえない……俺は自由だ……」
そう思った矢先――。
「旅の兄ちゃん、いるかー?」
村の少年の声が響く。
布団の中で俺は深く息を吐いた。昨日の仕事地獄からようやく解放されたと思ったのに、またか。
「いないって言っといて……」
「いや、無理だって! すごいお嬢様が来てるんだよ!」
少年の必死な声に、俺は仕方なくベッドから起き上がった。
「お嬢様?」
「そう! すごい綺麗な馬車で来たし、護衛もたくさんいるんだ!」
まさか貴族関係者か? なんでそんな人間がこんな村に……。
仕方なく外に出ると、そこには豪華な馬車と、上品な衣装をまとった金髪の少女がいた。
「あなたが、この村で“万能職人”と噂される方ですか?」
透き通るような声と、凛とした態度。間違いなくお嬢様だ。
「いや、違います」
「……村人全員があなたのことをそう言っていましたが?」
ちっ、誰だよそんな噂広めたのは……。
「まあいいでしょう。私は侯爵家の令嬢、アリシア・フォン・クラウゼン。あなたに依頼があって参りました」
侯爵家!? ますます厄介な展開じゃねぇか!
「えっと……俺、ただの旅人なんで……」
「そうですか。しかし、この村で大工仕事、鍛冶仕事、漁具の修理、さらには会計処理までこなしているのですよね?」
なぜそこまで知っている!?
「ふふ、情報は大事ですから。あなたの能力、ぜひ私の家で活かしてほしいのです」
「はぁ?」
「あなたを、私の専属執事として迎え入れたいのです」
「断ります!」
「即答!?」
「俺はスローライフを送りたいんです!」
アリシアは驚いたように目を見開いた後、くすっと笑った。
「面白い方ですね。でも、私も簡単には引き下がりませんよ?」
俺は背筋に冷や汗を感じた。
「なあ、お前すごい人に目をつけられたんじゃないか?」
横から村長が小声で囁く。
「俺だってそんな気はしてるよ!」
侯爵家の令嬢がここまで直接来るなんて、普通ありえない。何か裏があるのか?
「では、まず試しにこれを直していただけませんか?」
そう言ってアリシアが差し出したのは、美しい細工が施された懐中時計だった。しかし、よく見ると針が止まっている。
「壊れてるのか?」
「ええ。王都の職人でも直せなかったのですが……あなたならできるかもしれないと」
「……俺、時計職人じゃないんだけど」
「でも、できるのでしょう?」
何だろう、この妙な確信。もはや断れない流れになっている。
俺は懐中時計を慎重に開け、中を覗いた。歯車が一部欠けているのが原因らしい。
「……まあ、やるだけやってみるか」
俺は道具を取り出し、細かな作業に取りかかった。村人たちは興味津々に見守っている。
「すごい集中力だな……」
「普段の仕事もこのくらい真剣にやれよ……」
「いや、いつも真剣にやってるけど!?」
小一時間ほどの格闘の末、ついに時計の針が動き出した。
「直った……」
「まあ! すばらしい……!」
アリシアが目を輝かせる。
「ますます気に入りました。やはり、あなたはぜひともお迎えしたい」
「いやいや、無理だから!」
こうして、俺のスローライフはさらに遠ざかることとなった……。
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