3. 星降り亭
馬列は順調に街を進み、宿泊先の“星降り亭”に到着する。料理の質と接客の丁寧さに定評のある、ペンデ随一の宿らしい。とかくライオネルが、その良さを延々と伝えてくるくらいには、公国と縁深いようだ。
先に到着していた執事らが、手際よく迎えてくれた。伝令を走らせていたお陰もあって、事情を説明する手間が省けたのも良かった。
「大したことがなくて幸いでした。このデレク、報せを聞いてからはもう、ハラハラし通しでしたから……!」
初老の執事デレクは、一行の無事を確認し、安堵の息をついた。
「デレクは心配症だな。私には優秀な騎兵隊とタスクが付いていると言ったではないか」
「そうは仰いましてもライオネル殿下。相手はまともではありません。こうして再びお会いすることが出来たのはもう、奇跡なのです……!!」
言い切られるのは釈然としないライオネルだったが、幼少から世話になっているデレクにはあまり言い返せないようだ。
「関所も、良く無事で抜けられましたね。いつにも増して検査が厳しかったと、町でも噂でしたよ」
「あぁ、それに関しては……」
ライオネルがそこまで言ったところで、レナードとカイル、竜樹がニヤニヤし始めた。
どうしましたと、デレクが顔を向けると、レナードが吹き出しそうのを我慢しながら口を開いた。
「大公殿下が馬車に乗らない理由はと、当然のように役人に尋ねられた父上は、『私はまだ馬にも乗れるし、現役で戦える。貴様も息子らと同じように、下っ腹の弛んだ諸国の老害と私を同一視するのか』と凄まれて。どうやら、息子達に馬鹿にされてカチンときて、それで馬車ではなく馬に乗ってきたということにしたようですよ」
やりとりを思い出した少年達が肩を震わせて笑うと、ライオネルは顔を真っ赤にした。
ロザリーが「まぁ!」と口に手を当て、夫の顔を覗き込む。恥ずかしそうに顔を逸らすライオネルを見て、仲が良いなと佑も釣られて顔を綻ばせた。
「ともかく無事で何よりです。お疲れでしょう。晩餐まで時間がございます。お部屋でお寛ぎくださいませ」
騎兵らは星降り亭の警備も兼ねて階下の大部屋へ、佑達は二階の部屋へと案内された。大公夫妻、レナードとカイル、佑と竜樹、リディアとスキア。四つの部屋にそれぞれ分かれて、執事や使用人達と共に、本番での衣装や日程の確認などをして過ごす。
佑と竜樹の部屋には、ジーンという女性の使用人がやって来て、あれこれ世話を焼いてくれた。
「よく見ると、あちこち汚れてますね……。侯爵様なんですから、もうちょっと身なりに気を付けてくださらないと」
「す、すみません……。なかなか慣れなくて……」
執事や使用人達は当然のように佑の正体を知っている。衛兵、騎兵らも大体の事情は知っているが、身の回りの世話を直接行う彼ら彼女らは、もっと詳細な事情まで知っているのだ。
知っていて……、呆れたようにため息をつき、困りますねと愚痴を零してくるのだった。
「侯爵様は替えの服にお着替えください。あ、よく見るとリュウ様も! 各国の要人の皆さんに引けを取らぬようにと、せっかくおめかしして出発なさったのに……! 呆れてしまいますわ!!」
酷い言われようである。
歳の頃は佑と同じくらい。まるで小姑のようなジーンだが、それもこれも公国の品位を落としたくないという強い思いからなのだと知っているから、全く嫌な感じがしない。
「身なりを整えたら、竜樹と夕飯まで少し出歩きたいんだけど……、いいかな?」
「それは侯爵様が自分でお決めください。とにかく、身なり、身のこなしに気を付けて頂かないと! いつ化けの皮が剥がされてもおかしくないんですのよ! どうしても外にお出になるのであれば、警護を二人、お付けします」
「悪いね、ジーン。手間を掛けさせて」
「侯爵様は、そこで『悪いね』ではなく『頼む』と言えば良いのです。シャキッとなさってください。あくまでもソルザック侯爵は大公殿下の右腕として、領地運営を手助けなさっていることになっているのですから。騒ぎだけは起こさないでくださいませ。よろしいですね」
「い、嫌だなぁ。俺はそんな危なっかしいことはしませんよ」
上着を脱いでジーンに渡すと、何故かギロッと睨まれる。
「危なっかしいことをしない人は、こんなに服を汚したりしません。リュウ様も! いいですね!!」
「あ……、うん……」
ジーンのあまりの迫力に、竜樹も半笑いで返していた。
*
騎兵隊から二人、佑と竜樹の警護として、街の散策に同行する。
タイロンは一九〇センチを超える巨漢で、ビクターは小柄な男。二人とも三十代くらいで、頼りがいがありそうだ。
散策とは本当は名ばかりで、実際ペンデでどんなことが起きているのか、佑は自分の目で確かめたかったのだ。
到着したのが夕刻ということもあって、街は灯りで活気に満ちて見える。その裏側が見たい。恐らく不正は明るいところでは起こらない。大体、社会の縮図は暗いところに現れるのだと、佑は経験則で知っていた。
「貴族や諸国の要人の皆様も、結構出歩いてらっしゃいますね。精霊祭の前々日ということもあって、この時期は毎年賑やかですが、今年は例年に増して市が活気づいていますよ」
ビクターが話すのを聞きながら、佑は街のあちこちに視線を飛ばした。
「面白いですね。屋台も多いし。酒場も活気づいてる」
「父さん、俺、未成年だから酒場は困るよ」
竜樹は竜樹で、あちこちの屋台で足を止めて品定めをしながら、楽しそうに歩いていた。
「夕飯もあるから、酒は飲まないよ。――そんなことより、タイロン。随分衛兵が多いような気がするけど……」
視界の至る所に、武装した兵がいる。
確かに、色んな国からたくさんの要人が来てるんだから、このくらいが当然と言えば当然なのだろうが。
「あれらは衛兵ではないですね」
タイロンは腰を屈め、佑に耳打ちした。
「傭兵です。私も、こんな人数は初めて見ました」
「よ、傭兵……?」
「シッ! 声が大きいですよ。……戦争でも始めるつもりでしょうか。民族も人種も様々な傭兵がウロウロと。これは、大公殿下にもお知らせしなければなりませんね……」




