5. 無関係じゃない
佑は少年の肩を抱いて、そのまま路地の方へと向かっていった。
困ったのはタイロンとビクターだ。この世界の常識を知らないとは聞いていたが、それにしたって佑の行動は突飛過ぎる。しかし、頭の回る人だとも聞いているし、実際馬車の件では的確な指示を出していた。困り果ててはいたものの、従う意外に道はなさそうだ。
路地へ入る直前、佑は振り向いて、
「食べ物、買ってきて貰えますか。五、六人前くらい。持ち運びしやすそうなものをお願いします」
また妙な指示。
「私が行ってきます」
ビクターが役を買って出てくれた。
レニと竜樹も佑に続いて路地に入って、タイロンはそのまま、路地を塞ぐようにして警護にあたる。
狭く湿っぽい路地には清潔感がない。何のゴミか分からないような物が地面や壁にこびり付いている。路地をねぐらにする猫が佑達の気配に気付いてそそくさと道を空けると、佑は置きっぱなしの丈夫そうな木箱に少年を座らせ、その前に屈んだ。
日が落ちて、路地は真っ暗闇に包まれつつあった。
どこかの国の貴族にしか見えない佑を、少年は酷く警戒しているようで、幾ら佑が笑いかけても肩をすくめるばかりだ。
「怖がらなくて良いよ。侯爵なんて肩書き、あってないようなものだし、別に君をどうにかしようって思ってるわけじゃないんだ。俺、あんまりこの世界のこと分からなくてさ。これも縁だし、少し話を聞かせて貰いたいなって思って」
少年に語りかけ始めたところで、竜樹とレニもやってきて、佑の話に耳を傾けた。
「俺は佑。君、名前は?」
「……」
少年は無言だった。
警戒心が強過ぎる。スリを働こうとするくらい生活に困ってるんだろうというのは直ぐに分かる。そうしなければ生きていけないくらい、誰にも手を差し伸べて貰っていないのも、容易に想像が付く。
「言いたくないなら言わなくても良いよ。話だけ聞かせて。君みたいに身寄りのない子、ペンデには多いの? ここの関所、妙なシステムだし……、何か他と違うんだよね。金がないと何も出来ないって感じ……? だとしたら、まともな商売じゃなくて、例えば身売りとか、盗みとか、そういうことをして滞在費を払って出てく人も多いんじゃないかな。ずる賢い人間や、要領の良い人間が優先的に外に出られるような仕組みに見えて……」
盗みを働こうとしたことを責めるわけでもなく、本当にただペンデの現状を聞き出そうとしてくる佑に、少年は酷く驚いていた。
驚いて……、目を丸くして、口をぽかんと開けている。
「例えば君の年齢から察するに、この町で生まれて余所に出たいと考えるなら、相当の金が必要なんじゃないかな。……違う? これは俺の想像なんだけど、関所で……通行証を貰って、街を出るときにそれを見せる仕組みだとするなら、ここで生まれた人間にはそもそも通行証が発行されないから。通行証を盗むか、金目の物を盗んで売るかしないと、ペンデからは出られない。貴族の格好をした俺を狙ってでも、君は金目の物が欲しかった。罪になると分かっててやるってことは、それなりに過酷な状態に追い込まれてる証拠。例えば……君の他にも、小さな子達が腹を空かせてるとか。或いは、そうでもして、町の外に逃がしたい誰かがいる、とか」
「どんな事情でも、盗みは盗み。罪は罪だ。タスク、彼を衛兵に……」
レニが見かねて口を出すが、佑は首を横に振った。
「いいえ。ダメです。こういう子供達が存在するということは、この町の仕組みがおかしいってことですよ。大人がちゃんとしていないから、子供が苦しむんです。多分……、アーネストの悪政の影響です。ここの町で資金洗浄をしてるんだと思います。その歪みが、子供達にまで及んでる。子供を罰するんじゃなくて、子供をそうさせたこの国の内部を変えないと。俺は……、妻の愛したアラガルド王国が、こんなに荒んでいるのを見ていたくない。どうにかしてまともな政治をする国になって欲しい。俺には何にも出来ないけど、せめてリアム王に現状を伝えられたら……、ジョセフが力を貸してくれるなら……、どうにか出来るかも知れないって思うんです。勿論、その前にあの宰相アーネストと、魔法使いトビアスをどうにかするのが前提ですけど」
「タスク、王国に無関係な君が、そんなことを考える必要は」
「無関係じゃないですよ」
佑はレニをキッと睨み付けた。
「無関係じゃないです。この世界に来て、紗良の生まれたアラガルド王国の話を何度も聞いて……、訪れたこともない彼女の故郷を身近に感じてきたんです。志半ばでルミールに戻れず死んだ紗良のことを思えば、俺が出来ることって本当に些細で。だけどどうにかして……、どうにかして……皆が幸せになる手伝いくらい、したいじゃないですか」
「と、父さん……。そこまで……」
思いの丈を吐き出した佑を見て、竜樹は呆然としていた。
無力なのに恥ずかしいくらい大仰な本音に、佑は竜樹の顔が見れなかった。
「俺は……、竜樹と違って王家の血筋じゃないし、紗良の正体も知らなかった間抜けだけど。彼女が俺の過去と本気で向き合ってくれた恩を、どうにか返したくて。もう……、全部遅い。彼女は死んで、もう帰ってこない。けど、今。精霊祭に乗じて王家の方々と会うチャンスがあるなら。俺は少しでも、この国がまともになるよう、現状をきちんと伝えないと。アラガルドが、立場の弱い人達を蔑ろにするような国であって欲しくない。それに、子供達は……、大きくなったら国を支えていく力になるんだから。単純に捕らえたり罰したりしてばかりじゃ、問題は解決しませんよ」
とても……、理解して貰えない考えだというのは何となく分かっていた。
ルミールにはルミールの掟があって、佑の常識や考えがまともに通じない可能性が大きいことも。
通りの方から路地に、影が一つ迫ってくる。ビクターが屋台で幾つか食べ物を物色してくれたようだ。肉やパンの臭いがぷぅんと漂ってくる。
「侯爵様、お持ちしましたが……」
「ありがとう。急に頼んで悪かったね」
佑は食べ物の入った籠をビクターから受け取ると、少年の前に屈み直して、その中に入っていたパンを一つ差し出した。
パンには肉と野菜が挟んである。出来たてで、ほんのりと湯気が立っていた。
「食べて。お腹空いてたんだろ。残りはお土産にしていいよ。足りる?」
突然の出来事に、少年は少し躊躇った。
躊躇ったが我慢出来ず、ぶんどるようにして佑からパンを受け取り、バクバクと食べ始めた。
「慌てなくて良いよ。ゆっくり食べて。そしたら、少しだけ、話を聞かせて」
佑が微笑むと、少年は口をもぐもぐさせながら、涙を流し何度も頷いていた。




