8. 本気で
ビクターが雑踏を掻き分けて二つ目の籠を持って戻ってきた。
前の籠とは種類の違う腸詰肉や揚げパンが入っている。佑の意図を汲んだのか、幾分か先程より多く見える。
「侯爵様、お待たせしました。これで……よろしいですか」
「ありがとうございます、ビクターさん。えっと……、で、君の名前は……」
佑が尋ねると、少年は口をもごもごさせた。
動画再生の画面を終了して、竜樹はまたカメラを回し始めた。
少年はスマホの存在に少し慣れたらしく、竜樹の方を見て、ようやく名前を口にした。
「エリック。……エリック・ジョナス」
「ありがとう、エリック。話、聞かせてくれて。これ……、お土産追加ね。きょうだいにいっぱい栄養、摂らせてあげるんだよ」
ずっと握り締めていたのか、二個目のパンはすっかり萎びて変形してしまっていた。勿体ないとエリックはそれを全部口に詰め込んで、それから籠を受け取り、佑に深く頭を下げた。
竜樹が最後にエリックの前に進み出て、スマホを向けたまま、「ちょっと待って」と声を掛ける。
「加護の魔法、かけてあげる。家まで誰にも見つからないように。金のなさそうな子どもがこんなに食べ物を詰め込んだ籠を二つも持ってたら、きっと変な言い掛かりを付けられるだろ? 悪くならないうちに皆で食べてね」
竜樹の翠玉の精霊が柔らかな緑色の光を放ち、エリックの周囲をくるくると回った。キラキラと輝く光の粒がエリックを包み込むと、そのまま吸い込まれるように消え、光を失った。
「俺の父さん、色々と無茶言ったけど、やるときはやる男だから大丈夫。俺も……、微力ながら頑張ってみる。いつか、皆が笑って暮らせる国にしてくださいって、王様に言ってくるよ。大丈夫。王様はきっと良い人だと思う。ちゃんと話、繋ぐから」
まだ――……、会ってもいない、確約も出来ないくせに。
それでもどうにかして、必死に生きる弱い人達を助けたい。
無責任かも知れない、身勝手かも知れない、それでも。
佑も竜樹も、いたたまれない気持ちになって、口約束をしてしまっていた。
「こんなに優しくされても、おれ、何にもあげられないよ」
二つの籠を抱えたエリックは、今にも泣き出しそうだった。
「何にもしなくていい。無事に生き延びて……、アラガルド王国が良い方向に変わるのを信じててくれれば」
佑の言葉がどれだけエリックに響いたのか分からない。
けれど、ベルトポーチを盗もうとしたときとは別人みたいに、年相応の子供の顔になって笑ってくれた。それだけで……、佑はもう、満足だった。
*
エリックが路地から消えたあと、タイロンは佑達の方にやって来て大きく息を吐いた。
ずっと警備がてら話に耳をそばだてていたようだ。両手を腰に当て、ほとほと呆れているように見える。
「……かの地の人達は、変わってます」
すっかりと暗くなった路地では、細かな表情までは分からない。が、声はセリフとは裏腹に少し弾んでいた。
「全く同感です。見ず知らずの子どもに、あんな施しまで。幾ら偽者でも、貴族の格好をしてるんですから、貴族らしく堂々と振る舞って頂きたいところなのに」
二度も使いっ走りをさせられたビクターも、言葉の割に何だか楽しそうだ。
「全く、どうするんだ。あんな小さい子どもを期待させるような言葉をいっぱい並べて。どうせタスクは出来ない約束はしない男なんだろうし? これじゃ、俺達でどうにかするしかなくなったじゃないか」
レニも呆れ顔だった。
が、どこか嬉しそうで、大げさに両手を広げている。
竜樹はそんな大人達を見て、クスクスと笑い声を上げた。
「まぁ……、言っちゃったもんは仕方ないよね。どの道最初から、アーネストを宰相から引きずり下ろすつもりでルミールに来たんだもん。同じことを考えてくれる人が増えた分、俺は嬉しいけど」
「うわ。リュウ、そんな物騒なこと、堂々と言うなよ」
「あれ? レニさんは違うんですか? 内心ではずっと、アーネストさえ居なくなればって思ってたんでしょ?」
しれっと大胆な発言をする竜樹に、レニはギョッとした。
「いやいやいや。思っても口には出さないけどね。……って言うか、なかなか物騒な話だし? もうちょっと慎重に……?」
「慎重にし過ぎて誰も手出ししなかった結果がこれですよね。経済も治安もめちゃくちゃ。王都だけ綺麗にして、都合の悪いものは全部ペンデに押し込めた。エナの町でもズィオ村でも、出稼ぎしたところで大した金にならない話とか、税金が高過ぎる話、その割に軍備をやたらと増強し過ぎてる話とか……、碌な話を聞かなかった。王のリアムに力がないから……、アーネストを排除出来ないでいる。誰もアーネストに口出し出来ない。やりたい放題なのを見逃してる。――多分、内部から王国を変えるのは難しい状態なんです」
「だからって、外からどうにかしようとしたら、内政干渉になるだろ?」
「そこで俺の出番ですよ。俺、血縁者だし。外部の人間じゃないから、内政干渉にはならない」
「うわ。リュウ、本気で言ってる?」
「本気です。本気で王国を変えるつもりでルミールに来たんです。……母さんの願いを、絶対に叶える。俺がやらないで誰がやるんだって、何度も自分に言い聞かせて来たんです」
――そうだろうなと、竜樹には直接聞かなかったが、佑は予感していた。
そのくらい覚悟がなかったら、何も言わずに猛吹雪の中飛び出したりしなかったはずだ。相談したら何を言われるか、無理解が怖くて黙っていたに違いない。
竜樹にとっては、見知らぬ世界へ向かうことより、母の想いを無視する方が辛く、苦しかったのだ。
「リュウ……、まさか王位を狙ってたりは……」
と、レニ。
「王位は、どうでもいいです。リアムが頑張ればいい話だし。これからリアムが良い人見つけて結婚して、王国を復興させていくためにも、アーネストの存在は足枷になるんじゃないかと思って」
凛とした竜樹の言葉は、在りし日の紗良を見るようだった。
普段は相手を気遣って過ごしているのに、こうと決めたらガンとして引かない。
正義感の強さが仇となって、恐らく紗良は王家を追われることになったのだろう。
――その、正義感を立派に引き継いだ息子が静かな闘志を燃やしていることに、アーネストは気付いているのかどうか。
「もう、こうなったら後には引けないでしょう。どうにかしましょうよ、俺達で」
竜樹の言葉に後押しされ、佑は少し声のトーンを高くした。
息子共々、佑はどこからやって来るのか分からない妙な自信を見せている。
「ま、面白いことになるなら、協力しないこともないけど……?」
レニは笑い声を零して、佑の肩をポンポンと軽快に叩いていた。




