5. 晩餐会
遠ざかっていくペンデの城壁を傍目に、馬列は街道を進む。
王都へ近付くに従って、道々には精霊祭を祝う旗や看板、花々が増えてゆく。
春の陽射しも祭りを守り立てるように暖かく照りつけ、柔らかな風がそよいで木々を揺らしていた。
王都の城内に入ると、益々街は盛り上がりを見せた。
歌や演奏があちらこちらで響き渡り、人々の笑い声がそこかしこで聞こえていた。
「凄いですね。こんなに大きな祭りだとは思いませんでした」
馬車の車窓からは各国からの招待客や旅人達も皆めかしこんで街へ繰り出しているのが見えた。美しいドレスや民族衣装、凛々しい騎士や兵士達。人々の装いは美しく晴れやかで、見ているだけでも十分に楽しめる程だった。
「今回は随分気合いを入れて客を呼び込んでいるようだからな。黄色と緑の二色旗、エクシアの国旗が見える。白地に月と城の模様はセプタス……。オットー国、ノーヴェン、ディエズ公爵領、……セイス辺境伯領からも。周辺国は全部呼んだな。これは凄い祭りになるぞ……!」
あちこちにはためく国旗や、騎士の国章、馬具の飾りから、リディアは興奮気味に次々に国名を挙げた。
「タスク、見てみろ。宿の窓辺に、国旗と同じ色の布が垂れ下がってる。圧巻だろう? 精霊祭ならではの光景なんだ」
リディアの声に従って宿場街を見遣れば、幅広の長い布が風にはためき、まるで虹の橋のように空を彩っていた。
バタバタと軽快に風を孕む音さえ、精霊祭を祝う音楽の一部に聞こえてくる。
「見えます。華やかですよね。庭先も凄く綺麗。まだ雪解けして間もないのに」
「流石はタスク。良いところに気が付く。実はな、王国ではこの日に合わせて、冬の間も花を暖かな室内で栽培してるんだ。春先に咲く花々を選んで庭先に植えておいたりな。石の精霊達に最大限の感謝を捧げる大切な祭りだから、気合いの入り方が違う。目にも美しく、香りも嬉しい。音楽隊の演奏に、歌や舞い。アラガルド王国が一年で一番活気づく季節だ」
まだ風に幾分かの冷たさが残るのは、ガリム公国と変わらない。が、町中に溢れる花々の効果か、季節は随分か進んでいるように見えた。
王都全体が祭りの中にある。
――数時間前に居たペンデとは、比べ物にならないくらいの豊かさが、そこにはあった。
*
夕方から開催される晩餐会には、世界中から多くの要人が招待されている。
日中大いに前夜祭の賑わいを楽しんだあと、正装した王族や貴族達は馬車から次々に降りて、王宮へと向かっていった。
三方を高い山々に囲まれたアラガルド王国に、山を越え海を越え遠路はるばるやって来た各国の要人達にとって、晩餐会は重要な社交の場。この機を逃すまいと、後継者たるご令息ご令嬢を伴って出席している者も多い。
会場の大広間へ入ると、人々は精力的に動き回り、目当ての人物への接触を図るのだった。
「レナードとカイルは人気者ですね。ずっとご令嬢方に囲まれてる」
贅の限りを尽くした会場の片隅で、佑はリディアと共にその雰囲気を楽しんでいた。
貴族階級の社交の場に馴染みのない佑にとっては、かなりハードルの高いイベントだった。妙な肩書きで侵入しているのもあって、積極的に動くのは気が引けた。
「上手く行けば大公妃だからな。加えて顔も良い、性格も良いとあれば、食指も動くのだろう。……あまりガツガツした女性は好きではないと、ライオネルの息子共がぼやいていたのを耳にしたが、顔に出さない当たり、相当利口だ」
隣で毒づいたリディアに、佑はギョッとした。
上手く捌いているようであるが、レナードとカイルがあからさまに迫らせているのを見ると、なかなか微妙な気持ちになる。
「十五にもなれば、婚約者が決まっていて当然なのだがな。……ライオネルは息子達の縁談に前向きではなかったようだ。自分自身が色々と辛い選択をしたからだろう。ああ見えて、苦労しているようだからな」
「十五なんて、まだまだ子どもなのに、上流階級は大変ですね……」
「他人事では無いぞ? リュウの所にも令嬢達がひっきりなしだ」
「……それはさっきから気になってます。あいつは紗良に似て顔立ちが良いから」
「王家の血筋だと知られたら、そのまま寝所に連れ込まれるぞ。貴族連中には野心家が多い」
「酷い言い様ですね」
「高貴な人間と繋がり、子を為すのが役割だからな。名もない辺境の田舎侯爵の息子って設定は悪くない。……ほら、また一人リュウから離れた。田舎侯爵の肩書きに魅力はないと見える」
「……現金な人が多いんでしょうか」
「まぁ、そうだな。打算で動く人間が殆どだと思っていい。何もないのに協力してくるようなことはないはずだ。余程の物好きでなければな」
この会場の中に、そんな人が居れば……とは思うが、期待したくはある。
一人でも賛同者が居るのなら……、力強いのだが……。
――と、思案を巡らす佑のそばに、一人、背が高く華奢な貴族の男が近付くてくる。黒いストレートの長髪を後ろにきっちりと結った彼は、歳の頃が佑より少し下に見えた。
金と銀の刺繍が美しいウエストコートも、濃いグレーで、細身を引き立てている。鼻も高く、如何にも神経質そうだ。
「ライオネル大公殿下の右腕……というのは、貴殿でしょうか……?」
佑は慌てて姿勢を正し、一歩前に進み出て、恭しく頭を下げた。
「は、初めまして。ガリム公国大公殿下の遠縁に当たります、タスク・ソルザックと申します。田舎侯爵故に、こういった場には不慣れで……、挨拶が遅れ、申し訳ございません」
男は佑が頭を随分と深く下げるので、少し吹き出してしまう。
「まぁまぁ、そんなに謙る必要はないでしょう。寧ろ、謙り過ぎれば、弱いと思われ隙を狙われます。堂々としていれば良いのです」
なかなかに面白いことを言う人だ。
佑は冷や汗を掻きながら、男に愛想笑いを向ける。
「あ、あなたは……」
恐る恐る声を掛けると、男はニッと不敵な笑みを見せる。
「エドウィン・デュ・ニューベリー。エクシアより参りました。以後お見知りおきを」
「――ニューベリー伯爵家の者か」
リディアが堪らず口を挟むと、エドウィンはニヤッと口角を上げた。
「リリーさん、ご存知ですか」
「ご存知も何も……」
リディアはゴクリと唾を飲み込み、エドウィンを見上げた。
「アラガルドの前王アレックの妻、ルイーズ王妃はその家の出だ」




