4. 盗人の少年
金で雇われ戦う兵士――傭兵がペンデの街の至る所にいる。
明後日に迫った精霊祭、アラガルド王国内はお祭りムードなはずなのに随分と物々しい。
傭兵の話は確か、ズィオ村の酒場のマスターに聞いた。王都に傭兵が多くいる、戦争を始めるかも知れない。――その言葉のままの光景が、今目の前に。
佑はブルッと肩を震わせ、深く息を吐いた。
少し、冷静にならないと。
戦争だなんてそんなこと、神聖な式典の前に有り得ないはずなのだ。……が、言われてみれば、彼らが身につけているのは統率の取れた揃いの鎧ではない。それぞれに種類の違う鎧やマントを羽織り、武装している。となると、やはり言葉のまま、間違いなく戦争が直ぐそばに迫っているんだと、納得せざるを得ない。
「ここに居ると言うことは、雇い主は――でしょう。あまりジロジロ見ませんよう」
「分かった」
タイロンの警告に、佑はこくりと頷いた。
出店の様子も、よくよく見れば、武器や防具がやたらと多い。エナの町や公国の城下町では食べ物や土産物、民芸品が多かったのに。
武器の種類も豊富すぎる。剣、弓、槍。盾、兜、鎧にマント……、籠手やグローブ、ブーツも、旅人のためではなく、明らかに兵士向けの物が多い気がする。
「装飾品じゃなくて、実用性の高い物、多くない? 気のせいかな……」
竜樹も気が付いたようだ。
ナイフ屋の前で立ち止まり品定めをしているが、どうも殺傷能力の高そうなナイフばかりで、ゾワッとする。
「どこぞの王子様、それは護衛用に持つには物騒な品ですよ」
ジロジロとナイフの刃を観察する竜樹に、店主が話しかけてきた。
「これって、接近戦用のナイフだよね。盗賊とか、山賊が持ってそう」
「まぁ、主にそんなところですが、歩兵や力の弱い魔法使いにも人気です」
「結構売れてるの? 太さや長さ、素材もいろんなのがあるみたいだけど」
「ええ、そりゃあもう、お陰様で。この通り、傭兵も多く滞在していますからね。近々、何かあるとかないとか。フフフッ」
「……そうなんだ」
竜樹のセリフが終わるか終わらないかの時、ふと佑の視界の隅っこに、何者かの影が迫った。
「――いたたたたたたっ!!!!」
直後、子どもの声。
店主と竜樹の会話に集中していた佑は、やっと迫っていた危険に気が付いた。
「ほらほらほら!! 身辺警護が役に立ってないぞ?!」
次いで、聞き覚えのある低い声。
街灯の明かりが届かぬところからヌッと、子どものシルエットが現れる。その手を捻り上げ、確保している身なりの良い長髪の男。
タイロンとビクターは慌てて柄を握るが、雑踏の中、剣を抜ける程の場所もなく、ギリリと歯を噛むばかり。
「ん? お前らガリム公国の騎兵だな? 何やってんだよ、お祭り気分でウロウロするような街じゃないんだぞ。…………って、ん? んんん???」
男は子どもの手を捻り上げたまま、ズイッと佑の方に身体を傾けた。
空いている手で髪を掻き上げ、しばらく佑の顔を凝視する。どうも、見覚えがあるようなないような……、そんな気がして、佑は必死に思考を巡らせた。
「――――あぁ!!」
佑と男は同時に声を上げ、指を差し合った。
「タスク!!」
「レニ!!」
日が傾き、街灯の明かり程度では見えにくかったのもある。が、一番は互いの格好だ。
服装はさておき、髪はもさもさで無精髭を生やしていたレニが、髪の毛をきちんと結って綺麗に髭をそり落とし、恐ろしく美形な薬師に変わっていた。
「何だその格好は? 貴族かッ!!」
レニも佑に同様の感想を抱いたらしい。ゲラゲラと笑って、「似合わねぇ」と腹を抱えている。
髪を固めているのがまた、似合わないのだろうか。佑は両手で髪を整えて、「そ、そうかな」と顔を赤らめた。
「侯爵様、お知り合いですか」
タイロンとビクターは、念のためと身構えている。
「あ、彼は大丈夫。ズィオ村の薬師レニだよ」
「薬師レニ……!! あの有名な……!!」
正体を知るやいなや、二人はホッと胸を撫で下ろし、身構えるのをやめたのだが……。
「放せ!! こんちくしょう!! 長髪!! ひょろ長ッ!!」
未だ年端のいかない少年が、レニに腕を掴まれジタバタしながら喚いている。
「放すかッ! お前、今、タスクの腰の鞄を狙ってただろう?」
「え?! 鞄?!」
タスクは慌ててベルトポーチを確認した。良かった。中身は無事だ。
スマホや鍵、財布。かの地に戻るときに必要なものは、肌身離さず身につけているのだ。
「持ち物は無事だから、放してあげたら……」
「タスク、そういう甘さが身を滅ぼすんだ、この世界では!!」
「レニ、そんなに怖い顔するなよ。見たところ、竜樹より小さい。盗みをしなければならないくらいの事情があるんだな?」
盗人の少年に、佑は身を屈めて話しかけたのだが、返ってきたのは侮蔑の言葉。
「うっせえ!! お貴族様に何が分かるんだ!! 死ね!! クズがぁ!!」
なかなかに元気な少年だが、顔は痩せこけ、腕も細い。標準的な体重よりもずっと軽いのではないかと思う。
「浮浪児がウロウロしているって話はあったが……。治安が悪すぎる。こんなところ彷徨いてたら、最悪死ぬぞ。とっとと住処に帰った方がいい」
「帰る場所なんてある訳ねぇだろ、ばぁか!! 金寄越せよ!! 指輪とか宝石とか、何かあるだろ!!」
レニに言われても、少年は未だジタバタしている。
見かねてビクターが、少年の真ん前に屈んで静かに語りかけた。
「高貴な方は、ご自分でお金を持ち歩いたりはしないものだ。侯爵様が寛大なお方で助かったと思いなさい」
「うるせぇ!!」
「あまり大声を出さない方がいい。貴族への侮辱と盗みは大罪。直ぐに首を切られても文句は言えないのだぞ」
「……うぅッ!!」
直接的に注意されて初めて、少年は押し黙った。
そのままだらんと力を抜いて、歯を食いしばっている。
ナイフ屋の周囲には人が集まってきていた。タイロンが慌てて、「去りなさい。見世物ではない」と人払いをしているが、それでも次々人が来て、佑達の周囲はごった返してきていた。
「困りますね、余所でやっていただけます? こちらも商売なんで」
ナイフ屋の店主が無遠慮に言う。
佑も申し訳なく思う。このままでは埒が明かない。
「店主の仰るとおりです。この場は引きましょう」
レニと竜樹、タイロンとビクターに目配せすると、仕方ないとそれぞれ納得してくれた様子。
手を離しはしなかったが、レニも捻り上げた腕を下に降ろした。
「……君、ちょっとだけ、話をしないか」
レニが少年の手を離した直後、佑はそう言って、少年の肩を叩いた。
「はぁ……?」
「侯爵様、盗人ですよ? 衛兵に差し出すべきでは」
タイロンが制止してくるが、佑は首を横に振った。
「いいから。そこの……、路地に行こう。表通りだと目立つし。悪いけど、皆もちょっと付き合って」
こんな状況なのに佑は何故か怒ってはいなくて……、レニも竜樹も、佑の行動に首を傾げるばかりだった。




