4. 城壁を出る
「城壁都市ペンデから無事に出るためには、余計なことは喋らないことだ」
出発前、ライオネルは佑と竜樹に特に念を押した。
前日にペンデ入りしたときと同じ隊列で王都側の門扉に向かっていく道すがら、佑はライオネルの言葉の重さを考えた。
ついうっかりが命取りになる。
本来の目的が――精霊祭に乗じて王宮に侵入し、アーネストから政権を取り戻す――達成出来なくなるようなことは決して行わないようにとわざわざ伝えてくれたのは、ライオネルの優しさからだろう。
隣国であり、妻の故郷であるアラガルド王国を憂いているのは、ライオネルも同じだった。
「ここから見える山の稜線、綺麗ですね。こんなに高い山々に囲まれた国とは思いませんでした」
馬車の中で、佑は他愛ない話をした。
ロザリーははす向かいの席から、佑に笑顔を向けた。
「朝晩の寒暖差が厳しいけれど、アラガルドは水も空気も食べ物も美味しいのよ。平地が少ないから農地が少なくて、主食の小麦の殆どは輸入に頼らざるを得ないんだけれど、湧き水を使って捏ねたパンは本当に美味しくて、姉様も大好きだったの。それから、何と言っても香草ね。自生しているものも勿論、王都ではあらゆるところで香草を栽培しているの。私達は皆、リディア先生にその効能やお料理の仕方を教わったのよ。こう見えて、その道では知らない人は居ないくらいの大先生なんだから」
両手を胸の前で揃えて嬉しそうに話すロザリーの隣で、リディアは少し恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「へぇ、そうなんですか。確か、小屋の庭にもたくさん香草を植えてたって言ってましたもんね。それに、道中で頂いた料理にはふんだんに香草が使われてて、本当に美味しかった。なぁんだ、その道のプロだったんだ。食べ物にはうるさいと思っていたら、そういう……」
「た、タスク。褒めても何も出んぞッ」
言葉とは裏腹にニヤけた顔をプイッと窓の外に向け、リディアは佑から視線を逸らした。
車窓の向こうを見ると、城壁の内側に掛けられた精霊祭前夜を祝う垂れ幕が、風になびいているのが見えた。五色の幕は、その一つ一つが魔法の属性を表しているのだと、佑にも想像出来た。
「それはそうと、スキアはどうするんですか? まさか晩餐会の会場には入れないだろうし……」
「オレは兵隊さん達と美味しいものを食べに行くから。タスクが心配しなくても大丈夫」
スキアはニヤニヤして、足をぷらぷらとリズム良く前後に揺らしている。
リディアはそれを微笑ましく見つめていた。
「まぁ、仕方なかろう。使い魔は招待されてない。身分の高い者たちは王宮主催の晩餐会へ、下々の者達は王都で祭りの出店や催しへ繰り出すと相場が決まっている。それに、昔と違ってだいぶ美味いものが振る舞われると聞いたことがある。ペンデの関所を通って入ってくる品々だから、まぁ間違いはない。上物の肉料理や酒が振る舞われるとあって、晩餐会に招待されない付き人や使用人達も街へ繰り出すのを楽しみにしているらしい。騎兵達も酒を飲みたいだろうし、スキアを連れていけば、何かあったときに役に立つだろう。金は心配しなくてもライオネルがどうにかするだろうから、食いたいだけ食ってこい」
「うん。そうする!」
少年の姿をしているうちは、小さくて可愛らしいとあって、スキアは騎兵達の間でも大人気だった。丁度このくらいの歳の弟や妹が居るだとか、子どもが居るだとか、家族の一員みたいに相手にしてくれるのを、スキアはとても嬉しく思っているようだ。
「そういえば、昨晩レニに会いました。キチッとした格好をすると別人みたいでビックリしましたよ。今のリディ……じゃなかった、リリーさんと、凄くお似合いだと思います」
「……はぁ?」
突然の佑の言葉に、リディアは口を歪ませた。
「何を言っている。レニとはそんなんじゃ……」
「レニは良いヤツです。変なことは変だと言うし、出来る限りのことを必死に頑張ってる。好かれるの、分かります。精霊祭にも招待されてるみたいだし、貴族階級とも繋がりがあるんですよね。名のある薬師って本当なんだと驚きました」
「レニは真性のお人好しだからな。……でなきゃ、私を助けたりはせんかっただろう」
「良い人ですよ。本当に、お似合いです」
リディアは、会話を繋がなかった。
城壁に垂れた幕が、午後の光に照らされて家々に影を落としていた。
城門を潜り、淡々と通行料の支払いがなされ、何事もなく馬列は城壁都市ペンデを発った。
どれくらいの金がそこで支払われたか、佑には分からない。
……が、決して安いものではなかったはずだ。
馬列がすっかりと城門を抜けると、また門は固く閉じた。
大量の金貨銀貨と引き換えにすればこうして問題なく通れる関所を、どうすることも出来ずに延々と恨めしく見つめ続ける人間が多いのだと、佑は知ってしまった。
アラガルド王国の、闇の部分を全部押し込めたような城壁の内側――……。
まるで都合の悪い者を全部押し込めたような、重々しい壁だった。
誰も見ようとしない、救おうとしない者達をどうにかしたいと、無力ながら佑は思わざるを得なかった。




