5. 紗良の兄
堂々と話してはいるが、佑は内心不安で押し潰されそうだった。
ライオネルのことは当然信じているし、話の筋は悪くない。問題は、アーネストにどれだけ仲間が存在しているのか、何をしようとしているのか――。何も分からないからだ。
しかもこのふわふわした状態で何もかも押し進めなければならない。ハッキリと結果の予想出来ることならともかく、巻き込む人々の安全も確保出来るか分からないのに。
「わ……分かりました。タスクを信じましょう」
それでもフィアメッタはそう言った。
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、佑は深く頷いた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします、フィアメッタさん」
「……運命とは不思議なものです。何があっても決して諦めないと、それだけ誓って飛ばし続けた手紙が、こうして思いもよらぬ返事を寄越してくれたのですから」
感慨深げなセリフとは裏腹に、表情は硬い。フィアメッタの視線はジョセフの更に奥、恐らくアーネストの方向に向けられていた。
「この後、魔法を解きます。他愛ない会話を心掛けて、私とこうやって会話したことを周囲に悟られないようにしてください。タスク、リュウ王子にも同じような話をしても……?」
「勿論です。竜樹もきっと、あなたと話したがってる」
「では、時間を戻しますよ。三……二……一……!!」
――モノクロだった景色にパッと色が戻り、時間がまた流れ始めた。
「こちらこそ、お会い出来て光栄ですわ、タスク様。私は王宮付きの魔女フィアメッタ。主に、目の見えないジョセフ様の介助を致しております。どうぞお見知りおきを」
佑に向かって恭しくカーテシーをするフィアメッタ。
まるで何事も起きていないかのように振る舞う彼女に習い、佑も少し照れたような演技をする。
「と、とても聡明な魔女だとお伺いしていました。噂通り、素敵な方ですね」
「タスク様こそ、ライオネル大公殿下のお気に入りとの噂、私の耳にも入っていますよ。とても口がお上手でらっしゃいますのね」
喋るだけ喋っておきながら、まるで初めてみたいに言葉を交す。
「お気に入りと言いますか……、殿下は田舎侯爵の私めの手腕を信じて引き抜いてくださったんです。最近、大公殿下は隣国エクシアの民間人登用の話にもいたく興味をお持ちで、政治の場に殆ど興味のなかった私のような田舎者や、民間人の優れた感性にさえ、可能性を感じたらどうにか引き抜こうと精力的に活動なさっているんですよ」
「まぁ、大公殿下が?」
「ええ。見えないところに隠れた才能がある一方、その逆も有り得るわけですから、活躍すべき者がそれ相応の場所で才能を伸ばせるような世界になればと、殿下はそのようにお考えのようです」
あることないこと交えながら適当に場を繋いでいると、フィアメッタの左隣で大きめの影が少し佑の方に傾いているのが見えてくる。
「――面白い話をなさっていますね。どなたですか?」
物腰柔らかそうな太い声。
視点の定まらぬ目で宙を見つめるその人は、口角を上げ、柔らかく微笑みながら、佑の方に顔を向けていた。
「ガリム公国の、ライオネル大公殿下の遠縁の方だそうですよ、ジョセフ様」
フィアメッタが声を掛けると、その人は彼女の背丈に合わせて少し身体を傾け、こくこくと頷きながら話を聞いた。
「ライオネルの。……これはこれは初めまして。私はジョセフ・グリフィン・アラガルド。現王リアムの兄です」
身体の向きを直して、ジョセフは柔らかく佑に挨拶した。
――紗良の兄だ。
本当はここで名乗るべきなのに。自分こそが行方不明になっていたあなたの妹、セリーナの夫なのだと。
けれどそれは許されない。この場で、誰が聞いているとも知れぬ場でそんなことをすれば全てが台無しになってしまう。
「お、お会い出来て光栄です。タスク・ソルザックと申します。以後お見知りおきを」
「タスク? 面白い響きの名前ですね。どうぞよろしく」
フィアメッタの目配せに従い、佑は彼女の前から少しずれ、ジョセフの前へと移動した。
近くで見ると、本当に背が高い。肩幅が広く、服の上からもはっきりと筋肉質な身体の線が想像出来るくらいには良い体格をしている。きっと目が見えていた頃は剣術にも長けていたのだろうし、今も変わらず少しずつ鍛えているのだろう。
目が見えていたなら――と、誰もが思う。きっと、完璧だったはずだ。王になるべくしてなったような人。
それが、宰相アーネストによって崩された。
「もう少し、その話、聞かせて頂けますか? 民間人を……というか、見えない、隠れた才能、というところを」
「あ、はい。大公殿下は貴族だけではなく、分け隔てなく優秀な人材を発掘すべきとお考えのようです。それで、大陸中から優秀な人材を集め、教育する施設をつくったらどうかと、今日もあちこちの国の方々に提案して回っているんです。何しろ、人を育てるのには時間もお金もかかります。国の枠組みから脱したところにそうした場所を設けて、十分な時間を掛けて才能を伸ばし、それから自国に戻って活躍して貰ったらどうかと。それは政治の場に携わる人間には留まりません。例えば薬師は、その才能や知識がある者が増えれば増える程、人々の暮らしは安全かつ健康になっていくでしょう。鉱物や植物に関する研究に秀でた者も、何か新しい発見や発明をするかも知れません。様々な工業製品を生み出してきた職人達だって、新しい知識や技術を身につけたい、腕を磨きたいと思っているでしょう。芸術分野でもそうです。音楽に秀でた者、絵画、ダンスなんかも……、より深くより専門的に勉強出来たなら、後世に語り継がれるくらいのものが生み出していけるかも知れません。学問を極めたいと思う者、職人として更に技を極めたい者、新しい何かに挑戦したい者……意欲ある人達がルミールをきっと発展させてくれるはずです。ジョセフ殿下も、そういうものを……ご覧になりたくはありませんか……?」
佑の言葉に、ジョセフはキラキラと見えない目を輝かせていた。
この人のこの姿勢……は、民草の声を漏らさず聞こうとするそれだと、佑は思った。
やはり惜しい。目が見えなくなったくらいでは、この人の心の輝きは奪えないんだ。
「それを、ライオネルは大陸規模で……? 素晴らしい。是非、協力したい。私も話に混ぜては貰えないだろうか」
――来た!
佑は心の中でガッツポーズをした。
竜樹の相手を始めていたフィアメッタも、目を見開き一瞬視線をこちらに寄越した。
「ありがとうございます。大公殿下にお伝えしておきます。出来ればこの精霊祭の開催期間中に土台作りのため話し合いの場を設けたいと思っているのですが、場所が……」
「それなら離宮を使うと良いでしょう。明日の午前中にでも使えるよう、手配しておきましょう。良いよね、フィアメッタ」
「あ、はい。勿論」
話を振られたフィアメッタは、まるで初めて話を聞いたように返事した。
「素晴らしい話をありがとう。またあとで詳細を聞かせてください」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
にこやかなジョセフの人の良さと懐の大きさに……、佑は紗良の面影を見た。
もっと話をしたい。
溢れる気持ちを抑えつつ、佑は隣の、リアム王の前へと進んだ。




