7. 王太后と王の兄
「ソルザック侯爵……? 聞かない名ですね」
年齢の割に豊かな髪を丁寧に結い上げ、ツンとした顔を佑に向けるのは、王太后シーラ。リアムの母であり、故アレック王の後妻。
事前情報では確か貴族の出身で、アーネストとは随分前から懇意だということだった。
メインテーブルに座る五人のうち、警戒すべきはシーラだけ。
紗良の兄弟達やフィアメッタとは問題なく打ち解けるはずだと、最初からそういう算段だ。
予想通り眉をひそめたシーラに、佑は半笑いで返すしかないが、これもまた織り込み済み済みだった。
「田舎侯爵ですから、ご存じなくて当然ですよ。今日はお名前だけでも覚えて頂ければ幸いです」
「そうですね。覚えておきましょう、王ともジョセフとも何やら話が弾んでいたようですし? 一体田舎侯爵がどんな有益な話を陛下となさっていたのかしら」
いちいちトゲのあるような言葉を選んで使うシーラに、佑の胃はキリキリ痛んだ。
「我がガリム公国のライオネル大公殿下が国際的な教育施設の建設を呼びかけていまして、その話をさせて頂きました。ジョセフ殿下も、国王陛下も、興味がおありだったので、後ほどお時間を頂いて詳細をお伝え出来ればと思っております」
「国際的な教育施設?」
「身分の差なく優秀な人材を教育する施設です。先ほどライオネル殿下がエクシア国王陛下にも同じ話をしていまして、関心をお持ちだと」
「エクシアは大陸の外からも職人を呼び込んでいると聞きますからね……。なるほど、そういう話」
「王太后様はご関心はありませんか?」
「つまり、大規模な学び舎を建てると……そういうこと?」
シーラの言葉に、佑は驚いた。
ルミールに来て初めて、学校の存在を知っている人間が、まさかの王太后だなんて――!!
「ええ、そういうことです。どなたかが先にその話を?」
佑が前のめりになると、シーラはウッと肩を引いて渋い顔をした。
「あ……アーネストが昔、そんな話を。わざわざ平民にまで分け隔てなく……だなんて、意味が分からないとわたくし、その時突っぱねてしまいましたの。けれどソルザック侯爵が今仰ったのは、あくまで優秀な人材、と。それならば納得いたしますわ。確かに誰も彼も……よりは効率的ですし、優秀な人間が増えることは国益にも繋がります。国王陛下の今後の政治にも、きっと良い影響を及ぼしてくれるでしょう。ライオネル……、見かけによらず、なかなか面白い提案をしますのね。もしかして、それはあなたの差し金?」
「差し金と言いますか、田舎で細々領地運営をしてきた私を見つけた大公殿下が仰ったのです。自分の目の届かないところにも、優秀な人材はたくさん居る、もっと見つけ、育てなければと」
そういう設定だと、頭の中で付け加えながら、佑は何とか言葉を返した。
……間違いない。
学校の存在しないルミールで、シーラにその存在を伝えることが出来たアーネストは、かの地の人間だ。
「エクシアのやり方は今のところ成功しているようですしね。目敏い大公殿下がやりそうなことです。それにしてもなかなか見ない種類の人間ですわね。ソルザック侯爵……、覚えましたわ」
「ありがとうございます。ところで王太后様から見て、国王陛下の政治手腕は如何ですか? 未だお若いのに、今日も立派に挨拶なさっていて、感心しましたが」
「今年でもう二十一ですもの。本当は摂政など、取りやめたい年頃ですけれどね。アーネストったら、陛下を信じてくださらない。陛下は間違いなく王家の血筋。ジョセフとも仲良くやっていますし、協力してくれる体制も整っているはずです。あなた達の言うところの、優秀な人材がたくさん育てば、きっと素晴らしいことになるでしょうね。今幅を利かせている古い貴族達は立場を追われるかも知れません。それでも、陛下が安心して政治を行えるようになるのであれば大歓迎ですわ。是非、話を進めてくださいましね」
「そうですね。アラガルド王国のためにも、是非前向きに話を進められるよう、私からも大公殿下にお願いしておきます」
始めこそピリピリしてはいたが、話が終わる頃になるとシーラはご機嫌だった。
なるほど、どうやらアーネストと結託していたのは始めばかり。佑が察するに、王家へ輿入れし、しばらくはアーネストと同調していたが、リアムが王になってもその権力を失わない彼に、シーラはだんだん嫌気が差してきたのではないか。
頼りない、不安そうなのは若いのだから、当たり前だ。
経験がないのは、経験をさせないからだ。
シーラとて、我が子が可愛いに決まっている。
もしかしたらイアンのことも、どうにかアーネストを政治の場から退却させ、その時に弟を支える人間になっていて欲しいと、無理矢理アーネストの後継者という肩書きを背負わせているのではないか。
そう考えると、もしかして……、もしかしてだが、イアンは母の意図を汲んで、本来の自分のやりたいことを封じてしまっているんじゃないかと思えてくる。
シーラに一礼をして、そのまま空いているイアンの前へと立ち、挨拶を交わす。
メインテーブルの左端、ふとテーブルが途切れた先を見ると、黒いウエストコートのアーネストの姿が視界に入る。
人垣の中、大きく口を開けて笑う彼が……黒幕。
佑はゴクリと唾を飲み、急いで意識を目の前のイアンに戻した。
「緊張……なさってますか?」
佑が尋ねると、イアンはビクッと肩を震わせた。
「お、お恥ずかしながら、こういう場は……初めてでして。リア……国王、陛下と、おな、同じテーブルで、このように……私のような者が、恐縮……でして」
さっきからチラチラ見ていたが、シーラのところまでは皆ゆっくりと話をしながら進むのに、イアンには頭だけ下げてスルーしていく貴族の多いこと。王族の血を引いていないイアンには興味がないと、それほど露骨に態度で示さなくてもと呆れてしまう。
「イアン様はかなりの勉強好きというお噂を耳にしました。主にどんな分野を?」
と、イアンは表情を明るくして少し興奮気味に話し始めた。
「こ、鉱石の種類と産地について調べていまして。いいい石は、同じように見えて、産地や形成条件が異なると別の色を発したり、特別な結晶が出来たりするのです……! あらアラガルド王国は、山脈に囲われてますから、もと、元々様々なしゅ、種類の石が形成されやすい環境でっ。た、例えばですね、海岸線に近い所で採取出来る石と、山間部の石では、そも、そもそも形成される石の種類が、違う……んです」
「海の塩分の影響とかですか」
「そそそうです、塩分。しお、潮の満ち干きの水位が大昔は違っていたのじゃないかと……。海の、生き物の化石が、山の中腹から出て来たり……、ががが岩塩も、塩の塊ですし、どうして山に塩が」
「昔は海だったとか?」
「あなたもそう思われますか! でででですよね!!」
石の話をするイアンの目はキラキラと輝いている。
この人はそういう物が好きなのだ。そしてそれは、この国で最も必要とされているはずなのに。
「死んだ妻も石が好きでした。良いですよね、色んな石の話。是非、もっと極めてまたいっぱいお話聞かせてください」
イアンは満面の笑みだった。
この人の無垢な探究心が報われるように。
教育機関の話が進めば、きっと……と、佑は願わずにはいられなかった。




