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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【11】城壁都市ペンデ

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6. よくある話

 随分と長い間、まともに食べていなかったのかも知れない。ガツガツと遠慮なく一人分平らげて、それからまた手を伸ばそうとして、少年ははたと手を止めた。

 まるで食べることが悪いことみたいに手を引っ込め、それから口を手の甲で乱暴に拭って俯いた。

 佑がそっとハンカチを差し出すと、少年はばつが悪そうに奪い取り、口と手を拭い直してハンカチを握り締めた。


「いいよ。もっと食べて。――あ、ビクターさん、すみません。別の物でも良いので、同じくらいまた買ってきていただけませんか?」

「こ、侯爵様」

「タスク、入れ込みすぎだ」


 またしても理解不能な発言に、レニは思わず口を挟んだ。


「レニは黙ってて。ビクターさん、お願いします」

「わ、分かりました……」


 お金は、リディアの蓄えから頂いたものだ。祭り前のペンデにはたくさん店が出る。せっかくだから行くと良いと、前もって渡されていたのだ。

 価値はハッキリ分からないが、かなり多めに渡してきたのは知っている。銀貨が数十枚。これだけあれば、あちこち食べたり飲んだりし放題だとリディアは言った。

 最初は佑もそうするつもりだった。が、やめた。

 こういう使い方をしたって許されるはずだ。


 ビクターがまた買い物に出て行ったのを確かめると、佑は「ほら、もっと食べて」と少年に籠を差し出した。


「いいの?」


 上目遣いに確かめてくる少年に、佑は「勿論」と頷いた。


「食べながらでいいから、少し話をしよう。君、幾つ?」

「――父さん、録画」


 竜樹の言葉に、佑はハッとした。


「あ、ああ……。録画か。考えてなかった」

「父さんのスマホ、確か暗闇でも綺麗に撮れるよね。貸して」


 ベルトポーチからスマホを取り出して竜樹に渡す。

 佑の隣で片膝を折ってスマホを構えると、竜樹の手の中で画面が僅かに光った。


「魔具!」


 少年もレニも目を丸くしている。


「魔具じゃないよ。スマホ。……竜樹、照明は付けないで撮影して。多分、明るすぎて驚くだろうから」

「そのつもり。準備出来たよ」


 竜樹の合図を確認してから、佑はまた、一から少年に話をし始めた。


「君の話してくれた内容を、そっくりそのまま、アラガルドの王様に見せるから。本当のことだけ話してくれる?」

「そのまま?」

「ざっくり言うと、今ここで起きていることをこのスマホって道具が覚えてくれて、後で何回でもその様子を見ることが出来るってこと。……難しいね。魔法じゃないけど、魔法……みたいなものかな」


 相手に分かりやすいよう理解出来そうな言葉を探しながら、佑は少年に説明した。が、当然少年は首を傾げ、ぐっとスマホのレンズに近づいた。


「わわっ。近いっ。座っててよ」


 ピントがずれ、竜樹が慌てている。


「近づくと上手く撮れないんだよ。ここで座って話をしてくれる?」

「う……うん。分かった」

「じゃあ、気を取り直して。君、幾つ?」

「十二」

「ずっと、こんな暮らししてるの? 家族は?」

「弟と、妹と、……姉ちゃん」

「四人きょうだい?」

「ううん。兄ちゃんもいた。……けど、死んじゃった」


 途端に佑は、質問の仕方を間違えたかもと、息をのんだ。

 が、そこは職業柄よく聞く話。なるべく感情を乗せずに淡々と話をする。


「家族居るんだ。さっき、『帰る場所なんてない』って言ってたから、心配してたけど。この籠も、きょうだいのところに持ってくのかな。皆、お腹空かせてるんだね? 君がどうにかして食べ物を持っていかないと、食べるものがない……ってことかな」

「……うん。ここ三日くらい、まともに食べれてない。栄養あるもの、食べさせないといけないのに」


 十二の子供が背負うことじゃない。

 言いたかったが、すんでの所で佑は言葉を飲み込んだ。


「頼れる人は……、いないの?」

「いたら、こんなことしないよ」

「……だよね。ご両親は?」

「死んだ。父ちゃんは、ここから出てくための金を稼ごうとして……、鉱山で事故に遭って。そのあと母ちゃんが父ちゃんの代わりに稼ぎに行ったんだけど……、死んじゃった。一番下の妹産んでから、身体壊してたのに、無理……したから」

「それからは、きょうだいで過ごしてたの?」


「うん。ついちょっと前までは、兄ちゃんが働いてくれてたんだ。……けど、子供じゃ働き口が限られてるだろ? 毎日食べてくのも難しくなって、どうしようもなくなって、盗みを働いたんだ。おれの目の前で、兄ちゃん、衛兵に袋叩きにされて……。弟と妹も、未だ小さいし……、姉ちゃん、お腹大きいし……。おれしか、いないんだ…………」

「妊娠……してる? お姉さん、幾つ?」

「十六」

「十六? 相手は? 妊娠してるってことは、相手が居るはずだよね」


 少年は首を横に振った。


「姉ちゃん、身売りしたんだ。金稼ぐのに、一番効率が良いって。だから相手は、……分かんない」


 そこまで話を聞くと、佑はもう感情を抑えきれなくなっていた。

 頭をギュッと手で押さえつけ、長く息をついて気持ちを整理した。

 それでもまだ、憤りが腹の底から湧き上がってくる。

 思った通り。一番弱い立場の人間にしわ寄せが来るんだ。


「よくある話だ」


 レニが頭の上から静かに言った。


「ペンデから出るには金が要る。金を納めきれない出稼ぎ労働者は、結局ペンデの町で死んでいく。関税もそうだが、ここではまともな値段で物が買えない。外からの客には良い物を売るが、住んでる人間にはろくな物を売ろうとしない。結局全部金だからな」

「だとしても、こんなの――」

「いいか、タスク。金が払えるってことは、それなりに頭を働かせてるって証拠。頭の悪いヤツ、融通の利かない真面目な人間が真っ先にやられる。ここはそういう町だ。王都を綺麗にする代わりに、アーネストはてい(・・)の良い掃き溜めを城壁の中に作ったんだ。しかも、この町で搾り取った金で、私腹を肥やしてるヤツらがいる。――貴族だ。分かっていても、平民には何も出来ない。搾り取られるだけ搾り取られて、あとは死んで終わり。変えられるのか? あのずる賢い宰相アーネストが幅を利かせている限り、ペンデはずっと地獄のままだ。偽貴族のお前にどうこう出来る問題じゃない。リアム王に進言したところで、実験はアーネストが握ってる。弱い立場の人間を救いたいという志はご立派だが、お前自身の力はないに等しいってことをもっと自覚しろ」


 頭ごなしに言われて反論すら出来なかった。

 レニの言うことは尤もだ。

 何の間違いもない。……けれど。

 佑は引き下がることも出来なかった。

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