7. 目を背けないで
無理して働いても、身売りしても、ペンデからは出られない。
最下層の平民の暮らしは、思ったよりずっと酷くて、苦しくて。
自由がなかっただけで生活自体に支障のなかった佑とは、全く別の鬱屈さが街を支配していた。
壁の向こうは王都なのに。酷過ぎる。
「……薬師レニは、金持ちの相手しかしないんですか」
「ハァ?」
吐き捨てた佑の言葉を耳にして、レニが半ギレ気味に声を上ずらせた。
「金の払えない貧乏人が困ってても、残念でしたで終わらせるような人だったんですね。……その格好、精霊祭に招待されてるんじゃないんですか。その界隈では有名人なんですよね?」
――と、レニは無理矢理首元をむんずと掴んで、佑を立ち上がらせた。
レニの整った顔が、佑の眼前に迫る。
「残念でしたで終わらせたことなんかない。俺はいつでも真剣だし、出来るだけたくさんの人を救いたいと思ってる。――けど、限界がある。金にならない仕事ばかりしていたら、首が回らなくなる。ペンデを通って王都へ行く度に、この子みたいに大変な境遇で生きてる子が増えてるのを、ずっとこの目で見てきたんだ。寄付をしてやりたいとも思う。無料で診察してやったらどうかとか、食い物を与えてやるべきではないかとも思う。思うには思うが、俺一人ではどうにもならん。俺は一介の薬師でしかない。薬師に出来ることは限られてる。そういうのは本来、国とか神殿とか、権威のある立場の人間がやることだ。それを放棄しているのが今のアラガルドで、城壁都市ペンデなんだよ」
「だとしても、よくある話で済ませて良いわけじゃないでしょう」
「だからって、一人一人に施せば良いってもんでもない。その子と、その子のきょうだいだって、これから数日間食い繋げるようになるだけで、結局また同じことを繰り返さなくちゃならない。また地獄を見るんだぞ。天国を見た直後に、地獄を。タスクはそれを残酷だとは言わないのか?」
「じゃ……、じゃあ、諦めろって言うんですか。目の前に困っている人がいたら、手を差し伸べるのが大人の役目でしょう。無視するなんて、俺には無理です……!!」
佑もレニも、一歩も引かなかった。
凄い剣幕で言い争う大人達に、少年は二個目のパンをなかなか食べ進めることが出来ずにいたくらいだ。
「諦めろなんて言ってない。人間には限界がある。出来もしないくせに希望を持たせるなと言ってる」
「――目の前のたった一人を救うために全力を尽くすのが薬師じゃないんですか。分かりますよ、俺だって銀行員って仕事柄、色んな人達の人生を垣間見て来ました。口先だけのアドバイスにならないよう、親身になって相談に乗って、その人達が幸せになるよう助けるのが仕事だと思って来ました。……お金って、凄く大切なんです。知識があるかないかで、増えたり減ったりするんです。ルミールの人達は、そういうの、あんまり詳しくない。だから、こうやってどんどん追い詰められていくんです。これは、政治の責任です。アラガルドは王政だから、リアム王の責任なんです。見て見ぬふりをしてきたこと、若い王様なら、今からでも変えられる。アーネストをどうにかすれば、きっと変わります。今はこうして食べ物を差し出すくらいしか出来ないけど、毎日美味しいものが食べられて、安心して暮らしていける世の中になる可能性があること、僅かでも未来に希望があることを教えてあげることの、何がいけないんですか」
佑の胸ぐらを掴むレニの手が震えている。
苦しそうに顔を歪め、ギリリと奥歯を噛み締めている。
「かの地は……、随分と良いところらしいな。平民でも魔具を持ってる。文明も進んでる。かの地の人間の目からは、ルミールの人間は知恵遅れで浅ましく見えるのか?」
「そんなこと、誰も言ってない。第一俺はレニの言う通り部外者だし、何の力も無い平民ですよ。妻が王女だっただけで、こんな格好をしてるのもライオネルの計らいで。俺には一切の権力もないんです。ルミールの人間が、目を……背けないでください。ここに生きてるのは、あなた達だ」
突き放すようにレニが佑を解放した。
少しよろめいて、大慌てで体勢を立て直すと、ぽかんと口を開けて木箱の上から呆然と佑を見つめる少年と目が合った。
そして、スマホのカメラを向ける竜樹とも。
「……撮ってた?」
「うん。いい絵が撮れた」
しまったと佑は頭を掻いたが、もう遅い。
ルミールに来てから色々なことが次々に起こり過ぎて、ついつい熱くなる場面も多くなった。
子供にはあまり見せたくない場面だったのに、ついうっかり強い言葉をたくさん使ってしまったと猛省する。
「……貴族じゃ、ないの?」
少年は目をぱちくりさせて、佑を見上げている。
「あ……、うん。平民……かな。元々生まれは農家だし。偽侯爵なんだ」
佑はよいしょと屈み直して、少年と目線を同じくした。
興味ありげに佑を見つめる少年の目は、薄暗がりの中でもキラキラと光って見える。
「肩書きは嘘っぱちだけど、ちゃんと王様に見せるのは本当だよ。竜樹、一旦録画止めて、再生して見せて」
「良いよ」
竜樹がスマホの画面を見せると、少年は食い入るように覗き込んだ。
音が出る、映像が見える。
ついさっき目の前で起きていた出来事が繰り返されるのを見て、少年だけではなく、レニも感嘆の声を上げた。
「魔法だ」
「魔法じゃないんだけどね、魔法で良いよ。これ、責任持って王様に見せるから。名前……、教えて。君の名前も、王様に教える。その方が、うんと伝わると思う。お姉さんのこともそうだけど、小さいきょうだい抱えて頑張ってる君のこと、王様は分かってくれると思うよ。きっと、どうにかしてくださる。すぐには……無理かも知れないけど、どうにか早いうちにこの街が変われるよう、俺なりに頑張ってみる」
また出来もしない約束をと、レニは呆れたようにため息をついた。




